14.懐かしきスコッチエッグ
綿は軽いため扱いやすく、洗濯や染色にも強い。
さらに肌触りが良く実用性が高いため、インディオ産の綿布は大流行した。
ブリティシアは自国での生産を企図し、機器の製造が本格化したことで始まったのが産業革命だ。
羊毛中心だった衣料文化は綿へシフトし、日常衣料から装飾布、寝具にまで使われるほどになった。
そうなれば当然、大量の生産が必要となる。
「はぁ……」
織物工場の執務室。
茶色い髪を綺麗に流し、紺色の上品なジャケットを羽織った一人の男。
若く見えるが、今年で三十四歳になる経営者ジェームズは、ため息をついた。
綿布や織物の需要は急増したが、同業者も次々に参入して価格競争が激化。
人件費を下げるために安く使える子供や女性労働者を多く雇い、社会的批判を受ける者も多くなっている。
そんなやり方はしたくない。
だが、やらなければ不利になる。
ここ最近の停滞は顕著で、いつマイナスに転じてもおかしくない予感を覚えているのも確かだ。
「今なら蒸気機関を使った新たな紡績機、織機を先んじて導入するという賭けができる。だがそれが上手く働かなければ倒産もありえるか……」
長男が家督と土地を継ぎ、次男以下は士官や法律家などの道を選ぶのが伝統のブリティシア社会。
兄は苦しい家計を守り、その間に自分が経営者として成功する。
これが地方貴族であるジェームズ兄弟が、選んだ計画だった。
成功すれば『新たな産業貴族』として凱旋し、失敗すれば『身分を落とした冒険者』と見られる。
そんな時代。
「今ならプラスで終われる。いっそ工場を畳んで、実家に帰るのもいいかもな」
一家の期待を背負ってロンドールに来たジェームズは、ため息をついて立ち上がる。
尽きない悩みと一人戦い続けていたことで、その精神はひどく摩耗していた。
「……ん?」
工場を出ると、聞こえてくる声。
「しっかりと揚げた、熱々のタラ……」
そこには工場長オリバーの語りを聞く、工員ハリソンの姿があった。
「そこにモルトビネガーをたっぷりかけて、そのまま口に放り込めば……!」
「放り込めば……?」
「マズい!」
「マズいんすか」
清々しいまでの言いように、苦笑いを浮かべる工員ハリソン。
「どれだけ揚げても、下処理がされてないせいで魚の嫌な風味が残っているんだ。それを隠すために揚げ過ぎた衣は、分厚くて油まみれ」
「うええ……」
「やはり『みけ』のキング・フィッシュアンドチップスには、到底かなわないな」
料理経験の全くない店主も多い屋台では、それも当然のこと。
イチかバチか、昼の休憩時間に選んだフィッシュアンドチップスはハズレだったようだ。
「何の話をしてるんですか?」
そこにやって来たのは、工員仲間のトーマス。
「ああ、これから『みけ』に口直しに――――お疲れさまですっ!」
「オリバーさん?」
突然大きな声をあげた工場長に、首を傾げるトーマス。
「どうしたんですか? 急にあらたまって」
不思議そうにするトーマスに、ハリソンは親指を立てて「後ろ後ろ」とジェスチャー。
「……ん?」
さらに深く首を傾げるトーマス。
「だから後ろだよ」と、繰り返すハリソンにつられて振り返ると――。
「あっ、ジェームズさん!? すみません、道塞いじゃって!」
「構わないよ。オリバー、こんなところで何の話をしていたんだ?」
「ああいえ、ちょっと昼メシの口直しでもしに行こうかという話を……」
「よかったら、オーナーもどうっすか? 良い店なんすよ……まあ、幻覚かもしれないっすけど」
相変わらず軽いハリソンのノリに、思わず緊張するオリバーとトーマス。
だがそんな適当さが、ジェームズの気を引いた。
「……それも、いいかもしれないな」
普段はイーストエッジ付近で、夕食を取ることなどない。
当然店も知らないジェームズは、ハリソンたちに連れられる形で一軒の料理店へ。
年季は感じさせるが、小綺麗なその店のドアに手をかける。
「いらっしゃい」
「いらっしゃいませーっ!」
戸を開くと、主人の帰宅を喜ぶ犬のような笑顔でエマが駆けつけてきた。
「こちらの席にどうぞ!」
すっかり顔なじみの三人を、テーブル席に案内。
すると、オリバーが問いかける。
「今、何か食べたいものとかありますか?」
言われてジェームズは考える。
すると思い浮かんだのは、一つの懐かしい料理だった。
「――――スコッチエッグ」
それはブリティシアが生んだ料理の一つ。
「……まあ、無理だろうな。イーストエッジで出せるような料理ではない」
そう言ってジェームズは、諦観を含んだ息をつく。
だがエマが振り返ると、達也は「問題ない」とうなずいた。
「お出しできますよ。スコッチエッグでよろしいですか?」
「……へえ、それなら頼むよ」
「そんなら、俺たちも同じのをちょうだい」
「はいっ! 少々お待ちくださいっ!」
元気に応えて、下がるエマ。
スコッチエッグはゆで卵を、ひき肉で包んで揚げた料理だ。
そしてジェームズの父が、いたく気に入っていた一品。
おいしいものをおいしいもので包んでいるのだから、子供だった頃の自分も大好きだった。
そんなことを思い出していると、両手に皿を持ったエマがやってきた。
「お待たせいたしましたーっ! こちらスコッチエッグになりますっ!」
「……っ!?」
ジェームズは、驚きを隠せなかった。
満月のように鮮やかな黄身と純白の白身が、その目を引く。
ゆで卵を包み込むひき肉は、キツネ色の衣と共に食欲をかき立てる。
色味の綺麗なレタスとミニトマトが置かれた一皿は美しく、大した期待をしていなかったジェームズの想像を、はるかに上回っている。
半分に切ってあっても、まだ大き目な一品。
構わず、フォークで差して口に運ぶ。
「これは……っ!」
するとサクッとした食感の衣が、油の旨味をほのかに伝えてきた。
卵にはまだ半熟の部分もわずかに残っているため、とろりとした食感が届き、黄身の風味が口内に艶めかしく広がっていく。
そこに白身の淡白ながらも独特な味が混ざり、半熟ゆで卵特有の食感を生み出している。
その後を追いかけてくるのは、塩胡椒で下味をつけた豚ひき肉の味わいだ。
新鮮な肉の旨味が熱に膨らみ、卵や衣の味と混ざることで、複合的なうまさとなって舌を喜ばせる。
おいしい。だが何より――。
「……懐かしい味だ」
思わず目を細めて、感動するジェームズ。
想うのは故郷、ブリティシア北西部にあるランカーシャの田舎町。
なだらかな平原と、続く丘陵の緑が美しい。
スコッチエッグは旅行時に持っていける料理として、食料品雑貨の有名店フォトン・メイソンが生み出したものだ。
ロンドールで学び、経営の道に進むと決めた時に母が作って持たせてくれたのも、このスコッチエッグだった。
「うまい……!」
「マジかよ! これもうまいなぁ!」
「『みけ』の揚げ物は、いつだって最高だ……!」
トーマスたちも、スコッチエッグのおいしさに夢中になっている。
「ソースを使ってもおいしいですよ!」
そんなエマの言葉に、言われるまま未知の調味料をかけてみる。
不思議なとろみを持つ液体は、スコッチエッグによくからむ。
ジェームズは今回も大きく口を開けて、そのまま押し込むようにして味わう。
「おお……っ!?」
上がった声。
勢いよく立ち上がったのは、驚くジェームズの横にいたオリバー。
「塩胡椒によるシンプルな下味だけでも、十二分に肉と卵の旨味を楽しむことができるこの料理。だがその押しの強くない味わいには、酸味と塩味に加えて甘みまで持つ濃厚なソースが良く合っている! スコッチエッグの豊かでありながら派手ではない味と、ある意味わがままな強さを持つソースの相性は最高だ! エマちゃんがこのタイミングでソースを勧めたのは、二つの味を楽しんでもらうためだったんだな!」
「オリバーさん、全部言っちゃうからなぁ」
「どう考えても、ジェームズさんが言う流れだったね」
ここでも迫真の表情で感想を口に出してしまうオリバーに、苦笑いのハリソンとトーマス。
そんな三人を見ながら、ジェームズは思い出す。
仲の良いジェームズ兄弟。
貴族なんて名ばかりの生活になってきている中で、兄は家を守ることを選び、未来への挑戦を自分に託した。
やらなくてはならない。
今も家を守り続けている、兄のためにも。
思い出さなくてはならない。
母のスコッチエッグを持って、ロンドールに出て来た頃の情熱を。
こんなに楽しい工員たちがいるのなら、彼らとまたこの料理が食べられるのなら。
まだまだがんばれるはずだ。
「……実は、考えていることがあるんだ」
ジェームズは、オリバーたちに問いかける。
「蒸気機関を使った新たな紡績機、織機が売り出される。いち早く新型を取り入れてみようと思っているのだが……どう思う? これが使い物にならなければ、工場が無くなる可能性もあるのだが……」
それはいつでも一人で悩んでいたジェームズが、初めて工員たちに意見を求めた瞬間だった。
「やりますよ……! しっかり学んで、使いこなしてみせます!」
工場長にして技術者でもあるオリバーは、ハッキリと応えた。
「俺たちにも、教えてください!」
「まあ、そうなるよねぇ」
真面目なトーマスが続けば、ハリソンも乗ってくる。
これなら、新たな機器への挑戦も悪くない。
「……ありがとう、店主」
覚悟を決めたジェームズは、そう言ってほほ笑む。
「何気ない夕食の一品だったかもしれないが……自分にとっては、特別なものになったよ」
「いえ。スコッチエッグ、本当に良い料理ですよね」
「なんだか見るだけでワクワクしちゃう、素敵なお料理でした!」
「……ありがとう」
あらためて達也とエマにそう言い残すと、ジェームズは四人分の支払いをして店を出る。
すぐさま頭を下げて感謝する、トーマスとオリバー。
気を良くしたハリソンは「次は明日にします?」と、笑いながら言ってオリバーにはたかれる。
並んで帰途を進む四人。
蒸気機関とのさらなる連携により、大きく生産量を上げることになる最新の機械たち。
その到着はもう、目前だ。
ご感想いただきました! ありがとうございます!
返信はご感想欄にてっ!
◆◆◆お読みいただきありがとうございました!◆◆◆
少しでも「いいね」と思っていただけましたら。
【ブックマーク】・【ポイント】等にて、応援よろしくお願いいたします!




