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【1章完結】メシマズ大国の料理店~キッチン・みけの店ごと英国転移譚~  作者: りんた


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22.港湾の夜と豚の角煮

「こいつで、終わりだぁ……っ!」


 永遠に続くかと思われた荷下ろし業務を終わらせ、アランが両拳を突き上げる。


「よォーし! 飲みに行こうぜ!」

「そうすっか!」


 解放の歓喜に、盛り上がる荷受人夫たち。

 今回は天候の影響で、貿易船の寄港が連続。

 足掛け三日に及ぶ交代勤務で、ようやく繁忙期間を乗り切った。

 荷下ろしの人数が足りずに絶えず大忙しだったが、人員の取り合いが生まれると必然的に払いも良くなる。

 よって、アランたちの懐は温かい。


「景気良さそうじゃねえか、おい」


 そこに突っかかってきたのは、先ほど帰港したばかりの船員たち。

 先頭に立つのは、短い金髪の青年ノアだ。


「また、カモにしてやろうか?」


 ノアは、挑発するようにそう言った。


「ハッ! イカサマみたいな真似して勝ったやつが偉そうに!」

「敗北の言い訳がそれか? 負けたのはオマエが弱いからだろ?」

「お前が汚え真似をしたからだろうが!」


 アランとノアは、にらみ合う。

 夜の仕事明けや入港待ちの時間には、エールやジンを飲みながらギャンブルをして過ごす者も多い。

 そしてこの二人はまさに、熱い勝負を重ねてきた宿敵だ。


「正々堂々勝負しやがれ、卑怯者!」

「卑怯だと? 負け犬は二言目にはそれだよなぁ!」


 航海という期間が空いたことで、深くなってしまった確執。


「前回は勝敗の件で、ケンカになったままなんだよな」

「ああ、そうだったな」

「ウマい酒でも飲みながら観戦したいけど、地元に返ってきた瞬間からメシがマズいっつーのは最悪だよなぁ」

「まあ俺たちは、ロマリアやフランク王国でもメシを食ってきてるからね」

「せっかくの仕事明けだってのに、ロンドールじゃなぁ……」


 火花を散らす両者を横目に、船乗り仲間たちは苦笑い。

 そんな会話を聞いたノアが、笑う。


「確かにそうだな。まあ、お前たちには一生分からない悩みだろうけど」


 バカにするような口調で放つ、火に油を注ぐ一言。

 しかしアランは、一転余裕を見せる。


「あーあー、可愛そうに。ロンドールにもうまい店はあるってのに、無知はつれえよなァ」


 そんな言葉に、互いを見合う船員たち。


「あははははっ! ロンドールの、それも港湾地区にうまいメシ屋なんてあるわけないだろ!」


 全員が、一斉に笑い出した。


「なあアラン。お前、本当にいい店なんて知ってんのか?」

「知らねえに決まってんだろ。煤の吸い過ぎで、幻覚が見えてんだよ」

「あるんだよ! いいから来てみろ! エールもレベルが違うくらいうめえから!」

「あははははっ! そりゃいよいよ幻覚じゃねえか」

「違えって言ってんだろ! そんなら勝負だ! うまかったら俺の勝ちだからなァ!」

「上等だよ。その勝負、受けてやる」


 先頭に立ったアランは、真っすぐに夜の通りを進む。

 すでに飲み始めている者も多いのか、聞こえてくる浮かれた歌声やアコーディオンの音色。

 灯されたガス灯が、どこか幻想的な雰囲気を醸し出している。


「おい、まだかよ負け犬アラン」

「うるせえ! いいから黙ってついて来い!」


 ノアは並ぶ屋台や簡素な食事処の惨状を見る度に、「ないない」と笑って首を振る。

 どうやら船員たちは完全に、アランが『悔し紛れの嘘』をついていると思っているようだ。


「ここだ!」


 やって来たのは、夕食時を終えて落ち着いてきたキッチン・みけ。


「へえ、確かに店の見た目は悪くねえな。でも、お前らはそれに騙されてんだよ」

「まあ、所詮はロンドールだしな」


 バカにするように笑う、ノアたち。


「見てろよ!」


 そう言いながらアランがドアを開くと、気づいたエマがさっそく駆けつけてくる。


「いらっしゃいませーっ! アランさん、今日はにぎやかですね!」


 そう言って楽しそうに、両組をテーブル席へ。


「エマちゃん、まず全員にエールを頼む!」

「はいっ!」

「それと何か……エールと一緒でうまい料理を!」

「かしこまりましたっ!」


 オーダーを受けたエマは、笑顔で注文を伝えに行く。


「それじゃあアランお勧めの店とやらを、楽しませてもらうとするか」

「さぞかし、うまいんだろうな」

「あんまり言ってやるなって。ロマリア、フランク帰りの俺たちにはもう、ロンドールじゃ物足りねえんだよ」

「「「あはははははっ!」」」

「……それはどうかな」


 笑うノア達に、しかしアランたちも一歩も引かずにいる。


「お待たせしました! こちらエールになりますっ!」


 するとさっそくエマが、トレーにエールを乗せて戻ってきた。


「「「っ!?」」」


 思わぬ先制パンチに、面食らうノアたち。


「……なんだ、これ?」


 ガラス製のジョッキに注がれたエールは、まさに黄金。

 その頂点には、細やかな泡が盛られている。

 よく冷え、透き通ったその姿は、これまで見てきたエールとは別物レベルの美しさだ。


「これがこの店のエールだ。まあ、飲んでみろよ」


 アランに言われるまま、船員たちが未知のエールを口に運ぶ。


「「「うおっ!?」」」


 その瞬間、ホップの鮮烈な苦味が駆け抜け、麦のやさしい甘みがふわっと広がる。

 余韻は驚くほど軽やかで、キレのある爽快感が心地よい。

 目の覚めるような刺激に、船員たちはいきなり衝撃を受けた。

 だが、『みけ』の攻勢は続く。


「お待たせしました! こちら豚の角煮になりますっ!」

「今度は、なんだ……!?」


 やって来た料理に、再び驚きの表情を見せるノアたち。

 出汁をしっかり吸い込んだゆで卵と大根を従え現れたブロック状の豚肉は、武骨さを感じさせる。


「け、結局豚かよ」

「まあロンドールじゃ、こ、これくらいが限界だよな」


 思わぬエールのうまさに驚愕したノアたちは、強がるように言う。

 だがそれは、この厚さの肉塊に『うまそうな予感』を覚えてしまっているからこそ。

『肉にかじりつきたい』という原初の欲求に背を押されるようにして、照りの美しい角煮を口に運んでみる。


「「「うおおおっ!?」」」


 まずは、その歯ごたえ。

 予想に反した、圧倒的な柔らかさに驚く。

 それでいて厚さがあるため、食べ応えは十分だ。

 だが何より、含んだ旨味の濃さが段違い。

 舌で押すだけで、豚肉の味わいと共に、煮汁と脂がとろけ出すような感覚。

 そこには醤油の風味豊かな塩味と、砂糖のやさしい甘みもある。

 そして濃い味付けの角煮は、自然とエールに手を伸ばさせる。

 冷えた炭酸をノドに流し込めばまた、角煮の旨味と歯ごたえが恋しくなってくる。

 我慢できずにかじりついていると、今度は自然とゆで卵や大根にも視線が向かう。


「この卵、食べ出したら止まらねえぞ……!」


 船員の一人は、煮汁を存分に吸収したゆで卵のうまさに心を奪われた。


「めちゃくちゃ、染み込んでるな……」


 その横では、出汁の旨味をしっかり閉じ込めた大根に愕然とする船員の姿。


「――――どうだ?」


 勝利を確信した顔で、アランはノアに問いかける。


「…………よ」

「ああ? なんだって?」

「だから……よ」

「聞こえねえなぁ?」

「うめえって言ってんだよ! エールと一緒に喰って、こんだけうまいものなんて他に知らねえ……っ! それにこの料理をマズいって言うのは、いくらなんでも無理があんだろ! …………お前の勝ちだよ、アラン」


 ノアの言葉に、うなずく船員たち。


「分かればいいんだよ」


 するとアランは得意げな表情で、勝利宣言をしてみせた。


「……でもこんなにうまいエールと料理を出すなんて、大したもんだ。ロンドールでのメシが楽しみになるなんて最高だよ。店主、今後も世話になりたいから一杯奢らせてくれ」

「ありがとうございます。けど申し訳ない、仕事中なので」


 ノアの提案に、冷静な遠慮をみせる達也。


「何言ってんだよ、飲めねえからだろ?」


 アランの一言に、硬直。


「店主は酒が飲めねえんだよ、こんなにうまいエールなのにな!」

「はいアラン、出禁」

「「「あっははははははっ!!」」」


 通算三度目の出入り禁止をくらうアランに、手を打って笑う荷受人夫たち。


「いい店を教えてくれてありがとよ、アラン。でも今日でお別れだな」


 ノアがその流れに乗っかれば、船乗りたちもヒザをバンバン叩いて笑う。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! こいつらはロマリアやフランクでうまいものを喰ってきてるんだ! そんなやつらを連れてきたのは、それでも店主の腕ならイケるって確信してたからなんだよ! いやマジで!」


 そう叫んでアランは、ヒザを突く。

 それから両手を組んで、祈りを捧げ出した。


「……解禁」

「あっぶねぇぇぇぇ!」


 大慌てで弁明したアランに、満更でもない顔で出禁を解く達也のちょろさにまた笑う。


「アラン、確かにこの店はエールも料理もうまかった。こんなにうまいものを食わしてくれたんだからな……今回はハンデをやるよ」


 そう言いながら、カードを取り出すノア。


「いるかそんなもん!」


 アランが強気の笑みで応えれば、さっそく始まるギャンブル対決。


「よし、俺はノアに賭けるぞ!」

「今回はアランの逆襲に賭ける!」


 気付けば航海の間に深まっていた確執も、すっかりなくなっていた。


「でもその前に店主、エールと角煮の追加を頼む!」

「俺もだ!」

「俺も頼むっ!」

「はいよ」


 エール片手にバカ話をして、カードで子供の様に盛り上がる男たちの夜。

 その間を、楽しそうに駆けるエマ。

 今夜も賑やかな笑い声が、イーストエッジの片隅に響き渡るのだった。

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