10.串揚げと二人の距離
ロンドールの東端、イーストエッジにある紡績工場。
今日は生産調整のため、いつもより早い時間での終業となった。
赤レンガの工場から次々に出て来る労働者たちの最後尾には、一人の男。
ルーカスは、ひたむきに技術者としての勉強を続けてきた。
今では工場の稼働に必要な人物であり、監督役も務めるほどの人間だ。
齢三十を迎えようかというこの青年は、職場での信頼も厚い良き工員なのだが、一つの大きな問題を抱えていた。
「今日こそ、今日こそ声をかけるんだ……!」
自分に言い聞かせるようにしながら、向ける視線の先には一人の女性。
半そでのシャツに、足首までのスカートとエプロン。
同じ工場に勤める、美しく長い黒髪を持つ女性の名はエリス。
布の端切れや糸くずなどが、出がちな紡績工場。
掃除やごみ捨てのような仕事を、自分の担当箇所でなくても黙々とこなす姿が気になった。
そして気が付けば、いつでも目で追うようになっていた。
「こんな状況を、もう一年近くも続けているんだぞ……!」
それこそが、ルーカスの抱える大きな問題だ。
今日はめずらしい早上がり。
この好機を、逃す手などない。
今こそエリスに、声をかけなくてはならないのだ。
「…………でも、なんて」
いざとなると足がすくんでしまう。
今日もルーカスは、一歩を踏み出せずにいる。
「あれ? ルーカスさん、何やってんの?」
「っ!?」
突然声をかけられて、飛び上がる。
見ればそこには、隣の工場で働く金髪の青年ハリソンの姿があった。
「もしかして、あの子に声をかけたいとか?」
軽率な雰囲気ながらも、目ざとく気づいたハリソンが楽しそうに笑う。
するとルーカスは、力なくうなずいた。
「そうなんだよ。でも……誘えない。どこに行けばいいか、何を話せばいいか。いざとなるとそんな不安で足が重くなってしまうんだ」
観念するように言うと、ハリソンは「そういうことなら」と手を叩いた。
「メシ一択でしょ。行く理由もあるし、時間も短いし、何より……」
「何より?」
「話が盛り上がりそうな、いい店を知ってる」
そう言ってニヤリと笑うと、ハリソンは一軒の店を伝えた。
「行ってみてよ。俺とトーマスだけに見えてる幻覚じゃなければ、あるはずだからさ」
「……幻覚?」
よく分からない言い回しに、首を傾げる。
「そうそう。デートなら帰るまでにしれっと『次の約束』を取り付けるといいよ。そんじゃ、がんばって!」
そんなアドバイスをしてハリソンは、ルーカスの背中を強く押す。
「うわっ!?」
押し出されたルーカスは思わず驚きの声を上げた。そして。
「ルーカスさん?」
エリスに、気づかれた。
「あ、あのっ」
「は、はい」
ここまできてようやく、決まる覚悟。
「良かったら少しだけ早いけど、な、何か食べに行かない?」
ルーカスの誘いに、驚いたように硬直するエリス。
彼女はうつむいたままだったが、やがて小さくうなずいた。
「……はい」
連れ立って、去って行く二人。
ハリソンはひらひらと手を振って、ハタと止まる。
「あれ? これだと俺は『みけ』に行かない方がいいよな……」
今夜は『みけ』で新たなメニューでも試してみようと考えていたのだが、自分が行けばルーカスはやりにくいだろう。
「今夜はマズいメシ確定かよぉ……」
こうしてハリソンは、苦笑いしながら帰路についたのだった。
「ええと、こっち」
「……はい」
ただ静かに、並んで歩く二人。
言葉の多い方ではないエリスの心境は、分からない。
それでもルーカスは道を進み、ウナギの屋台を避けて進んだ先に一軒の店を見つけた。
得意げな表情で歩くキツネの看板を提げた、石造りの壁の料理店。
ハリソンに聞いた通りの店だ。
ルーカスは緊張のまま、ドアを開く。
「いらっしゃいませーっ! こちらのお席へどうぞっ!」
さっそくやって来たエマに案内される形で、二人は並んでカウンター席へ。
「ご注文はどうしますかっ?」
「えっと……」
エマに問われてメニューを見るが、内容が分からない。
見たことも聞いたこともない料理ばかりだ。
横のエリスも、ただ静かに様子を見守っている。
「ハリソンに紹介されて来たんだけど、何かお勧めはある?」
たずねると、達也が二人の雰囲気を見て声をかけてきた。
「串揚げはどうかな」
揚げ物は魚とジャガイモくらいしか知らないが、店によって『ハズレ』と『大ハズレ』があることはよく知っている。
そんなルーカスがエリスの方を確認すると、彼女は静かにうなずいた。
「それで頼むよ」
「では、少々お待ちを」
どこか遠慮し合っている二人に応えて、達也は調理に入る。
するとすぐに、気持ちの良い揚げ音が聞こえ始めた。
「どんなものが出てくるんだろう」
「気に、なりますね」
達也は色々と食材を用意しているらしく、二人は自然とそんな会話を始める。
やがて両者の前に、三本の串を乗せた皿が置かれた。
「これは……っ」
ルーカスとエリスは、初めて見る料理に目を奪われた。
淡い焼き色の衣は、陽光を浴びる砂浜を思わせる鮮やかさ。
また薄手で、うっすらと食材が透けて見えている。
綺麗に並べられた盛り付けには、上品さすら感じるほどだ。
「そこにある塩か、このソースにつけてどうぞ」
出されたソース入りの深い容器は、なぜか二人で一つ。
どちらにとっても、初めてになる調味料だ。
「かけるんじゃなくて、直接容器に差してつけるのか」
「食べかけをつけ直すことは、しない方が良さそうですね」
鋭いエリスに、小さくうなずく達也。
その意外な使い方に驚きながらも、二人は串焼きを一本ずつ手に取った。
「ど、どうぞ」
一度譲り合った後、まずはルーカスが串焼きをソースにつけた。
それからエリスが続き、二人一緒にほのかな赤みを見せている揚げ物を口に運ぶ。
ソースを含んだ衣が、シャクッと鳴った。
「「っ!!」」
思わず、顔を見合わせる。
「うまい!」
「おいしい……」
まずはエビ。
プリっとした身に最高の歯ごたえを感じた後、特有の香ばしい風味が広がる。
そこにソースの豊かな甘みと酸味が絡めば、もうたまらない。
保存が効かないエビは、海沿いの漁師町くらいでしか食べられていない食材。
そのため二人には、初めての味となった。
一気に高まる期待。
押されるようにして、今度は玉ねぎを手に取る。
「これもいい!」
「おいしい……っ」
玉ねぎは柔らかで、わずかなとろみすら感じさせる。
まろやかさを感じさせる甘みが口の中に広がれば、自然と笑みがこぼれる。
それはロンドールでは手に入らない、新鮮な野菜だからこその芸当だ。
そして三つ目は、うずらの卵。
「おおっ!?」
「これも、おいしいです……っ」
小さいながらもプルンとした弾力を持つ白身と、風味豊かな黄身。
衣と白身と黄身、三つの層が生み出す独特の噛み応えがたまらない。
そこにソースの濃い旨味が乗っかれば、それは最高の一品となる。
「続いて上からアスパラ、レンコン、ホタテね」
頃合いを見計らって、達也は次の皿を二人の前へ。
ルーカスは待ちきれないとばかりに串を取って、不意に思い出す。
「……あっ。このアスパラっていうの、塩がうまいかもしれない」
コリッとした食感の後に伝わるアスパラ特有の甘みを、塩が引き立てる。
それはどこか上品で、すごくおいしい。
「そうなんですか? ソースでもおいしかったですよ」
そう言いながらも、エリスはレンコンに塩を振ってみる。
「あっ、この穴の多い野菜も塩で食べるとおいしいです……!」
レンコンの、シャクシャクとした歯ごたえが心地よい。
後を追って来る素朴な味は、塩でグッとうまさが増している。
「このホタテっていうのは、どっちだ?」
「どっちでしょう……」
ソースか塩か、悩む二人。
「「あっ」」
その結果、二人が選んだのはソースだった。
「「……どうぞ!」」
そしてまた始まる、譲り合い。
謎の順番待ちがおかしくて、思わず笑みがこぼれる。
「これもおいしいですね……!」
「海を感じさせる風味と旨味。独特のほどける食感がたまらないな!」
「次は、何が出てくるんでしょうか」
「そして使うべきはソースか、塩か……」
そんなことを話し出せば、会話も自然と盛り上がる。
初めての料理は楽しさもおいしさも格別で、いくらだって話が弾む。
一気に打ち解けた二人は、夢中で串揚げの注文を続けていった。そして。
「はっ!」
突然エリスが、顔を上げた。
おしとやかな雰囲気のエリスだが、気づけば食べて残った串の数は、なんとルーカスの倍近く。
さらに今は、クシの両手持ちまで披露中だ。
「あの、こ、これは……っ」
赤くなった顔を、恥ずかしそうに背ける。
「……可愛い」
その姿に、思わず素直な感想を口に出してしまうルーカス。
途端に、思い出した。
ハリソンに言われていた、一つのアドバイス。
そう、『次の約束』の件だ。
今後行くのにふさわしい場所なんて、まともに考えようとすれば難しい。
でも、今ならそんなもの簡単だ。
「また、来ようよ」
「……はいっ」
知らない料理、初めての調味料。
何よりおいしいから、「この店にまた来よう」だけで約束ができる。
「店主、うまかったし楽しかった。本当に良いお勧めだったよ、ありがとう」
「ありがとうございます……!」
「いえ、またいつでもどうぞ」
昨日からは考えられないくらいに縮まった、エリスとの距離。
これは後で、ハリソンにも礼を言わなくては。
そんなことを考えながら、ルーカスは最高の夕食を終えたのだった。
◆
「いらっしゃいませーっ!」
エマの元気な声に誘われて、ルーカスとエリスはカウンター席へ。
「今日は何にしようか」
「ルーカスさんと、同じもので」
「いいの?」
「はいっ」
最初は緊張で硬くなっていた二人も、今ではずいぶんと距離を縮めていた。
共通の会話ができたことで、話しをすることが大きく増えたからだ。
カウンター席に並んで、笑い合う二人。
「……店主」
手をあげたのは、荷役人夫のアラン。
「なんだ?」
「そこの熱々なカップルに、俺からの奢りで――――冷水を」
「「「やめとけ」」」
即座に同僚たちに頭を叩かれて、笑うアラン。
そんな姿を見て、またルーカスたちも笑う。
今日も変わらず、キッチン・みけからは楽しそうな声が聞こえてくる。
ご感想いただきました! ありがとうございます!
返信はご感想欄にてっ!
◆◆◆お読みいただきありがとうございました!◆◆◆
少しでも「いいね」と思っていただけましたら。
【ブックマーク】・【ポイント】等にて、応援よろしくお願いいたします!




