17.少女と警察官とホットサンド
「それにしても、趣があるな……」
「本当、すごいですねぇ……っ」
あらためて振り返る、達也とエマ。
その先に見えるのは、セイントポール大聖堂。
ブリティシアの金融街シティ・オブ・ロンドールにある、世界最大級の教会だ。
その特徴はなんと言っても、中央塔にある高さ百メートルを超える大ドームだろう。
『みけ』からは、徒歩二十分ほどの距離にある。
二人は少しロンドールの街を見てみようと、店を開く前の時間を使ってここまでやって来ていた。
「それにしても、こんなに馬車が走ってる光景を見るのは初めてだ……本当にここは異世界なんだな」
高い石造りの建物には、大きな広告看板。
その足もとには丁寧な舗装のされた道路が続き、たくさんの馬車が忙しそうに進んでいく。
それは達也の住む世界では、見られないものだ。
感嘆しながら、角を曲がる。
イーストエッジと呼ばれる労働者街の一帯に入ると、急に建物の汚れが目立ち出す。
そんな通りに並ぶのは、飲食店の屋台たち。
それは台車の付いた小ぶりな木製の本体に、引き出しと簡易な炭火コンロだけを載せた、移動式の販売台といった風情だ。
「あの子、どうしたのでしょうか」
天気が良いだけで足取りが軽くなる。
そんなエマが目を付けたのは、通りの隅の屋台にいた十二歳くらいの少女。
青い制服を着た警官に、何やら注意を受けているようだ。
「もうこれ以上、見てみぬフリはできないよ。ライセンスのない者に、屋台の営業は認められない。まして子供単独での営業なんて、完全な違法だ」
「で、でもっ。お母さんはまだ体調が……」
少女は、必死の様相だ。
屋台は『公認市場』や『指定された通り』で営業するのが基本であり、出店するには許可証が必要となる。
許可の取得方法は、出店希望者が市当局に申請して場所や販売品目を登録。
衛生や秩序を乱さないことを条件として、ライセンス料を支払うことで営業権を得る。
だがこっそり屋台を開く者も多く、警官が取り締まりに来ることが度々あった。
「一昔前だったらライセンスは不要だったし、子供が販売していても問題なかった。だが無許可の販売者が増え問題も多くなったことで、ルールが厳格化されたんだ。そして……近々一斉摘発を行うことになっている。市から監督官が来るんだ。彼らは厳しくしろと言われているから、その目を逃れることは不可能だろう」
「ライセンスは必ず取ります! あと少しでお母さんの調子も良くなるはずなんです!」
「今日の売り上げは?」
「それは……」
あらためて数えるほどでもない、雀の涙。
警官は厳しさを顔に張り付けながら、告げる。
「場合によっては屋台の没収や罰金、悪質と見なされれば矯正施設送りもある」
「そんな……!」
少女はショックで、その場に座り込んでしまう。
「そんなことになったら余計に、お母さんを悲しませることになるだろう? ライセンス料すら稼げないようなら、他にできることを探した方がいい」
これまで少女を見逃してくれていた警官は、そう言って踵を返した。
店を畳むよう少女に告げることが、彼のしてあげられることの最大限だったのだろう。
去って行く足にも、どこか元気がない。
「大丈夫?」
エマが駆け寄って、声をかける。
「何があったんだ?」
達也が問いかけると、少女はぽつりぽつりと語り出す。
「ケガでお父さんの仕事が減っちゃって、譲ってもらった屋台でお母さんと生活費を稼いでいたんだけど……先日身体を悪くしちゃったんです。それで私が一人でやることにしたんだけど、やっぱり生活はギリギリで……」
屋台の営業では、その日の生活費の足しと、翌日の仕入れ代だけで精いっぱい。
ライセンスを取るための稼ぎが、どうしても生み出せずにいた。
そこに市の方針で、取り締まりの強化が決定してしまったようだ。
「屋台を続けられなくなったら、もう……」
うつむく少女に、エマも言葉が出ない。
料理の仕方を知らない、労働者の子。
売れるものなどパンとチーズ、薄く切った塩漬け肉のセットくらいしかない。
それは労働者には定番の食事だが、調理も必要なく、どこにでも売られているのだから稼げないのも当然だ。
広がる、悲壮な空気。
「……達也さん?」
しかし達也は、少女の『商品』を見ながら何やら考えるようにしていた。
フィッシュアンドチップスや『ウナギのアレ』を始めとした屋台では、炭火で鉄板や鍋を熱して調理するのが一般的。
「なるほど、使うのは炭火なのか」
達也は並んだ道具たちと、食材の一つを見てわずかに笑みを浮かべた。
「一つもらってもいい?」
「は、はいっ」
「火は点けられる?」
「あ、はい、一応」
少女は母がやっていたことを思い出し、火打石を使って着火。
炭に火を灯らせた。
「屋台を少し、貸してもらうよ」
そう言って達也は代金を少女に握らせると、さっそく調理を開始する。
ナイフで塩漬け肉を程よい薄さに切り、同様にチーズもカット。
続けて『ロール』と呼ばれる薄くて丸いパンもスライスして、『バンズ』のようにする。
この屋台の前の持ち主は、魚か肉でも焼いていたのだろう。
道具の中には、調理補助用の簡素な鉄網があった。
達也は二枚に割ったパンに、ベーコンのように切った塩漬け肉とチーズを一緒に挟むと、鉄網に乗せて焼き始める。
エマと少女は首を傾げるが、やがて様子が変わっていく。
パンはやや目が荒いが、達也の世界のものとそこまで大きくは変わらない。
炭火によって熱されると、こんがりとした焼き色を付けていく。
「「わあ……」」
エマと少女が一緒になって、感嘆の声をあげた。
だが、その真価はここからだ。
炭火の熱によって内側から温められたチーズが柔らかくなり、とろけ始める。
達也は良いタイミングを見計らって、エプロンをミトン代わりにして網を火から離した。
「これで、豚肉とチーズのホットサンドの完成だ」
焼き色の美しいパンがあげる、香ばしい小麦の匂い。
その隙間に見えるとろけたチーズと、肉の色味が食欲をそそる。
「食べてみて」
達也が言うと、少女は熱々のホットサンドを手に取った。
そしてその小さな口で、かじりつく。
パンがサクッと、心地よい音をあげた。
「……おいしいっ!」
初めての食感。
驚きに少女は、思わず達也の顔を見上げた。
口内を侵食していくのは、とろけたチーズの圧倒的な風味と柔らかさ。
その黄色いチーズは、達也の世界ではハンバーガーに挟まれる定番の品だ。
「チェダーチーズ……最高だよな」
ブリティシアが発祥のチェダーチーズは溶けると、見た目も味も匂いにも、素晴らしい演出をしてくれる。
その塩気と乳の濃厚な旨みが、豚肉の風味と混ざり合うとなれば、そんなものうまいに決まっている。
熱されたことによってパンとチーズ、豚肉の香りが同時に広がって、口から鼻までを充満。
思わず、吐息がもれてしまう。
「おいしそうですねぇ……」
こんなに『羨ましそうな顔』ができるものなのかと、聞きたくなってしまうような表情で少女を見るエマ。
「……このお姉ちゃんにも、一口分けてもらえる?」
「ふあっ!?」
達也に言われて、エマは恥ずかしそうに顔を隠す。
それでも少女が差し出したホットサンドを、うれしそうに一口かじると――。
「おいしいですっ!」
一瞬で満面の笑顔を見せた。
「達也さんすごいですよっ! この材料で、こんなにおいしいものができてしまうなんてっ!」
硬いパンに、塩漬け肉とチーズを乗せるだけ。
そんな定番セットをご馳走に変えてしまった達也に、エマは目を輝かせた。
「今から君が、これを作るんだ」
「私が……?」
達也の言葉に、少女は驚きを見せる。
「明日からはさらに、事前に塩漬け肉を煮て戻しておいてほしい。そうすればこの強い辛みと硬さが薄まって、もっと良くなるから」
「……はい、がんばりますっ!」
驚きの中にあった少女はしかし、家族のために覚悟を決めた。
とにかくイーストエッジの住人は、食に対して目を向ける余裕がない状況にある。
さらに調理の知識がないため、大事なひと手間を行わない。
達也の狙いはそこにある。
「もう一度説明するから、覚えていって」
「はいっ!」
さっそく少女は、ホットサンド作りの方法を真剣な面持ちで覚える。
これには料理の経験があるエマも、興味津々だ。
「……なんだあれ、うまそうだな」
ちょうどそこに通りがかった、一人の労働者。
彼はさっそく、少女のホットサンド屋台に目を付けた。
◆
「はあ……」
警官が、ため息をつく。
少女に屋台をやめるよう告げてから、しばらくぶりの巡回。
通りには今日も、油臭い揚げ物や味の薄いスープを売る屋台が並んでいる。
彼らはライセンスを持っているが、逆に言えばそれでもこのレベルだ。
料理を知らない者が、料理を知らない者のマネをして始めるような仕事。
それは間違いなく、ブリティシアのメシがマズい要員の一端を担っている。
「頼むから、いないでくれよ」
いよいよ今日から、規制の強化が始まった。
まだ少女がいるようなら、すぐにでも撤収させなくてはならない。
もちろんそんなこと、したくない。
「……あれは、なんだ?」
祈るような気持ちで屋台通りにやってきた警官は、驚きの声をあげた。
「俺にもくれ!」
「こっちが先だ!」
謎の屋台に、人だかりができている。
「……あれはっ!?」
近づいてみると、そこには見覚えのある少女の姿。
売り出したホットサンドは、一瞬で人気商品となった。
パンの美しい焼き色と香り、そして肉の上でとろけるチーズの誘惑になど、誰も勝てるはずがない。
少女の屋台は、他に類を見ないほどの盛況ぶりだ。
まさかの事態に、警官が呆然としていると――。
「君、ライセンスはあるの?」
新たに配属された市の監督官が、屋台の視察にやってきた。
「しまった……!」
思わず息を飲む警官。
最悪、何とかして少女が逃げる時間だけでも稼がなくてはと、言い訳を全力で考える。
そして監督官の前に、踏み出そうとしたその瞬間。
「こちらになります」
傍らに控えていた、少女によく似た女性がライセンス証を提示した。
どうやら本当に、母親の調子が良くなったようだ。
さらにこの数日間の爆発的な売り上げで無事、販売許可も取得している。
「確かに確認した。それでは――」
「……それでは?」
立ち去ろうとしない監督官の鋭い視線に、少女が首を傾げる。
「私も一つもらおうか」
「「「っ!!」」」
「ふざけるな! こっちが先だ!」
「とんでもない横入りを見た! こんな横暴があるか!」
「あ、あの! 並んで、並んでくださーい!」
再び始まる列形成のもみ合いに、慌てる少女と母親。
それを見た警官は大きく一つ息をついた。そして。
「そこ、割り込まずに並ぶように」
屋台に集まってくる人々を見て、静かに列整理を始める。
こぼれてしまいそうな笑みを隠すように、厳しさを顔に張り付けて。すると。
その横をすれ違って行く、青年とメイド。
二人を見つけた少女が、その目に涙をためながら頭を下げる。
「あっ、ありがとうございますっ! おかげでお店を、続けられるようになりましたっ!」
やって来たのは、少女の様子を見に来た達也とエマだった。
警官には、彼らが何をしたのかは分からない。ただ。
「……ありがとよ」
達也たちに向けてそうつぶやくと、再び列整理に戻るのだった。
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