11.焼き鳥と息子の成長
「お前には無理だ」
父は冷たく、そう言い放った。
「おとなしく私のもとで学んで、工場を継げばいい」
チャーチルはもちろん、すぐさま反論する。
「俺には俺の、やりたいことがあるんだよ!」
「やりたいこと? 言ってみろ」
「ロンドールに、これまでにない新しい店を作りたいんだ!」
「これまでにない、新しい店だ?」
「一つの店舗で良いものが何でもそろう、総合的な大型商店を作りたいんだよ! 資金にだって目途をつけてきた!」
「バカを言うな。そんなこと、お前にできるわけないだろう」
労働者たちの集まる、ロンドール東部。
父は通称イーストエッジと呼ばれる区画から、事業を始めた。
今では二つの紡績工場を動かす、いっぱしのオーナーだ。
「そんなの、やってみなきゃ分からないだろ!」
「こういうのはまず何か一つの商品に集中して、それから手を広げていくものだ」
経営する工場の見回りを終えたところで、待っていたのは息子のチャーチル。
今年で二十五歳になる、一人息子だ。
「親父! 待てって! 話を聞けよ!」
「その必要はない」
取り付く島もない父の態度に、声を荒げるチャーチル。
「……ん?」
そんな中、父は不意に足を止めた。
しつこい息子を、避けるように選んだ道。
その先に、初めて見る店がある。
程よくあせた白色の石で造られた壁に、キツネの看板。
雰囲気の良さそうな店を見つけた父は、今日はまだ食事をとっていなかったことを思い出す。
「親父! 聞けって!」
「話なら、ここで聞いてやる」
怒りに任せて熱くなる息子に、父はうんざりしながらドアを開く。
「いらっしゃいませーっ!」
いつも通り、元気な声で駆けつけるエマ。
父子のどこか険悪な雰囲気に気づくも、普段と変わらぬ笑顔で二人を席に案内する。
「ご注文は何にしますかっ?」
「少し話がしたくて来たんだ。エールと、それに合う軽く食べられるものを適当に頼む」
「かしこまりましたーっ」
大雑把な説明でオーダーを通すと、父はあらためて告げる。
「お前のやろうとしていることが、うまくいくとは思えない」
「そりゃ前例がないことをするんだから、賭けになるのは承知の上だ! 大体、勝負しないで成功なんてできないだろ!」
「そんなあやふやな勝負をする必要などない。お前は工場を継げ。子供は黙って、親の言う通りにすればいいんだ」
「だからあっ! 何で分からないんだよ!」
子供扱いする父に、怒声をあげるチャーチル。
「お待たせいたしましたーっ!」
するとそこに、エマが二つのエールを持ってやってきた。
「「……これが、エール?」」
二人は同時に、その目を奪われた。
初めて見る、透き通った黄金色のエール。
親子喧嘩を見られた気まずさをごまかすかのように、見慣れぬ一品にさっそく口をつける。
「「っ!?」」
そしてその味に、言葉を失った。
「……なんだ、このうまさは」
ようやく出てきた、驚きの声。
続けてチャーチルが、言葉をつむぐ。
「鮮烈な苦みがあるのに、スッとノドを通って後に引かないぞ」
「よく冷えているからなせる技なのか、それとも炭酸の強さによるものか……」
「材料や製法の違いもあるんじゃないか? でないとこんなに透き通ったエールが作れるとは思えない」
「……そうだな。おそらく根本から違いがあるんだろう」
チャーチルの言葉に、父はわずかに面食らう。
昔ふざけてエールを飲ませた時は、マズいと言って嫌がったものだ。
それがこうして、うまさやその製法についてまで語ることができるとは。
そんな事実に感嘆しながら、『みけ』のエールを父子で味わっていると――。
「お待たせしました! こちら焼き鳥になりますっ!」
続けてエマが、盛り合わせになった焼き鳥を持ってきた。
「この店では、鶏肉を出すのか……?」
そしてまた、驚きに目を見張る父子。
肉と言えば豚。
一部では牛肉を使うこともあるが、鶏肉をメインにすることはめったにない。
なぜなら食肉になる鶏は総じて年を取った廃鶏で硬く、そのうえ傷みやすいからだ。
しかし串に刺さった鶏肉は瑞々しく、程よい焼き色と照りが食欲をそそる。
「初めて見る料理だけど、うまそうだな」
鼻をくすぐってくる、濃いタレの香り。
チャーチルのつぶやきにうなずきながら、父は串を一本手に取った。
「「これは……っ!」」
そのまま口に運んで、二人同時に顔を見合わせる。
新鮮な鶏もも肉は柔らかく、噛めば肉汁があふれるほどにジューシー。
鶏の穏やかな旨味はそのままに、タレの濃厚な甘みと塩味が、香ばしさと共に広がる。
「なんだこれ……鶏肉ってこんなにうまかったのか!?」
驚くチャーチルに、父もうなずくことしかできない。
そのまま口元を汚しながら鶏もも肉を食べ尽くすと、二人は次の串を手に取った。そして。
「「っ!!」」
先ほどとはまるで違う食感に、驚かされる。
軟骨はコリッコリッと音を鳴らし、噛むことを楽しませてくれる一品だ。
味自体は淡白だが、焼かれることで生まれた香ばしさとタレの旨味を、純粋に味わうことができる。
「食感でこんなに楽しませてくれる料理は、なかなかないぞ……!」
驚きの言葉をもらした父は、息子と共にエールを手に取る。
「「ぷはああああーっ!」」
思わずもれる呼気の後、やって来るのは「もっと食べたい」という単純な欲求。
この料理とエールは、最高に合っている。
父はあらためて感心の息をついた。そして。
「……おいしそうですねぇ」
心から羨ましそうにしているエマに、笑ってしまう。
「あっ、ええと、焼き鳥は塩で焼いてもおいしんですよっ! 気になったらぜひ!」
するとエマは少し恥ずかしそうに言って、トレーで顔を隠した。
そんなメイド少女に再び笑いながら、父は次の串を取る。
「これは……レバーか」
濃い赤褐色の一本は、噛めばとろりとした柔らかさを感じさせる。
レバーならではの、濃厚なコクと鉄分を感じさせる風味。
その旨味に絡んだタレが甘辛さを加え、たまらない癖を生み出している。しかし。
確かチャーチルは、レバーの類も苦手だったはずだ。
羊の内臓を細かく刻んで作るハギスという料理を食べさせた時も、やはり嫌がっていた。
そう思って、様子を見てみると――。
「これもうまいな……っ!」
躊躇することなく、レバーにかじりついていた。
「確かにクセは強いけど、嫌な風味は全然ないっ!」
「嫌いだっただろう、レバーは」
「子供の頃はな。今はもう大丈夫だよ。そもそもこんなにうまいんだったら、いくらだって食べられる」
「……そうか、そうだな」
味覚の変化。
大人になると、子供の頃嫌いだったものが急に平気になったり、むしろうまく感じることもある。
おいしそうにレバーを食べているチャーチルを見て、父は感慨深げにする。
「この料理、最高にエールに合ってるよな」
「……ああ」
同じ事を、同じように感じている二人。
つい最近まで子供だったはずのチャーチルは、いつの間にかエールを飲みながら語れるほどに成長していた。
「それにしても面白い料理だな。店主、これは若い鶏を部位ごとに切り分けて出しているんだろう?」
「ええ。若鶏はどこを食べてもおいしいので」
そんな父の問いに、達也が答えた。
「これもそうだ。この感じは……胃か何かを使ったものだな?」
「よく分かりましたね。それは砂肝という部位です」
「なるほど……この独特な食感は面白い。味付けもまた見事だ」
「ありがとうございます」
「ここまで無駄なく食べられるのなら廃鶏ではなく、若鶏を食用にする商売ができるかもしれないな」
「そうですね」
「……これが全部、鶏から取れる肉だって?」
出されたものが全て鶏の一部だということを見抜いた父が、新たな事業の可能性を店主と語る。
その姿を、感嘆と共に眺めるチャーチル。
父と店主の会話はまさに、広い見識を持つ大人ならではのものだ。
思い知る。
やはり父は今でも、大きな存在なのだ。
「店主、もっと焼いてくれ」
「あっ、俺も頼む」
「次もタレでいいですか?」
「「……ん?」」
達也の言葉に、首を傾げる父子。
「「あっ」」
二人は同時に、エマの言葉を思い出した。
言われてみれば、塩で焼いてもおいしいと言われていた。
どうやら夢中になると、そればかりになってしまう点は親子で同じようだ。
「そんなら」
「次は塩で頼もうか」
「承りました」
さっそく、次の焼きに入る達也。
また二人だけの空間になると、父は穏やかに語り出す。
「……お前も、もういっぱしの大人なんだな」
「まあ、もう二十五だからな」
そんなチャーチルの言葉に一度うなずくと、父は告げる。
「やってみろ」
「え?」
「お前なりの考えがあるんだろう? それなら思い切ってやってみろ。ただし、まずは小さな店からだ」
「……分かった」
力強くうなずくチャーチル。
今はもう、先ほどのような怒りに似た激情はない。
あるのはもっと、静かな情熱だ。
「でも親父の言う通り、まずは一つ。衣料や生地の総合的な商店から始めようと思う。だから」
「だから?」
「最初の取引先になってくれ。この道のプロとして色々意見を聞きたいんだ。俺は、まだまだみたいだからさ」
「……分かった」
まずは一つのことから。
それなら工場を経営する父が技術や知識を持っている、衣料からが良い。
一人の大人として認められたことで知った自分の未熟さと、新たに得た熱意。
しっかりと一歩ずつ、学びながら進んでいくことを決めたチャーチルは、成功へと導かれていく。
チャーチル・ハローズ。
のちに彼は、ブリティシア王室御用達にして最大の百貨店『ハローズ』の創業者となる。
そんな青年と父の語らいを、達也は穏やかな目で見守っていた。
ご感想いただきました! ありがとうございます!
返信はご感想欄にてっ!
◆◆◆お読みいただきありがとうございました!◆◆◆
少しでも「いいね」と思っていただけましたら。
【ブックマーク】・【ポイント】等にて、応援よろしくお願いいたします!




