15.上流階級メイドが探すもの
ロンドール西部の高級住宅街である、メイフェリア。
上流階級の家々が並ぶその一角に、一軒の邸宅が建っている。
漆喰の白い外壁と、クラシカルな装飾の柱を持つ玄関ポーチ。
サッシ付きの大きな窓が規則正しく並ぶ光景は、上品な美しさを感じさせる。
その整然とした造りは、労働者街イーストエッジのものとは完全に別物だ。
「やはり、緑を見ながらの昼食は良いものだ」
庭先での食事を提案した老紳士が、笑顔でそう言った。
首都の中心地では、達也の世界なら『庭付き一軒家』ほどの面積を持つ、収まりの良い裏庭を飾るのが定番だ。
バラやゼラニウムなどの花を植えて彩りを加えたり、小さな噴水や彫像を置いて豪華さを演出する家もある。
「それにしても、見事な料理だね」
瀟洒なテーブルの上には銀器の皿に盛られたピラフと、手羽を使ったローストチキンが並んでいる。
「当然です。お世話になった先生に召し上がっていただくのですから」
老紳士の言葉に答えたのは、見るからに上流階級といった風情の婦人。
「最近急に米料理に魅了されてしまってねぇ。白米を使った料理が食べたいなんて、無理を言って悪かった」
「いいえ。先生のためなら、これくらい手間だなんて思いません」
今のブリティシアで、米を食べることは文化として全く根付いていない。
テーブルに上がっただけで、めずらしい特別な料理と見なされる状況だ。
「では、さっそく」
待ちきれないとばかりに先生は、散らされたパセリが爽やかなピラフを口に運ぶ。
「ほう……!」
淡い黄金色に輝く米粒は、一つ一つがよく立っている。
柔らか過ぎず、程よい弾力を保った米は、噛む度に鶏の出汁が生み出す深い旨味を感じさせる。
同時に広がるのは、バターの豊潤なコクと香り。
所々に混ざったマッシュルームが、独特の食感と共にその風味を醸し出す。
わずかに隠されたアーモンドの歯ごたえも、良い変化を与えてくれている。
先生はその味に感嘆しながら、小さな棍棒のような形状の手羽ローストを一口。
ラードを塗って焼くことで、こんがりとした色味を付けた皮が、パリッとした歯ごたえを走らせる。
そんな皮の香ばしさの後に続くのは、タイムやセージといった辛みと爽やかさを与えるハーブと一体になった、鶏肉の旨味。
下味として振った塩胡椒が、素材の味をしっかりと引き立てている。
そして鶏を焼いた際に出た肉汁に鶏ダシと小麦粉を混ぜて作ったグレイビーソースは、手羽という素朴な部位の味わいを濃厚なものにしていた。
「素晴らしい……!」
そう言って再びピラフを口に入れれば、ローストチキンの味と見事に調和。
先生は年齢を感じさせない見事な食べっぷりで、二つの料理をあっという間に完食した。
「いやいや、これはご馳走だった」
「ありがとうございます」
満足気にする先生を見て、うれしそうにほほ笑む婦人。
「これで明日はエレノアくんにもご馳走になれるだなんて、本当にうれしいよ」
「ご期待ください。本物の米料理を味わっていただきたいと思っていますわ」
「おお、それは楽しみだ」
笑顔で応えたのは、エレノア・ローズベリー婦人。
二人の生徒と、かつての恩師。
久しぶりの再会から始まった昼食会は、和やかな空気のまま終了を迎えた。
「なんかピリピリ感、すごくない……?」
それにも関わらず、付き添いで控えている新人メイドのアンナ・マリーは、妙な居心地の悪さを感じていた。
涼しげな目もとに、スラリとした体躯。
肩に届かないくらいの茶色く緩い巻き髪は、まるでモデルの様。
実は彼女の感じている違和感は、ここが『お隣さん』の庭だからというだけではない。
丁寧に見送った先生の姿が見えなくなった瞬間、隠されていた真実が明らかになる。
「……相変わらず、泥棒猫のような真似をしますわね」
アンナ・マリーの雇い主であるエレノア婦人が、口火を切った。
「あら、何のことでしょうか?」
「知れたことを。わたくしがお招きする予定だった先生との昼食に、強引に割り込んできたことですわ」
「強引にだなんて、言いがかりも甚だしいです。ちゃんと先生にはご理解いただきましたもの」
「教え子に誘われて、先生が嫌だと言えるわけがないでしょう? それを知っていて割り込んだ。そういうところが昔から気にいらないんですわ」
「あら、ちゃんと喜んでいただけましたのですから問題はないでしょう。それに……くすくす」
「それに、なに?」
「ローズベリー家の粗野なもてなしでは、先生にご満足いただくことなどできないでしょう?」
「っ!」
「感謝していただきたいくらいです。これで明日コケても、先生には悪い思い出にはならないでしょうし。ほほほほほっ」
バカにするような笑い方をすると、エレノア婦人に背を向けて自宅へと帰って行く。
「せいぜい恥をかかないよう、お気をつけあそばせ。おーほほほほほほっ!」
「……ああもうっ!!」
完璧な挑発に、エレノア婦人は足を強く踏み鳴らす。
ローズベリー家と、ポートマン家。
高級住宅地に並んだ邸宅と、張り合うようにして作られた二つの庭。
先代から続くライバル家系に生まれた二人の争いは、幼少よりずっと続いてきたものだ。
エレノア婦人は、怒気を含んだ目で振り返った。
「貴方たち、いいですわね! 食材は何でもそろうようにしてあるから、意地でも……意地でも勝ちなさいっ! もし恥を晒すようなことになったら――――全員解雇ですっ!!」
そう言い残して、足音も荒く自宅へと戻っていく。
普段はもっと上流階級然としているエレノア婦人だが、この件に関してだけは本気で怒る。
まさかの事態に、震える使用人たち。
その危機は、最悪という他にないタイミングで起こってしまった。
「……どうしましょう。うちのコック、今朝風邪で倒れたばっかりですよ?」
ローズベリー家での食事の全てを司るコックが、まさかの重い体調不良。
どう考えても、明日までにどうにかなる容体ではない。
これは使用人たちが一斉解雇されてもおかしくない、完全な窮地だ。
「大変なことになったわね……」
これには困惑の表情を見せる、アンナ・マリー。
「休憩、頂きます」
それでも使用人仲間にそう告げると、いつも通り邸宅を出た。
こんな状況でも、彼女にはしなくてはならないことがある。
探し人の発見。
それはともすれば、命にかかわる問題だ。
「何かあったら、私が助けないと……!」
辺りをしきりに確認しながら、高級住宅地であるメイフェリアを出る。
今日は、一直線に東へ向かって進むことにした。
やがてたどり着いたのは、金融街であるシティ・オブ・ロンドール。
せわしなく視線を動かしながら大通りを進み、セイントポール大聖堂の前へ。
「あれは、もしかして……!」
似ている人を見かける度に慌てて確認するが、やはり見つからない。
「……さすがに、こっちにはいなそうね」
屋台通りに入ったアンナ・マリーは、ため息と共に足を止める。
そして仕方なく、引き返そうとしたところで――。
「っ!!」
見覚えのある顔を見つけて、思わずその目を見開いた。
「――――エマッ!!」
あげる叫び声。
すると振り返った金色の髪の少女は、アンナ・マリーを見てパッとその顔を笑みでいっぱいにした。
「アンナちゃん!」
探し続けていた友人で、間違いない。
全力で駆け出したアンナ・マリーはそのまま、店周りの探索をしていたエマに抱き着いた。
「何してたのよもうっ! 心配したんだから!」
薄く目に涙をためながら、抱きしめる腕に力を入れる。
アンナ・マリーはエマの後を追う形でノンフォークから出てきた、同い年の幼馴染みだ。
「エマが勤めるって言ってた家に行ってみたら、出て行くことになったって聞かされたの!」
屋敷での仕事を覚えてきた頃、アンナ・マリーはエマを探すことにした。
紹介状を書いたノンフォークの牧師に地図をもらっていたため、発見は簡単だった。
だがその家に、すでにエマの姿はなかった。
それからアンナ・マリーはずっと、エマを探し続けていたのだった。
「あのお家のメイドさんたち、どうしてた?」
「小さな子がいたけど、楽しそうにしてたわ。なんかエマに託されたからって、使命感を覚えてるみたいだったけど……」
「よかったーっ!」
小さな後輩が無事にやれていると聞いて、うれしそうにするエマ。
「良くないわよ!」
一方アンナ・マリーは、エマの肩を何度も叩いて怒る。
来て早々の離職に加えて紹介状もないとなれば、まともな仕事につけるはずがない。
そうなれば、どんな悪人に目を付けられてもおかしくない。
そんな状態でエマが行方不明になっていたため、居ても立ってもいられない状況だった。
「……もう」
アンナ・マリーはここでようやく、大きすぎる安堵の息をついた。
エマは素直で明るいが、もう少しずる賢くあって欲しいくらいだと、あらためて思う。
「アンナちゃん、ありがとう」
そんな心境を知ってか、エマもうれしそうに抱きしめ返す。
するとアンナ・マリーが、ようやく笑顔になった。
そして抱き合ったまま、とても大事なことを思い出す。
「……これで問題は、明日私の方が解雇されるかもしれないってことだけね」
「ええっ!? せっかく会えたのに、どうしてっ!?」
まさに数十分前に起きたばかりの、アンナ・マリーの危機。
その詳細を聞いたエマは、今度は頭を悩ませる側へ回ることになったのだった。
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