46.市場の真面目な料理人とざくざくコロッケ
「賑やかですねーっ!」
エマは背伸びをして、楽しそうに辺りを見回す。
小学校の校庭ほどの屋外広場に並ぶのは、たくさんの屋台たち。
スピタスフィールズ市場は毎日数千人が利用する、ロンドール最大級の卸売市場だ。
「本当だなぁ」
達也も目の前の光景に、思わず感嘆の声をあげた。
値段交渉や荷物を運ぶ音などが混ざり合い、絶えないざわめき。
ここでは青果物を中心に、主にロンドール東端の労働者階級を支えるための食材が売られている。
ロンドールについては、まだまだ初心者のエマと達也。
二人は時間を見つけては、一緒に街を探索することにしていた。
「祖父母と一緒に行ったこともあったけど、市場はやっぱり独特の活気があって良いな」
「達也さんの国でも、やっぱり市場は賑やかなんですね!」
「もちろん」
「ぜひ一度、見に行ってみたいです……!」
エマはまだ見ぬ食材を想像して、目を輝かせる。
ここスピタスフィールズに並ぶ商品は、リンゴ、洋梨、ベリー類といった果物。
キャベツ、ニンジン、ジャガイモ、カブ、玉ねぎを中心にした野菜類。
牛肉や羊肉を売る、精肉店などもある。
めずらしいところでは切り花、鉢植えといった商品を並べる花屋だろうか。
中にはハーブ類や、雑貨を並べている店なんかもある。
ただその商品には特徴があり、肉なら塩漬け肉の切れ端や、上流階級では下品とされている『モツ』など。
野菜や果物なら、傷のあるものや形の悪いもの、熟れ過ぎてしまったものなどが多い。
なぜなら新鮮なものは、早々に富裕層の買い付け人が押さえてしまうからだ。
そのうえ扱われる食材の種類も、フランク王国やロマリアの市場よりだいぶ少ない。
メシマズの国はすでに、市場からマズい。
とにかく『茹でまくる』文化も、このような原因があってこそだ。
「あっ、屋台が並んでますよ!」
料理の匂いを感じた瞬間、足が自然と駆け出してしまうエマ。
スピタスフィールズ市場は早朝から屋台や簡易キッチンが並び、料理人が腕を振るう場でもあった。
牛の胃袋の煮込みや、野菜のスープ、揚げ魚の切り身、マフィンなど。
腹持ちの良い料理が中心の屋台には、多くの労働者が集まっている。
スピタスフィールズは屋台や安食堂の仕入れ先としても重要な存在であり、まさにイーストエッジに住む労働者たちの食材供給源となっていた。
「……え?」
始まる昼食時。
困惑の声をあげたのは、荷車を引いてやって来た一人の中年男性。
中わけの黒髪が目立つ中肉中背の彼は、テッド・パーマー。
彼の『いつもの場所』にはすでに、店が作られていた。
見ればテッドのものであろう調理道具たちも、端の方に退けられてしまっている。
「ここは、うちの場所だけど」
テッドは指摘するが、場を占拠した男たちは余裕の笑みを浮かべてみせた。
「今日からここは、俺たちの場所になったんだよ。なあ? 管理人さん」
「その通りです」
男たちの声に応えたのは、市場管理人と呼ばれる運営側の中年男性。
同じ市場の中でも当然『位置の良し悪し』は存在し、良い場所は限られている。
そのため人通りの多い角地などは、場を巡ってケンカになることもあった。
そうなってくれば中には、運営側にワイロを贈ってでも良い売り場を取ろうとする者が現れる。
テッドは毎日誰よりも早く起きて準備をしていたが、そこを横取りされてしまったようだ。
「しかも、同じベイクドポテトだなんて……!」
それはテッドが、店に出している商品だ。
よって別人がこの場所でベイクドポテトを売るという事は、これまでテッドが続けてきた信頼をまるごと奪っていくことに他ならない。
「悪いな」
「さあ、邪魔ですから荷物を持って行ってください。早くしないと捨ててしまいますよ」
「っ!」
『買われた』市場管理人は、早い撤去を指示。
テッドが慌てて荷車に資材を乗せて移動すると、男たちはケラケラと笑い声を上げた。
場を追い出されたテッドは、とぼとぼと進む。
空いていたのは、人通りの多いスピタスフィールズの中でも隅に当たる場所。
付近にあるのは香辛料や雑貨の店で、人が少なく静かだ。
店を開いても、やはり客はやって来ない。
良い場所で同じ商品を出されてしまっているのだから、それも当然だ。
テッドは深く、ため息を吐いた。
「おいしそうですねぇ……!」
そんな片隅の屋台に、ご機嫌な足取りでやって来たのは一人のメイド少女。
おいしいものセンサーを働かせたエマだった。
「二つ、もらえますか?」
「は、はい。今、用意しますので……っ」
達也の注文に、この日初めてのベイクドポテトを出すテッド。
「おいひいですっ」
熱々のジャガイモにかじりついて、さっそくエマが笑顔を浮かべる。
「良いジャガイモを、持って来ていますね」
形こそ悪いが、新鮮なものを選んでいるのだろう。
しっかりと焼かれてホクホクのジャガイモに硬い部分はなく、塩加減も見事。
芽の部分も、綺麗に取り除かれている。
これなら安く仕入れたジャガイモでも、おいしく食べられる。
言葉数こそ少ないが、真面目に仕事をこなす人間なのだろう。
手にした料理を見て、達也はそう感じた。
「……ありがとう。でも、もう売り上げに期待はできない」
「それはどうして?」
テッドが告げる『島流し』の経緯。
またベイクドポテトは鉄板で焼くだけのシンプルな料理ゆえに、味にそこまで大きな差は出ない。
それなら客は、わざわざ市場の隅まで来たりはしない。さらに。
「ほらそこのお兄さん、食べて行って!」
男たちは、客引きも手慣れたものだ。
強引に腕を引っ張って、客の奪い合いにも勝利していく。
「…………」
言葉数の少ないテッドは、その分も手間をかけることでがんばっていたのだろう。
「……なるほど」
かつての賑わいを思い出して、落胆の息をつくテッド。
行き場を失った経験のあるエマも、悲しそうにしている。
そんな二人の姿を見た達也は、思わず声をかける。
「それなら一度、うちにジャガイモ料理を食べに来ませんか?」
「……え?」
意外な誘いに、戸惑いながらもうなずくテッド。
「これは……っ!」
そんな達也の言葉を聞いたエマが、キラリと目を輝かせた。
◆
「いらっしゃいませーっ!」
閉店直後の『みけ』にやって来たテッドを、エマはさっそくカウンターへと案内する。
「ちょうど今、揚がったところです」
そう言って達也は、鍋から小判型の揚げ物を取り出した。
それから油を切って小さな紙袋に入れると、熱々のままテッドに差し出す。
「これは……揚げ物?」
琥珀色の表面をしたその一品はよく揚がっていて、端は濃いきつね色になっている。
ブリティシアの現状に合わせた、荒めのパン粉をまとった表面は、わずかにトゲトゲした感じだ。
見せるやや鈍い光沢には、そこはかとない色気がある。
「コロッケと言います、どうぞ」
「い、いただきます」
テッドは言われるまま、一口。
「っ!」
かじった瞬間、衣の鳴らした軽快な音に驚いた。
粗いパン粉は熱した牛脂でしっかりと揚げられ、ザクッと気持ちの良い音を響かせる。
外側は香ばしく、ほのかに甘い。
パン粉に染み込んだ牛脂の香りが、パンの耳を焼いたかのような甘さと共に、鼻へ抜けていく。
そして内側は、対照的にやわらかい。
潰したたっぷりのジャガイモが崩れ、大地の味と共に玉ねぎの甘みがじんわりと広がる。
肉は少な目で、わずかなひき肉がその旨味をふわっと感じさせる程度に混ざっている。
それは揚げる際に使った牛脂が、ジャガイモや玉ねぎの甘さと合わさると、コクが一気に深くなるため。
また牛脂は熱を入れると、焼肉を思わせる香ばしい肉の香りが出るからだ。
だからこそ味つけはシンプルに、塩と胡椒のみ。
それによってジャガイモ本来の味と玉ねぎの甘み、牛脂の香ばしさ、粗い衣の食感がしっかりと感じられる。
驚くほどの満足感だ
「なんて……おいしい料理なんだ」
これには思わず、深く息をついてしまうテッド。
「初めて食べたけど、素晴らしい料理だ……ジャガイモを、こんな形でおいしくできるなんて……」
「本当ですねぇ……っ」
見ればいつの間にかエマも、隣で足をパタパタさせながら喜んでいる。
「良かったら、作ってみませんか?」
「……え?」
「それなりに手間がかかるから、誰にでもできるものではありません。でも……あなたなら良いものが作れると思って」
まさかの言葉に、驚きを見せるテッド。
しかし、決断は早かった。
「……やります。いや、やらしてくださいっ!」
こうして物静かな男の目に、静かな熱意の炎が灯った。
◆
「スピタスフィールズのジャガイモと言えばうちが一番! さあドンドン食べて行って!」
『買われて』しまった場所は、すっかりワイロ男たちのものになってしまった。
今日も店の前には大勢の人が行き交い、見事な客引きで商品を次々に売り上げていく。
そんな中、テッドは市場の端で一人静かに準備を始める。
男たちが声を張り上げている『かつての場所』に比べて、やはりここは人通りが少ない。
料理店を出すには、最悪の場所と言えるだろう。
それでも朝の場所取りには、参加しなかった。
その時間を、下準備に回すことにしたからだ。
テッドは言葉もなく、フィッシュアンドチップスの調理などにも使われる鉄鍋に、牛脂を流し込む。
そして炭火で、しっかりと熱していく。
取り出したのは、小判型の『タネ』を一つ。
熱した牛脂に、そっと滑らせる。
――――ジュウッ!!
市場の空気を切り裂くような、乾いた、しかしどこか柔らかさのある音が鳴った。
「「「――っ!?」」」
その瞬間、多くの来場客たちが一斉に振り返った。
続けてパチパチパチと、細かい泡が弾け出す。
油がジャガイモの水分を奪いながら、表面をゆっくりと固めていく音だ。
これだけでは終わらない。
コロッケをひっくり返す瞬間には、さっきより深いジュウウウという低い音が鳴り始める。
「なんだ、この匂い……」
「イモか? いや、もっと香ばしいな」
鮮烈な揚げ音に続き、炒めたタマネギと焼けたパンの香りが混ざったような、良い匂いが広がり始めた。
自然と客の足が、テッドの店の前に集まり出していく。
「なあ……一つ、いいか?」
「はい、どうぞ」
我慢できなくなった一人の男が、コロッケを購入する。
そして新聞に包まれた熱々の一品に、かじりついたその瞬間。
「う、うまい……っ! うまいぞこれっ!!」
そのおいしさに、思わず声をあげてしまった。
すると様子をうかがっていた者たちも、即座にテッドの元へ駆けつける。
「おお! 確かにこれはうまいっ!」
「外はカリカリ、中がほっくほくじゃないか!」
「ほのかに肉の味もするぞ!」
塩漬けの端肉でも、牛脂で揚げれば風味がしっかりと出る。
そして肉の味がするというのは、労働者にとってはうれしい贅沢だ。
そのうえで味自体もうまいとあっては、食べない理由が何もない。
「このカリカリでホクホクの感じ、これは上手に揚げられてるな」
「ジャガイモでこんなにうまいものを作っちまうとは、いい仕事してるぜ……!」
口々にテッドの丁寧な仕事を、賛辞する者たち。
こうして「あの屋台は良い仕事をする」という言葉が市場に広がれば、状況は一変する。
テッドの屋台に向けて、自然と生まれる人の流れ。
「なんだ、これ……」
それはかつての『場所』が、閑散としてしまうほどだ。
ワイロで場所を買った男たちは、困惑することしかできないでいた。
同じジャガイモ料理。
だがテッドはロンドールの料理に決定的に欠けている『手間』を、惜しまない。
そこに生まれる大きな差を一度感じてしまえば、作りの雑なものは自然と選択肢からこぼれ落ちてしまう。
あっという間にこの日一番の賑わいを見せ出す、テッドの屋台。
「こんにちはーっ!」
「調子はどうですか?」
そこに現れたのは、様子を見に来たエマと達也。
「……ありがとう、見ての通りだ。全て……君たちのおかげだよ」
喜びに思わず、目を細めるテッド。
その言葉に、達也は静かに首を振る。
「いいえ。丁寧な仕事はとても大事なんだと、あらためて教えてもらいました。これはあなたが続けてきた……愚直な日々の結果ですよ」
達也の住む国では、『食べ歩き界』の王者の一角であるコロッケ。
それがこれまで光の当たらなかった、テッドの丁寧な仕事ぶりと合わされば、ブリティシアでもそのパワーをいかんなく発揮する。
賑わう店と、忙しそうにするテッド。
そのまぶしさは、これから多くの人を引き付けていく。
――――賑わう屋台を一人見つめる、外国人の女性まで。
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