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【1章完結】メシマズ大国の料理店~キッチン・みけの店ごと英国転移譚~  作者: りんた


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12.ニンニク貴族

「ふん、ここが庶民共の料理店か」


 自家用の四輪馬車を降りたその男は、仕立ての良いジャケットに妙に高いハットという姿でやって来た。

 ヴィクトル・キャベンディッシュ。

 ブリティシアにおいて、貴族と呼ばれる家系の一端に身を置く者だ。

 四十代中盤になる小太りの男は、不遜な態度でキッチン・みけのドアを開く。


「いらっしゃいませーっ!」


 上流階級では、メイドなど使って当然。

 満面の笑みで駆けてきたエマにも、その態度はもちろん変わらない。

 軽くあしらうと、店主に聞こえるように告げる。


「我が名はヴィクトル・キャベンディッシュ。ブリティシアに輝く麗しき貴族である」


 相応の扱いをするようにという、いきなりの牽制だ。


「本来であれば私のような上流階級が、下々の料理店に来ることなどないのだが……偶然道で庶民の話を聞きつけてな。どのようなものかと来てやったのだが……」


 そう言ってヴィクトルは、店の中を見回す。


「ふん、高が知れたな」


 内装を見て、やれやれと首を振った。

 さらに荷受人夫のアランたちが食べていた料理を見て、大げさに息をつく。


「やはり、この程度か」

「ああん?」


 アランが威嚇するような目を向けると、ヴィクトルはわざとらしく鼻をつまんでみせた。


「この臭い。ニンニクは我々上流階級ではその香りの強さゆえに、外国の下品な食材とされているのだ。そんなものを必死にかき込むとは、庶民はこれだから。食に浅ましいのは罪だとされていることも知らぬのか? それとも理解ができないのかな? はっはっは!」

「こいつ……っ!」


 怒りに拳を握るアランを無視して、一人でテーブル席を占拠したヴィクトル。


「本来私のような上流階級は、このように下賤な料理を食したりはしないのだが、新たな経験は話の種にもなろう。メイド、私にもこの庶民と同じものをもて」

「は、はいっ」


 荷受人夫たちから向けられる怒りの視線にも、涼しい顔。

 余裕を見せるヴィクトルの前に、やがてエマが料理を持ってやってきた。


「お待たせいたしました。こちらジャーマンポテトになりますっ」


 黒色の器に乗せられた、ゴロゴロとしたポテトに大きく切った鮮やかなベーコン。

 そこに厚手のニンニクスライスが、大量に混ざっている。

 小高い山の天辺に乗ったパセリは色味を添え、胡椒が香ばしさを醸し出す。


「……ほう、見た目は悪くない」


 達也の盛り付けは、どんな料理でも見事だ。

 もっと雑なものを想像していたヴィクトルは、わざとらしく感心してみせた。


「だが問題は味だ。庶民のイモ料理では、日頃からレベルの違う食事を楽しんでいるこの上流階級、ヴィクトル・キャベンディッシュを満足させることなど不可能だ! はっはっは!」


 高笑いと共に始まった勝利宣言。


「ブリティシアで名をはせる、名家に身を連ねるこの私。勲章すら持つヴィクトル様に食べてもらえるだけでも、ありがたく思うのだな!」


 どうせ一口も食べたら、あとは残すだけ。

 そう決めつけながらヴィクトルは、ジャーマンポテトを口に運び――。


「うっ!?」


 口の中に広がった猛烈な旨味と、食欲をそそるニンニクの風味に驚愕した。


(うまああああああああ――――いっ!! こ、これは、これは一体どういうことだッ!?)


 思わず、目の前の料理を凝視する。


(イモのホクホク感と共にやって来る厚いベーコンの見事な肉感! しっかりした旨味と豊富な脂身が豚肉本来の風味と混ざり合い、そこにジャガイモの質素ながらも豊かな味わいがやって来る! わずかに感じる玉ネギのシャリ感は最高のアクセント。これは大地と生命が渾然一体となることで生み出されたうまさに相違ないっ!)


 フォークに刺さった美しい色味のベーコンと、黄金にも似たジャガイモはまぶしいほど。


(だが……何よりニンニクだ! バターの濃厚な香りや胡椒の香ばしさと一緒になることで最高の匂いを生み出し、その強く豊潤なクセで私をトリコにさせてくる! 舌が、口が、もっと寄こせと唸っているっ!!)


 ブリティシアの上流階級は、プライドの塊だ。

 その上で、暴食の類は『よろしくない』とされている。

 そして産業革命時のブリティシアでニンニクは、上流階級に蔑視されている食材。

 こんな庶民の食材だけで作られた料理をむさぼる姿を見られるなんて、プライドが許さない。

 許さないのだが……手が止まらない。

 ヴィクトルはあっという間に、ジャーマンポテトを食べ尽くしてしまう。

 すると気づいたエマが、すぐさま笑顔で駆けてきた。


「いかがでしたか?」

「……ま、まあこの程度だろうな」

「おかわり、いかがですか?」

「おかわりだとっ!? ふ、ふざ、ふざけるなああああ――っ!! この私がおかわりなどという恥ずかしい真似をするものか! 上流階級たるこのヴィクトル様が、こんな労働者街の料理店なんかで庶民のイモ料理を、ニンニクなんかが使われた下賤のものを……っ! これ以上求めるわけがないだろうっ!」


 怒りの表情で、これを否定するヴィクトル。しかし。


「お肉を腸詰めに変えて食べても、おいしいんですよっ」


 エマは、笑顔でお勧めを続ける。


「今度はプチッとした歯ごたえと一緒に、ソーセージの風味が口中に広がるんですっ」


(……それは、うまそうだ)


 一気に脳内へ広がっていく、腸詰独特の食感と味。

 ヴィクトルは強く、唇を噛む。


(だがニンニク料理に夢中になったとあれば、笑いものになってもおかしくない! そんなもの、上流階級にして麗しき貴族であるこの私に許されるはずがないッ!)


「少々の粒マスタードを乗せると、ピリッとした風味が加わって――」


 エマの言葉でさらに脳内に浮かんでしまう、ソーセージとマスタードという最高のコンビネーション。


(ダメだ! 名門キャベンディッシュ家の者として、そんな恥ずかしいマネは絶対にできない! してはならないのだッ!)


「最後に溶かしたチーズを乗せると……さいっこうなんですっ!」


 襲い掛かるニンニクの風味攻撃を前に、必死に支えてきたプライドの壁。


「…………だ」

「はい?」

「おかわりだと言っている――ッ!!」


 とろけたチーズの大津波により、決壊。


「かしこまりましたーっ! よろしければご一緒に、エールはいかがですか?」

「持ってこい!!」


 トレーを持ったエマは、笑顔でオーダーを伝えに行く。

 変わらぬ軽快な足取りで、くるっと一回転しながら。


(あ、あの娘、一見器量も良く、人懐こい笑顔は天使のようだが……とんだ小悪魔ではないかっ!)


 荒い息をつきながら、フォークを力強く握るヴィクトル。

 やがてソーセージ版ジャーマンポテトが届き、エールまで一緒になれば、食べる手はもう止まらない。


(うまい! うますぎるッ! エールを挟むことでまた、口がこの味を求めてしまう……ッ!!)


 結局一度も止まることなく、勢いのままに料理を完食。


「…………ふう」


 エールを飲み干して、満足気な息をついた。


「堕ちたな、貴族サンよ」


 そんなヴィクトルの肩を、ご満悦の笑顔で叩くアラン。


「ニンニク、うめえだろ?」

「……ふっ。私のことはヴィクトルで良い」


 そう言ってヴィクトルは、笑みを浮かべながら顔をあげる。

 ニンニクを通じて、分かり合う二人。


「その代わり私は、お前のことを――――ゴロツキと呼ぼう」

「ぶん殴るぞ!」


 友情なのか何なのか、よく分からない感情が芽生えた二人の会話に、噴き出す荷受人夫仲間たち。

 今日も『みけ』に、大きな笑い声が響く。


「ふん。悪くなかったぞ店主」

「ありがとうございます」


 そう言い残すと、すっかり満腹になったヴィクトルは支払いを済まし、小悪魔エマにチップまで押し付けて店を出て行った。


(……ふん。悪くない一日だった)


 そんなことを考えながら馬車に揺られ、帰宅したヴィクトル。

 そこに待っているのは、最愛の家族たちだ。


「おおっ、エリザ! ただいまぁぁぁぁっ!」


 目に入れても痛くないほどに可愛い、我が娘。

 愛するエリザのもとに、さっそく駆け寄っていく。

 すると娘の目が突然、冷たいものに変わった。


「……お父様、離れてください。何ですかその下品な臭いは」

「え……?」


 年頃の娘、ヴィクトルに軽蔑するような目を向ける。


「あなた、これニンニクではありませんの? ……嫌ですわぁ」


 さらに遅れてやって来た妻まで、汚いものでも見るかのような視線を残して、娘と共にさっさと逃げ去って行く。


「お、おいっ! 待てっ! これは庶民の生活を知るために……って、待て! 待ってくれええええ――っ!」


 そんな妻子を、ヴィクトルは半泣きで追いかけるのだった。



   ◆



「いらっしゃいませーっ!」


 店に入ると、やって来たのは満面の笑みを浮かべたメイド少女エマ。

 勝手にテーブル席を占拠したヴィクトルは大げさに首を振り、ため息をついてみせる。


「ふん。相変わらず狭苦しい店だ」

「ご注文はどうしますかっ?」

「……っ!」


 エマに言われた瞬間ノド元にわき立つ、あの強い『香り』の記憶。

 今日は昼頃からずっと、ニンニクの風味が何度も脳内によみがえってはノドを鳴らしてきた。

 そしてヴィクトルは、ここまで来てハッとする。


(なぜまたこの店に来ているのだ私は! 昨日妻と娘に冷たい目で見られたばかりではないか……! ダメだ! ダメだっ!)


 自分に言い聞かせるように、ブンブンと頭を振る。

 だがそうなると一層あの味が、風味が思い出されてしまう。

 そんなヴィクトルに向けられる、満面の笑み。


「今日も、新鮮なニンニクが入ってますよ!」

「あ、ああっ、ああああああああ――――っ!」


 上流階級の、恐るべき葛藤。

 ぶつかり合うプライドと欲望が、生み出す奇声。

 頭を抱えていたヴィクトルは、小悪魔エマに向かって告げる。


「ジャーマンポテトだ! ジャーマンポテトを持ってこいッ!!」

「かしこまりましたーっ!」


 軽快なステップで、オーダーを伝えに行くエマ。

 どうやら今夜も妻と娘の、冷たい視線攻撃に苦しむことになりそうだ。

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妻と娘も連れてこよう。 それぞれジャーマンポテトのつけ合わせで好みがわかれそうw 美味しそうに食べる人に美味しそうな説明BGMは卑怯やw
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