27.誕生日とお子様ランチ
「よーし! 今日は機械の整備があるからこれであがりだ!」
工場長の言葉に広がる、歓喜の声。
この日の仕事はめずらしく、早上がりとなった。
工員であるロバートは、同じオーナーが経営する隣接工場へと足を向ける。
「……ん?」
その途中、レンガの壁に貼られた一枚の告知が目に付いた。
それは蒸気機関を使う技師の勉強会を、工場主導で行うというもの。
労働者はとにかく多いが技師は少ないため、工場側がその育成を無料で行うようだ。
技師になれば、給金も大きく上がる。
ただそのためには勤務時間外に講座を受ける必要があるため、決して楽ではない。
「……今さら始めても、遅いか」
少し眺めた後、そうつぶやいて隣の工場へ。
「パパ!」
ロバートに気づいて駆けてきたのは、愛娘のリディア。
その後に続いて、ゆっくりと妻がやって来た。
二人も、同じ工場の別部署で働いている。
「帰りましょうか」
「ああ」
まだ小さい娘を真ん中に挟んで、帰路を進む親子。
産業革命にあるブリティシアでは、子供が働くことに制限はなし。
ところによっては、5歳から働いている子もいるほどだ。
リディアも毎日手伝いをしているが、当然お小遣い稼ぎのためなどではない。
家族三人で働いてもギリギリというのが、労働者家族の日常なのだ。
「ロバートさん。このところ忙しかったから、家に食べ物がないの」
「それなら今日は早かったし、何か食べて帰るか」
「リディアは何か、食べたいものはある?」
「ないよ」
たずねる妻に、娘は首を振った。
道には調理の勉強などしたことのない素人の屋台が並び、労働者は忙しさのせいで料理を覚える余裕がない。
産業革命によって生まれたメシマズが、蔓延しているロンドール。
食べ物は『燃料』というのが常識のこの街に、リディアが好きな料理などなかった。
最近人気のホットサンドもミートパイも、すでに売り切れ閉店済み。
三人は結局何を食べるか決められず、屋台の並びを通り過ぎてしまう。
「パパ、ここは……?」
そんな中、リディアが見つけたのはキッチン・みけ。
看板にいる『得意気な表情のキツネ』が気に入ったのか、ジッと見つめている。
「ちょっと、見てみるか」
ロバートはそう言って、ドアを開く。
「いらっしゃいませーっ!」
するとすぐに、元気なメイドのエマが飛び出してきた。
「こちらのお席にどうぞ!」
ロバートたちは通されたテーブル席に、そのまま家族で腰を下ろす。
「ご注文はどうしますかっ?」
「ええと、何があるんだ……?」
そんなことを言いながらメニューを眺めてみるが、その内容がいまいち分からない。
「リディアは何か、気になるものはある?」
「んーん。ない」
「……よかったら、こちらで決めさせてもらっても?」
達也はこの年頃の娘が、全く興味なさそうに首を振ったのを見て声をかけた。
「ああ、じゃあそれで頼む」
ロバートがそう言うと、達也は「少々お待ちください」と言い残してキッチンへ戻っていく。
「今日でリディア、10歳になるんですよ」
「そうか……今日が誕生日だったか」
そんな父母の話を、聞くでもなく聞いている隣席の男たち。
そこに、料理を持ったエマがやって来た。
「お待たせしましたーっ! こちら……お子様ランチになりますっ!」
「わあ……っ!」
目の前にそのプレートが置かれた瞬間、退屈そうだったリディアの顔が一変した。
見たこともない鮮やかな料理たちが生み出す、楽しい雰囲気。
ハンバーグ、オムレツ、エビフライにフライドポテト、そしてチキンライス盛りが、一つの皿にひしめき合っている。
宝石箱のように豪華な一品を前にして、子供が目を輝かせないはずがない。
これまで食に無関心だったリディアの表情が、一気に華やいだ。
「おいしそうですねぇ……」
心底羨ましそうに見るエマ。
「あはは、エマちゃんつまみ食いはダメだぞ」
「もう、アランさんっ」
恥ずかしそうにしながらキッチンに戻ったエマは、最後にグラス入りのメロンソーダを持ってきた。
するとなぜか、お調子者組の荷受人夫アランと工員ハリソンが一緒にやって来る。
二人はリディアのテーブルの前に、ヒザを突いた。
そしてお子様ランチの全てが、そろったところで――。
「「10歳、おめでとうーっ!」」
それはずいぶんと、唐突な盛り上げ方だった。
普通であれば驚きの方が先に来てしまうが、お調子者特有のとっつきやすさに、リディアが楽しそうに笑い出す。
するとそれにつられるようにしてトーマスやオリバーといった工員組、アランの仲間である荷受人夫たち、他の客も一緒になって拍手を始めた。
お調子者組の演出で広がる、楽しい空気。
「「…………」」
そんな中で、言葉を失っているのが父母だ。
思った以上に豪華な料理を見て、手持ちが不安になる。
「今日は、リディアだけにしておきましょうか」
それなら娘だけ食べられればいいと、言い出す妻。
同じ気持ちだったロバートも、静かにうなずく。
「大丈夫ですよ。メニューを見てください」
そんな夫婦の様子に気づいた工員トーマスの言葉に、あらためて確認してみる。
驚くことに価格は、どれも手頃。
これくらいなら、三人でも大丈夫そうだ。
「こちらハンバーグセットと、エビフライ定食ですっ!」
するとリディアのセットから、一つを単品化した料理が続けざまに届いた。
こうしてこれまでにない、豪華な食卓ができ上がった。
「いただきまーす!」
リディアはまず、ハンバーグから食べてみることにした。
「わっ!!」
最初に感じたのは、ケチャップソースの甘みと酸味。
続けて柔らかな牛肉が、肉汁と共に旨味をあふれさせる。
子供向けの甘口ハンバーグは、一口でリディアを夢中にさせた。
見れば大人用のハンバーグを食べるロバートも、同じように魅了されている。
こうなってくると、同じ皿に並んだ他の『宝』たちも気になる。
リディアが温かなオムレツを口に運ぶと、途端に卵の優しい風味が広がっていく。
「おいしい……」
その穏やかな甘みは、まるで夢のよう。
静かに呼吸をして、その香りをめいっぱい楽しむ。
初めて見るものばかりのお子様ランチだが、その中でも異彩を放っているのがエビフライだ。
好奇心のまま、口に運ぶ。
するとサクッとした感触に続けて、プリっとしたエビの食感が続く。
ソースの豊かな酸味と共に、海の味わいが舌に触れた。
「おいしいっ!」
初めての味に、驚くリディア。
同じくエビフライを食べている母を見ると、こちらも負けじと目を輝かせながらうなずいた。
次はフライドポテトだ。
これまでとは違い、素朴な味付けの一品。
しかしカリッとした歯ごたえとシンプルな塩味が、ホクホクのジャガイモの食感と交わると……止まらない。
「……っ!」
ついつい無言で、食べ続けてしまう。
手が止まらなくなるリディア。
そんな彼女を最後に待っているのは、小山を作っているチキンライスだ。
米を食べるのは、もちろん初めてのことになる。
「わあっ!?」
トマトの酸味とチキンの旨味、そして玉ねぎの甘みが一気にやって来た。
噛めば米の持つふくよかな甘さが存在感を表し、小さな鶏肉の塊からは新鮮な風味が広がる。
「すごい! おいしいものしかないよっ!」
嫌いなもの、苦いものは一つもなし。
好きな物ばかり並んでいるのが、お子様ランチの魅力だ。
口の周りをベタベタにしながら笑うリディアは、不思議な緑の炭酸飲料を飲んで驚きに目を丸くした。
「わーっ! これもすっごくおいしいっ!」
そんな娘の姿に、ほほ笑む妻。
「…………」
ロバートは、二人の家族をじっと見つめていた。
こんな光景を見たのは、娘が生まれてから初めてのことだった。
「……最高にうまかったよ。ありがとう店主」
「本当においしかったです」
あっという間の完食。
トーマスに言われた通り、豪華な料理の割に価格は手頃。
支払いを終えたロバートが振り返ると、そこには店を出ようとするリディアの前に、道を作る形で並ぶハリソンたち。
一斉に、執事のように頭を下げる姿に笑う。
エマがドアを開け、達也が最後に「ありがとうございました」と言って見送れば、ハリソンの演出は完成だ。
「パパ! また食べに来たいっ!」
笑顔で言うリディアは間違いなく、この日の主役だった。
夢のような時間を過ごした、家族三人の帰り道。
楽しそうにしている娘と妻をあらためて見て、ロバートがつぶやく。
「……やるか」
思い出すのは、技能講習の募集告知。
「大変にはなるだろう。だがこんなに楽しい食事を迎えるためなら、二人のためなら……やれる。今さらなことなんて何もない……っ!」
秘かな決意と共に、帰り道を進むロバート。
その背を見送っていたエマが、店内に戻ってきた。
「すっごく良い料理でしたねっ!」
うれしそうに言うが、達也は少し複雑そうな顔をしていた。
「達也さん?」
「……次までに、旗の準備が必要だな」
「ハタ、ですか?」
お子様ランチの提供は、達也の急な思い付き。
これまで作ったことのない料理は、ある意味新たな挑戦だった。
結果としては最高の形になったが、納得はいっていない。なぜなら。
「チキンライスの頂上には、旗を立てるんだよ。お子様ランチ考案者の登山好きが高じて、富士山に見立てたご飯の頂上に『登頂旗』を立てたのが始まりなんだ」
達也が生まれ育った国の、老舗デパートが生んだこの料理。
「旗には子供に喜びと楽しさ、そして特別な食事体験を味わって欲しいっていう願いが込められているんだそうだ」
「……それは、とっても素敵ですね」
「実は食べ物でも食器でもないあの旗にこそ、本当に大切なことが宿ってるんだ」
次のオーダー時には、必ず旗を。
そう強く心に決める、飽くなき達也の姿がそこにはあった。
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