5.燃える貿易商とスパゲッティ・ミートソース
産業革命が生んだ圧倒的な生産力は、ブリティシアを貿易大国へと変えた。
その勢いはすさまじく、世界における貿易の約四割を占めている。
ブリティシア籍の船量に至っては、世界の商船トン数の約半分に迫るほどだ。
「み、見えたぞ! ロンドールドックだ!」
甲板の船員が、歓喜の声をあげた。
石炭を積んだ艀船を引く蒸気船や、荷を満載した小舟が行き交う賑やかなテームス川。
その中を、帆をたたんだ貿易船がゆっくりと遡っていく。
姿を現したロンドールドックには、巨大な石造りの倉庫が並び、クレーンが軋む音と荷役の掛け声が混じり合う。
岸には、積み下ろした荷を運ぶための荷車が列を成していた。
「ようやく、帰って来られた……」
船が接岸すると、船員たちは次々にタラップを降りる。
倉庫の壁に貼られた輸入品の広告、積まれた大量の木箱、そして立ち昇る煙に霞むセイント・ポール大聖堂の丸い屋根。
彼らの目に映るのは、活気に満ちた港町の風景だ。
見慣れたその景色に、思わず安堵の息がもれる。
「やっぱり、足元がしっかりしてるってのはいいもんだなぁ……」
「待てど暮らせど海ばっかりだったもんな。俺はもう、海なんて見たくもない」
「思ったよりきつかったよな……酔いもあったし」
初航海は、思った以上に大変だった。
進めど進めど海という日々を思い出し、ため息を吐く船員たち。
初めての海外貿易から帰ってきたこの船は、中地海に面するロマリア国へ、ブリティシア産の綿製品を輸出。
代わりに工業の進化で需要の高まっている、鉄鉱石を持ち帰る。
そんな約三か月の航海を、今まさに終えたところだ。
「積荷の内容確認、書類との照合なんかは係に任せて、メシでも行こうよ」
そう言い出したのは、若くして貿易会社を立ち上げたばかりの、碧眼の青年マセソン。
今回は自らも船に乗り込み、商品の売買を先導した。
「そうすっか……ちょうど腹も減ってたし、そろそろウマいものが食いたいと思ってたところだ」
「見飽きた海の上で食う味気ない船内食とも、これでようやく……ようやくお別れだな」
「いいものを食って、元気をつけようぜ……」
紺色のウール製コートに、ニット帽。
揃いのブーツを履いた四人は、マセソンに連れられる形で労働者街へとおもむく。
「……なあ。作ったばっかの会社だけどさ、俺たちまた船に乗るのか……?」
「「「…………」」」
返事はなし。
大きな野望を燃やして旅立ったはずの四人も、今ではすっかり意気消沈。
見つけた趣のある外観の店に、航海の話から逃げるようにしてドアを開いた。
「いらっしゃいませーっ!」
するとすぐに、短めのスカートをひるがえしながらエマが駆けてきた。
四人はそのまま、テーブル席に着く。
「ご注文は何にしますかっ?」
「「「「……あっ」」」」
そしてエマのそんな問いかけに、思い出したかのように声をあげる。
「俺たち、帰ってきたんだブリティシアに……」
久しぶりの故郷は、安心する。
安心はするが――。
「忘れてた……ここはブリティシアか……」
「ロマリアから帰ってきちゃうと、料理に期待はできねえよな」
「ようやく海から解放されたと思ったら、今度はメシかよ。これじゃ元気が出るどころか……」
故郷のメシはマズい。
その事実を思い出して、並んで頭を抱え出す船員たち。
「店員さん、オーダーが決まった」
「はいっ」
「この店で一番」
「一番……?」
「――――マシなものを頼む」
「ええっ!?」
てっきり「一番うまいもの」だと思ったエマが驚く。
するとマセソンが、説明を始める。
「あはは、ごめんね。ロマリアでは少しだけどバターやクリームなんかを使ったリゾットとか、オリーブオイルとトマトを使ったパスタなんかを食べてたんだよ」
「ああ……聞くだけで恋しくなってくんなぁ」
「向こうではトマト、玉ねぎ、ナス、ズッキーニなんかを中心にして、塩、オイル、ハーブで味を整えるんだよ。中地海沿岸ではタコ、イカ、アンチョビなんかを使った料理も多くてさ」
「それはおいしそうですねぇ……」
知らない料理と食材を聞いて、想像だけでうっとりするエマ。
「それでしたら、パスタはいかがですかっ?」
「……できるの?」
意外なエマの提案に、首を傾げるマセソン。
ロンドールでパスタが食べられる店なんて、聞いたこともない。
「はいっ! とってもおいしいですよ!」
「それならパスタを頼もうかな。ソースは任せるよ」
「かしこまりましたーっ」
駆けていくエマを見送って、船員たちは苦笑い。
「まあ、あんまり期待しないでおこうぜ。ここはロマリアじゃないんだから」
「そういうことだな。ロマリアと比べちゃかわいそうだ」
「そうそう。ここはブリティシアなんだから――」
「「「覚悟を、決めようか……」」」
久しぶりの『ブリティシア飯』に白目をむきながら、マセソンたちは料理の到着を待つことにした。
「おまたせしましたーっ!」
「「「「うおおおっ!?」」」」
テーブルに置かれたパスタを見た四人は、目を疑った。
小高く盛られた黄色いパスタは、どんなソースとも相性が良い定番の太さである『スパゲッティー』
そこに乗せられたミートソースはやや水分少な目の面持ちで、麺の山の天辺にしっかりと鎮座している。
振られた粉チーズとパセリの粉末も、見事に彩を添えていた。
「お、おい……」
「マジかよ……」
大盛りだが、見た目にも綺麗なのは達也のこだわり。
レベルの違いを思わせる盛り付けに、思わず四人面食らう。
「それじゃあ、食べてみようか」
マセソンの言葉に、皆一緒になってフォークで麺を口に運ぶ。
「「「「っ!?」」」」
全員、思わず顔を見合わせた。
牛ひき肉の旨味が凝縮されたソースは、トマトの酸味と赤ワインのコクが絶妙に絡み合い、ひと口目から大きな満足感を与えてくれる。
そこに熱でとろけたクリーミーなチーズが混ざることで、特有の塩気とまろやかさも加わっている。
麺はアルデンテに茹で上げられ、ソースとの絡みも申し分なしだ。
噛むたびに、ひき肉の粒感と玉ねぎの食感がしっかりと感じられ、同時に旨味とトマトの甘みが口の中に広がっていく。
「うまいっ!」
「こんなにうまいパスタが、ロンドールで食えるのか!?」
「こいつはすげえよ! ロマリアで食ったものでも、ここまで豪華じゃなかった!」
驚きの声をあげる船員たち。
マセソンは一言も発することなく、無心でパスタを喰らう。
体格こそ一番小柄なマセソンだが、まるで大きな渦潮の様に麺を吸いこんでいく。
「まだなくなってないけど、おかわりを頼むっ!」
「俺も!」
「俺もだ! もう四人分まとめて追加してくれ!」
「はいっ!」
そのまま、あっという間にミートソースを食べ尽くしてしまう四人。
その手は自然と、付け合わせのコンソメスープに伸びる。
「なっ!?」
琥珀色の澄んだ出汁からは、じっくり煮込んだ牛骨の旨味と野菜の甘みが確かに感じられる。
塩気は控えめで、素材の味が前面に出ている形だ。
派手さはなく口当たりも軽いが、繊細で芯もある。
「「「「はぁぁぁぁ……」」」」
安堵の息に似た、呼気がもれる。
そして繊細なスープの余韻を楽しんだ後にはまた、『食べたい』という欲求が立ち昇ってくる。
「ロンドールにうまいものなんてねえと思ってたけど……これは認識を改める必要がありそうだな」
「まったくだ」
思わず船員たちがつぶやいた、その瞬間。
「お待たせいたしましたーっ!」
最高のタイミングで、エマがやって来た。
テーブルに次のミートソースを置くと、四人同時に驚異的な速度で手を伸ばす。
ぶつかるフォークと、弾ける火花。
まるでフェンシングでもしているかのように、フォークによる激しいパスタ争奪戦が始まった。
「お代わりを頼んだのは俺だぞ!」
「だからなんだ!?」
「どうせ四つ来るんだ、少しくらい待てばいいだろっ!」
「ずぞぞぞぞ」
「あっ! ズルいぞマセソン!」
フォークで少しずつ取っていたのでは、間に合わない。
最終的には全員が顔を皿に寄せて、強引にパスタを吸い込みにいく。
「ふふっ。皆さん仲良しなんですね」
新しいパスタを持って来たエマが、楽しそうに笑う。
するとようやく、無言で食べ続けていたマセソンが顔をあげた。
「うちは昔からの仲間と立ち上げたばかりの、小さな貿易会社なんだよ」
どうやらこの四人は、古くからの友人同士だったようだ。
「これからはインディオや極東も視野に入れて、もっと大きな貿易をしていきたいと思ってるんだ」
「やってやろうぜ! もう次の航海が待ちきれねえよ!」
「おう! デカい貿易で、会社をビッグにしてやろう!」
「海が、俺たちを呼んでるぜッ!」
長い航海を終えて、ようやく帰ってきたばかりだったはずの男たち。
おいしい料理で腹が膨れれば、自然と気合が入ってくる。
消滅しかけていた新たな夢が、野望が、再び勢いよく燃え盛り始めた。
「メイドちゃん、お代わりを頼む! この店の料理、最高に元気が出るからな!」
「はいっ、わたしも元気をもらいましたっ」
「店主! 明日も食いに来ていいよな!?」
「もちろん」
「ロンドールにこれだけうまいメシを出す店があるんだ! 商家の落ちこぼれと言われた俺たちだって、やれるさ!」
「「「その通りっ!」」」
話し出せばもう、止まらない。
マセソンたちの熱い語りは、店の前を通りがかる人たちにまで聞こえるほどに賑やかだった。
満面の笑みを見せる、船員たち。
彼らは明日また、思わぬ形で『みけ』にやって来ることになる。
話数の入れ替えを行いました!
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