表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【1章完結】メシマズ大国の料理店~キッチン・みけの店ごと英国転移譚~  作者: りんた


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/47

8.エマ・グリーンと団らん料理

 それはまだエマが、キッチン・みけで働き始める前のこと。

 ブリティシアの首都ロンドールから、遠く北へと進んだノンフォークの地。

 平坦で肥沃なこの土地は、農耕と毛織物で成り立っている。

 そんな町の一角で、一人の少女が旅立とうとしていた。

 首都で働くメイドの多くは、農村部や小都市の家庭出身。

 一家の収入源として、十代半ばで奉公に出されることが多かった。

 農家の娘であるエマは厳しくなってきていた家計に気づき、慣れ親しんだ家から出ることを選んだ。


「エマや、これを」


 地方の教会や地主は、都市の富裕層とつながりを持っていることも多い。

 そのため送り出される新人メイドに、紹介状を持たせることが通例となっていた。


「この子は元気で働き者で、信心深く……ないこともなきにしもあらず。とにかくよろしくお願いいたします」


 どうやら牧師は正直者らしい。

 最後の一筆をふんわりした言葉で結ぶと、封をしてエマに持たせる。


「ありがとうございますっ!」

「……エマ、元気でね。あと、これも持って行きなさい」


 そう言って母親は、一つの布袋を渡してきた。


「ありがとう、いってきます!」


 乗り込んだ馬車は、首都ロンドールへと向かって動き出す。

 手持ちは片道分だけ。

 エマは見送りに来てくれた家族と友人の少女、近所の住人と牧師に大きく手を振った。

 やがて街並みが見えなくなってきた頃、母が持たせてくれた心のこもった餞別を確認してみる。

 思い出の品か、それともロンドールでの暮らしに役立つものか。

 そんな予想をしながら、そっと袋を開く。

 出てきたのは、パン、パン、パン、パン、パン、チーズ。


「お母さん!?」


 その中身は、食べ物ばかりだった。



   ◆



「綺麗なお家だなぁ……」


 たどり着いたのは、実業家などが多く住むロンドール西部の一角。

 畑などはなく、整然と敷かれた石畳の道が続く住宅街だ。

 初めて見る光景に感嘆しながら、エマは目的地である一軒の住宅へ。

 クリーム色のレンガで作られた、左右対称の三階建て。

 その中心にある玄関には装飾的な柱と、三角屋根が付いている。

 ちなみに餞別のパンは、すっかり食べ切ってしまっていた。


「失礼しますっ!」


 深呼吸を一つしてから戸を叩き、声をかける。

 すると出てきたのは、赤髪の若年メイド。


「ノンフォークから来ました、エマ・グリーンと申しますっ! これ、紹介状ですっ!」


 エマは頭を下げながら、牧師にもらった紹介状を差し出す。


「……そうですか」


 赤髪のメイドは表情を変えることなく、紹介状をササッと確認。


「旦那様は仕事で家を出ておられますので、こちらへ」


 言われるまま、家の中へ。

 起業家や銀行員、弁護士など、商機も多い産業革命下のブリティシアで、存在感を示す中産階級。

 そんな雇い主の自宅は、お屋敷というほどではないが、エマにとっては文句なしの高級住宅だ。

 よく磨かれた廊下を進むと、見えたのは年齢の近い小柄なメイド。


「はじめまして、エマと申しますっ」

「はい、どうも」


 ロンドールにおいて使用人の教育というのはあまりなく、「見て覚えろ」「失敗して覚えろ」が基本だ。

 小柄なメイドも、職務優先といった感じですげなく応えた。そして。


「仕事がありますので」


 素っ気なく言って、さっさとこの場を立ち去ろうとした、その瞬間だった。


「どうしましょう……っ!」


 慌てて駆け込んできたのは、これまでの二人より少し年上のメイド。


「どうしたんですか?」


 その慌てようを見て、赤髪のメイドがたずねる。


「少し体調が悪くて、夕食作りのために休んでいたんだけど……寝過ぎてしまったの!」

「まさか……」


 小柄なメイドの顔色が変わる。


「今日は二週間に一度、旦那様が何より大事に、楽しみにしている家族のだんらんの日。でもこのままでは、どう考えても間に合わないわ!」

「旦那様は明日から出張。すごく大事な夕食なのに……」

「……どうしよう」


 この時代のメイドは、出身階級で役割が違うことも多い。

 年上メイドの様に商家の娘であれば、調理の練習もしてきている。

 しかし田舎から出てきたメイドは、畑仕事や家畜の世話が生活の中心だ。

 食事も粗末で単調だったため、技術を学ぶ機会がない。

 そのため二人の先輩メイドは調理を担当したことがなく、助けにはならない。

 静まり返る廊下に、自然と走り出す緊張。


「お手伝いしますっ!」


 手をあげたのはなんと、エマだった。


「……あなた、新人? でも料理なんてできないでしょう?」


 問いかける年上メイド。

 事実エマも、二人の先輩と出自は大して変わらない……だが。

 農村出身の女性たちの中には、家庭内で料理の基礎を身につけていた者もいた。

 エマも、その一人だ。


「メニューはなんですかっ?」

「ミートパイと、かぼちゃのポタージュよ」

「レシピを教えてもらえれば、どちらでも!」

「……分かった。ポタージュはあなたに任せるわ! 私の予備の制服をあげるから、それを着てキッチンに来て」

「はいっ」


 覚悟を決めた年上メイド。

 もらった制服に着替えたエマは、この家のレシピを聞いてさっそく調理を開始する。

 まずは、かぼちゃの皮と種を除き三センチ角に切る。

 それから玉ねぎを薄切りに。

 鍋にバターを溶かし、玉ねぎを炒めて甘みを引き出したところで、かぼちゃを入れて軽く炒める。

 そこに牛乳を加えて、かぼちゃが柔らかくなるまで弱火で煮る。

 火を止めて粗熱を取ったら、裏ごし。

 高級品である胡椒と、塩で味を整えて、水溶きの小麦粉を少々足すことでとろみを増す。


「できましたーっ!」


 豪華な材料にワクワクしながら、エマは見事に料理を完成させた。


「こっちもいけるわ! もう時間だし、このまま勝負……っ!」


 年上メイドは出来立ての料理を、急ぎ足でダイニングへと持って行く。

 大きなテーブルに家族分をしっかり並べて控えると、帰宅していた旦那が到着。

 すぐに夕食が始まった。

 パイ生地は厚く、やや粗め。

 濃い焼き色の表面にナイフを入れると、パリッとした音が鳴った。

 そして胡椒の匂いと共に、香ばしさが広がる。

 さっそく家主である旦那が、ミートパイを口にする。

 刻んだ豚肉は、熱々。

 噛むと塩気と脂の旨味が、じんわり広がる。

 この階級でも水で戻した塩漬け肉を使うため塩気は強いが、良い部分を使っているため、保存肉特有の深みはあり。

 そこに玉ねぎの甘みが混ざり、胡椒の刺激が後味に残る。

 時折舌に触れるハーブの断片も、素朴ながらも複雑な風味を演出していた。


「うん、うまい」

「ありがとうございます」


 見れば夫人も子供も、いつも通りといった感じで食べている。

 その光景に、安堵の息をつく年上メイド。

 だが、問題はこの後だ。

 新人の作った料理が、果たして受け入れられるのか。

 今日の団らんの、成否を決める一瞬。

 旦那はスプーンで、エマが作ったかぼちゃのポタージュを一口。


「……ふむ」


 一つ、息をついた。

 年上メイドのノドが、ゴクリと音を鳴らす。


「おいしいね」


 まろやかなとろみを持つ、淡い橙色のポタージュ。

 かぼちゃの力強い自然の甘みが、熱した牛乳に溶け込みふわりと優しく広がる。

 そこにタマネギの甘さも混ざることで単調さをなくし、わずかな香ばしさを与える。

 バターの豊かな風味と薄い塩味は、見事に味を調和させていた。


「おいしいー!」

「そうね、よくできているわ」


 子供と夫人の評価も上々だ。

 こうして旦那が楽しみにしていた夕食は賑やかに、問題なく終わりの時を迎えた。


「なんとかなった……」


 冷や汗を拭いながらダイニングを出てきた年上メイドに、先輩二人も息をつく。


「ありがとう。あなたに助けられたわ」

「お役に立てて良かったです!」

「来ていきなりこれだけのポタージュを作ってみせるなんて、大したものよ」

「「すごい……」」


 先輩たちの賞賛に、エマは「えへへ」とうれしそうに応える。そして。


「それにしても……」

「それにしても?」

「おいしそうでしたねぇ……」


 心から羨ましそうな顔をするエマに、つい笑ってしまう年上メイドたち。


「もしかしてエマって、食いしん坊が原因で家を出されたの?」

「ち、違いますっ!」

「ふふっ。料理もできるメイドは重宝されるわ。これからよろしくね」

「はいっ」

「ポタージュはまだ残っているし……私たちも、いただいちゃいましょうか」

「はいっ!」


 途端にスキップで、キッチンへと戻って行くエマ。

 どうやら新人メイドとして、良いスタートを切ることに成功したようだ。

話数の入れ替えを行いました!

脱字報告、ご感想ありがとうございます! 適用させていただきました!

返信はご感想欄にてっ!


◆◆◆お読みいただきありがとうございました!◆◆◆

少しでも「いいね」と思っていただけましたら。

【ブックマーク】・【ポイント】等にて、応援よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>ビタミンCの摂取『ゼロ』状態が、長く続く 野暮かもしれないけど、体内での量が500mg未満で症状が出始めるものなので、多分0だと死んじゃう ノルウェー「ザワークラウトの樽を常備して毎日食おう」…
ビタミン!ビタミンは全てを解決する! でも現代お薬の一部は柑橘類を取れなくなるから要注意な! サラダはツナサラダが好き… パンがあればそのままツナサンドにできるし。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ