29.親方の威厳とチキン南蛮
シティ・オブ・ロンドールは、銀行や証券取引所などが並ぶビジネス街だ。
しかしその中に、少し趣の違う一角がある。
革市場であるスムースフィールドの近くにあるその通りは、表にこそ商店が立ち並んでいるが、一歩裏に入れば工房と倉庫が密集。
仕入れに来た商人や、完成品を取りに来た顧客、配達の少年などがひしめき合い、そこに仕立屋や金物屋の職人までもが入り乱れる。
「次の配達はこれだ、急げよ!」
「いい仕事をしてるね、よし買った」
中世の名残を感じさせる建物が続く『シティ』の裏通りは、雑多で活気のある空間となっている。
表通りから続く、細い路地。
その先には、なめし革や油脂、ロウの独特な匂いが漂っていた。
さらに木槌で革を叩く音や、針を通す際に鳴るギュッという音。
釘を打つ軽い金属音などが、各工房から聞こえてくる。
「いいか? 良い靴職人というのは、飽くなき探求から生まれるものだ」
住居兼仕事場である革靴工房に響く、威厳を感じさせる声。
弟子たちにありがたいお説教をしている中年の男は、綿のシャツにエプロン、ベストをまとい、ボウラーハットを頭に乗せている。
ジョセフ・ベイカーは上流階級からの仕事も請け負う、一人前の靴職人だ。
「常日頃から観察を怠らないことが大事だ。そして何より努力を継続すること。これが技術となり評判となっていくわけだ。いいな?」
「「「はいっ!」」」
重なる弟子たちの返事に、思わず緩む口端。
腕の良いジョセフだが、お説教タイムについつい気持ち良くなってしまうのが悪いクセ。
今日もその口上は、絶好調だ。
――――ぐうううう。
そんな中、突然弟子の腹が飢えを訴えた。
「なんだ、今日は朝を食べなかったのか?」
「いえ、今朝はパンを食べたんですけど……足りなかったみたいで」
「なるほどな。いいか? 腹が減っていたのでは集中が続かなくなる。普段から食事にも気をつけることが大事だぞ」
ジョセフは好機とばかりに、新たなお説教を開始する。
「親方は、食べる物もちゃんと選んでるんですか……?」
「当然だ。普段の生活から自分自身にも気を使えない者は、大成などできないからな」
「なるほど……!」
「さすが親方だ!」
思わぬところから引き出した尊敬の声に、また愉悦の笑みがこぼれる。
「そうだな。お前たちが仕事で何か成功した際には、うまいものを出す店に連れて行ってやろう」
「「「おおっ!」」」
歓喜の声を上げる弟子たち。すると。
「失礼」
そこに一人の老紳士がやって来た。
作りの良いハットにジャケットをまとった老紳士は、工房をのぞきながら一言。
「先日納入された使用人たちの靴。大変良い仕事でしたよ。これからもお願いしますね」
そう言って柔和な笑みを残すと、優雅な歩き姿で去って行く。
「あの仕事、俺たちが受け持ったやつだよな……?」
「そうだよ、間違いない!」
その瞬間、弟子たちが大喜びで頭を下げた。
「「「ごちそうになりますっ!」」」
時間はちょうど昼食時。
「何が食べられるのかなぁ……!」
「そりゃ親方のお勧めだ、俺たちなんかが知らない極上料理に決まってる!」
約束した直後に舞い込んだ『成功』の報に、弟子たちはさっそく嬉しそうに工房を出ていった。
「え……マジで?」
一方ジョセフは、顔を青ざめさせる。
「俺、良い飯屋なんて知らないぞ……」
気持ち良くしていたお説教の勢いで、うっかり結んでしまった約束。
「でも、今さらなかったことになんてできない……」
そんなことをしたら、これまで積み上げてきた『厳しくも優しい親方』というイメージが崩壊してしまう。
まさかの事態に頭を抱えながら、ジョセフは工房を出る。
「親方っ、どこに連れていってくれるんですか?」
「そ、そう慌てるな」
さっそく期待の目を向けてくる弟子たちを引きつれて、目視で近場の良さそうな店を探す。
偉そうに「食事も大事だ」と言ってしまった以上、店も知らないのでは話にならない。
「……ここだ」
見つけた、良さそうな店。
「この店は工房からも近いし、料理人の腕がいい。俺も連日のように通っているんだ」
そう言ってジョセフは、初めての店に踏み込んだ。
「マスター、今日も世話になるよ」
常連の雰囲気を出しながら、店主らしき男に声をかける。すると。
「この店はもう、一か月も前に閉店してるよ」
「……ふぇっ?」
まさかの言葉に、硬直。
どうやら男は店主ではなく、この建物のオーナーだったようだ。
途端に冷や汗が、噴き出し始める。
「親方……?」
「あ、ああーそうかー! この店はちょっと久しぶりだったから、知らなかったなー!」
うわずった声で、慌ててごまかす。
「ああー! いいい良い店だったのに残念だなー!」
一瞬で冷や汗ダクダクになったジョセフは、これ以上下手を打たないよう、逃げるようにして退店。
額に流れる汗を隠すように先を行き、大急ぎで代わりの店を見繕う。
(次やらかしたら、大変なことになるぞ……!)
慌てて走らせる視線。
しかし先ほどの失敗が、ジョセフを疑心暗鬼に変えた。
(あの店は……怪しいな……この店は、そもそも開いてるのか……?)
決め手に欠けるままシティ・オブ・ロンドールを出ると、そのまま東へ一直線。
結局ちゃんとした店を見つけられずに、イーストエッジまで来てしまった。
「なあ、労働者街にそんなおいしい店があるのかな?」
当然、そんな疑問が弟子たちの間で噴出し始める。
「そこは親方だからな。隠れた名店を知ってるんだよ。そうですよね?」
「と、当然だ……」
「「「さすが親方だあ……っ!」」」
弟子の地獄のアシストに、いよいよ冷や汗が地面に滴り落ち始める。
それでも、店は見つからない。
「あの……親方、どこに向かってるんですか?」
弟子たちもいよいよ、疑問の色を隠さなくなってきた。
もちろん労働者街に、めぼしい店などあるはずがない。
(どうしよう……どうしようっ!)
進めども進めども、あるのは汚い店と屋台のみ。
そんな光景にジョセフが、途方に暮れかけたその時。
「……ん?」
一軒の店が目に入った。
イーストエッジにしては、ずいぶんと綺麗な造りの店。
年季によって生まれた、落ち着いた雰囲気も良い感じだ。
「こ、ここが、お前たちに勧めようと思っていた、もう一つの店だ!」
ジョセフはこの店で、勝負を賭けることにした。
精一杯の余裕を作り、向ける引きつった笑み。
(もう、ここしかないんだ……っ! 頼む、頼む……っ!)
神に祈るようにしながら、入店。
「いらっしゃい」
「いらっしゃいませーっ!」
するとさっそく、エマがやって来た。
店の雰囲気は悪くないどころか、むしろ良い。
思わず安堵の息をつく、ジョセフだが――。
「お、新顔かぁ!? 今日もみけは商売繁盛だぁ! あははははっ!!」
酒に酔ったアランが、エール片手に大きな笑い声をあげる。
(この店、ダメだ……)
ジョセフは即座に、顔面蒼白。
ガラの悪い荷受人夫たちが騒がしくしているような店に、良い料理など出せるはずがない。
後は出てきた料理を見た弟子たちに「あれだけ偉そうなことを言っておきながら」と、裏で笑われるだけだ。
「ご注文は何にしますかっ?」
そんな未来に震えるジョセフとその弟子を、テーブル席へと案内したエマが、笑顔でたずねてきた。
「……弟子たちに、ちょっとうまいものを食べさせたくてね。何か『良いもの』を頼む……!」
「かしこまりました! 少々お待ちくださいっ!」
『何か良いもの』をというのは、『まともなものが出てくる』可能性に賭けた、せめてもの悪あがき。
「楽しみだな!」
「何が出てくるんだろう!」
今、確かに昇り始めた処刑への階段。
弟子たちの期待がふくらむごとに、重たくなっていくプレッシャー。
「親方のお勧めだからな、良いものに決まってる!」
「ああーっ! ワクワクしちまうよっ!」
(もう……ダメだっ!)
心躍らせる弟子たちの声に、ついに迎えてしまった限界。
ジョセフは真実を告白しようと、重い口を開く。
「……じ、実は」
「お待たせいたしましたーっ! こちらチキン南蛮になりますっ!」
「「「おおおおおおおお――――っ!!」」」
その瞬間、あがった大きな歓声。
「ん……? んんっ!?」
出された料理を見て、ジョセフも驚嘆の表情を見せた。
厚手の鶏むね肉を包む、美しいキツネ色の衣。
ボリュームを感じさせる一枚肉の上には、山のように盛られたタルタルソース。
見るからに食べがいのありそうな主役を飾りたてるのは、鮮やかなレタスとミニトマトたち。
別皿に盛られたライスも、まばゆい純白の輝きを見せている。
(……なんだ、これ)
その見た目から、レベルの違いを感じる一品。
(めちゃくちゃ豪華だし、うまそうだぞ!)
達也は師匠たる人間のメンツを考えて、見た目の豪華さも出るチキン南蛮を選択していた。
「すごい、こんなの初めて見たっ!」
その狙いは、見事に成功。
食べがいがあって、それでいて華もある一品。
弟子たちは、驚きと歓喜の混じった声を上げている。
ジョセフは引き寄せられるように、チキンを一口。
「っ!?」
噛んだ瞬間、衣が「サクッ」と砕けて広がる香ばしさ。
鶏肉の柔らかくも程よい噛み応えを感じた直後、温かな肉汁があふれ出る。
豊潤な脂と共に、鼻に抜ける新鮮な鶏の香り。
その後を追って来るのが、南蛮酢の甘酸っぱさだ。
醤油と砂糖によって角がしっかり取れているため、まろやかな酸味が舌を撫でる。
そこに続くのはもちろん、タルタルソースだ。
マヨネーズと卵のコクに、玉ねぎのシャキッとした辛みが混ざれば、甘酸っぱい南蛮酢ともぶつからない。
むしろ二つの『ソース』が、一体となってうまさを増してくる。
(……うまい!)
そして南蛮酢と鶏肉の組み合わせは、濃厚なタルタルからしつこさも消してくれる。
そのため揚げ物なのに重さはなく、後味がスッと引く。
甘みと酸味、コクと香ばしさ。
これらが同時に押し寄せてくるとなれば、当然白米も無限に食べられる。
そんな罪深い料理だ。
(うまいっ!! こんなすごい料理を食べるのは初めてだ……っ!!)
「「「うめええええええ――――っ!!」」」
「さすが親方だ!」
「こんなにうまい店を知ってるなんてさすがだな! 俺たちも頑張ろうぜ!」
「……そ、そうだろう?」
夢中でかき込む弟子たち。
向けられる尊敬の視線に、心からの安堵を隠しながら応える。
「俺のようになれば、こういう料理が食べられるようになる。これからもしっかり励むように。いいな?」
「「「はいっ!」」」
弟子たちはこれ以上ない笑顔を見せながら、あっという間に完食。
その姿を見て、あらためて思う。
やはり、弟子は可愛い。
(俺も今の自分に満足することなく、精進を続けなくてはな。あとお説教は……ほどほどに)
そう誓ってジョセフは、弟子たちが店を出るのを見送った。
「……店主」
勘定を終えて、そっと達也を呼ぶ。
「はい、なんでしょう?」
そして何かあったのかと、達也がキッチンから出てきたところで――。
「店主ぅぅぅぅぅぅぅぅ――――っ!!」
「っ!?」
ジョセフは涙目で達也に抱き着いた。
当然達也は困惑するが、もう止まらない。
ギリギリで保たれた、親方の威厳。
「店主、ありがとう! ありがとぉぉぉぉぉぉ――――っ!!」
いよいよこらえ切れずに、激しい頬ずりまでし始めるジョセフ。
その熱烈な喜びように達也は、ただただ困惑することしかできないのだった。
誤字脱字報告、ご感想ありがとうございます! 適用させていただきました!
ある……! ありますね、焼いた皮がすごく硬いジャガイモ……! 返信はご感想欄にてっ!
◆◆◆お読みいただきありがとうございました!◆◆◆
少しでも「いいね」と思っていただけましたら。
【ブックマーク】・【ポイント】等にて、応援よろしくお願いいたします!




