8.不穏な影
書庫での調べ物を終えたヴィオラはロージーの仕事している裁縫部屋を目指しつつ、城中を歩き回り、使用人に出会う度、呪いについてきいてまわった。
重複することもあったが、それでもわずかな違いがあるかもしれないと、些細なことでも聞き逃さないように、逐一誰が何を言ったのかメモをとる。
「そうですか、この土地に避暑のためにあなたも殿下と一緒に王都からきたのですね」
「そッス、殿下は知らない人がいると機嫌悪くなるんスよ、だからオレ達使用人もまるっと王都から移ってくるんス。んで、ここでもともと働いていた使用人は王都で代わりに仕事したり、帰郷したりとかなんス。そういう事情もあって、殿下のお世話をする顔ぶれは幼い時からほとんど変わんないから、なんか今の状況ってこの土地に縛られる前と変わんないんスね~あはは」
(他の人もだったけど、思ったより、呪いについて気にしてないのね……皆さん、楽観的なのかな……?)
「まったく、殿下の人嫌いも困ったもんでしょ? ははは、あ、今のナイショで」
「わかりました。ご協力ありがとうございます」
ヴィオラが頭を下げると、虫の触覚の生えた使用人の彼は四本の手を振って去っていった。
(先に本を読んでおいてよかった。下手な質問をしないですむし、物事の見え方も考え方も変わってくる。いいな、ペイアー様もそうだったけど、四本腕……便利そう……)
カリカリと手元の紙に書き込んでいると、足元にふさふさした感触がしてくすぐったい。足元をみると、全身毛むくじゃらで尻尾にランタンをつけた犬の形をした生き物がいた。ランタン犬は人懐こくヴィオラの足にすり寄って、しまいには寝そべってお腹を見せ、なでてほしいとせがんでくる。
(この子、お父さまのお話に出てきた子かしら? かわいい……ちょっとだけ……)
周りに人気が無いことを確認し、ランタン犬のお腹をわしゃわしゃとなでる。
温かくて柔らかくて、触っていて気持ちがいい。
ランタン犬も嬉しいのか、尻尾を激しく振って、尻尾の先のランタンが床に引きずられてからからと音をたてている。
「ふふっ……かわいい、君、お名前は?」
「ペーロです」
「ペーロちゃん……かわいい……あれ? しゃ、しゃべった!?」
「こっちです」
後ろを振り向くと、カラスの頭をした人が犬用の皿を持って立っていた。
ヴィオラは恥ずかしさと驚きで「ひゃあ!」と声をだしてしまった。
「ご、ごめんなさい。驚かせるつもりは、なかったんです」
「いいえ……こちらこそすみません、変な声をだしてしまって……お、お恥ずかしい……」
耳まで真っ赤にして、顔を伏せる。
カラス頭の青年は申し訳なさげにくちばしをぽりぽりとかいて、手に持っている犬皿は行き場を失ったように右往左往する。
ぽふ!ぽふわふ!
ペーロが青年の持つ犬皿に気づいたようで、青年の膝に前足をのっけた。
尻尾をちぎれんばかりに振っていて、ランタンごとそのままどこかに飛んで行ってしまいそうだ。
「はいはい、あげますから。ヴィオラ様、この子と遊んでくれてありがとうございます。では、この子のご飯の時間なので……」
「あ、あの、お時間があれば、呪いに関してお聞きしたいのですが」
「あー……もちろんです、ただ、この子にご飯をあげながらでもいいですか?」
「はい、もちろんです」
城から外に出て、庭園をしばらく歩くと小屋にたどり着いた。
カラスの青年が小屋の中に入り、出てきたときには犬皿にたくさんの切った野菜やら果物やらが入れられていた。
楽しみの気持ちが爆発しているペーロはグルグルと一人で回り続け、犬皿が地面に置かれるとガツガツとご飯を食べ始めた。
カラス頭の青年が小屋の前の長椅子に座ると、その隣にヴィオラも座った。
「ペーロちゃん、お腹すいてたね……かわいい……ふふっ」
「…………」
「あ、す、すみません、お話をお願いします」
「あ、えと、変な意味で見ていたわけではないですよ。なんだか、普通の女の子だなぁ、と思って……あの荒ぶる殿下に立ち向かっていった姿が別人のように思えちゃって……はは、すみません……」
「い、いえ、あの時は無我夢中で……」
「そうなんですね。あ、申し遅れました。おれは、庭師のトトララと言います」
「よろしくお願いします。トトララ様」
「さっ、様づけなんてやめてください! おれ、田舎出身のただの平民ですし、こんな感じで言葉も訛ってて……」
トトララは発音が所々独特な個所がある。
ヴィオラは気にしていなかったが、本人は引け目があるようで、申し訳なさそうに、恥ずかしそうに、またくちばしをぽりぽりかいていた。
「そんな、庭園の草花はとても手入れが行き届いています。それは、トトララ様はしっかりとこのお城で立派に働いている証拠ですよ。そんなトトララ様をわたしは尊敬します。そこに言葉の発音は関係ありませんよ」
「………そう、ですか……えへへ」
「そうですよ」
トトララは頭全体が真っ黒で表情というものが読み取れないが、照れているのだろうか、やたらとくちばしをごしごしと手でさすっている。
「それに、わたしだって平民です。なんなら、居候させていただいてる身分ですし……」
「いえいえ、ヴィオラ様は大切なお客人ですので! ほんっとに大切なお方なんですよ!」
「え? そう、でしょうか?」
「あ、えと、すみません。質問でしたね。おれに答えられることなら、なんでもお答えします」
「は、はい、お願いします」
トトララは内心焦っていた。
使用人たちの間でヴィオラと王子をくっつけさせて、呪いを解こうと計画しているのに、それを悟られては元も子もない。
そのための『大切なお方』である。
そんなことはつゆ知らず、ヴィオラはまた紙に小さな文字で一生懸命に書きこんでいく。
「トトララ様……トトララ様はいつからこのお仕事に?」
「そうですね、1年と少しくらいになるでしょうか…」
「1年前に王都のお城で庭師のお仕事を始めて、他の皆さんと同じくここに避暑地として移動してきたんですか?」
「あ、いいえ、おれは元からここで、住み込みで働いていて、そのあと、呪いに巻き込まれまして…まぁ、どうせ行くところもないので、困ってないんですけどね」
「そうなんですね。よければ、呪いがかけられた日のことを教えていただけますか?」
「うーん、いつも通りだったと思います。朝から、庭の手入れを始めて、昼に休憩をして、夜にはこの小屋で寝ました」
「なるほど……では、特に呪いをかけた妖精は見ていないのですね」
「そうですね、寝て、起きたら大騒ぎになってましたから。これ、役に立ちますか?」
「まだ、どうかわかりませんが……今はとにかく少しでも当時の情報が欲しくて、ご協力ありがとうございます」
真剣に紙に書き込んでいるヴィオラを見て、トトララは不思議そうに首を傾げた。
「どうして、そんな真剣に呪いについて調べるんですか?」
「え?」
「だって、脅されてここに来させられて、怖い思いだってして、呪いのことだってあなたには関係のないことじゃないですか? どうして、そんな一生懸命になれるんですか?」
「……わたしがここに来たのは、本当はひどい打算だったのです。わたしの泣く姿を見て喜ぶような嫌な人との結婚が勝手に決められて……そんな時にここに来るように言われたんです。脅しでも、わたしにとっては救いになりました……」
「その、家に帰りたくないから、呪いについて調べるって、あのとき殿下に言ったんですか?」
「結果的にはそうなりましたけれど、やっぱり……それよりも、殿下が暴れていたあの時の涙が忘れられなくて……助けたい、と思ってしまいました」
「……」
ヴィオラのスミレ色の瞳はまっすぐで曇りがない。
宝石のように魅力的な彼女の瞳にトトララは吸い込まれてしまいそうな、そんな気分になった。
「すみません、失礼な質問でしたね」
「まったくそんなことないですよ! むしろ口にだしたら、気持ちが整理できてすっきりしました」
「あの……調べるなら呪いをかけた妖精についても、調べた方がいいですよ」
「呪いをかけた妖精ですか?」
「はい、おれから言えるのはこれくらいで……すみません、仕事がありますので」
そういって、トトララは小屋の中に入ってしまった。
ご飯を食べ終わったペーロが頭をなでてほしそうに、膝に頭を乗せてきたので、頭を優しくなでてあげた。
「愛を見つけて、その愛を返した時に呪いが解ける……ペーロちゃん、この呪いっておかしいと思うの……思い違いかな? それと呪いをかけた妖精……どうしてわざわざ殿下にこんな呪いをかけたのかな……」
ペーロが答えてくれるはずもなく、何も考えてなさそうにヴィオラの手にすり寄っている。
そのヴィオラの様子を陰から見ている人物がいることに、ヴィオラは気づきもしなかった。




