13.エマと達也とまかないと
「おいしそうですねぇ……」
「……エマさん、一つ食べる?」
真顔でつぶやいたエマに、工場での仕事を終えて来店したトーマスは、そんな提案をした。
「えっ? い、いえ、今はお仕事中ですのでっ!」
ブンブンと首を振りながらも、強めにスカートの裾をつかんで我慢しているエマ。
しかしいざトーマスが食べようとすると、「ああっ!」という顔になる。
「おいしそうですねぇ」(笑顔)が「おいしそうですねぇ……」(真顔)になったら、危険域だ。
「ありがとうございましたーっ!」
それでもエマは最後まで、笑顔でお見送り。
無事に営業時間を終えたキッチン・みけはドアを施錠して、窓際の照明を落とす。
「よし、夕食にしようか」
「やったあー!」
始まる賄いの時間にエマはトレーを抱きしめ、くるっと一回転して歓喜する。
「今、食べたい物とかある?」
「達也さんに出会った日に作ってもらった、あのオムライスがいいですっ!」
そう言って思い出しよだれを、慌てて拭う。
あの日に食べたオムライスは、今もエマにとって特別な一品だ。
「それなら今日はオムライスにしようか? ハンバーグなんかも考えてたんだけど……」
賄いでは達也の作る料理を知ってもらうために、メニューにあるものを色々と食べてみる形を取っている。
ブリティシアの労働者たちは知見のある料理がとにかく少ないため、エマには説明の仕事があるからだ。
「ハンバーグですか! おいしそうですねぇ……!」
オムライスは特別な料理。
でもハンバーグも食べてみたい。
よほど楽しみなのか、エマはフォークを握りしめながら考える。
「足りない食材を取ってくるから、どっちを食べたいか選んどいて」
「はいっ」
達也は常温保存の食材の一部を補充するため、キッチンを後にする。
そして、いくつかの材料を抱えて戻ってくると――。
「達也さぁん……」
エマは半泣きで、頭を抱えていた。
「なんだ、どうした?」
「選べませぇぇん……っ」
人生の進路くらい本気で悩んでいるエマを見て、達也は思わず笑ってしまう。
「そんなに真剣にならなくても」
「だって達也さんが作ってくれるんだったら、どっちも美味しいに決まってますから!」
「……それなら、両方作って食べようか」
「はいっ!」
神の啓示でも受けたかのように、パァァァァと表情を輝かせるエマ。
そして褒められると、つい甘くなってしまうのが達也だ。
さっそく二つの料理を、手際よく作っていく。
カウンター席で待つエマは、両手にフォークとスプーンを持ったまま、鼻歌を口ずさんで待つ。
通常よりやや控えめな大きさのオムライスと、ハンバーグ。
手早く完成させて、カウンター越しにエマの前に出そうとして急停止。
意図せぬところにこぼれたソースは、少量でも拭かないと気が済まない。
賄いでも綺麗に盛りつけるのが、達也のこだわりだ。
「わあーっ! おいしそうですねぇ!」
主役が二つそろった状況に、思わず歓喜の声をあげるエマ。
達也が隣に来れば、遅めの夕食の始まりだ。
「いっただきまーす!」
まずはオムライスから。
ケチャップライスは、先にケチャップと具だけで火にかけているため、独特の強い酸味が大きくやわらいでいる。
そこにふんわりとした卵焼きが乗ることで、味がとてもまろやかだ。
「この優しい味が、うれしかったんです」
まずは『素』のオムライスを口にして、ほほ笑む。
「でもデミグラスソースが一緒になると、すっごく豪華になるんですよね! これが大好きなんですよーっ!」
そこに濃厚なソースが混ざると、一気に全てが豊かになる。
その変化を、うれしそうに噛みしめる。
「やっぱりわたし、達也さんの作ってくれるオムライスが大好きですっ!」
あらためて、自分にとって特別な料理を再確認するエマ。
だが、今夜の夕食はこれだけではない。
まだ、ハンバーグが控えている。
「ごくり……」
表面の見事な焼き色が食欲を誘う、小ぶりながらも厚手の一枚。
ナイフを入れれば、新鮮な脂を含んだ肉汁がじゅわっとあふれ出し、皿の上にまばゆい広がりを作る。
その瞬間、焼き上げた牛肉の香りがふわっと広がった。
肉々しい赤身のハンバーグは、そのふっくらとした断面だけでさらに期待を高ぶらせる。
オムライスと味付けが似ないように選んだのは、じっくり炒めた刻み玉ねぎがたっぷり入ったオニオンソース。
エマは我慢できず、少し大きめに切って口に運ぶ。
「……おいしいっ!」
口の中に広がる牛肉の風味と、脂をたっぷり含んだ肉汁。
程よく火の通った肉の旨味が、一気に押し寄せてきた。
玉ねぎの甘さを主役とした醤油ベースのソースは、発酵由来の深みと程よい塩味によって全体を引き締める。
そこにショウガとニンニクの風味がふわりと混ざることで生まれる、複雑かつ豊かな風味。
濃すぎないその味はハンバーグ本体の旨味をしっかりと引き立て、肉の味わいをさっぱりと飾りつけている。
肉汁の豊潤さに、独特の甘辛さを乗せた一品は……最高。
「お肉をこういう形で食べるのは初めてですけど……こんなにおいしくなるんですねっ! 肉を食べているぞーっていう感じで、すっごく充実しています……っ!」
夢中でハンバーグを口に運ぶエマ。
こちらも、あっという間に完食してしまう。
「ごっちそうさまでしたー!」
そして、満面の笑顔を見せる。
「せっかくだし俺はビール……エールでも飲もうかな」
そんな姿を見ながら達也がうれしそうに言うと、率先してエマが立ち上がった。
「わたし、持ってきます!」
「ありがとう。グラスで頼むよ」
「はいっ」
お腹いっぱいのエマは、グラスに注いだエールをご機嫌な足取りで持ってきた。
達也はさっそくゴクリと一口飲み込んで、大きく一つ息をつく。そして。
「…………苦いなぁ」
その顔を、無念そうにゆがめた。
「まだ、ダメか……」
「ダメ?」
残念そうに息をつく達也に、エマは首を傾げる。
「うちの祖父が豪快に飲む人でさ、その姿にずっと憧れてるんだけど……いつまで経ってもあの『うまい!』って感じにならないんだよな」
マズいとまでは思わないが、おいしいとも感じない。
この年でそれならもう変わらないと言われたこともあるが、やはりジョッキを勢いよく傾けるあの姿への羨望は止まらない。
「荷受をやってる四人組も、うまそうに飲んでたよなぁ」
「とてもおいしそうでしたね」
荷受人夫のアランたちに、エールの件でいじられたのを思い出して笑う。
「でもいつか、俺も必ず……!」
達也は味覚の変化を、あらためて願う。
「ああ、エマちゃんも飲み物は自由に飲んでいいから」
「はいっ」
ある程度は今も遠慮している様子のエマにそう言うと、さっそくグラスを片手にキッチンへ。
「ん? エマちゃん!?」
達也は思わず、驚きの声をあげた。
エマのグラスに注がれていたのも、エール。
止める間もなく、一気に飲み干してしまう。そして。
「……苦いですね」
そう言って、苦笑いしてみせた。
「大丈夫なの?」
「はいっ。ブリティシアでは子供もお仕事前に飲んだりしますから」
「そうなのか……」
驚く達也だが、産業革命のブリティシアではエネルギー補給と危険な水を避けるため、子供でもエールを飲んでいる。
事実、法律で禁止されてもいない。
「でもこれはまた、しばらくお預けですね。わたしにもいつか、おいしく感じられますように」
「……そうだな」
これで先にエマが「おいしい」と言い出したら、どうしよう。
そんなことを考えながら、達也は大きくうなずいたのだった。
「……でも、本当に不思議ですねぇ。このお店が違う世界につながっているなんて」
ブリティシアのものとは違う料理やエールを見返しながら、感嘆するエマ。
一階の裏手口は達也の住む世界に、店の出入り口はブリティシアに。
ちょうどみけが、二つの世界を結ぶ通り道の様になっている形だ。
なぜそうなったのかは、分からない。
最初にこの事を説明された時はずいぶんと驚いたが、裏手から外に出ない限りは問題ないと分かった後は、落ち着いたものだった。
「エマちゃんは意外とすんなり、この不思議な事実を受け止めてたね」
「はい。私がこのお店に来られたのは、その不思議のおかげですから」
アルコールが効いてきたのか、ちょっとだけ赤らんだ顔でご機嫌な表情を見せるエマ。
「何も知らないロンドールで、日が暮れて、雨が降り出した時はどうなってしまうかと思いましたが……達也さんに出会えて、このお店に来ることができて良かったです。えへへ」
「エマちゃん……」
「はいっ」
「分身が、すごく上手」
「……はいっ!?」
見れば達也の方も、しっかり顔が赤くなっている。
「エマちゃんが、三人いるように見える」
「店主の達也さんまで、幻覚を見るんですか!?」
一部の客には「料理がうますぎる」と、幻覚疑惑を持たれている『みけ』
その店主までおかしなものが見えているという奇妙な状況に、二人そろって赤くなった顔で笑い合う。
それは、閉店後のお楽しみ。
今夜も二人は、遅い夕食をたっぷりと楽しんだのだった。
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