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【1章完結】メシマズ大国の料理店~キッチン・みけの店ごと英国転移譚~  作者: りんた


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28.駄メイドとジャケットポテト

「あっ!」


 うっかり蹴ってしまったバケツが倒れて、水が廊下に広がる。

 メイドのオリビアは慌てて掃除を中断し、持っていた雑巾でこぼれた水を拭き留める。


「……しっかり拭いておくように」


「はっ、はい!」


 そんなメイド長の言葉にオリビアは、慌てて拭き掃除を開始した。

 それから数十分後。


「きゃあっ!」


 強く吹いた風が、洗濯物のシャツを飛ばしてしまう。

 小さな裏庭を飛び出した白シャツは、陽光を反射させながら空を舞う。


「何をしているの! 早く追いかけなさい!」

「は、はいっ! 待ってえええーっ!!」


 メイド長の指示に、オリビアは大慌てで裏庭を駆け出していった。

 それから、さらに数十分後。


「お客さんですね」


 昼食の準備中に訪れた来客。

 料理中だったメイド長は、オリビアを呼びつけた。


「火加減を見ておいて。私はお客様の対応をしてきますので」

「は、はいっ」


 料理経験のないオリビアは、火にかけられているフライパンの様子を注意深く見守る。

 すると次第に食材が焼け、焦げ目がつき始めた。

 それでもオリビアは、観察を続行。


「え、ええっ?」


 今度は焼けた食材から、煙が上がり出した。


「ええええええっ!?」


 さらに大きく上がる煙。

 いよいよ食材自体が燃え始め、煙が黒くなっていく。


「本当に見ているだけなんてことがありますか! 早く火を!」


 戻って来たメイド長が、慌てて指示を出す。


「は、はいっ!」


 オリビアは混乱しながら皿洗い用のたらいを持ち上げると、そのまま水をぶちまけた。

 こうして無事、消火に成功。

 しかし水のほとんどは、メイド長に直撃していた。

 ポタポタと水滴を落としながら、肩を震わせるメイド長。


「……オーリービーアァァァァ!」


 地獄の底から聞こえてくるような恐ろしい声と共に、怒りの顔を上げる。


「この、駄メイドォォォォ――ッ!!」

「わー! ごめんなさーい!」


 折しも時は、休憩時間。

 オリビアはそのまま逃げるようにして、奉公先を出た。

 エマやアンナ・マリーと変わらない年頃の彼女は、左右で編んだ赤髪がトレードマーク。

 その仕事先は中産階級と呼ばれる層で、工場主や銀行員、教授や弁護士と、該当する職業の幅がとにかく広い。

 このような家ではメイドの数が少ないため、一つの職務に集中することはできない。

 メイド・オブ・オールワークスと呼ばれる、仕事全般を行う立場になる。


「運良く雇ってはもらえたけど……このままだとクビになっちゃうかもなぁ」


 しょんぼりメイドは、街を行く。

 失敗して居づらくなった職場からの逃避。

 こういう時は、一人が落ち着くものだ。

 不意に近くの安食堂を見れば、同じくどこかのメイドが立ち食い中。

 達也の世界であれば風変わりな光景だが、これもロンドールでは日常だ。


「お腹減ったなぁ……ん?」


 空腹のオリビアが見つけたのは、得意げな顔をしたキツネの看板。


「なんか、可愛いかも」


 こうして本日の昼食は、『みけ』で取ることにした。


「あっ、メイドさん! いらっしゃいませーっ!」


 客としてのメイドはめずらしく、エマが声をあげた。

 カウンター席に案内されたオリビアは、大きなため息をつく。


「どうしたんですか?」


 メイドがカウンターで突っ伏している姿は、不思議な趣がある。

 元気のないオリビアに、エマが問いかけた。


「今日はいっぱいミスをしちゃって、このままだとクビになっちゃうかもしれないの……」


 同じメイドという事もあり、オリビアは思わず悩みを告白してしまう。


「せめて何か一つくらい、できることがあればいいんだけどなぁ……」

「なるほど……それは大変ですねぇ」


「むむむ」と、頭を悩ませるエマ。

 一度は勤め先を出ることになったからこそ、共感もできる。


「雇い主の好きな食べものとかは分かる?」


 たずねたのは達也。


「ジャガイモです」


 現状のブリティシアでジャガイモは、労働者階級の栄養源として捉えられている。

 そのため中産階級以上では、精々副菜として使われる程度。

 だがオリビアの雇い主は味が好みだったらしく、よく食べているようだ。


「……それならどうだろう、オーダーは任せてもらえないかな?」


 何を食べるか決めていなかったオリビアは、言われるままうなずいた。

 すぐに調理に入る達也。

 出来上がりは、とても早かった。


「はい、ジャケットポテト。お待ちどうさま」

「こ、これは……っ!」


 目の前に置かれたのは、ジャガイモを丸々一個使った料理。

 十字に深く切れ目を入れることで出来た隙間に、チーズとベーコンを挟んで焼いた一品だ。

 皮を残したまま出されるその料理の豪快さは、食欲をそそる。

 またチーズの見事な焼き色と、ベーコンの美しい赤身も見事だ。

 達也の世界の『紳士の国』では、皮がついたままのベイクドポテトを『ジャケットを着ている』と見なしてこう呼んでいる。


「シンプルなのに、すっごくおいしそうです……っ」


 これには思わず、目を輝かせてしまうエマ。


「皮ごとどうぞ」

「えっ……」


 オリビアは、達也の言葉に驚きを見せた。

 なぜなら皮を残したままの料理は、下品とされているからだ。

 それでもその美しさに惹かれるようにして、フォークを伸ばす。

 向けられるエマの熱過ぎる視線を感じながら、一口。


「おいしい……っ!」


 そのうまさに、また驚く。

 まずは何より、そのホクホク感。

 続けてふわっとしたバターの香りが、粗挽き胡椒の刺激と共に鼻を抜けていく。

 ブリティシアが生んだチェダーチーズは濃厚だが、重くない。

 ジャガイモと混ざることで新たな味わいを生み出しつつ、まるでクリームのような滑らかさを感じさせる。

 それでいて熱でわずかに焦げた部分は香ばしく、食感にコントラストを生んでいる。

 熱々のベーコンは噛む度に、肉汁がにじみ出す。

 チーズのコクとジャガイモの穏やかな風味の中で、その旨味と塩気が一つの芯になっている形だ。

 そして、皮。

 武骨なそれは、大地を思わせる素朴な風味を持っている。

 もはや上品さすら感じさせる料理に持ち込まれた、パリッとした『野』の味は、本当に良いアクセントだ。


「ジャガイモが、こんなにおいしくなるなんて……」


 初めての味に、信じられないという顔をするオリビア。

 労働者階級の街には、そもそも実地訓練や徒弟制度などを経ていない店が多い。

 家庭料理の延長の腕があれば、まだマシな方という状況だ。

 そんな中で、ジャガイモをここまでおいしくしてしまう店があるなんて信じられない。


「あ、あのっ!」


 オリビアは思わず立ち上がり、深く頭を下げた。


「この料理を、私に教えてくださいませんでしょうかっ!」


 皮を残したまま作って、こんなにもおいしい。

 ジャガイモが大好きな雇い主は、間違いなく喜んでくれるだろう。

 さらにそれが、メイド長の役にも立つかもしれない。


「構わないよ」


 最初からそのつもりで出していた達也は、軽くうなずく。

 こうして料理初心者のオリビアは、ジャケットポテトの作り方を一から学ぶことにしたのだった。



   ◆



「お待たせいたしました――――ジャケットポテトです」


 間食作りを買って出たオリビアが、できあがった料理を雇い主の前に出す。

 それを見たメイド長は、即座に怒りを露わにした。


「ジャガイモを皮ごと出すだなんて、この駄メイド!」


 ジャガイモは安価で大量に作れるため、貧困層向けの救貧食として扱われている。

 あくまで労働者階級の食べ物だ。

 またそれを皮ごと出すことは、はしたないとされる。

 これには雇い主も、さすがに驚きを見せた。

 しかし、慌てない。

 とても簡単な料理だが、それでも初心者のオリビアは営業時間外の『みけ』に連日通い、練習して帰るという日々を続けた。

 そしていつの間にかしれっと味見役に就任していたエマにも、「おいしい!」と言われるようになった。


「いえ、ぜひ皮ごとどうぞ」

「……分かった」


 真剣な顔で言うオリビアに、雇い主は困惑しながらも一口。


「……なっ!? うまい、うまいぞ!」


 思わずその目を見開いた。


「皮の部分のパリッとした感覚にも、独特で素朴な風味がある! これはすごい!」


 その意外性に、驚く雇い主。

 達也の狙い通り、中産階級であればバターもチーズも使用可能。

 さらにガチガチの塩漬け肉ではなく、ベーコンを使えるというのが大きい。

 ブリティシアのベーコンは単なる保存食ではなく、塩加減や熟成、乾燥や燻製といった技術の結晶。

 他を抜きに出たレベルに達している。

 それゆえに高価で、労働者向けのジャガイモと合わせて食べようという考えは、まだ生まれていない。

 よってブリティシアにはまだ、この料理を食べている者は見当たらない状態だ。


「気に入った! ジャケットポテト……これは今後、我が家の定番にしてくれ!」

「はいっ!」


 圧倒的な真新しさが、その心を撃ち抜いた。

 うれしそうに仕事部屋へと帰って行く雇い主を、オリビアはメイド長と共に見送る。


「店主さん、ありがとうございます……私、やりました……っ」


 一人、しみじみとつぶやくオリビア。

 その姿をみたメイド長が、優しく声をかける。


「……料理を覚えてくるなんて、やるわね」

「メイド長……」

「あなたのこと、見直したわ」

「メイド長……っ!」


 料理は技術職としての側面が強く、メイドの中でも専門性が高いポジションだ。

 腕があれば、メイドとしての価値が上がる。

 自らを成長させてきたオリビアに、メイド長が初めて見せる穏やかな笑み。


「さあ、片づけましょう」

「はいっ!」


 元気に返事をしたオリビアは、さっそく食器の片づけを始めようとして――。


「あっ」


 足を滑らせた。

 手に持っていた皿は宙を舞い、そのまま見事にメイド長の顔面にぶつかった。

 ゆっくりと皿を手に取り、現れた顔は怒りに満ちた般若そのもの。


「……オーリービーアァァァァ!!」

「わあああ――っ! ごめんなさあああ――い!」


 逃げ出すオリビアを、メイド長はほうきを振り回しながら追いかける。

 その姿を見つけて、笑う雇い主。

 どうやら彼女が一人前のメイドになるには、もう少しだけ時間がかかりそうだ。

ご感想いただきました! ありがとうございます!

大人のワクワクメニューというと、ついコラボカフェなどの料理を思い出してしまいます……!

返信はご感想欄にてっ!


◆◆◆お読みいただきありがとうございました!◆◆◆

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十字切れ込みポテトは店によって品種か作り方が違うのか、たまに皮が堅すぎて食べれないのがあるのが辛い… ポテトといかマッシュポテトも塩・胡椒・ケチャップ・マヨ…と何でもあうのがいい。 作るのはめちゃめ…
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