34.ギャンブル国務大臣とサンドイッチ
「海軍の航行時用に、新しい料理を採用したい……これは、承認だ」
カレーなる料理の常備を求める書類に羽ペンでサインするのは、渋みを感じる顔つきをした中年の男。
政治家であり海軍大臣でもある、第4代サンドウィッチ伯爵ジョンソン・モンタギューだ。
書類にピリオドを打ち、ペンをそっと置く。そして。
「終わった……仕事が、終わったぞぉぉぉぉ――っ!」
圧倒的な解放感に思わず拳を握り、雄叫びをあげた。
ダークウッドで囲まれた部屋には壁一面の本棚と、大きな海図。
マホガニーのデスクに山積みにされていた書簡は、長い仕事の末にようやく全てなくなった。
「さあ、行くぞ!」
「待ってました!」
「「行きましょう!」」
執務室を出れば、この時を待ち構えていた部下たちが一斉に合流。
時刻は、夕食時をわずかに越えた頃。
深い色味の上質なウールコートをまとい、ヒザ丈のズボンに長い白のソックス。
仕立ての良い革靴を履いた一団は、さっそくいつもの『クラブ』へと足を運ぶ。
国務大臣は、とにかく忙しい。
激務と言えるほどの仕事を、ひたすら続ける日々。
それでもジョンソンには、休むことなく職務に向かい続ける理由があった。
「今日は勝たせてもらうぞ……!」
「いいえ、今日も勝つのは私です。カードの魔術師の力をご覧いただきましょう」
「今日は僕も、秘策を持ってきていますよ」
それはギャンブルが、とにかく好きだから。
ジョンソンは走り出したくなる足を必死に抑えて、早足でいつものクラブへ突撃する。
産業革命期に成立した、上流階級男性だけの私的社交クラブ。
そこにはバー、図書室、ゲーム室、ビリヤード室、食堂といった部屋が備わっていた。
「……休み?」
しかし、思わぬ事態に直面する。
どうやら関係者が風邪を引いた影響で、本日の営業は休みとのことだ。
仕方なくジョンソンたちは、近くにある別のクラブへ。
「建て替え中……?」
なんとこちらも、まさかの休業中。
言葉を失うジョンソン。
続く激務の中に、どうにか作り出した『お楽しみ』の時間。
この瞬間のために、尽くした全力。
燃え上がるギャンブルへの熱は今も、その勢いを増している。
それなのに、このままでは意気消沈して帰るのみ。
それだけは、絶対に嫌だ。
「他にクラブのあてはない。どこか、店を探そう……!」
「そうですね。カードはどこでもできるのが強みです!」
こうしてジョンソンは率先して、金融街にして官庁街でもあるシティ・オブ・ロンドールを歩いて回る。
しかし良い店は、なかなか見つからない。
その足はいよいよ労働者街へと踏み込んでしまい、知らない風景ばかりが続くようになった。
そしてさすがに今日は厳しいのではないかという空気が流れ始めた、その瞬間。
「……ここは、どうだ?」
見つけたのは一軒の、雰囲気の良い店。
労働者街にしては妙に綺麗な外観には、惹かれるものがある。
うなずく仲間たち。
「頼む……っ!」
お楽しみ時間をどうしても諦めたくないジョンソンは、祈るようにしてドアを開く。
「いらっしゃいませーっ!」
すると今日も元気な笑顔で、エマがやって来た。
四人は、案内されるままテーブル席につく。
「ご注文はどうしますかっ?」
「何かカードをしながらでも食べられるものを頼む! ようやく、ようやくできた自由時間なんだ!」
ハッキリとそう告げるジョンソンの手は、すでにカードをつかんでいる。
店の雰囲気は良い。
もう料理なんて、どれだけマズかろうが我慢する。
楽しくギャンブルができれば、それでいい。
そう覚悟を決めて、さっそく勝負を始めるジョンソンたち。
手元に配られていくカード。
始まった熱い勝負にいよいよ前のめりになってきた、その時だった。
「お待たせいたしましたーっ! こちらタマゴサンドになりますっ!」
「ああ、そこに置いといてくれ…………ん?」
カードに夢中だったジョンソンが、思わず目を奪われた。
「こ、これは……」
テーブルに置かれた、見るからに質の良い食パン。
程よい加減で付けられた焼き跡は、なんとも食欲をそそる。
そしてパンに挟まれた鮮やかなタマゴは量が多く、食べがいのある厚手のものになっている。
穏やかな明かりの下に置かれた堂々たる一品は、思わず手を伸ばしたくなってしまう魅力が、確かにある。
ジョンソンはカードを持ったまま、空いた手を伸ばした。
そのままそっと持ち上げて口へ。
サクッとした良い音を立てて、パンがかじる。
「っ!!」
するとその直後、卵のクリーミーさが舌の上でほどけた。
控えめながらもしっかりとした酸味を与えているマヨネーズは、卵のコクを邪魔しない絶妙なバランス。
二つが混ざり合うことで生まれる、独特の風味がたまらない。
わずかに効いている胡椒は、ピリッとした食感で味を引き締めながらも、卵の優しさをしっかりそのままにしてくれている。
だが、素晴らしいのは味だけではない。
つぶしすぎず、粗すぎず。
黄身のほろりとした部分と、白身のぷりっとした部分が、ひと口の中でリズムを変えて楽しませてくる。
主役はタマゴの食感と、マヨネーズの穏やかなねっとり感。
そのバランスが、あまりに見事だ。
ほんの少しだけ塗られたバターが後味にふわっとしたコクを残し、卵の旨味をより深く感じさせているのも良い。
「素晴らしい……これは最高の料理ではないか!」
「本当ですね!」
「こんなにうまいパンは、初めてですよ……っ!」
思わぬ歓喜に、顔を見合わせるジョンソンたち。
「では……続けようか勝負を!」
「「「はいっ!」」」
何かに夢中になっている時は、食べることすら面倒になることがある。
その時の食事は、単なる手間になりがちだ。
だがこれだったら最高にうまい料理を食べながら、同時に大好きなギャンブルに興じることができる。
「こんなに、こんなにうれしいことはないっ!」
「ふふ、ですが今回もカードの魔術師たる私が勝者になるようです」
「くっ、ここは勝負を避けておくべきか……?」
「いや! このサンドイッチ伯爵、逃げも隠れもせん! 勝負だ!」
手札を繰り出した全員が、息を飲みつつ勝敗を確認。
「見ろ! 私の勝利だ!」
歓喜の勝利宣言をぶち上げて、そのままタマゴサンドにかじりつく。
「うまいっ! それにしてもこの料理は本当に素晴らしいな、おかわりを頼めるか!?」
「はいっ! 他の具材を挟んだものも、おいしいですよ!」
「ならば次は、それを全員分頼む!」
「かしこまりましたーっ!」
楽しそうなジョンソンを見て、鼻歌交じりにオーダーを伝えに行くエマ。
四人は再び、ギャンブルに熱中する。
「おまたせしましたーっ! こちらBLTサンドになりますっ!」
「っ!?」
まるで時間が吹き飛んだかのような感覚。
どうやら夢中になり過ぎて、時の経過すら忘れていたようだ。
それでもすぐに伸びる、四つの手。
「「「「おおっ!?」」」」
タマゴサンドの後に来たのは、厚いベーコンの旨味と食感が楽しいBLTサンド。
「これも、うまい……っ!」
「本当ですね!」
豪快にBLTサンドをかじり、そのうまさに歓喜しながらカードを繰り出すジョンソン。
「ああ……こんなに楽しい時間は、なかなかないぞっ! 最高だあ……っ!」
心の底から、あふれ出す声。
激務を終えてたどり着いた後顧なき自由時間に、好きなことをしながらおいしいものを食べる。
これ以上の幸せなんてない。
労働者街で見つけた最高のお楽しみに、ジョンソンは仕事も立場も忘れてのめり込む。
「……待てよ」
さらに、その脳裏に走る一つの閃き。
「これなら仕事中でも食べられるぞ! 書類仕事中にこの見事な料理を食べられれば、最高じゃないか……っ!」
今後の仕事がはかどりそうな作戦まで、思いついてしまった。
「……それにしても、うまそうに食べるよなぁ」
「俺たちも今日は、あの伯爵さんが食べてるやつにするか」
「そうしよう! エマちゃん、俺もそこのサンドイッチ伯爵殿と同じものを!」
「はいっ! かしこまりましたーっ!」
こうして子供のように笑うジョンソンの姿は、『みけ』に一つのブームを巻き起こすのだった。
◆
タマゴサンドやBLTサンドは、すっかり人気料理になっていた。
忙殺級の仕事をこなしながらでも食べられる『みけ』の一品を、伯爵は幾度となく部下に買いに行かせた。
国務大臣がハマるその料理は、カードをしながらでも、持ち帰りでも食べられる。
そんな話が広まれば、人気になるのも当然だ。
「あっ! いらっしゃいませーっ!」
そこにやって来たのは、ようやく一仕事終えたばかりのジョンソン。
今度は自ら『みけ』にやって来ると、カウンター席に腰を下ろした。
「いらっしゃい」
「今回も仕事が大忙しでね。『みけ』の料理で無事に乗り切れたよ、ありがとう」
「お役に立てて良かったです……ただ」
「ただ……?」
なぜだか少し申し訳なさそうにする達也に、ジョンソンは不思議そうに首を傾げる。
するとそこに、新たな客がやって来た。
「店主、サンドイッチをくれ!」
「俺もサンドイッチ一つな!」
さっそく達也が浮かべる苦笑い。
「エマちゃん、俺もサンドイッチ一つ!」
「かしこまりましたーっ!」
ここでようやく、達也の苦笑いの意味が分かった。
「まさか……私の爵位名が、料理の呼び名そのものになっているのか!?」
あの日の夜だけではなく、部下にも連日のように買いに行かせたことで、客はおいしそうなタマゴサンドやBLTサンドを何度も見かけることになった。
そして次第に「サンドイッチ伯爵と同じものを」という注文が、連呼され出した。
それはやがて「サンドイッチ伯爵のやつ」になり、最後には――。
「サンドイッチをくれ!」
これだけで通じるようになってしまった。
パンに具材を挟んで食べること自体は、もちろん以前からあった。
この単純な調理法は、もちろんロマリアやフランク王国でも行われている。
だがこれまで『具材をパンで挟んだ』その料理に、名称らしい名称はなかったのだ。
「ふふふ、ははははは――っ!」
まさかの命名のされ方に、ジョンソンもさすがに笑ってしまう。
それでも楽し気に息をつくと、外さぬ見事なタイミングで注文を繰り出す。
「それなら店主、私にも一つ頼むよ――――最高のサンドイッチをね」
「はい、かしこまりました」
達也が笑いながら料理を始める。
その背中を見ながらサンドイッチ伯爵ジョンソン・モンタギューは、そっとカードを取り出す。
そして今日も楽しそうに、次のギャンブルに使えそうな一手を考え始めるのだった。
「……なるほど」
達也と伯爵、そしてサンドイッチを楽しむ者たちを眺める一人の客。
フランク王国の随筆家であるピエール=ジョン・グロースは後に、この光景を著書『ロンドール』にまとめる。
そしてこの瞬間を書いたわずかな一文が、サンドイッチ発祥の逸話を未来に残すことになる。
これによってジョンソンは『サンドイッチの開発者』というちょっとした勘違いをされる形で、後世に名を残すことになった。
そして『みけ』もまた、そんな逸話の始まりに一枚噛んでしまうことになったのだった。
ご感想いただきました! ありがとうございます!
返信はご感想欄にてっ!
◆◆◆お読みいただきありがとうございました!◆◆◆
少しでも「いいね」と思っていただけましたら。
【ブックマーク】・【ポイント】等にて、応援よろしくお願いいたします!




