7.異物
ヴィオラはこの城に来てからというもの、これ以上ないほどのおもてなしを受けてしまっていた。
風呂に入り、きれいな服も用意され、部屋を用意され、髪も整えられ、さらには美味しい食事まで用意してくれた。
食事は、温かなスープに始まり、リゾットや野菜を中心としたメニューでお腹に優しく、肉を久しく食べていなかったヴィオラには大変ありがたいメニューとなっていた。
さすがにこれ以上のんびりしているわけにはいかないので、ロージーに紙と鉛筆をもらい、呪いについて調べ始めた。
(呪いのこともだけど、まずはこの魔法の国について、魔法について、わたしはいろいろと知らなさすぎる。どうやら、わたしが暮らしていた国とは全く違うみたい……)
この城に入ったときはおどろおどろしい城だと思っていたが、明かりが廊下にたくさんついていて、怖さはだいぶ薄れていた。
何よりロージーが傍に常にいてくれて、道案内や通り過ぎる使用人ついて教えてくれるので、安心して城の散策ができる。
それに、見かけは人間とは異なるが、使用人たち皆、話しかけると大概気さくに話をしてくれる優しい人たちばかりだった。
そして、彼らの話からわかったのは、ここの使用人たちは皆長い間勤めており、彼らはあの暴れん坊の王子のことをわりと慕っているということだった。
ヴィオラは、この城にある書庫に向かうことにした。
書庫の司書は頭にヤギの角とヤギ特融の横一線の瞳を持つヤギ人間で、昔読んだ絵本で手紙を食べてしまうヤギの話を思い出した。
彼はこの紙の天国で我慢できているのだろうか。
ヴィオラは、国の概要が知れそうな本を手に取ってパラパラとめくる。
「あの、ロージー様、わたしはしばらくここで本を読みますが、ロージー様はどうされますか? 時間がかかると思うのですが……」
「さようでございますか、なら、あたしはそのあいだお仕事をしてきますね! 裁縫部屋にいますから何かあれば呼んでください」(うふふ、ヴィオラ様に似合う服をたくさん仕立てるわよぉ!)
ロージーがウキウキしながら仕事に向かう姿を見送り、ヴィオラは椅子に座って本を読むことにした。
(こんなに落ち着いて、しかも時間も関係なく本が読めるなんて、久しぶりな気がする。いつもだったら、ずっと家事に追われて、夜中でもあの人の酒宴のせいで起こされるばかりだったから……あぁ、思い出したくもない)
嫌な思い出は首を振って振り払い、目の前の文字に集中する。
しばらく本を読んで気になることを紙に書き込み、また読んでを繰り返す。
本を読み進めていくと、やはり考えていたことと事実が重なっていく。
(やっぱり、今いる国はわたしが暮らしていた国とは違う。わたしが暮らしていたのがアナト王国で今いるのがソワレ王国……魔法のない国と魔法のある国。大陸の地図を見ても、アナト王国なんて存在しない……わたし、どうやってこの国に来てしまったんだろう?)
さらにぺらぺらとページをめくっていく。
(殿下は『王子』と言われていたから、今は殿下のご親族がこの国を治めているのかな? 親族の方はここに殿下を一人にしてしまっているの? たしか、ルコウ様は呪いにかけられて『この土地に縛られている』と言っていたから、殿下たちは、この土地から出られなくなってしまった……? 外からはどうなんだろう? 自由に出入りできるのかな?)
本を読み進めると、王族の役割という項目があった。
(王族……地を治め、天を治める。王が祈れば地が潤い、王が怒れば天は雷竜で裂ける。この国を治める王族は民の忠誠の代わりに、民へ繁栄をもたらさねばならない。……うーん?……王族は権威を示すために、超人的なことを書くことがあるけれど…なんだか引っかかる)
(……ソワレ王国の歴史……どれにも魔法について書いてある。本当に魔法が根付いているんだ……あ、わたしがあまりにも魔法に驚いていたから、ペイアー様やロージー様の反応がああだったのね……)
今になって周りの反応に合点がいった。
魔法が当たり前のこの国の民にとっては魔法を知らないことは異常なのだろう。
「あれ……? 種族?」
ヴィオラが見つけたのは『種族について』という項目だった。
我々は様々な種族に分かれている。
王族である竜族、そして草花族、蟲族、魚人族、亜人族、妖精族など様々な種族が存在する。そのうちかつて人間族というものがいた。彼らは傲慢で、他種族を暴力で侵略する残虐性を持つ。
暴虐の限りを尽くしていた人間族は女神から罰を受け、はるか昔にこの世界から追放された。
頭が混乱した。
文章を何度も読み返すが、文字が変わることがない。
(いろんな種族?? 人間が…追放された?)
自分が大きな勘違いをしていたことと、そして、自分はこの国には異物の存在なのだと同時に知ってしまった。
(いろんな種族があるということは……わたし、すごく勘違いをしていたのね……)
できるだけ冷静に今までの会話を思い出す。
確かにルコウは王子の姿が変わったが、使用人たちの姿については言っていなかったかもしれない。
つまり、使用人たちは姿が変えられているわけではなく、元からあの姿だったのだ。
ここの人たちは人間の自分についてどう思っているのだろう。
少なくとも悪意を感じたことはなかったが、もしかしたらこの本によると人間が追放されたのははるか昔であり、『人間』についてみんな詳しくなく、自分が人間であると知られていないだけかもしれない。
(わたしが人間であると……言ってもいいのかな……こんなに嫌な種族だと思われているなら、言わない方が……でも、こんなに良くしてくれているのに、隠しごとをしてしまうのは……どうしよう……)
自分の存在が異物であることと、ここに本当にいていいのかという思いで心が苦しくなり、何が正しいことなのかわからなくなってしまう。
(もし、人間とばれたら、殺されてしまう? それとも、追い出される?)
あまりの情報量に頭が追いつかず、いろんな考えや不安が交錯する。
ヴィオラはしばらく考え込んで、やはり隠し事の大きさが自分ではわかることではなく、今一番話しやすいロージーに相談するべきでは、と結論付けることにした。
(これで……殺されたり、この知らない国に身一つで放り出されてしまったら…………でも、どうして今さら不安になるんだろう? わたしに生きる意味なんてないと思ってここに来たはずなのに……)
目をつむり思い出すのは、王子の姿だった。
この城に来たときには心残りなどなかったはずなのに、独りで苦しんで、泣いている彼の姿が浮かぶ。
(たとえ、許されなくても何とか説得していさせてもらおう。せめて、殿下の呪いが解けるまで……わたしにできることは少ないかもしれないけれど、できる限りのことをしたい)
決意を固め、細く息とともに不安を吐き出す。
(……よし、今まで得た情報を整理しよう)
今まで紙に書き込んできたことに目を通し、まとめた答えを書き込んでいく。
妖精の呪いで美しい王子はあの姿を変えられた。王族は竜族とかかれているし、おそらく王子は竜族と呼ばれる種族なのだろう。
使用人たちは呪いでこの土地から出られなくなった。
(殿下は、暴れている時に使用人の方たちを解放したい、とつぶやいていた……そうか、殿下はこの土地から出入りが自由なのかもしれないけれど、使用人の方たちを見捨てたくないんだ……)
使用人たちに話を聞いた時、使用人たちは皆王子に対して好意的に話すことが多かった。初めは上下関係があるのだから、悪いことは言えないのかもと考えたが、王子のことを話すときの使用人たちの表情や感情は自分の家族に向けるような、そんな柔らかさがあり、その考えは間違いであると思った。
(殿下も使用人の皆様もお互いに、本当は想いあっているのね)
ヴィオラは少しだけ口元がほころんで、再び鉛筆の先を動かす。
王子の呪いは『王子がその醜さのまま本当の愛を見つけその愛を返されたとき』に解ける。
(愛……この妖精が言った愛ってなんなんだろう? 愛ってたくさんあるよね? 友愛だって、家族愛だって、人だけじゃなくて動物に対しても、自然に対しても愛を感じることはあるものだと思っていたけれど、殿下はどれもないということ?)
静かな書庫で、ヴィオラが鉛筆の先をとんとんと打つ音だけが規則的に響く。
(あの人、乱暴者ではあるけれど、暴れている時は使用人の方たちにものが当たらないように気を付けていたし、わたしが近づいた時も、わたしの怪我に気づいてからは暴れるのをやめた……人を気遣うことはできる人なのだと思う。愛を全く知らないような人ではないと思うのだけれど……)
自分がこの国にとってどのような存在になるのかはわからないが、ただひとつ確かなことは、この呪いを何とかしたいという気持ちが少しずつより固くなっていたことだ。
本を読み終え、ヴィオラはさらに情報を集めるため、書庫を後にした。
ヴィオラちゃんは自己肯定感が低すぎて、自分を大事にできない子なのです。
でも、人のために動くことができる子なんです。




