第12話 王都を覆う神の噂
学園での「奇跡」から二ヶ月。
王都は奇妙な熱狂に包まれていた。
「聞いたか? アルマンド侯爵家の三男が、詠唱破棄で特級魔獣を消し去ったらしいぞ」
「ああ、それどころか王都地下の浄水システムをたった一人で浄化し、毒の沼を清水に変えたそうだ」
「まさに神の再来……御子様だ!」
通りを歩くだけで、そんな噂が風に乗って耳に届く。
俺ことアッシュ・アルマンドは、学園指定の真っ黒なフードを目深に被り、ため息をつきながら王都の大通りを歩いていた。
「どうしてこうなった……」
地下の浄水プラント(旧・環境管理サーバー)のデバッグ作業を押し付けられたあの日。
俺は無事に『中枢コアの強制フォーマット』を済ませて学園に帰還したのだが、問題はそのあとだった。
魔力がゼロだったはずの落ちこぼれが、国や学園の危機を立て続けに「無傷で」解決してしまったのだ。噂は学園の塀を越え、あっという間に王都全域の貴族・平民の間に広まってしまった。
【System:ユーザー(アッシュ)に対する、周辺からの信仰パラメータが前週比300%増加しました】
【System:特定宗教として認可を申請しますか? [YES/NO]】
「しねえよ! NOだNO!」
相変わらず空気を読まないシステムの警告を頭の中で消し飛ばす。
俺はあくまで、一介の事務官になりたいだけの学生なのだ。
だが、俺のそんなささやかな願いを打ち砕くように、目の前に一台の豪奢な馬車が停まった。
「アッシュ坊ちゃま。お迎えにあがりました」
降りてきたのは、見覚えのある初老の男だ。
俺の実家、アルマンド侯爵家の執事長である。
「……執事長。俺は勘当された身のはずだが?」
「滅相もございません! 当主様……いえ、お父上も、お兄様方も、坊ちゃまの帰還を一日千秋の思いでお待ちしております!」
呆れた。
俺の魔力測定値がゼロだと判明した途端、「一族の恥だ」「侯爵家の顔に泥を塗った」と俺を本邸から追い出した連中が、これだ。
王都中に『神の御子』という噂が広まった途端、手のひらを返して擦り寄ってきたのだ。
「悪いが、俺は学園の寮に戻る。実家には俺の居場所はない」
俺は短く断り、馬車の横を通り過ぎようとした。
だが、執事長は俺の袖を掴み、必死に食い下がってきた。
「お待ちください! お疑いになるお気持ちはわかりますが、侯爵家は今、坊ちゃまの御力を必要としているのです! どうか、当主様と一度だけお言葉を交わして——」
「無礼者ッ!!」
突如、甲高い一喝が通りに響いた。
見れば、学園の制服を着た金髪の青年が、美しい装飾の施された杖を構え、執事長に向かって物凄い形相で歩み寄ってくる。
「レ、レディス様……?」
「気安くお呼びするな、下郎が! アッシュ様は今や『神の現し身』であらせられる! 魔力ゼロなどとのたまい、斯様なる偉大な御方を追放した愚鈍な一族に、アッシュ様に触れる資格など一欠片も存在しない!」
レディスは俺と執事長の間に割って入り、執事長を威圧的に睨みつけた形だ。
「さ、最高位の貴族たる我らが、あの方の実家であるという事実に変わりは……」
「黙れ俗物! アルマンド侯爵家など、今日から我々『アッシュ様を讃える会(仮)』の敵と見なす! 少しでもアッシュ様に煩わしい思いをさせるなら、この私が全魔力をもって侯爵邸ごと灰燼に帰してくれるわ!!」
レディスの杖の先に、ゴォォォッと恐ろしい熱量の炎の渦が発生した。
完全に殺る気だ。あの魔法を街中で撃ったら大惨事になる。
「ひぃっ……!!」
執事長は顔面を蒼白にさせ、馬車に飛び乗って逃げ去っていった。
……まあ、実家との縁が切れるならそれでいいが。
「アッシュ様! 不届きな俗物を排除いたしました。どうかこのレディスに、慈悲深きお褒めの言葉を……!」
「お前は街中で特級魔法を展開するな。危ないだろ」
「おお……なんたる御心。常に民草の安全を案じておられるとは……! やはり神だ! 神がいらっしゃる!」
ダメだこいつ、何を言っても肯定に変換されるバグを抱えている。
俺は額を押さえながら、ますます遠ざかる平穏な未来を思ってため息を落とした。
だが、その日の夕方――学園に届いた魔法省の密命が、俺の胃にさらに追い打ちをかけることになる。




