25.ローズベリー家と鮭のクリーム煮
美しい庭に置かれた、瀟洒なテーブル。
そこには、彩り鮮やかなケーキと紅茶が用意されていた。
「どうぞ」
「ありがとうございますっ!」
思わずノドを鳴らしたエマは、さっそくケーキを豪快に一口。
「わあ! 甘くておいしいですっ!」
「それがトライフルね」
歓喜の声を上げたエマに、メイドのアンナ・マリーが説明を入れる。
バターと砂糖をたっぷり練り込んだスポンジケーキに、ジャムやクリームを豊富に挟んだケーキ。
見た目に華やかな一品は、上流階級定番のスイーツだ。
「娘が大好きで、毎日のように食べていますのよ」
そう言って優雅に紅茶を口に運んだのは、自慢の庭にエマを招いたエレノア・ローズベリー婦人。
豪華なケーキに砂糖多めの紅茶という組み合わせが、彼女の娘のお気に入りのようだ。
「うちの子は気に入ったらそればかり食べるものだから、最近はケーキと魚の揚げ物ばかりで困ってしまいますわ」
そう言ってエレノア婦人は、苦笑いする。
彼女に呼ばれてエマは、上流階級の邸宅が並ぶメイフェリア区画にやって来ていた。
ライバルであり、お隣さんでもあるポートマン婦人との、恩師を食事に招いての上流階級プライド戦。
今日は、勝利のお礼という事での招待。
どうやらエレノア婦人は、すっかりエマがお気に入りになってしまったようだ。
そのためエマと同郷の幼馴染であるアンナ・マリーとも、よく話すようになっていた。
「先日はどうもありがとう。貴方のおかげで憎きポートマン家に、一泡吹かせてやることができましたわ」
「いぇいぇ、わたしはレシピ通りに料理を作っただけふぇす! ふぉれにアンナちゃんも手伝ってくれふぁから」
「ほらエマ、食べながら話さないの」
そう言いながら、胸元にこぼれたスポンジの欠片を取ってあげるアンナ・マリー。
「ところでエマ……大丈夫なの?」
「何が?」
「その……達也さんとエマの二人きりで」
「うんっ」
男女二人きりという事に、顔を赤くしながらたずねるアンナ・マリー。
一方エマは、二人きりでも問題なく仕事が回っているという意味で『大丈夫』と返答した。
「シャーロット」
するとそこに通りがかったのは、エレノア婦人の娘。
慌ててアンナ・マリーが頭を下げると、エマも口にケーキを含んだまま続く。
長くて淡い金髪が美しいシャーロットは、エマやアンナ・マリーと同年代の少女だ。
「……来月ですからね」
「分かってるわ……でも、このままだったら行かないから」
そう言ってシャーロットは、顔を背ける。
「これ以上は社交界デビューを先延ばしにできませんわ。ポートマン家のバカ息子も先日、大好評を受けていましたもの」
「そんなの知らないっ! 行きたくないものは行きたくないの!」
そう言い放ってシャーロットは、足音も荒く部屋へと帰っていく。
「はあ、困ったものですわ」
「お嬢様は、どうされたのですか?」
ため息を吐くエレノア婦人に、アンナ・マリーが問いかける。
「……肌荒れですわ」
「肌荒れ?」
「ここしばらく、慢性的な肌荒れを続けているのです」
シャーロットは顔周りの肌荒れに、かなり神経質になっているようだ。
娘の社交界デビューは、親が望む適切な男性と出会わせるためのものという一面がある。
要は結婚相手と出会うための場だ。
だが、何より。
「社交界は階級や家柄などを示す場でもあり、デビューは家のステータスを可視化するイベントです。だからこそ、余計に行きたくないのでしょうね」
世界一の豊かさを誇るブリティシアでは美容意識が高まり、女性の肌の白さや透明感が重視されるようになった。
そうなれば余計に、肌荒れは注目されてしまう。
シャーロットはそのことに、耐えられないようだ。
「とはいえデビューしないとなれば、そちらの方が問題ですわ」
新たな問題に、頭を抱えるエレノア婦人。
これ以上、デビューを先延ばしすることもできない。
いつまでも出てこないとなれば、今度は「あの家の娘さんどうしたの?」と言われてしまう。
「牛乳やハーブを使ったお風呂なんかにも入ってるのに、なぜか全然治らないのです」
肌荒れ問題は、母子を悩ませる大きな問題になっていた。
「肌荒れかぁ……」
ティータイムを終えたエマは「大変だなぁ」と、つぶやきながら『みけ』に帰る。
営業前の『みけ』では、達也が開店準備をしているのが定番だ。
それから昼食を一緒に取って、店を開くというのがいつもの流れ。
さっそく達也を探すと、こちらに背を向けて何かを食べているようだった。
「おいしそうですねぇ」
「うおおっ!?」
後ろから声をかけられて、飛び上がる達也。
見ればその手には、『達也の世界』で購入してきたのであろうシュークリームが一つ。
「きゅ、急に甘いものが食べたくなってさ! 今日はその、気をつけないとな!」
「気をつける? 何をですか?」
「砂糖をたくさん使っているものは、肌にでき物を作りやすいんだよ。だから接客業としてはちょっと気をつけないと」
達也はごまかすように言う。
「……そう、なんですか?」
「これでさらに油ものなんかを食べちゃうと、もう最悪だからな。肌なんて荒れ放題だよ」
「そうなんですかっ!?」
多くの砂糖と油を使った食べ物の組み合わせは、まさに肌荒れに悩むシャーロットが好んでいるものだ。
「だからこういう日は、食べる物に気を使わないと」
そう言って達也はわずかな思案の後、昼食を作り始めた。
変わらぬ見事な手際。
やがて完成したのは、穏やかで優しい色使いの一品だった。
「わああああ……っ!」
完成した鮭のクリーム煮を見て、思わず笑みがこぼれてしまう。
鮭の鮮やかな橙色と、ほうれん草の豊かな緑。
そこにしめじを混ぜたものを、牛乳とバターで煮る。
生み出された優しい乳白色がしみ込めば、淡い色どりの美しい料理ができ上がる。
家庭的な柔らかさを持ちながら、同時に目を引くその色味は見事と言うほかない。
「サーモンがこんなに優しい色使いの料理になるなんて……すごいですっ!」
エマは先ほどケーキを食べてきたばかりなのに、すっかり食べる気満々だ。
「いっただきまーすっ!」
とろみのあるクリームソースと共に、さっそく一口。
「っ!」
思わず目を見開く。
最初に舌に感じたのは、クリームのまろやかさだ。
バターと牛乳の作る優しい風味が、鮭の旨味と混ざり合って深いコクを生み出している。
しっかりと火の通った鮭は、噛むたびにほろりとほどけて、海の香りを感じさせる。
続けてしめじのプリッとした食感がアクセントになり、ふくよかな味わいが広がってきた。
柔らかな鮭と歯ごたえの良いしめじは、ひと口の中で食感にリズムを生み出している。
「こんな味付け、初めてです……っ!」
しっかりとクリームを吸ったほうれん草は、青菜のほろ苦さと牛乳の甘さが溶け合い、優しい味に変わっている。
噛むと閉じ込められていた汁がじゅわっと広がり、鮭やしめじとはまた違う余韻を残してくれる。
鮭の旨味、しめじの香り、ほうれん草の甘苦さ。
その全てが柔らかな塩味を持つクリームの中でひとつにまとまり、温かな後味が口内に残る。
「はあー、おいしいです……」
エマは幸せそうに、大きな吐息をついた。
「鮭は肌にいいし、こうやって煮たものなら栄養も逃がさない。多めに糖分を取った後には最高の料理だよ」
「肌に良い……!?」
鮭は肌に良い栄養素を多く含む。
それは『食べる美容液』という異名すら持つほどだ。
「鮭だけじゃなくて、ほうれん草もだな。どっちもすごく肌にいいんだよ」
「っ!!」
そんな達也の言葉を聞いた瞬間、思い立った。
鮭のクリーム煮なら、揚げ物の様に大量の油を摂取することなく、好きな魚料理を食べられる。
そして、一度気に入ったらそればかりを食べるというシャーロットの性質。
「達也さん! この料理の作り方、教えていただけませんかっ!?」
「ああ、いいよ」
産業革命期のブリティシアにはまだ栄養素という考えがなく、体感に頼ったものが多かった。
当然そこに、肌と食の関係という考えはない。
よって今のままではシャーロットの問題が解決することはなく、悩みを抱えたまま社交界デビューの日を迎えることになってしまう。
だがこの料理は、そんなローズベリー家の問題を解決してくれる可能性がある。
エマはさっそく、達也に鮭のクリーム煮の作り方を学ぶのだった。
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