表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【1章完結】メシマズ大国の料理店~キッチン・みけの店ごと英国転移譚~  作者: りんた


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/47

6.謎の体調不良とコブサラダ

「……壊血病だね」

「「「「っ!」」」」


 医者の言葉に、初めての海外貿易を終えたばかりのマセソンたちは言葉を失った。

 昨日ロマリアから、ブリティシアに帰って来たばかりの四人。

 翌朝になって全員が何かしらの体調不良を訴えたため、知り合いの熟練船医の下宿へとやって来た。

 その結果が、この診断だ。


「君たちの症例や航海の状態なんかを考えれば、間違いない」


 まさかの事態に、呆然としたままでいる四人。

 船医は説明を続ける。


「聞いたことがあるだろう? 船乗り特有の病気でね。他人にうつるものじゃないが、原因はあまりハッキリとしていない」


 壊血病は長きに渡って水夫を苦しめ続けている病で、それは産業革命下でも変わらない。


「何より回復法がまだ分かっていないんだ。とにかくしっかり食べて休んで、あとは祈るしかないだろうね」

「また、海には出られますよね!?」


 すがるように、マセソンがたずねる。


「それは経過次第だよ。悪化するようなら……最悪の可能性もある」

「っ!!」


 この先どうなるかは、分からない。

 突然見舞われた苦境に、マセソンたちは足取り重く船医の下宿を出た。


「先生に言われた通り、しっかり食べて休もう」


 とにかく今は、できる限りのことをしなくてはならない。

 言葉を失った四人がトボトボとした足取りで向かったのは、キッチン・みけだった。


「いらっしゃいませーっ!」

「いらっしゃい」

「マセソンさん……?」


 いつものように元気に駆け寄っていったエマは、マセソン達の暗い表情に気づいて首を傾げる。

 その重苦しい雰囲気に、達也も自然と目を奪われた。


「……すまない。どうやら病気みたいでね。うつるようなものではないけど……気になるのなら出て行くよ」


 その口調には明らかに、元気がない。


「冗談じゃねえぞ……」


 すると仲間の一人が、悔しそうに言った。


「初めての貿易を終えて、これからってところなのに……!」

「俺たちみたいな商家の落ちこぼれが、ようやくつかんだ希望なんだぞ……? 実家じゃ出来る兄や弟が家を継いで、居場所のなかった俺たちが、ようやく……っ!」

「マセソンを中心に駆け回って、勉強して、金を集めて。やっとここまで漕ぎつけたのに……」

「ふざけるな……っ! 俺は、俺はやるぞ! 多少の不調がなんだ! マセソンに至っては症状も軽いんだ。やれるさ! これからだろ俺たちは!」


 強い無念に震える、船員たちの声。


「とにかく、しばらく商会は休業にして様子を見よう。休めばきっと……きっと良くなるはずだ」


 やり場のない怒りに、マセソンも静かに拳を握る。


「……四人は、航海帰りなんだよな?」


 すると、達也がたずねた。


「ああ、そうだよ」

「帰りの船に乗っていた期間は?」

「三か月ほどかな。まだまだ船員も自分も経験が浅い。だから航路に荒れがあまりない中地海を選んだんだ」

「その間に、野菜や果物は?」

「いや。定番の塩漬け肉と魚、パンとチーズ、オートミールしか食べてない」

「症状は?」

「軽い貧血みたいな感じかな。昨日もしっかり食べたはずなのに、なぜか症状が頻発しているんだ」


 達也が目を向けると、船員たちもそれに続く。


「俺はなんだか体調に波があってな、倦怠感がひどくてよ……」

「脚にできた『あざ』が全然治らねえんだよ。関節の痛みも消えねえし……」

「歯ぐきから出た血が止まらないんだ。なんていうか、傷の治りが遅くて」

「……なるほど。壊血病だな?」


 鋭い達也の言葉に、マセソンは小さくうなずいた。


「それなら今日のメニューは、任せてもらえないか」

「いいのか?」


 意外な申し出に、驚くマセソン。


「席について待っていてくれ」

「……すまない、お願いするよ」


 達也の真剣な目に、観念するようにうなずく。

 料理の出来上がりは、早かった。

 達也は自ら食器を持って、マセソンたちのもとへやって来る。


「これは……なんだ?」


 置かれた木製のボウルに、思わず言葉を失う四人。

 ボウルの外縁を覆うように敷かれた瑞々しいレタスの上には、ゴロリとした角切りの具材が盛られている。

 真っ赤なトマトにアボカド、ジャガイモ、鮮やかな黄身のゆで卵に、鶏むね肉。

 全てが角切りで、その上に乗せたベビーリーフだけが原形をとどめている。

 そして最上部には、白色のドレッシング。


「サラダだよ。正確にはコブサラダだな」

「サラダ? サラダってなんだ? まさか野菜を生のまま食べるのか……?」


 ロンドールで生野菜は『不衛生』『消化に悪い』とされ、食べるなら加熱した根菜や豆類が中心だ。

 とにかく『煮る』のが当たり前。

 さらに都市部では野菜の流通自体が限られるため、生で食べる習慣はほとんどなかった。

 そのため『サラダ』という言葉は、馴染みのない存在となっている。

 当然四人は、未知の食べ方に二の足を踏んでしまう。だが――。


「……ごくり」


 言葉が出ないほどに美しい。

 新鮮な野菜を使ったサラダは色とりどりで、とにかく鮮やか。

 その見事な彩に、思わず目が奪われてしまう。


「その病気に、効くはずだ」

「分かった……!」


 達也の言葉に、マセソンは率先してサラダを食べ始める。


「っ!!」


 そしてその目を、大きく見開いた。

 トマトがぷちっと弾けて、気持ちの良い酸味が広がる。

 それは圧倒的な瑞々しさを持つ新鮮な野菜ゆえの、はじけるような弾力。

 アボカドは噛めばとろりと溶け、ジャガイモはホクホク。

 そこに混ざるハーブチキンの旨味とスパイシーな塩味、野菜とは違う潜るような歯ごたえが気持ち良い。

 さらにゆで卵が持つ独特の風味が加わることで、とても良いアクセントになっている。

 主張し過ぎない具材たちの調和を促すのは、シーザードレッシング。

 まろやかな卵黄の風味と共に、チーズのコクとアンチョビの塩味が広がり、レモンの酸味が味を引き締める。

 そして最後には、にんにくの風味が追いかけてくる。

 ウスターソースと塩胡椒で調整された味は見事で、軽快なのにパンチがある。

 このサラダにぴったりだ。


「信じられない……こんなにうまい野菜があるなんて」


 思わずこぼれたマセソンの言葉に、船員たちも続く。


「……本当だ! こんなに新鮮な野菜、見たことないぞ!」

「野菜を生で食べてうまいなんて……ありえないだろ!」

「こんな経験初めてだ……」


 生野菜への恐れは消し飛び、競うようにフォークを走らせる。

 サラダゆえの軽さと、ハーブチキンとゆで卵による食べ応えが、船員たちを引きずり込んだ。

 結局四人はほぼ初めての生野菜を、サラダを夢中で食べ尽くしてしまった。

 すっかり空になったボウル。

 息をついた四人が、そのまましばらく休んでいると――。


「……少し、落ち着いてきた気がする」


 症状が一番軽かったマセソンは、早くも貧血の緩和を感じ始めた。


「でも一体、どうして……?」


 困惑するマセソンに、達也が告げる。


「壊血病の原因は、野菜や果物の不足なんだ」


 それはビタミンCの摂取ほぼ『ゼロ』みたいな状態が、長く続くことでかかる病。

 長い航海をする船乗りには、特に発生しやすい。

 多くの船が、外洋への航行を進めている産業革命時。

 船乗りたちの間で恐れられているその病は原因がはっきりしておらず、対処法もまだブリティシア海軍のごく一部が、ぼんやりと認識している程度に過ぎなかった。

 だが、達也の世界ではすでに知り尽くされている。


「野菜や果物の摂取が長きに渡って行われないと発症するんだ。レモンやライムの果汁でいいから毎日摂り続けてくれ。よほど病状が重くない限り、長くても二週間くらいあれば回復するはずだ」

「治るのか……!?」


 思わず立ち上がったマセソン。

 達也がうなずくと、心の底から安堵の息をつく。


「そうか、よかった……」


 四人は昨日食べたパスタからも、多少だがビタミンCが摂取できている。

 そのため改善はもう、始まっているだろう。


「症状が重くない限りか。なあ、マセソン。もし俺が良くならないようなら……置いて行ってくれていいからな」


 今もまだ強い倦怠感に苛まれている船員の、力ない言葉。

 仲間の未来を守るために告げたその一言に、エマは思わずトレーを強く握る。

 その表情は、この場の誰よりも心配そうだ。しかし。


「バカを言わないでくれ。俺たちで会社を大きくしていくんだ。誰一人、欠けることなく……!」


 マセソンはすぐさま、力強い言葉をかけて元気づける。

 大きくうなずく船員たちに、エマもブンブンとうれしそうに首肯してみせた。


「次の航海には、必ずレモンやライムの果汁を持って行ってくれ。それだけで全然違うはずだ」


 達也がそう告げると、マセソンはハッとした。


「そう言えば……海軍の船員からそんな噂話を耳にしたことがあるような気がする。あの時、もっと気にかけなくてはいけなかったんだな……すまない」


 そして見せる、悔しさと申し訳のなさの入り混じった顔。


「……あんまり気にすんなって。俺たちはまだ、始まったばかりだろ」


 すると今度は、気だるさの中にある船員が笑ってマセソンの肩を叩いた。


「もちろん回復次第、もう一度動くんだよな?」

「「だよな?」」


 仲間たちに、かけられる期待の声。

 顔を上げたマセソンの目には、強い力が宿っていた。


「もちろん、また海に出るつもりだよ! やるんだ、俺たち四人で!」

「「「おう!」」」

「ありがとう、店主。これでまた海に出られるよ。全てあなたのおかげだ。ただ休んでいても、野菜や果汁を取らなければ病状が悪化していた者もいただろう。安い言葉になるかもしれないけど……店主は命の恩人だよ」

「助かったよ、店主!」

「あんたのおかげだ!」

「ありがとう……」

「無理はしないようにな。とにかくまずは、じっくり休んでくれ。余裕があるなら、もう一度医者に診てもらった方がいい」

「ああ! 分かった!」


 笑みを見せる達也と、安堵のエマ。

 マセソンは、元気に応える。


「回復次第、行こう海へ! まだ見ぬ国へ!」

「「「おうっ!!」」」


 実家では長らく、役立たず扱いをされてきた男たち。

 新たな大陸への航海に燃える彼らは、病状を見事に回復させて復帰を果たす。

 そして今はまだ小さなその商会を、大きく発展させていくことになるのだった。

話数の入れ替えを行いました!

ご感想いただきました! ありがとうございます! 返信はご感想欄にてっ!


◆◆◆お読みいただきありがとうございました!◆◆◆

少しでも「いいね」と思っていただけましたら。

【ブックマーク】・【ポイント】等にて、応援よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
エマともう一人の新人ちゃんがその後出会ったりするんだろうか。 中流階級にまで店の名声が届いて・・・
大変面白かったです! エマちゃんの優しさが報われて本当に良かったです。 あと、恥ずかしながら、狐の刺繍の描写から三毛狐と言う物を初めて知りました。 ミケと言ったら猫しか知らなかったので、他の作者様の異…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ