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【1章完結】メシマズ大国の料理店~キッチン・みけの店ごと英国転移譚~  作者: りんた


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40.『大変』なエマとアンナ・マリー

「ねえエマ、最近はその……どう?」


 アンナ・マリーが、探るような口調で問いかける。


「ふ、二人っきりで、何かあったりしない……?」


 今日も開店前の時間に、ローズベリー家でティータイムを楽しんでいたエマ。

 少し神妙な面持ちで答える。


「この後ちょっと……大変なことになるかもしれない」

「っ!?」


 男女二人で営業している、キッチン・みけ。

 エマの答えに、空想の激しめのアンナ・マリーは顔を真っ赤にする。


「こっ、この後!?」

「アンナ・マリー、力になってあげなさい」

「は、はいっ! 分かりました!」


 エレノア婦人の一言で、アンナ・マリーはすぐさま帰りの馬車を用意。


「それでは、行ってきます!」


 その頬を赤くしたまま馬車に駆け込むと、エマと二人『みけ』を目指して走り出す。


「これはお店の雰囲気や経営状況、エマと店主さんの、か、関係性を確認する絶好の機会……っ!」


 イーストエッジにたどり着くと、アンナ・マリーは先導するかのように前に立ち、そのまま『みけ』へ特攻。

 勢いのまま、『みけ』のドアを開け放った。


「エマにはまだ――――早いですっ!」


 そこには、いつも以上の仕込みを行っている達也の姿。


「ああ、おかえり」

「はいっ、ただいま戻りましたーっ!」


 元気に応えたエマは、アンナ・マリーの肩に両手を置きつつ告げる。


「達也さん! 今日はアンナちゃんが、お手伝いに来てくれましたーっ!」

「……えっ?」

「それは助かるな。今日も……大変なことになるだろうから」

「えっ? えっ?」


 困惑するアンナ・マリーに、エマが告げる。


「何日か前から、お店が大忙しなんだよーっ! 昼間はもう、お客さんでいっぱいなの!」

「……大変って、そういうことっ!?」


 エマの言う『大変』の意味を完全に勘違いしていたことに気づいて、一瞬で顔を真っ赤にするアンナ・マリー。

 どうやらエマは、仕事が忙しくなることを『大変』と言っていただけのようだ。


「助かるよ。お礼はどうすればいいかな」

「いえ、その……さっきの『まだ早い!』みたいな発言を忘れていただければ……」


 お礼の仕方を考える達也を前に、顔を赤くしたまま応えるアンナ・マリー。

 この話題から逃げるように、『みけ』の仕事内容をエマに教わり始めるのだった。

 開店時間は、すぐにやって来た。


「いらっしゃいませーっ!」


 エマがドアを開けると、そこにはすでに開店待ちの列。

 待っていましたとばかりに、客が店内へなだれ込んでくる。


「サンドイッチを頼む! 持ち帰りで!」

「俺もサンドイッチを一つ!」

「こっちは生姜焼きとエールをセットで!」


 各所に持ち出されていったサンドイッチは、様々な人の目に留まることになった。

『みけ』の始めたタマゴとBLTのセットはすぐさま人気商品となり、昼食時は大忙しに。


「お待たせいたしました。こちら生姜焼き定食になります」

「おっ、新人かい?」

「いいえ、助っ人です」


 エマとは少し違う、楚々とした対応はローズベリー家のメイドならでは。

 アンナ・マリーは上流階級仕込みの立ち振る舞いで、見事に客をさばいていく。さらに。


「エマ、スプーンの本数が足りてないわよ」

「ありがとうーっ」


 エマの小さな忘れ物に気づいて、トレーにスプーンを乗せてフォロー。

 さすがの動きを見せる。


「っ!」


 しかし新たにやって来た客を見て、その動きを止めてしまった。

 怪我をしている老人の対応など、まるで要領が分からない。


「アーロンさん、いらっしゃいませーっ!」


 すると困るアンナ・マリーを助ける形で、エマが対応。

 元海軍士官アーロンの隣に並ぶと、一番近いカウンター席へと案内する。


「達也さん、カレーをお願いしますっ!」

「はいよ」


 こうして骨折でバランスのおぼつかないアーロンを、見事に案内してみせた。


「ありがとう、エマ」

「えへへ」


 二人は息の合った仕事ぶりで再び、大忙しの昼食時をテキパキと片づけていく。


「いらっしゃいませーっ!」


 すると今度は、『駄メイド』のオリビアが肩を落としながらやって来た。


「またメイド長に、怒られちゃった……」


 ジャケットポテト作りで雇い主の評価を上げることには成功した彼女だが、まだまだミスも多いようだ。

 すっかり元気を失くしてしまっている。


「何か、おいしいものが食べたいんだけど……お勧めはある?」


 メニューを眺めるオリビアの隣で、ワクワクしながら注文を待っているエマ。


「元気を出したい時は、スープ料理なんかがお勧めですよっ」

「それなら今日は……このミネストローネっていうのにしてみようかな」

「はいっ、少々お待ちくださいっ!」


 エマは「そう来ましたか!」みたいな顔でオーダーを通す。

 それからあらためてカトラリーを用意すると、完成した料理を持って戻って来た。


「お待たせいたしましたーっ! ミネストローネになりますっ!」

「……きれい」


 思わず息を飲む。

 まずは何より、色の鮮やかさだ。

 穏やかな赤味を見せるスープに、たっぷりの具材。

 その天辺に散らされたパセリによる緑色が、とても美しい。

 スプーンですくった瞬間に立ち昇るのは、トマトとニンニク、そしてオリーブオイルの混ざった柔らかな香り。

 そこに軽く炒められた野菜たちの甘みが、ふわっと広がる。


「いただきます……」


 スープを口に含むと、トマトの酸味は驚くほどにまろやか。

 独特の『尖り』が、すっかり丸くなっている。

 そこに続くのは、素晴らしい存在感を持つ具材たちだ。

 小さな角切りのジャガイモは、崩れる直前の柔らかさ。

 噛むほどに甘みを出すキャベツと玉ねぎがスープに溶け込んで、全体を優しくまとめている。

 そしてここで主役に躍り出るのは、斜め切りにされたウィンナーだ。

 噛んだ瞬間にじゅわっと旨みと脂を広げて、味の軸になる。


「おいしい……」


 野菜の甘みとウィンナーの旨味は、このスープを満足感がありながらも優しい味に仕上げている。

 何よりスープ特有の温かみに、思わずホッとしてしまう。

 おいしいスープは落ち込んだ心に……すごく効く。


「はあ……」


 オリビアが、思わずもらす安堵にも似た吐息。


「おいしそうですねぇ」


 気が付けば、エマが羨ましそうに見ていた。

 思わず笑みがこぼれるオリビア。

 いつでも元気なエマが、おいしい料理を持って来てくれる。

 それだけでまた、前向きになれる気がする。

 忙しさの中にも、確かに感じる『みけ』の温かさ。

 ――――事件が起きたのは、そんな瞬間のことだった。


「あれ? 唐揚げがいつもより一個少ない」


 声をあげたのは、すっかり好物になった唐揚げ定食を受け取ったばかりの工員ハリソン。


「エマちゃん」

「はいっ」

「……やった?」

「なにをですか?」

「盗み食い」

「やっていません! これでも品行方正なメイドさんを心掛けているんですよっ!」


 それは聞き捨てならないとばかりに、ブンブン首を振るエマ。


「そうだよね! アンナちゃん!」


 即座に、親友のアンナマリーに加勢を求める。


「……たぶん」

「たぶんってなにーっ!?」


 しかし昔から腹をすかせた狼のような目をする瞬間を何度も見てきたアンナは、『ない』とは言い切れない。


「正直に話してごらん、怒らないから」


 お調子者のハリソンは、楽しそうにエマを問い詰める。


「してないですーっ!」


 それでもエマが、さらに大きく首を振ったところで――。


「……ああ、すまない。他の器の影に隠れていたみたいだ」


 とにかく慌ただしいキッチンでは、どうしても見落としが出てしまう。

 達也は一言わびて、唐揚げを二つハリソンの皿に乗せた。


「ハリソンさん……?」


 濡れ衣のエマは、ジッと抗議の目でハリソンを見つめる。


「疑ってすまん! どうぞ、食べてくれ!」

「いいんですかっ!?」


 しかしエマ、達也に負けじとちょろい。

 皿を掲げて献上するハリソンのもとに向かうと、その目を輝かせながら――――皿を手に取った。


「皿ごと!?」


 ハリソンは唐揚げを一つ献上するつもりだったが、まさかの皿ごと持っていかれて驚愕。

 勘違いに気付いたエマも、一瞬で顔を赤くする。


「……あっ、お、お仕事中ですのでっ!」


 そしてごまかすように言って皿を返すと、慌てて料理の提供に戻っていく。


「「「あははははははは――っ!」」」


 これには落ち込んでいたオリビアも、他の客たちと一緒になって笑う。

 おいしいものを食べてゲラゲラ笑えば、いよいよ元気がわいてくる。


「エマならではの距離感……もうすっかり、このお店にとって大切な存在になってるのね」


 隙を見つけてはエマの様子をうかがっていたアンナ・マリーも、楽しそうに笑う。

 見たことのない、おいしそうな料理が次々に出てくるキッチン・みけ。

 誰もが楽しそうなこの店には、『みけ』ならではの温かさがある。


「はい次、サンドイッチの提供よろしく」

「「はいっ!」」


 達也とエマ、そして見事な助っ人ぶりを見せるアンナ・マリーの活躍で店は回る。

 こうして『みけ』は、忙しい昼食タイムを無事に乗り越えたのだった。



   ◆



 昼食時を過ぎれば、仕事にも一気に余裕が出てくる。

 この後は一息つきながら、夕食に備えた仕込みなどをしていく時間だ。


「ずいぶん忙しかったですけど、人手はちゃんと賄えているんですか?」

「まかないの話ですかっ!?」


 そんな問いかけに、風切り音を鳴らす勢いで振り返ったエマは両手にフォーク。

 アンナ・マリーは、苦笑いしながら首を振る。


「普段は忙しいながらもしっかり捌けてるよ。ここ数日は急なサンドイッチ人気で大変だったけど、さすがに落ち着いてくるはずだ」


 突然の流行で、数日ほど忙しさを増していたキッチン・みけ。

 しかしすでにサンドイッチは定番化していて、過剰な熱は落ち着つくと達也は考えているようだ。


「そうだ、エマちゃん」

「……まかないですか?」

「昼はもう食べてるよ……そうじゃなくて、これを渡しておかないと」


 そう言って達也は、一枚の封筒を手渡した。


「これって!」

「バタバタし続けて遅くなっちゃったけど……エマちゃんのおかげで本当に助かってるよ、ありがとう」


 エマはメイドになるために、ノンフォークの田舎からはるばるロンドールへとやって来た。

『みけ』で働き始める際に、先んじて必要経費や生活費などをまとめてもらっていたが、自分で働いて給金を得るのはこれが初めて。

 その重みと達成感にエマは、満面の笑みを見せる。


「はいっ! こちらこそ毎日おいしい賄をありがとうございますっ!」

「そこなの?」


 クスクスと笑うアンナ・マリー。


「でも……良いところで働いているのね」


 労働者街イーストエッジの店に、紹介状なしで雇われる。

 幼馴染のそんな状況を常に不安に感じていたアンナ・マリーも、ここでようやく安堵の息をつくことができた。

 それは一緒に『みけ』で働いたことによって、エマの楽しそうな笑みが本物だと確信できたからだ。


「アンナちゃんも、これ今日のお礼ね」

「ありがとうございます」


 達也は見事な働きでピークタイムを助けてくれたアンナ・マリーにも、謝礼を渡す。


「あのっ、さっそく少し出てきてもいいですか?」

「ああ、この時間なら大丈夫だと思う」

「はいっ! 行ってきます! アンナちゃんも一緒に行こう!」


 こうして初めての給金を手にしたエマは、アンナ・マリーと共にうれしそうに『みけ』を飛び出して行ったのだった。

誤字報告、ご感想ありがとうございます! 適用させていただきました!

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― 新着の感想 ―
ミネストローネ、名前と見た目を始めてみた時は辛いんかな? とか思ってた記憶。実際はトマトのまろやかさで優しい味なんよね。 そしてエマは賄で唐揚げ定食を2皿に・・・ そういえばお給金はいいとして、食…
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