表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【1章完結】メシマズ大国の料理店~キッチン・みけの店ごと英国転移譚~  作者: りんた


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/47

9.出会いとオムライス

「これからは、エマにも料理を手伝ってもらおうかしら」


 ロンドールの邸宅にやって来て、いきなりメイドたちの危機を救ったエマ。

 先輩である年上メイドは、そう言って伸びをした。

 中産階級と呼ばれる層でも、作る料理はシンプルなものが多く、レパートリーが少ない。

 そのため料理担当は、同じようなものを繰り返し作るだけになりがちだ。

 これがまた、ブリティシアの食事を退化させている理由の一つとなっている。


「同じ農家の娘なのに、すごかった」


 素っ気なかった小柄な先輩も、昨日の見事なポタージュ作りを思い出して、感嘆の声をあげる。


「料理は好きで、よくしてたんですっ」

「やっぱり食べ過ぎで追い出されたんじゃ……」

「違いますーっ!」


 緊張の夜から約半日。

 メイドたちは楽し気な休憩時間を、キッチンの片隅で過ごしていた。


「ちょっと……!」


 そこに赤髪の先輩が、困惑の表情で駆け込んで来た。


「どうしたの?」


 年上メイドが問いかける。

 すると遅れてキッチンにやって来たのは、小麦色の髪を縛った十二歳ほどの少女。


「え、どういうこと? また新人?」


 二日続けての新人登場に、驚くメイドたち。

 そこに、ざわつきを聞きつけた旦那がやって来た。


「なんだ、どうした?」


 すると少女は頭を下げながら、手にした封筒を差し出した。


「こっ、こちら、紹介状になりますっ……!」


 旦那は差し出された紹介状を読むと、一つ大きく息をついた。


「……なるほどな。新人を寄こすって話は聞いていたけど、重複していたのか」


 新人の話は、二度ほど聞かされていた。

 旦那は一人のことだと思っていたが、どうやら二つ別々の事案だったようだ。


「参ったな。さすがにもう一人雇うほどの余裕はないんだ。申し訳ないけど、新人二人の面倒は見られない」

「……っ!」


 まさかの事態。

 予想外の窮地に、少女はビクリと身体を振るわせた。


「私は泊まりの仕事があって、もう出ないといけない。乗合馬車を手配しておくから、どちらが田舎に帰るか早急に決めてくれ」


 そう言い残して旦那は、慌ただしく家を出て行った。

 少女の表情に、見られる憔悴。

 この年齢でメイドとして出されるという事は、実家はかなり厳しい状況にあるのだろう。

 静まり返る、五人のメイドたち。

 家を出るのは、新人のどちらか一人だけだ。

 思いつめた顔のまま、震えている少女。

 その姿を見て、エマは覚悟を決めた。


「……私が、出ていきます」

「出て、どうするの?」

「実は他にもアテがあるから、大丈夫なんですっ」


 年上メイドにそう応えて、すぐに身支度を始めるエマ。

「問題ない」と笑って見せるが、もちろんこれは少女のための嘘だ。


「あっ、この制服は……」

「持って行って。次の職場でもすぐ仕事に入れる方がいいでしょう?」

「はい、ありがとうございます! 短い間だったけど、お世話になりましたっ!」


 深々と頭を下げたエマは、そう言い残して家を出た。


「待って!」


 するとエマの嘘に気づいたのだろう、年上メイドが追ってきた。


「あの子は、私がしっかり面倒みるから」


 扉の前で、先輩たちもうなずいてみせる。


「はい、よろしくお願いしますっ」


 泣きながら頭を下げる少女に笑顔で手を振って、エマは表通りに飛び出した。

 こうなってしまったら、すぐにでも新たな勤め先を見つけなくてはならない。

 多くの人たちに見送られて、やってきたロンドール。

 実家の家計を考えると、今さら帰ることなどできない。

 幸いロンドール西部は中産、上流階級の邸宅が立ち並ぶ区画だ。

 行き当たりばったりでいいから、一軒でも多く。

 とにかく次々に声をかけていけば、メイドを募集している家があるかもしれない。

 そんな可能性に期待して、さっそく近くの家の扉を叩いていく。

 いつの間にか空には、嫌な色の雲が広がっていた。



   ◆



「どこの誰かも分からない人間を、雇い入れるはずないだろ」

「そこを何とか、お願いできませんでしょうか……っ」

「無理無理、他所をあたって」

「どんな仕事でもしますので、お願いしますっ!」

「必要ない」


 すでに数十軒。

 エマは駆け足で付近の家々を回ってみたが、やはり紹介状のない者にはどこも冷たい。

 貧しい家の出が多いメイド。

 その身元を保証するものがないとなれば、それも当然のことだ。


「どうしよう……」


 やがて太陽が落ち、ロンドールに夜がやってきた。


「あっ、あのっ! 話だけでも……!」

「邪魔邪魔、忙しいんだからさっさと出て行って」


 そうなればどこも夕食の準備が始まり、いよいよエマの話をまともに聞いてくれる者などいなくなる。

 しとしと降り出す、薄い雨。


「きゃっ」


 不安に駆られながら見知らぬ街を歩いていたエマは、道の端に積まれていた木箱のささくれにスカートを引っ掛けてしまった。

 聞こえた嫌な音。


「……っ」


 見れば膝下辺りの生地が、大きく破れている。

 それを見てエマは、力なくその場に座り込んでしまった。

 いつも元気な彼女だが、これにはさすがにヒザを抱えてうつむく。

 手配されていた馬車も、すでにロンドールを出ているだろう。

 そもそも自分がどこにいるのかも、もう分からない。

 この選択は、間違いだった。


「どうしよう……」


 一人きりでやって来た、首都の東端。

 非情な現実と、連続した不運。

 厳しすぎる現状に目を閉じてしまいそうになった、その時だった。


「――――大丈夫?」


 しゃがんで傘を差し出してきたのは、黒髪の男。

 白のシャツに、黒の前掛けエプロン。

 その胸元には、胸を張り得意げに歩くキツネの刺繍が見える。

 どうやら背中を預けていたその壁は、彼の店の一部だったようだ。


「……とりあえず、何か食べていく?」


 たくさんのことがあって、何から話していいのか頭がまとまらない。

 すっかり疲れ切っていたエマは、ただ小さくうなずいた。


「そこに座ってて」


 そう言ってエマをカウンター席に座らせた店主は、さっそく料理を開始する。


「食べられないものはある?」


 首を横に振って応える。

 するとすぐに、包丁の音が聞こえてきた。

 続けて卵を割る音と、穏やかな焼き音が耳に届く。

 店主は見事な手際で、あっという間に料理を完成させてしまった。


「はい、どうぞ」

「わぁ……っ」


 目の前に置かれたオムライスの輝きに、一瞬で心を奪われた。

 月の様に黄色い、ふっくらとした卵焼き。

 そこにかけられているのは、深い色味のデミグラスソース。

 最後に垂らした少量の生クリームとの、コントラストが美しい。

 卵を焼いたものとスープを、別々に見たことくらいはある。

 だがこんなに綺麗に盛られた一つの料理として見るのは、生まれて始めてだ。


「おいしそう……」


 思わず、ノドが鳴る。


「どうぞ」

「い、いただきます……っ」


 まずは、何もかかっていない部分から。

 手にしたスプーンを、そっと差し込む。

 すると卵が柔らかに崩れ、中からチキンライスが顔をのぞかせた。

 さっそく一口。


「っ!?」


 大きく目を見開く。

 バターのコクがしっかりと感じられる卵焼きは、優しくまろやか。

 そして鶏肉の旨味を帯びたチキンライスは、玉ねぎの甘みとケチャップの酸味が絶妙だ。

 米はやや柔らかめで、ふんわりとした卵焼きと見事に一体化している。


「おいしい……っ!」


 たった一口で、夢中になってしまう。

 はやる気持ちに押されるように、今度はデミグラスソースと一緒にすくって口に運ぶ。


「……っ!」


 一見ビーフシチューのようにも見えるデミグラスソースは、じっくり煮込まれた牛骨と野菜の旨味が凝縮されていて濃厚。

 その塩味と甘み、そしてわずかな酸味が、優しい卵焼きの味と、チキンライスと一体となって幾重もの旨味を感じさせる。


「こんなにおいしい料理は、初めてですっ!」


 エマは夢中でオムライスを食べ続け、そのまま米粒一つ残さず食べ尽くしてしまった。


「ごちそうさまでした……」


 幸せそうな表情で、息をついたエマ。

 店主がついでに作って食べていた『デミグラスソースと溶かしたチーズのフランスパン乗せ』を見て――。


「おいしそう……」


 うっかり、そうつぶやいた。


「ん?」

「あっいえ、なんでもないですっ!」


 慌ててブンブンと、首を振るエマ。

 そんな様子を見て、店主が問いかける。


「それで、どうしてこんなところで項垂れてたんだ?」


 問われたエマは、静かに語り出す。


「……田舎からメイドとして働くために出て来たんですけど、急に行く当てがなくなってしまって……」

「それはまた、どうして?」

「手違いで同じ家に二人の新人が来てしまって、どちらかが出て行くことになったんです。でも相手はまだ小さくて、そんな子を送り出すってことは、家計はすごく大変なはずで……それにあの子、本当はまだ家を出たくなんてなかったんだろうなと思って……」

「なるほど」

「それから色んな家を回ってみたんですけど……雇ってはもらえませんでした」


 うつむいたままでいるエマ。

 店主は少し考えるようにした後、問いかける。


「それなら、うちで働かないか?」

「……え?」


 思わぬ言葉に、驚く。


「で、でも、紹介状も無いのに」

「今の話だけで十分、君がどんな人なのか分かったよ。誰かのために動ける。それはすごいことだ。誰にでもできる事じゃない」


 真面目な顔で、そう言った店主は――。


「君を、信じるよ」


 真っ直ぐ目を見て、笑ってみせた。


「それに調理と配膳を一人でやるのは大変だからさ。しかも俺はこの世界のことを、よく分かってないし……」

「この世界?」


 妙なことを口走る店主に、エマは首を傾げる。


「とにかくどうかな? 店の三階が空いてるから、行く当てがないならそこを使ってくれてもいい」

「いいんですかっ!?」

「もちろん」

「あのっ! 私、エマ・グリーンと申します! よろしくお願いしますっ!」

「東雲達也。よろしく」

「はいっ!」


 思わぬ形で決まった、新たな職場。

 すっかり元気を取り戻したエマは、いつもの笑顔でうなずいた。



   ◆



「いらっしゃいませーっ!」


 店に入ると、メイドの少女が元気な声と共に駆け寄ってくる。

 破れた裾は思い切ってカットして、短くなったスカート。

 ブリティシアでそれは、かなりセンセーショナルな姿となるだろう。

 だが元気なエマには、それが驚くほど似合っている。


「こちらのお席へどうぞ! ご注文は何にしますかっ?」


 客を出迎えるのは、満面の笑み。

 キッチン・みけの空気を一気に明るくしたエマ・グリーンは、あっという間に店の看板娘となった。






「――――ここが、ロンドール」


 大きなカバンを手に馬車を降りたのは、一人の若き女性。

 スラリとしたモデルのような体型に、肩に触れない長さの緩く巻かれた茶髪が美しい。

 彼女の目的地は上流階級の邸宅が立ち並ぶ、首都きっての高級住宅街メイフェリアだ。

 その手には、手書きの地図が二枚。


「元気にしているかしら…………あの子」


 続くレンガの建物から昇る煙を見てつぶやくと、そのままロンドールの街へと消えていくのだった。

話数の入れ替えを行いました!

ご感想いただきました! ありがとうございます! 返信はご感想欄にてっ!


◆◆◆お読みいただきありがとうございました!◆◆◆

少しでも「いいね」と思っていただけましたら。

【ブックマーク】・【ポイント】等にて、応援よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
今回も美味しそうで読んでいてお腹が減りました。 得意げな顔で歩くキツネの看板が素敵ですね♪ それにしても、積荷のスパイスのくだりで、産業革命時代のイギリスでは紅茶文化が普及したおかげで、煮沸した水を飲…
今更だけど、狐でみけなんだ…w いや猫にしちゃうと某異世界食堂になっちゃうから仕方ないけども。 試される大地、北海道には十字狐なんていう名前のシュッとした黒狐がいる模様。 すた丼や焼肉丼、タレが多す…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ