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【1章完結】メシマズ大国の料理店~キッチン・みけの店ごと英国転移譚~  作者: りんた


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41.初給料とお買い物

 アーチ型の大きな出入口を持つ、赤レンガの建物には『POST OFFICE』の文字。

 分厚い木製カウンターの上部に取り付けられた、盗難防止の鉄格子が物々しい。

 その背後には棚がびっしりと続き、手紙の束、帳簿、羽ペンなどが垣間見えている。

 居並ぶ局員は金ボタンの黒ジャケットに白いシャツ、きっちり整えた髪が折り目正しく、どこか厳格な雰囲気だ。


「はぁ、緊張しちゃった……!」

「郵便局は、独特な雰囲気があるものね」


 初めての給金でする、初めての仕送り。

 産業革命時のブリティシアでは、仕送りを郵便で行う。

 かつては現金を巡回商人や運送業者に預けたり、同郷の者に託すという少し危険な賭けが必要だった。

 それも郵便馬車が全国を走り出したことで変わり、今ではかなり安全に行うことが可能となった。


「残りは何に使うつもりなの?」


 アンナ・マリーがたずねると、エマは楽しそうに笑う。


「少しお買い物をしようと思って!」


 踊るような足取りで進むエマが、初めての給金で買うものは何か。

 アンナ・マリーも、楽しみにしながら続く。

 しかしエマは、可愛い帽子やショールが並ぶ古着屋を素通り。

 続く雑貨屋の髪留めやリボンには目を留めたものの、立ち止まることはなし。


「何を買うつもりなの?」

「前に達也さんと歩いてた時に、すっごくキラキラしてるのを見つけたの!」

「それって、まさか……」


 そんなエマの言葉に、わずかに息を飲む。

 なぜならブリティシアにも、男女ペアでペンダントを持つといった感じの、カップルならではの文化があるからだ。

 思わずドキドキしながら、楽し気なエマの後を追うアンナマリー。


「……ここ?」


 思わず見せる困惑。

 すっかりご機嫌のエマがたどり着いたのは、シティ・オブ・ロンドールの一角にある堂々たる三階建て。

 磨かれた外壁が美しい石造りの店は、その正面を濃いマホガニー色の木材で飾り、金文字で店名を飾っている。

 大きなショーウィンドウを持つその店に、エマはワクワクしながら入店する。


「わあ……」


 そして、感嘆の声をあげた。

 広いショールームには、並ぶガラスケースと黒いジャケットの店員たち。

 各所でキラキラとした輝きを見せるこの店は、銀器の専門店だ。

 アンナ・マリーはドレス姿の客を見て、すぐに自分たちが場違いだと感じ取る。


「お嬢さん、受取ですか? それとも修理の持ち込みで?」


 高級店にやって来た二人のメイドを一瞥して、店員がたずねてきた。

 その問いは『客』ではなく、『使い』に向けられるものだ。


「わたしのお買い物できましたっ」

「……さようですか」


 思わぬエマの答えに、店員が向ける笑顔。

 それは上流階級の婦人たちに見せるものとは、明らかに違う。

 丁寧だが、冷たい。

 店員は高価な棚には近づけないよう、自然に立ち位置を調整。


「それでは、こちらへどうぞ」


 店の端にあるショーケースに案内すると、そそくさと場を離れて行った。


「……きれい」


 並んだ銀器は、どれも美しい。

 エマは、ケースに飾られていた一つのセットに目を奪われた。

 フォーク、スプーン、ナイフと、統一された彫金を施された銀器は、シンプルながらも上品な優美さを備えている。

 思わず、ジッと見つめてしまう。

 さっそく良いものが見つかって、うれしそうにほほ笑んだエマ。

 決断は早かった。


「あのっ」


 さっそく店員を呼ぶ。

 しかし、返事はなし。


「あのーっ」


 再び呼びかけるが、忙しそうにしている店員はさっさと場を離れて行ってしまう。

 あえて、エマたちを気にしていない素振り。

 声を掛けようにも、完全に『放置』されている状態だ。


「え、ええと……」


 疎外感のある空気に、歓迎されていないことを察し始めるエマ。


「忙しくて、聞こえてないみたいね」


 ここでアンナマリーが、機転を利かせる。

 エマにとっては特別な、ロンドールにやって来て初めてもらった給金での買い物だ。


「少しよろしいですか? 私――――ローズベリー家から来たのですけど」

「っ!!」


 通りがかりの店員に聞こえるよう家名を出した瞬間、その態度が変わる。


「いかがされましたか……!?」

「少し商品を見せていただきたいのですけど」

「かしこまりました。どうぞ、ご覧ください……!」


 高級住宅地メイフェリアにハウスタウンを持つほどの家は、それだけ強い。

 駆けつけてきた店員は、すぐさま対応を丁寧なものに切り替えた。


「わあ……っ!」


 ショーケースから取り出された銀のカトラリーは、やはり美しい。


「こちらはシルバープレートですが、職人の見事な技術がしっかりと込められています」

「これをくださいっ!」

「かしこまりました」


 早い決断に、さっそく会計を始める店員。

 しかしエマの行動に、あらためて驚きの表情を見せる。


「……現金で、お買い上げですか?」


 労働者階級に属するメイドが、安いとは言えない銀器を『家名によるツケ』なしで買うことは基本ない。

『金』の出所を邪推して、微妙な表情を見せる店員。しかし。


「私たちが、気軽に使えるものを探して来いと言われていまして」

「そういうことでしたか」


 アンナ・マリーの言葉に安堵を見せた店員は、会計をスムーズに完了。

 綺麗な小箱に入ったカトラリーを受け取ったエマは、うれしそうに店を出る。


「いくら食べるのが好きだからって、そんなに何本も買わなくても……朝、昼、夜で使い分けるの?」

「えへへ」


 シルバープレ―トは、食器本体を銀でコーティングすることで作られる美しい一品。

 エマが選んだのはフォークとスプーン、そしてナイフを複数本ずつ。

 たくさんのカトラリーが収められた箱を手に、ニコニコと笑顔でいるエマを見て、思わず笑みがこぼれる。

 こうして初の給金でのお買い物は、アンナ・マリーの機転一つで無事に成功。

 二人は『みけ』に帰って来た。


「ただいま戻りましたー!」

「おかえり、さっそく何か買ってきたのか?」

「はいっ」


 ちょうどお客さんの姿も、なくなったタイミング。

 すっかりご機嫌なエマはうなずくと、そのままカウンター席に腰を下ろした。

 そして、あらためて二人に向き直る。


「これ、アンナちゃんと達也さんに」


 そう言って、買ってきたばかりのカトラリーの箱をカウンターの上に乗せた。


「アンナちゃん」


 まずはアンナ・マリーの方を向き、頭を下げる。


「アンナちゃんがロンドールに来てくれて、本当に良かった。いつも心配してくれてありがとう」


 そういってほほ笑むと、次は達也。


「行き場を失くしたわたしを見つけてくれて、ありがとうございました。今こうして毎日が楽しいのは、達也さんがいてくれるからです」


 箱の中にはフォーク、スプーン、ナイフを三本ずつ。

 合計九本ほどが並んでいた。


「私にとって、すごく大切な二人。だから……おそろいのものが持てたらいいなと思って」


 それが、カトラリーを選んだ理由。

 エマはうれしそうに、並ぶ銀器を見つめている。


「ありがとう。それならさっそく使わせてもらうよ」

「っ!」


 そう言って達也が鍋を取り出すと、エマは新品のフォークとスプーンを両手で持って待機モードへ突入。


「アンナちゃんもぜひ食べて行ってくれ。何か、嫌いなものはある?」

「いいえ」


 確認を済ませると、達也はすぐに調理を開始。

 とっさに始めたにもかかわらず、その動きはあまりにスムーズだ。

 そのまま見事な手際で料理を完成させると、カウンターに並べていく。


「はい、お待ちどうさま」

「わあーっ! おいしそうっ!」

「本当……これは何ていう料理なんですか?」

「ロールキャベツだよ」


 やや深めの皿には、黄金色のコンソメスープ。

 その表面には、バターが作る細かな光の輪がいくつも輝いている。

 中央には、ふっくらとした淡い黄緑色のロールキャベツ。

 しっかり煮込まれることで葉脈まで柔らかくなり、端がほんの少しだけ透けている。

 その身は柔らかく、ナイフを入れると抵抗なくスッと抜けていく。

 すると中からふっくらした肉だねが汁と共に顔を出し、肉のぎゅっとした詰まりっぷりを披露する。


「いっただっきまーす!」

「いただきます」


 フォークで取って、一口。

 煮込まれたキャベツはとろりと柔らかく、噛むと穏やかな甘みがじゅわっと広がる。

 さらに、ふんわりと空気を含んだ豚肉の旨味が、肉汁と共にあふれ出した。

 口の中をいっぱいにした豊潤なうまさの中には、玉ねぎの甘みと胡椒のかすかな刺激も混じっている。

 肉の旨味と野菜の出汁が混ざり合うことで生まれる、豊かな香り。

 意外な『食べがい』が一体になることで、優しい味付けなのに満足感も十分だ。


「おいしいですっ!」

「本当。こんなに柔らかくて、おいしいキャベツを食べたのは初めて……」


 思わず顔を見合わせて、笑う二人。

 それを見て、達也も一緒になってロールキャベツを食べ始める。

 今度はニンジンとジャガイモ、そして小さなブロッコリーで飾られたスープを、スプーンですくって口に運んでみる。

 すると透明感のあるスープにもかかわらず、驚くほど深いコクが舌に広がった。

 豚肉の旨みと野菜の甘み、そしてロールキャベツから染み出した肉汁の全てが、コンソメと一体になっている。

 ロールキャベツが持つ旨みの全部を受け止め、最後に主役となってみせたスープを、三人は早々に飲み干してしまった。


「はあー、おいしいです……」

「本当、見事ねぇ……」


 思わずもれるため息。

 同時にアンナ・マリーは、達也の腕に驚いていた。

 上流階級家庭でも見ないような、華やかでおいしい料理は最高の一言だ。


「……あっ」


 そして、気づく。

 言葉にしていないが達也は、エマの選んだ三つのカトラリーを、全て使う料理を選んでいた。

 買ったばかりの銀器を使って、三人で食べるおいしい料理。

 エマはずっと、ご機嫌なままだ。

 達也にとっても、初めての店員となったエマにもらったカトラリーは特別なものなのだろう。

 アンナ・マリーは料理の実力だけでなく、そこに込める気遣いまでをも目の当たりにした。

 思わず、じっと達也を見つめる。

 この人なら、安心だろうという思いと共に。


「……もうそろそろ、いいよな」

「っ!?」


 だからこそ、そんな達也のつぶやきに思わず跳び上がる。


「ま、待ってください! そろそろってなんですか!?」


 それはアンナ・マリーにとって、まさかの言葉だった。


「まだ、まだエマには早いですっ!」

「そんなことないと思う。もっと早くてもいいくらいだった」

「いいえ! まだまだ早いですっ!」


 大きくブンブンと、首を振ってみせるアンナ・マリー。


「エマちゃん」

「はいっ」


 しかし達也は止まらずエマの前に立ち、その手を伸ばした。


「これ、良かったら」


 その手には、キッチン・みけのキツネを模した小さな刺繍のワッペン。


「これって達也さんも胸に付けてる、お店の……ありがとうございますっ!」


 キッチン・みけの店員の証である、キツネの刺繍。

 受け取ったエマは、うれしそうに笑う。


「あっ、そういう……」


 どうやら達也は、『みけ』のワッペンを渡すのが『遅くなった』と言っていたようだ。

 その事実に気づいたアンナ・マリーは、即座に赤面。


「達也さん、アンナちゃん……『早い』って何のこと?」


 そこに、二人がすれ違っていたことなど知らないエマが問いかけた。


「あっ、ええと、それはその……っ!」

「よく分からないけど……アンナちゃんなら、早くないの?」

「っ!?」


 まさかの問いに、言葉を失うアンナ・マリー。


「……どう、でしょぅ」


 いよいよ首まで真っ赤になってしまうと、恥ずかしさに顔をうつむかせてしまう。

 そんなアンナ・マリーに、首を傾げるエマと達也。

 三人の楽しい時間は、こうしてあっという間に過ぎて行ったのだった。



   ◆



「お待たせいたしましたー! こちら唐揚げ定食になりますっ!」

「ありがとう……って、あれ?」


 唐揚げ定食を注文した、工員ハリソンの目が留まる。

 見ればご機嫌なエマのポケットに、銀に輝くカトラリーが潜んでいた。


「……エマちゃん」

「はいっ」

「そのフォーク、いよいよ客の皿から――――直でいくつもり?」

「違います――っ!」


 ポケットに忍ばせたフォークとスプーンを見て、容赦のない『強盗食い』を敢行しようとしていると考えた、ハリソンの問いかけ。

 エマは全力で、首を振って否定する。

 こうして今日も笑い声が響く『みけ』を、元気に駆けるエマ。

 その胸元には刺繍で作られたキッチン・みけのキツネが、得意そうに笑っていた。

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エマ「違います!違いますが、3回怪しむたびに1回実行させて頂きますね、全部ハリソンさんのお皿から!」じゅるり
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