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【1章完結】メシマズ大国の料理店~キッチン・みけの店ごと英国転移譚~  作者: りんた


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16.親友の危機とチキンドリア

 上流階級の邸宅でメイドを始めていた幼馴染、アンナ・マリーとの再会の翌日。


「……んー」


 エマは悩み続けていた。

 解雇目前だという親友の危機に、助けになれることはないか。

『みけ』の開店までは、まだまだ余裕がある時刻。

 カウンター席に座ったまま、一人考え続ける。


「エマちゃん。これ少し遅いけど、朝の賄ってことで」

「っ!」


『まかない』という言葉が聞こえた瞬間、犬が『散歩』と聞いた時の様に、身体が勝手に反応してしまうエマ。


「ありがとうございます」


 再び頭を悩ませながらスプーンを取り、さっそく一口。


「おいしい……」


 思わずこぼれた言葉。

 初めて見るその料理は一見するとグラタンだが、その中には米が入っている。

 独特な食感は初めてで、エマは思わず感嘆してしまう。そして。


「ああっ!」


 不意に思いついた。

 この閃きが、アンナ・マリーの役に立つのかは分からない。

 でも、もしかしたら何かの助けになるかもしれない。

 そう思うと、動き出さずにはいられなかった。


「達也さん、この料理の作り方を教えてもらえませんか……っ!?」


 エマが昨日の事を説明すると、達也は二つ返事で了承。

 口頭での説明に加えてレシピまで丁寧に書いて、渡してくれた。


「行ってきます!」


 しっかりと賄を食べ尽くしたエマは、走り出す。

 アンナ・マリーの勤め先は、昨日確認済みだ。

 目指すのは、上流階級の邸宅が並ぶメイフェリア。


「いた……!」


 そこは整然とした街並みをしているため、すぐにローズベリー家を見つけることができた。

 同時に、窓を拭くアンナ・マリーの姿も発見。

 エマはブンブンと手を振る。

 しかしなかなか気付かれず、今度は飛び跳ねながら手を振ってみる。


「アンナちゃーん! こっちこっち! こっちだよー!」

「……エマ?」


 その甲斐あってか、エマの姿に気づいたアンナ・マリーが玄関に降りてきた。


「こんなところまで来て、どうしたの?」

「料理のレシピを持ってきたよ!」

「レシピ?」


 そう言って差し出してきたメモを、アンナ・マリーは確認する。


「……一緒に来て!」

「ええっ!?」


 そしてなんとそのままエマを、ローズベリー家の邸内に引っ張り込んだ。

 アンナ・マリーはそのまま、メイド長のもとに駆けつける。


「メイド長、今日の料理はどうなっていますか?」


 問いかけるも、メイド長は力なく首を振る。

 コックの風邪は本格化し、ベッドに倒れたままとのこと。

 代わりの人間も探したが、家名をかけた米料理を明日作れなんていう話が、まとまるはずもなかった。


「この子はエマといって、私の幼馴染で料理にも覚えがあります。そこで……私たちに昼のメニューを任せてもらえないでしょうか」

「貴方、一体何を言っているの?」


 ありえない提案に、メイド長は驚く。

 しかしアンナ・マリーが渡したメモを見ると、観念するかのように目を閉じた。


「このまま何の手も打たなければ、エレノア婦人は恥をかくことになります。そうなれば私たちの解雇も避けられません。やるだけやってみなさい」


 メイド長はローズベリー家に紛れ込んだエマに、キッチンを任せることにした。


「皆さんも、いいですね?」

「はい。どうせもう、どうにもなりませんから……」


 すでに諦め切っているメイドたちから、異論は上がらない。


「……ポ、ポートマン婦人と先生が、到着されました!」


 報告にやって来たメイドも、表情は悲壮そのものだ。


「では、後をお願いします」


 メイド長はそう言い残して、来客の出迎えをするため玄関へと向かう。


「先生、ようこそいらっしゃいました」


 エレノア婦人は丁寧に頭を下げた後、しっかり今日も付いてきているポートマン婦人に、鋭い視線をぶつけながら庭へ。

 恩師を迎えての昼食。

 格式をあまり気にしない先生は、庭先での昼食を提案した。

 そこをポートマン婦人に見つかり、「ぜひ我が家でも」と割り込まれたことで、対決の様相になってしまったのだ。


「ほう、これもまた見事な庭だねぇ」

「まあ、悪くはありません」


 長年の宿敵であるポートマン婦人はさっそく、自慢の庭を見下すような笑みを向ける。


「料理の方も当然、期待してよろしいのでしょう?」

「も、もちろんですわ」


 そしていがみ合いを続けてきたからこそ分かる、『自信がない時は嚙みがちになる』というエレノア婦人のクセに気づく。

 この隙を突かない手などない。


「先生、昨日の料理はいかがでしたか?」

「素晴らしかったよ。見事だった」

「ありがとうございます」


 ポートマン婦人はあらためて自分の料理を思い出してもらった後、口元に邪な歪みを湛えてささやく。


「これから貴方が惨敗を喫するのだと思うと、笑いが止まりません」

「っ!」

「精々今のうちに、良い言い訳を考えておくことをお勧めいたします。くすくす」


 これまで何度も見てきた、ポートマン婦人が勝利を確信した時の笑い方。

 いよいよ拳を強く握り始める、エレノア婦人。

 激しく散る火花の中、メイド長は頃合いを見てキッチンへ。


「エマ、オーブンの用意できてるわ」

「ありがとうっ」


 二人はてきぱきと、調理を続けていた。

 見事な手際で、温度調整をしてみせたアンナ・マリー。

 エマはさっそく『焼き』の工程に入ろうとして、その肩をポンと叩かれた。


「チーズ、乗せ忘れてる」

「……えへへ、ありがと」


 時にうっかりしがちなエマのクセを、アンナ・マリーはしっかりとフォロー。

 そのまま焼き上がるのを待ってオーブンから取り出すと、メイド長は唖然とした。


「これは……なんていう料理なの?」


 そんな問いに、エマは笑顔で応える。


「チキンドリアですっ」


 二人が協力して作った料理は、見事なものだった。

 その完成度の高さに、メイド長の顔つきが変わる。


「……アンナ・マリーは、いるだけで華になるから一緒に来なさい。あなたにもお願いできる? 黙って控えてくれていればいいから」


 アンナ・マリーとエマを連れて、庭へ出る。

 今ここは二つの名家がぶつかる、見栄とプライドの場。

 メイド長は、二人が控えているだけで意義があると判断したようだ。


「お待たせいたしました」

「おお、来たか!」

「ローズベリー家の名をかけたお米料理。さぞかし、おいしいものなのでしょうねぇ」


 緊張の中にあるエレノア婦人。

 それを見たポートマン婦人は、最後にもう一つハードルを上げてきた。


「こちら、チキンドリアでございます」

「「「っ!?」」」


 料理はわずか一品だけだった。

 しかしその雰囲気に先生は驚き、ポートマン婦人も言葉を失う。

 ブリティシアが生んだ美しいチェダーチーズとホワイトソースが混ざり、生み出す淡い白黄色。

 その天辺についたこんがりとした焼き色と、彩のパセリが生み出すコントラストは、見栄えも圧倒的だ。


「それでは……いただくよ」


 先生は焼き立てのチーズの香ばしい匂いにノドを鳴らしながら、スプーンを刺し込む。

 すると表面のチーズが軽く割れ、とろりとした濃いホワイトソースが顔を出した。

 途端に、ナツメグの甘い香りがふわりと立ち上がる。

 その下には、鶏の出汁でふっくらと炊かれた米の姿。

 スプーンですくいあげて、口へと運ぶ。


「お、おおおお……っ!?」


 その瞬間、バターのコクと牛乳のまろやかさが一体となって口内に広がった。

 続いて立ち上がりの良い米が、軽やかに解けていく。

 鶏の出汁を吸い込ませることで感じられる、しっかりとした旨味。

 そこにはほぐされたローストチキンがところどころに混ざっており、噛むたびに肉汁の味が広がる。

 鶏と甘い玉ねぎの味わいを感じさせる米に、ホワイトソースの濃厚さ。

 そこに香ばしいチーズの風味が混ざって一体となれば、そのうまさは最高の一言だ。


「一つの皿で米とチーズをメインにしてしまうとは……なんて面白いこと考えるんだ! インディオ産の米と香辛料、そしてブリティシア産のチーズとバターが融合したこの一皿……まさに国際的米料理じゃないか!」


 優しい味付けでありながらも、しっかり濃厚。

 先生は興奮に目を輝かせると、大きくうなずく。


「初めてだよ、こんなにおいしい料理は……! 未来すら感じさせるこの先進性! エレノアくん、文句なしの百点満点だ!」

「あ、ありがとうございます……っ!」


 もちろん先生には、教え子のもてなしに勝敗を付ける気など毛頭ない。

 だがその喜び方、褒め方は誰が見ても分かる。

 間違いなく、昨日より高得点だ。


「……まったく最高の二日間だったよ。ありがとう」


 すっかり満足した先生は、ご機嫌のまま昼食を終えた。

 そして馬車に乗り込み去って行く背中を、見送ったところで――。


「……くっ!」


 ポートマン婦人は心底悔しそうに、足音も荒く自宅へと帰って行った。

 言葉が出なくなってしまうのは、彼女が敗北を感じた時に見せるクセだ。


「や、やりましたわぁぁぁぁぁぁ――っ!」


 一方エレノア婦人は、邸内に戻ったところで歓喜の叫びをあげた。


「……あら、あなたは?」


 そしてようやく、見知らぬ一人のメイドを見つける。


「私の友人でエマと言います。チキンドリアを作れたのは、この子のおかげです」

「そうなの! 二人とも、よくやってくれたわ!」

「「っ!?」」


 なんとうれしさのあまり、エレノア婦人は両脇にエマとアンナ・マリーを抱えて回転。

 そのままバランスを崩し、三人してその場に転がったのだった。



   ◆



「エマさん、ありがとうございました!」

「おかげで助かったよ!」

「見事な料理、本当に素晴らしかったわ」


 見事に脱した全員解雇の危機。

 メイド長を始めとした使用人たちに頭を下げられながら、エマはローズベリー邸を後にする。

 なんと婦人の計らいで、帰りは箱型四輪馬車での送迎となった。

 対面の席に座る見送り役は、もちろんアンナ・マリーだ。


「でもあんなにすごい料理、よく見つけてきたわね。お屋敷でも普段はしないような手間のかけ方だから、驚いちゃった」

「そうなの?」

「高級食材を買ってきて、わざわざコックに単調な料理をさせてるの。質素な食生活を送ることが、上流階級の美徳なんだって。それなのに晩餐会とかお客様を呼んだ時は、手の込んだ豪華な料理を出して裕福さをアピールするっていうんだから、不思議よね」


 ブリティシアの上流階級が持つ、矛盾を含んだ文化。

 そんな独特のこだわりは当然、この国のメシがマズい原因の一つとなっている。


「ありがとうございましたっ」


 目的地に到着して、エマが馬車を降りる。

 ここから『みけ』までは、もうわずか。

 二人並んで、イーストエッジの道を進む。


「……ここ?」


 アンナ・マリーが、困惑を見せる。

『みけ』は年季の入った建物が良い雰囲気を放っているが、当然お屋敷のように大きくはない。

 また古びた労働者街であるこの町の住人に、メイドを雇う余裕があるとは思えなかった。


「エマちゃん」

「達也さん!」


 店から出て来たのは、白いシャツに黒のエプロンをした一人の男。

 自然と、その目が鋭くなるアンナ・マリー。

 エマを守るかのように、達也の前に立ちふさがった。


「あなたが、エマの雇い主ですか?」

「まあ、そういう事になるのかな」


 曖昧な返事。

 これは紹介状がない事を利用され、不当に働かされている可能性がある。

 そう考えたアンナ・マリーは、達也をにらむ。


「少し、聞きたいことがあります」


 緊張にノドを鳴らすアンナ・マリー。しかし。


「達也さん! チキンドリア大活躍でしたっ!」


 そんなエマの言葉に、首を傾げた。


「……どういうこと?」

「チキンドリアの作り方は、達也さんに教えてもらったんだよ」

「そうなの?」

「他にも見たことのない料理をいっぱい知ってて、みんなおいしいの! お店に来るお客さんも大喜びなんだよっ!」


 そう言って、うれしそうに笑うエマ。


「だからね。最初のお家を出ることになった時は不安だったけど、今はもう大丈夫っ!」


 幼馴染だからこそ、分かる。

 こうやってエマが笑う時は、本当に楽しい時だ。

 上流階級を唸らせるほどの料理を教えられるのだから、達也は労働者街という立地は関係なく腕利きなのだろう。

 そう判断したところでようやく、安心することができた。


「……そう。心配だったけど、良い人のところで働いてるのね」

「うんっ」


 アンナ・マリーは安堵の息をつくと、丁寧に頭を下げる。


「エマを拾ってくれて、ありがとうございました。二人のおかげで私も、仕事を続けられることになりました」


 そして今回の危機を救った両人に、お礼の言葉を告げた。


「あと……エマは素直な良い子なので、よろしくお願いします……っ」


 さらに深く頭を下げ、親友のことをお願いするアンナ・マリー。


「もちろん」

「エマも食べ物を見て、お腹をすかせた狼みたいな目をするクセは出しちゃダメよ」

「そんなのしてないよっ!」


 すっかり落ち着いたアンナ・マリー。


「他の子たちとは、仲良くできてる?」


 楽しそうな笑みを浮かべながら、エマに問いかける――――しかし。


「大丈夫だよ。わたしと達也さんだけだから」

「……えっ?」


 突然の硬直。


「エ、エマだけ!? ってことは……ふ、二人だけなのっ!?」


 アンナ・マリーはエマと達也を交互に見て、途端に顔を真っ赤にする。


「ダ、ダメですよ!? あの、そういうところは、ちゃんとしないとっ!」

「ああ、心配しなくても大丈夫だよ。ちゃんと店は回ってるし、金がなくてエマちゃんしか雇えないってわけじゃないから」

「うんっ」

「そ、そうじゃなくて……! や、やっぱりこれからも様子を見に来ますっ! まだ、エマには早いですっ!」


 なぜか顔を赤くしたままのアンナ・マリー。

 達也とエマは、ちょっと空想が激し目な彼女に首を傾げるのだった。

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ドリアを見るといつも心の中で「ドリャア~!」って叫んじゃう。 先日食べたカレードリアは美味しかった… アンナちゃんのおませさん!
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