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【1章完結】メシマズ大国の料理店~キッチン・みけの店ごと英国転移譚~  作者: りんた


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39.逆襲のヴィクトルとパリパリ餃子

「た、ただいま……」


 ガス灯の炎揺らめく、ロンドールの夜。

 家族に見つからないよう、そーっと我が家に帰宅したのは、仕立ての良いジャケットに高いハットを乗せた小太りの中年男性だ。

 ブリティシアの貴族に名を連ねる彼の名は、ヴィクトル・キャベンディッシュ。


「っ!」


 その目が見つけたのは、愛娘のエリザだった。


「エ、エリザ! 待ってくれエリザ!」


 ヴィクトルは呼びかけるが、エリザはそそくさとその場を去っていく。


「……貴方、またですか?」


 するとため息をつきながらやってきた妻が、顔をしかめた。

 そしてヴィクトルのまとう臭いから逃げるように、さっさと娘の後を追いかけていく。


「お、おいっ! 待ってくれ、待ってくれーっ!」


 こうして今日も『みけ』でたっぷりとジャーマンポテトとエールを楽しんだヴィクトルは、最愛の家族による冷遇を受ける。

 それはニンニクが上流階級において、外国の下品な食物として軽蔑されているからだ。

 それにも関わらずヴィクトルは、ニンニクを強く効かせた料理に大ハマり。

 今では週に三度も四度も店に通い、その度にジャーマンポテトを食べまくっているのだから無理もない。


「……これも全て、あの『みけ』という店と小悪魔メイドのせいだっ!」


 わき立つ怒りに、ヴィクトルは拳を震わせる。


「気高きブリティシア貴族が、このまま労働者街の料理店に負けたままで良いはずがないっ!」


 産業革命時のブリティシア貴族は、プライドの塊。

 ついにヴィクトルは、『みけ』に立ち向かうことを決意した。

 そして思いつく、一つの作戦。


「ふっふっふ。これならあの店の誘惑を断ち切ることができるぞ! ニンニク料理に勝利することで、輝かしき栄光を取り戻すのだ! 我が名はヴィクトル・キャベンディッシュ! 麗しきブリティシアの貴族なり!」


 密かなる宣戦布告は、夜のキャベンディッシュ邸に響き渡った。



   ◆



 翌日の夜、逆襲のヴィクトルはさっそく馬車に飛び乗り『みけ』へとやって来た。


「くっくっく、待っていろ『みけ』……我が勝利は確実だ!」


 思わずもれる笑い声。

 この作戦ならもう、小悪魔エマの誘惑に負けることもない。


「そもそもあの店はジャーマンポテトが飛び抜けてうまいだけで、他の料理は大したことないはずだっ!」


 よって今夜は別の料理をオーダーし、上流階級の食事を知る自分が、『みけ』の至らぬ点を次々に指摘。

 そのすごさに圧倒された店主やメイド、客たちがひれ伏したところに、華麗な勝利宣言をする。


「これだ、これなら完璧だ……っ!」


 うまくいけば『みけ』の者たちが自分に一目置く上に、ニンニクの誘惑を断ち切ることにも成功。


「エリザ達も、私を見直すことになる! さあ知らしめてやるぞ! ブリティシアに輝く貴族の強く麗しい姿を――っ!」


 馬車を飛び降りたヴィクトルは勢いのままに突き進み、『みけ』のドアを力強く開け放った。


「いらっしゃいませーっ!」


 今日も愛らしい笑顔で、駆け寄ってくるエマ。


「メイドよ、席を用意しろ!」

「はいっ! かしこまりましたーっ!」


 もちろん今回も、堂々とテーブル席を独り占めする。


「ご注文はどうしますか?」


(きたっ!)


「やっぱり、ジャーマンポテトですか?」


 もはやエマは、念のための確認程度でしか聞いてこない。

 だがすでに必勝態勢にあるヴィクトルは、先手の一撃を叩きつける。


「ふん! イモなど要らぬわああああ――っ!!」

「ええーっ!?」


 そして今回は見事に、その誘惑を断ち切ってみせた。

 これにはエマも、驚きの声をあげてしまう。


(ふははははっ! 勝利のカギは、ジャガイモをあえて昼に大量摂取しておくこと! 先に食べておくことで、ジャーマンポテトに対する欲求を大きく下げておいたというわけだっ!!)


 それでも若干、脳裏をジャーマンポテトの食感と香りがよぎってノドを鳴らしたヴィクトル。


「ふん、そもそも上流階級たる私にニンニクなどという下品な食材は合わぬのだ! どうだ? それでもこの上流階級の星たるヴィクトルを満足させられるような料理が、この店にあるか? ないだろうなぁ! はーっはっはっはっは!」


 勝利を確信した顔で、豪快な笑いを響かせる。


「よう、ヴィクトル。今日も元気だなぁ」

「お前は……ゴロツキか!」

「誰がゴロツキだ!」


 そんなヴィクトルに声をかけてきたのは、同じくテーブル席に陣取っていた荷受人夫のアランたちだった。


「あれ、今日はジャーマンポテトは食わねえのか?」

「当然だ! 本来はあのような料理、上流階級たるヴィクトル・キャベンディッシュ様には不釣合いなのだからなぁ!」


 そう言って、あらためて勝ち誇って見せる。


「まあ、そういう気分の時もあるよな」


 しかしアランは、今日は違うものが食べたい気分なんだろうと解釈。


「そんなら今日は、『こいつ』はどうだ?」


 そう言って、手元の料理を指差して見せた。


「ふん、なんだそれは?」

「――――餃子だよ」


 それはブリティシアでは見かけたこともない、不思議な形をした料理。

 その艶やかな面持ちと、食欲をそそる焼け跡には、思わず目を奪われる魅力がある。


「そのような得体のしれないものを、この私が食べるはずないだろう。キャベンディッシュ家は貴族階級! 下賤なものを口にすることはないっ!」

「まあまあそう言わずによぉ、一つだけでも食ってみろって」

「ふん、まあいいだろう。今度こそ上流階級は味覚も違うのだという事を、お前たちに教えてやる! メイドよ、私にも餃子とやらをもて!」

「はいっ! かしこまりましたーっ!」


(くっくっく。ならばその餃子とかいう料理を食べた上で、有り余る上流階級の知識をもって、足りない点をこれでもかと指摘してやろう。格の違いというものを思い知らせてやる!)


 ヴィクトルは、いよいよ勝利を確信。

 これから始まる華麗な独り舞台を思ってニヤニヤしていると、すぐにエマが駆け寄って来た。


「お待たせいたしましたーっ! こちら焼き餃子になりますっ!」

「……ほう、見た目は悪くない」


 見ただけで分かる、焼きのすばらしさ。

 油を吸った香ばしい焼き面は、光の下でキラリと輝いている。

 一つ取り上げてみると、底の羽根がパリッと鳴った。


「だがこのヴィクトルを二度も満足させることなど、到底不可能! なぜなら私は、世界に覇をなすブリティシア貴族だからだ!」


 そう宣言して、タレにつけた餃子を乱暴に口に放り込んだ。そして。


「うっ!?」


 噛んだ瞬間、羽根の破片がサクッと弾けた。

 餡の中から立ち昇る湯気に乗って、濃厚なニンニクの香りが鼻腔を直撃する。

 続けて豚肉の旨味と、キャベツの水分がじゅわっと広がって、油と共に濃厚な味わいを生み出す。

 それからニラの香りがふわっと鼻に抜け、後から生姜の爽やかさが追いかけてくる。


(う、う、うんまああああああああ――――い!)


 さらに酢と醤油の酸味が餡の甘みを引き締め、ラー油の辛味が最後にピリッとアクセントを入れてくる。

 もちもちしながらもパリッと香ばしい皮と、柔らかな餡のコントラストはもう最高だ。


(なんだこれは!! 一体どうなっているんだっ!? 白い皮の持つ独特な食感に、数多の食材が生み出す旨味が見事に絡み合っているではないか!)


 目を白黒させたまま、ヴィクトルはもう一つ餃子を取って口に放り込む。


(パリパリからジューシー、そしてピリ辛へと続く三段階の波状攻撃がたまらないっ! だが、何より私を魅了するのは……ここでもしっかりと効いたニンニクの風味!)


 食べ終わった後も、口の中に残るニンニクの余韻は心地よく、思わずうっとりしてしまう。


「ほら、ここでエールだ」


 すると呆けていたヴィクトルの前に、アランがジョッキを置いた。


「……ぐ、ぐああああああ――っ!?」


 言われるまま冷えたエールを流し込むと、鮮烈な苦みが口内を洗い流し……再び身体が強烈に餃子を求め出す。

 こうなってしまえばもう、止まらない。

 ヴィクトルはあっという間に残りの餃子を食べ尽くし、ジョッキも空にしてしまった。


「ヴィクトルさん」


 ここでやって来たのは、もちろんエマだ。


「――――お代わりはいかがですか?」


 そして、ぶつけられる一言。


「……お、お、おかわりだとっ? ふざけるなああああ――――っ! この私を誰だと思っている! ブリティシアに輝く上流階級、ヴィクトル・キャベンディッシュであるぞ! 食に浅ましいのは、罪だとされていることも知らぬのかっ!」


 ヴィクトルは怒りと共にこれを否定する。しかし。


「達也さん、もっとパリパリ感を出すこともできるんですよ。そうするとまた一段とエールに合うんだそうですっ」


(……それは、うまそうだ)


 始まったエマの説明で、脳内に走るあの『焼き』のパリパリ感。


(いいや! 冗談ではない! こんなニンニクまみれの料理を、お代わりなどしてたまるものかっ! ここで正々堂々『要らぬ』と宣言し、私はニンニクに勝利するんだ――っ!)


「もちろん――――ニンニク増しもできますよっ」


 そんなヴィクトルに小悪魔が放つ、トドメの一撃。


(あ、ああっ、ああああああああ――――っ!!)


 上流階級の高く厚いプライドが、餃子とエールの大波の前に崩壊する。


「……お……わりだ」

「はい?」

「お代わりだと言っている! 早急にお代わりを持ってこォォォォォォ――――い!!」

「はいっ! ニンニクはどうしますかっ?」

「そんなの決まっているだろう! マシマシに増して持ってこォォォォォォォォいっ!!」

「かしこまりましたーっ!」


(こ、この小悪魔メイド……! 誘惑に入るタイミングまで完璧ではないか……っ!)


「どうだ? 餃子も最高だろ?」

「……ふん。確かにこいつは悪くない。またゴロツキに、良い料理を教えられてしまったな」

「なぁに、仲間が増えてうれしいぜ」


 見事な敗北を喫したにもかかわらず、その笑顔に後悔はなし。

 いよいよ肩を組みながら、餃子をむさぼり出す二人。

 楽し気な笑みを見せ合いながら、ジョッキを傾け語り合う。

 こうしてヴィクトルは結局、今夜もたっぷりと『みけ』を楽しんでしまった。


(ふん、餃子か……またうまい料理を見つけてしまった)


 馬車を降りると、たっぷり飲んだエールのせいで足がフラフラだ。

 鼻歌交じりのヴィクトルは、ご機嫌な足取りで自宅の立派な扉を開く。すると。


「……貴方、またですか?」

「――――しまった!!」


 そこには昨日よりもさらに冷たい目をした、妻の姿。


「こっ、これは違うんだ! 今回はちゃんと勝ったんだ! ただその後に出てきた餃子とかいう未知の料理を試してみただけで……って待ってくれ! 待ってくれ!」


 ニンニクの化身と化したヴィクトルは慌てて追いかけるが、妻は容赦なく逃げ去って行く。


「…………」


 もちろん年頃の娘も、冷たい一瞥だけを残して妻の後に続く。


「エリザ! 違う、違うんだぁぁぁぁ! 頼むから待ってくれええええええええ――――っ!!」


 今日もニンニクの魔力に、完璧な敗北を見せたヴィクトル。

 こうして妻と娘から冷たい視線を向けられる日々は、続いていくことになったのだった。

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博多で食べた鉄鍋棒餃子も豚骨ラーメンとあってとても美味しかった記憶があります。 冷凍食品の餃子もかなり進化して美味しく、驚きます。
流石にニンニク料理食いすぎだ…お腹の中荒れるぞw だが餃子ならお家で家族で作れる!貴族だから自分で料理はしないと思うけど! ステーキとかにも香りづけでスライスとか使うけど、 食べる時はのけちゃうな~…
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