20.フル・イングリッシュ・ブレックファスト
「はあああああ……冗談じゃないよなぁ。それでなくても普段から忙しいってのにさぁ」
「文句を言うな。お得意様の急な依頼とあれば、断るわけにもいかないだろう」
大きなため息をつく工員ハリソンを、好物の『キング・フィッシュアンドチップス』を味わいながら、工場長のオリバーがたしなめる。
「明日はいよいよ、休憩もなしですかね」
緊張を見せるトーマスたちの織物工場は、搬出日と急な依頼による製造が重なり、明日は大忙し確定。
ため息をつく三人は、イスに力なくもたれかかる。
その横のテーブル席にいるのは、貿易船の荷下ろしを仕事にしている荷受人夫のアランたち。
「荒れてた海が落ち着きそうだから、明日は朝から船が何隻も入って来るってさ」
「うわ、マジかよ……」
「こりゃ面倒なことになんぞォ」
こちらも天候の影響で遅れていた船の帰港が重なるらしく、荷下ろしが忙しくなることが決定的。
河岸に荷下ろし待ちの船が並ぶ光景を想像して、項垂れている。
朝一からのフル回転が、約束された状況となれば無理もない。
「なあ店主ぅ……明日だけ何か朝に作ってくれねえか? マズいエールに硬いパンで一日が始まったんじゃ、戦えねえよォ……」
「そりゃいいな。頼むよ店主、エマちゃん……っ!」
アランが言い出せば、ハリソンも乗ってくる。
見ればすがるような表情を、アランの仲間たちも向けていた。
なんと工場長のオリバーですら、期待の目を向けている。
「朝営業か……」
ブリティシアでは労働が長時間化、重労働化しており、高カロリー高タンパクな朝食が求められている。
『朝食は王様のように、昼食は王子のように、夕食は貧民のように食べよ』というブリティシアの格言は、朝にしっかり食べることの重要性を、教育者や医師が説いたことで広まった。
だが、それができるのは中産階級以上の話。
忙しさゆえに料理の仕方も知らない労働者たちに、まともな朝食の準備などできるはずもない。
マズい屋台で買い食いしてから働くというのが、関の山だ。
「それなら明日は、朝からやってみるか」
「あ、ありがてぇ……っ!」
「これで少しは、やる気も出そうだな……!」
安堵と喜びの入り混じった息をつく、アランとオリバー。
こうして明日は、『みけ』初の朝営業をすることになった。
◆
早朝のロンドールは、夜明け前頃から工場の煙が立ち昇る。
霧に包まれた街の石畳は夜露で濡れ、響く靴音と共に湿った匂いが届く。
そしてこの時間でも、すでに多くの労働者たちが工場へ向けて歩みを進めていた。
「ほらハリソン、起きて」
「ん、ああ……」
完全に寝ぼけているハリソンを肩に抱えて、トーマスが『みけ』にやって来た。
彼は今朝も早く目を覚まし、寝坊しかけていたハリソンを起こしに行く真面目ぶりを披露。
後ろで二人を見守るオリバーも、今はさすがに呆けた面持ちをしている。
「……よう」
そこにアランたちも、そろって登場。
こちらもいつものような勢いはなく、言葉数が少なめだ。
「いらっしゃいませーっ!」
そんな二組が集まったところで、朝から元気なエマが、待っていましたとばかりにドアを開く。
「悪いね、エマちゃん」
「いいえ! 大丈夫ですよっ」
満面の笑みに誘われて店内に踏み込むと、トーマスは顔を上げた。
「……いい匂い」
届いたトーストの香りに、思わず息をつく。
言葉もなく、テーブル席に着く両組。
メニューはもう、一つのもので決まっている。
「お待たせしましたっ! フル・イングリッシュ・ブレックファストになりますっ!」
それは達也の世界で有名な、朝食セット。
出された大きめのプレートには焼いたベーコン、ソーセージ、目玉焼き、ベイクドビーンズ、マッシュルーム、細めの三角に切ったトースト、焼きトマトが一緒に乗っている。
「「「う、うおおおおおおおお――――っ!」」」
「すっげえ! なんだこれ!」
アランたちが驚きの声を上げると、寝ぼけていたハリソンも目を覚まして続いた。
「これはまた見事だ」
これにはオリバーも、感嘆の息をつく。
目玉焼きを『丸い型』に入れて焼き、ベイクドビーンズはだらしなく広がってしまわないように、小さな器に盛ってから大皿に乗せる形式を選択。
焼きトマトの下にレタスを敷けば、彩も完璧だ。
どんな時でも盛り付けに手を抜かない達也のこだわりは、朝食組の心を一発で撃ち抜いた。
「エマちゃん」
「はいっ」
「これ、幻覚じゃないよね?」
「……はい?」
いよいよ疑念を深めるトーマス。
見たこともない豪華な朝食に、まだ自分が寝ぼけているんじゃないかと、思わず頬をつねって確認する。
「いただくぞ、店主」
さっそくオリバーが、フォークを厚手のベーコンに刺して一口。
「おおっ!」
歓喜と驚きの混じった声を上げた。
「この綺麗な色味、塩漬け肉とは全く違う……! とろみのある油に溶け込んだ肉の旨味と、程よい塩加減が最高だ!」
早くも感想を語り出すクセを、披露するオリバー。
するとアランも、それに続く。
「この目玉焼きもめちゃくちゃうめえぞ! 黄身がちょっとだけトロッとしてて。シンプルなんだけどよォ、だからこそ塩胡椒の風味がいい感じに効いてやがる!」
オリバーにつられるように、熱く語ってみせた。
「焼きトマトもうまいぞ……! 酸味が取れてすっかりまろやかになってる。塩と一緒に焼いただけでこんなに違うんだな!」
今度はハリソンが、「みんなも食ってみろ!」とばかりに続く。
輪切りにして焼いたトマトは熱で水分が飛び、味が濃縮されている。
そこに塩胡椒とオリーブオイルで味付けすれば、それはもう立派なご馳走だ。
オリバーが語り出したことで、一気に盛り上がった店内。
「このパンの香り……外は程よく焦げてカリカリなのに、中はしっとり。めちゃくちゃうめえよ!」
「やっぱ『みけ』はハズレがねえな! ソーセージ一つとっても歯ごたえが最高だ!」
「トマトで煮たベイクドビーンズは程よい塩味と甘み、そして穏やかな酸味がたまらない。味付けの優しさが本当にいいよ……!」
トーマスはそう言って、うれしそうにスプーンを動かしている。
一気に賑やかになった『みけ』
工場組も荷受組も、止まることなく食べ続けて見事に完食。
満腹になると、イスにもたれかかったまま満足そうに息をつく。
「……来たか」
しばらくすると、汽笛の音が聞こえてきた。
それは、船の到着を知らせるための合図だ。
アランは大きく息を吸い、元気よく立ち上がった。
「……よっしゃあ! 行くぞ!」
「「「おう!」」」
頬を張るアランの声に、力強く応える荷受人夫の仲間たち。
「工場長、僕たちも行きましょう!」
「ああ、そうだな……!」
「行きますかぁ」
続けてトーマスが立ち上がり、オリバーとハリソンも続けざまに席を立った。
その表情は、もはや店に入って来た時とは別人だ。
しっかりと気合が入っている。
「店主、エマちゃん、朝からありがとな。最高にうまかったぜ!」
「二人のおかげで今日も、乗り越えられそうだ!」
アランとオリバーは、早くもやる気がみなぎっているようだ。
「さっさと片づけて、今度はパーッとやりたいねぇ」
「行ってきます!」
そして最後はハリソンとトーマスが、活気に満ちた笑みを見せる。
「いってらっしゃいませーっ!」
「がんばってこいよ」
肩をグルグル回しながら店を出るアランたち、静かに闘志を燃やすトーマスたちを、見送るエマと達也。
通りを進む男たちの背中は、とてもたくましいものだった。
「……皆さん、何だかカッコいいですね!」
「ああ、そうだな」
煙をもくもくと吐き出す煙突。
せわしなく通りを走る馬車。
産業革命の真っただ中にあるブリティシアは、今日も世界の最先端を突き進む。
だがそんな大国は、いつだって彼らが回しているのだ。
◆
「あれ、エマちゃん?」
起き出した達也が一階の店舗に降りてくると、そこにはエマの姿があった。
「達也さん、おはようございますっ!」
いつものように、笑顔で応えるエマ。
店の掃除をしていたようだが、今はまだ早朝。
普段よりだいぶ早い時間だ。
「どうしたんだ、こんな時間に」
「あ、ええと、その」
なぜかソワソワした感じのエマに、首を傾げる。
「昨日早起きだったので、今日も早く目が覚めちゃって……」
そう言った瞬間、盛大にお腹が鳴った。
「…………っ!」
「何か、作ろうか?」
達也の言葉に、手に取ったトレーで恥ずかしそうに顔を隠すエマ。
早く起きたから、いつもの朝食時間より前に腹が減ってしまったということだろう。
エマはそんな状況を見抜かれて、視線をそらし続けていたが――。
「……おねがいしますっ!」
そう言って頭を下げた。
遠慮が空腹に負け、もう正々堂々お願いする姿に笑ってしまう達也。
今朝は少し早めの朝食を、二人並んで取ることになった。
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