第11話 神格化と公務員パス
王都地下水路での一件から数日後。
学園での俺の立場は、名実共に「不可侵の聖域」と化していた。
「アッシュ様ぁぁっ! 今日も御御足が輝いておられます!!」
「我らが神! どうか、どうかこの薄汚れた俗物に触れる名誉を!」
登校するだけで、かつて俺をいじめていた貴族連中が道を開け、花を撒き散らす。
その先頭を歩くのは、もちろんレディスだ。
「ええいっ! 道を開けろ平民ども! アッシュ様のお通りであるぞ!!」
「レディス……お前、俺の取り巻きのリーダーみたいに振る舞うのやめてくれないか。あと花を撒くな、掃除が大変だろうが」
「おお……! 末端の清掃員の苦労まで慮るその慈悲深き御心! 皆様、アッシュ様こそが真の貴族であらせられますぞ!!」
ダメだ、会話が成立しない。
彼らは俺が一言発するたびに、何か神聖なる教典の一節でも聞いたかのように感動して泣き崩れるようになっている。
さらに問題なのが、エレナの存在だ。
「アッシュ様」
ふわりと銀髪を揺り動かし、エレナが俺の隣にすっと寄り添ってきた。
「本日のスケジュールの確認です。午前は基礎教養の座学、午後は——」
「いや、スケジュールは自分で管理できるから」
「午後は、私との『個別魔法指導』の時間が1時間ほど確保されております」
「そんな予定入れた覚えはないぞ!?」
エレナは地下水路で俺がやった「マニュアル・デバッグ」を、魔法の最高到達点だと誤解したままだ。
彼女は事あるごとに「どうか私にもあの御業の片鱗をご指導ください」と押し掛けてきて、今ではすっかり俺の専属秘書兼パシリを自称している。
学年トップの美少女が四六時中つきまとうものだから、他の男子生徒からの嫉妬も痛い。
「エレナ、俺は魔法なんて教えられない。そもそも俺の体内魔素はゼロなんだぞ?」
「ふふっ。アッシュ様のそのご謙遜、本当に愛らしくていらっしゃいます。魔力ゼロの人間が、あのような特級魔獣を一瞥で消し去れるはずがないではありませんか」
エレナはクスッと艶やかに微笑んだ。
「我々に見えないだけで、アッシュ様は常に数段階上の高次元に魔力を展開されているのでしょう? それを凡人に悟らせないための『魔力ゼロ』という完璧な隠蔽……私、どれほど精進しても追いつける気がいたしません」
違う、本当にゼロなんだ。隠蔽とかじゃなくて、純粋に空っぽなんだ。
【System:ユーザー(アッシュ)のストレス値が基準を超過。自律神経の回復シーケンスを実行しますか? [YES/NO]】
「お前もいちいち心配するな!」
俺は視界のアラートを苛立たしげに『YES』で消した。
胃の痛みがスッと消え去る。……本当に便利だな、これ。
「ところでアッシュ様」
エレナが急に真面目な顔になり、声を潜めた。
「先日、魔法省から学園に極秘の通達があったそうです。どうやら王都の各所で、地下水路で見たような『魔獣の異常発生』が相次いでいるとか」
「……」
「学園長は、これを強力な『遺跡の呪い』または『未知の勢力によるテロ』ではないかと危惧しておられます」
俺は嫌な予感がして、そっと視界の通知履歴を確認した。
そこには、俺が無視し続けていたシステムからのアラートが溜まっていた。
【未読:気候管理AIより。第2環境プラントの修正パッチ適用を要請】
【未読:生態系管理AIより。王都周辺の異常繁殖エラーのデバッグを要請】
【未読:人類管理AIより。王都全域の定期メンテを要請】
……完全に、AIどもに『無料の出張デバッグ業者』としてロックオンされている。
彼らは俺が「現地で直接削除する技術」を覚えたと知って、ありとあらゆる面倒なバグ修正を俺に投げつけ始めている。
「アッシュ様? どうされましたか、顔色が……」
「……いや、なんでもない。ただの過労の予感だ」
俺は天を仰いだ。
公務員への無試験パスを手に入れたというのに、待っていたのは「神々(AI)からの無限のサービス残業」だった。
このままでは、俺の平穏な生活など夢のまた夢だ。
「よし、決めた」
俺は固く拳を握りしめた。
「今後のアラートは全部無視する! 俺は絶対に巻き込まれないぞ!!」
俺のささやかな抵抗決意。
しかし、世界も周囲の狂信者たちも、俺をこのまま放っておいてはくれない。
王都を巻き込む巨大なクラッシュの足音が、もうすぐそこまで迫っていたのだった——。
(第1章 了)




