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【1章完結】メシマズ大国の料理店~キッチン・みけの店ごと英国転移譚~  作者: りんた


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36.野望と密偵とカニクリームコロッケ

「くっくっく……ついにできたぞ、完璧な計画が……」


 夕刻のロンドールに聞こえる、怪しい笑い声。


「これで私もいよいよ、ブリティシア上流階級の一員となる……!」


 タウンハウスの豪華な私室で、30代中盤ほどの丸々とした男が野心を熱く燃やしていた。

 口ひげをいじって笑う、その者の名はパーシヴァル・ゴドフリー。

 受け継いだ鍛冶の町工場は、産業革命という好機に恵まれた。

 始めた蒸気機関の部品作成は、見事大当たり。

 まさに一夜にして財を成した、新興富豪だ。

 だが金銭に余裕が出れば、次は『名声』や『家柄』といったステータスが欲しくなる。

 なんとしても、上流階級として名を残したい。

 そんな思いに、パーシヴァルは熱く燃えていた。


「ウォルター!」

「はい! なんでございましょうか!」


 呼び出したのは、ひょろりとした同年代の男。

 長らくの腹心である、ウォルターだ。


「このパーシヴァルが上流階級として認められるのに必要なものは、何だと思う?」

「必要な物、一体なんでしょうか……」

「それは――――慈善事業だ」

「慈善事業……ですか?」

「そうだ。上流階級として認められるには、皆に「偉い」と褒められる必要がある」


 ブリティシアの上流階級は、『高い身分には高い道徳的義務が伴う』という価値観を強く持っていた。

 そして慈善活動は社交界での評判や政治的影響力、家の名誉に直結する。

 そのため産業革命で生まれた新興の富裕層は、伝統的な貴族と肩を並べるために、慈善事業を積極的に行っていた。


「そうなると、教会や学校への寄付ですか?」

「違うな」


 パーシヴァルは得意げに首を振る。


「答えは食堂だ。労働者街は人口密度が高く、工場や港にも近い。食の需要は安定し、土地代も安いので利益率が高い。そこで安物の食材を使い、安価で雇った労働者を働かせれば、自然と儲けまで生まれるというわけだ」


 本来は採算度外視で行う慈善事業だが、パーシヴァルは抜け目ない。


「そう。このパーシヴァルが上流階級に並ぶため、労働者街を利用するのだ!」

「なるほど、さすがパーシヴァルさん! 今日も頭脳明晰だ……っ!」

「はははははっ! そうだろう! ……だが。私が目をつけた労働者街には最近人気の料理店があるらしい。この店が安くうまいものを出している限り、我が大いなる野望が成就することはない。そこでウォルターよ、お前には偵察を任せたい。開店後しばらくはその店よりも安価で上質な料理を供給し、慈善事業家としての名を上げながら客を奪っていく。そしてライバル店を撤退させ、地域を独占したところで一気に価格を上げていく。これなら金も名誉も稼げて一石二鳥! まさに完璧な作戦だ!」

「す、すご過ぎますよパーシヴァルさん……! これぞまさに名参謀!」


 盛大に手を叩いてみせる、ウォルターの盛り上げ方は今日も見事。

 パーシヴァルの太鼓持ち一本でやってきた男は、やはり勢いが違う。


「ふはははははっ! この作戦を成功させて、私はブリティシアに輝ける上流階級の星となる! さあゆけ、ウォルターよ! 標的の店の名は――――『みけ』だ!」

「仰せのままに!」


 タウンハウスを、勢い良く駆け出していくウォルター。


「これで私も、いよいよ上流階級の一員か……ふふふ、はははははっ!」


 そう言って野心に燃える目を、ギラギラと輝かせるパーシヴァル。


「……ちょっと苦いな」


 あらためて砂糖をたっぷり入れ直した紅茶を、優雅に口に含んだのだった。



   ◆



 かくしてウォルターは、密命を負ってイーストエッジにやって来た。

 慈善事業家として名を上げ、かつ儲けまで得て上流階級に入り込むという、欲深き野望のために。


「ここが労働者階級の住むイーストエッジにありながら、高い人気を博しているという店か……」


 キツネの看板が目に付くその店は、見た目もなかなかに良い。

 人気になるのも、うなずけるというものだ。


「とはいえここは労働者街。大したことはないだろう。あくま目的はこの店の情報を可能な限り多く、かつ速やかに持ち帰ること」


 今この瞬間からウォルターは、大いなる目的のために動く密偵だ。


「ミッション……スタート」


 潜入任務に合わせてクールな面持ちを作ると、ゆっくり『みけ』のドアを開けた。


「いらっしゃいませーっ!」


 さっそく駆けつけてきたエマに案内されて、カウンター席に腰を下ろす。


「ご注文はどうしますかっ?」

「そうだな……この店の『おすすめ』なんてものはあるかな?」

「おすすめですね! 今日は……あっ!」


 その日の仕入れによって変わってくる、おすすめの一品。

 思い出して早くもワクワクしているエマに、問いかける。


「どんな料理なんだ?」

「はい! とってもおいしいんです!」


 内容でも味でもなく、ただ「おいしい」とだけ答えたエマ。

 自分のした説明でその味を思い出して、うっとりし始める。


「……それなら、そのおすすめを頼む」

「はいっ! 少々お待ちくださいっ!」


 トレーを抱えて一回転。

 ご機嫌でオーダーを伝えに行くメイドを前に、ウォルターはあくまでクールな密偵を装う。

 手を組み、視線を走らせながら店内の空気をそれとなく確認。


(内装もなかなかに綺麗だ。客も楽しそうにしているな)


 そんなことを考えながら、静かに料理の到着を待っていると――。


「お待たせいたしましたー! こちらカニクリームコロッケになりますっ!」

「な、に……っ!?」


 その美しさに、思わず目を疑った。

 洗練された意匠を持った皿の上に乗せられた、俵型のコロッケが三つ。

 黄金色に輝く衣のまばゆさから、目が離せない。

 さらに小さな山を作っているサラダとミニトマトは、コロッケの鮮やかさを見事に引き立てている。


(……落ち着け。いくら見た目に綺麗でも、しょせんは揚げ物だ。ならば中身は白身魚辺りだろう。たかが知れている)


 密偵である自身にそう言い聞かせながら、ウォルターはコロッケを口に運ぶ。


「な、なんだ、これは……ッ!?」


 そして、驚愕。

 かじった瞬間、薄手の衣がサクッと軽やかに砕けた。

 その直後に、とろりとした白いベシャメルソースが口内にあふれ出す。

 この瞬間こそが、カニクリームコロッケの真骨頂だ。

 ベシャメルソースは、バターと小麦粉を焦がさないように丁寧に炒め、そこへ温めた牛乳を少しずつ加えて作るもの。

 その手間が生むのは絹のように滑らかで、舌に吸い付くような最高のとろみ。

 ほのかに感じるコクと深みは、ナツメグによるもの。

 先日達也のミートパイによって破産の危機を乗り越えた、マシュー・ブライトからもらったものだ。

 あふれる見事な風味、だがこれだけでは終わらない。


「っ!?」


 白いソースの海の中から現れたのは、ほぐしたカニの身。

 噛めばベシャメルソースのまろやかさの奥から、カニ特有の旨味と潮の香りがふっと立ち昇る。

 濃厚なのに重くないクリームのコクとカニの旨味が、互いを引き立て合うように溶け合っていく。

 ウォルターは間髪入れずに、二つ目を味わう。


「ああ……っ」


 思わずもれる声。

 衣の香ばしさは熱々のベシャメルソースのクリーミーさを際立たせ、濃厚なとろみの中に隠れたカニの旨味が余韻として残る。

 その瞬間は、まさに至高だ。


「ソースと一緒でも、おいしいですよっ」


 すると羨ましそうにウォルターを見ていたエマが、黒色のソースを勧めてきた。

 言われるまま一滴落として、かじる。


「これも、うまい……っ!」


 最後に味の変化を勧めるのは、エマの定番。

 こうすることで、飽きることなく全てを楽しむことができる。

 深い甘みと酸味の織り成す見事な味付けに、思わず夢中になってしまうウォルター。


「新鮮な素材を使った見事な料理。だが単なるクリーミーを超えたこの白い液体は……一体なんだ?」


 驚きのまま、思わずそんな疑問を口にした。

 それに応えるのは達也だ。


「ベシャメルソースだよ」

「ベシャメルソースだとっ!?」


 ウォルターには、その名に聞き覚えがあった。


(だ、だがそれはフランク王国の技法で、ブリティシアでは一部の上流階級だけが口にできる料理だったはずだ! それがなぜ、このような労働者街の店で……!?)


 意味が分からない。

 予想もできない事態に、空いた皿を思わずまじまじと見つめる。すると。


「もしかして、器が気になるのか?」


(器……?)


 達也に言われて、ウォルターはあらためて食器を見る。


「ぬあああ――ッ!?」


 そして、とんでもない事実に気がついた。


(ちょっと待て! こ、これはまさか、東方産の食器じゃないか!?)


 料理が乗った皿は、ブリティシアで使われている物とは明らかに造詣が違う。

 上流階級になるため、虎視眈々と動いていたパーシヴァルと常に一緒にいたからこそ知っている。

 食器への傾倒は、上流階級の証。


(何より『東方』の品を愛好するのはごく一部、王族にほど近い貴族たちが行うコレクションだ……っ!)


 中華国の陶磁器や、極東の島国が生み出す伊万里は、超高級品としてブリティシア貴族に驚異的なほどに珍重されている。

 それは所持しているだけで、ステータスになってしまうほどだ。

 そんな事実に気付いた途端に失う言葉、だくだくと流れ出す冷や汗。


「良い皿でしょう?」

「あ、ああ、そうだね。もしかしてこれは『どなたか』の……コ、コレクションか何かで……?」

「ええ」


 祖母が好きで集めていた皿に目をつけたウォルターに、達也が少しうれしそうにうなずく。


(や、やっぱりぃぃぃぃぃぃぃぃ――――ッ!!)


 一方ウォルターは、この店の料理の旨さが一気に恐ろしくなってしまう。


(もしこの店の背後にいるのが大物貴族なのであれば、下手に縄張り争いなどを起こせば、こちらの首が飛ぶ事態にもなりかねない!)


 それは、あってはならない事だ。


(何でもいい、とにかくこの店の情報を集めなくては! 一つの見逃しが、命に関わる可能性があるッ!)


 ウォルターは震える手でメニューをのぞき見て、この店が貴族と関わっていない証拠を探す。しかし。


(なんだ、この価格はッ!?)


 提示されている価格の安さに驚愕。

 使われている器や食材、そして料理人の腕に明らかに見合っていない。

 それは達也の世界との銀の価格差で生まれたものに過ぎないのだが、ウォルターにはそれが恐ろしい『サイン』にしか見えない。


「……これは、まさか」


 思いついたのは、慈善事業だ。

 ただし自分たちのように名声の獲得を狙ったものではなく、大物貴族が全力でやっている本物の事業。

 この価格の安さも、そう考えれば納得ができる。


(この力の入れようは尋常じゃない……! もし我々がその邪魔をしたとなれば……っ!)


 自分たちは今、巨大な獅子の檻の中にいるのかもしれない。

 そう思うと、冷や汗が止まらない。


「ひっ!?」


 その瞬間突然、背後に感じた気配。

 恐る恐る振り返ると、そこにはナイフを持ったエマの笑顔があった。


「あっ、すみません! どの料理もおいしいので、気になったら『いつでも』呼んでくださいね!」

「っ!?」


 そう言ってエマは、別の客の希望で取って来たナイフを渡しに向かう。

 しかしウォルターには、それが警告にしか見えなかった。


(……ま、間違いない。今のは、お前たちなど『いつでも狩れる』という明確な意思表示だ……ッ!!)


 文字通りの『刃を背中に突きつけられる』恐怖に、思わず震えあがる。


(逃げないと……一秒でも早く逃げて、この事実をパーシヴァルさんに伝えないと……っ!)


 蛇に睨まれた蛙のような状況の中、ウォルターはそーっと立ち上がった。

 そして震える手で、代金をカウンターに置いてドアの方へ。


「ありがとうございましたーっ」

「ひいっ!!」


 背中にかけられた声に、思わず跳び上がってしまうウォルター。


「いいいいいいえ、こここここちらこそ! あああありがとうございました――――っ!!」


 そのまま、逃げるようにして退店する。

 そしてただの一度も止まることなく、全速力でパーシヴァルのタウンハウスへと駆け込んでいく。


「パ、パーシヴァルさん! パーシヴァルさんッ!!」

「帰ったかウォルターよ。それで、かの店はどうだった?」


 変わらぬ余裕で、問いかけるパーシヴァル。


「ダ、ダダダダメです! あの店だけはダメですっ! すでに我らの目論見は、おおおお大いなる存在に見破られています――――ッ!!」


 ウォルターはガタガタと震えながら、必死に首を振る。


「見破られているだと……? それは一体どういうことだ……っ!?」


 ブリティシアの巨大な闇に怯える、ウォルターの悲鳴。

 その怯えように、パーシヴァルはゴクリと息を飲んだのだった。




「……さっきのお客さん、どうしたんでしょうか」


 大慌てで逃げ出していったウォルターの事を思い出して、首を傾げるエマ。


「忙しかったから少し、手が届かない部分でもあったのかもしれないな……次に来てくれたら、その時はもっと良いもてなしができるように気をつけよう」

「はいっ!」


 そんな勘違いをする二人。

 この思い違いは後に、パーシヴァルとウォルターをさらに深く追い詰めていくことになる。

お読みいただき、ありがとうございました!


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新興貴族かな? やろうとしてる事悪徳貴族じゃねーか! 小悪党だったわ。 さらば上流貴族! ペシャメルソース、おいしいけど使ってる料理どれも火傷の危険性が高いのが辛い(n敗)
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