6.新しい生活
ヴィオラは寒気を感じて、背筋がぞっとした。
今は城の暖かく広い大浴場で湯につかっているのに、おかしなことだ。
「……こんな豪華なお風呂、しかもわたしだけ入って……本当にいいのかな……そろそろ出よう」
ヴィオラは湯から出て、ロージーが用意してくれたふかふかなタオルで身体を包んだ。
「ロージー様、本当にお世話が好きなんだ……でも、服まで脱がせようとするんだもの、それは……ちょっと……」
ヴィオラの身体は、ハイドラやマデルにつけられたあざや火傷の跡でいっぱいになってしまった。
しかも、普段生活では見えない、太ももだったり、お腹だったり、背中だったり、もう十数年一緒に過ごしてあざをつけられ続けたものだから、傷痕ができていない部分の方が少なく感じる。
「わたしのこんな汚くて醜い身体……こんなの人に見せられない……」
親切にしてくれているロージーには見せたくなかった。
会って少しの時間しか経っていないが、彼女はとても世話好きで、心配性ということがわかっているので、こんな傷をみせたら気絶してしまうのではないだろうか。
「着替え……は、このワンピース、え? これ、生地がとてもなめらか、とても高いものなんじゃあ……他に着るものがないし、後で洗って返そう……」
自分がもともと着ていた服はすでになく、諦めて用意してくれた服に腕を通した。
大浴場から出るとさっそくロージーが待っていて、また背中を押されて部屋に通された。
部屋は広く二つに分かれていて、家具も窓枠も何もかもとても綺麗な装飾が施され、気が引けてしまうほどだった。
「さぁ、ここがヴィオラ様のお部屋ですよー、急ごしらえなのが申し訳ないのですが…」
「え? わ、わたしの部屋ですか?! こんな豪華なお部屋になんてとても……」
「何をおっしゃいますか! ヴィオラ様がお使いにならないと日の目を見ないものばかり、哀れだと思いませんか? 思いますよね! ですので、使ってあげてください! さぁ、こちらで御髪を乾かしましょうねぇ……あぁ、本来なら服だってもっといいものをご用意したいのですが、今は使用人のものしか用意がなくて……後ほど、ヴィオラ様にピッタリなドレスをご用意いたしますから……」
話が止まらないロージーに口を挟む隙もなく、ヴィオラはドレッサーの前の椅子に座らされた。
目の前の鏡に久々にゆっくりとお風呂に浸かってほかほかになっている自分の姿と、ロージーの頭のバラが大きく咲いて、とても楽しそうに笑う姿が見えた。
(ご迷惑をかけているはずなのに、ロージー様とても楽しそう?)
ロージーが指をくるりと回すと、どこからともなく心地の良い温かい風がヴィオラの髪をなびかせた。
「あれ? どこかから風が吹いてます?」
「うふふ、可愛いことおっしゃいますね、あたし、こういう魔法得意なんですよ。髪が痛んでいるところは少し切らせていただきますね」
また、ロージーがまたくるりと指を回すと、ドレッサーの引き出しがひとりでに開いて、櫛やらハサミやら、香油が入っているだろう小瓶が空中に浮かぶ。
ヴィオラは初めて見る魔法の不思議さに、驚きと好奇心で心臓がどきどきした。
「す、すごい! 魔法ってこんなことまでできるんですね! わぁ、素敵、ここに来てから魔法なんて初めて見ました!」
「え? えぇ??」
ヴィオラが瞳を輝かせて、浮いている物を視線で追う。
ロージーがそんなヴィオラの様子を不思議に思って、「失礼しますね」と言って、ヴィオラの耳を触る。
触られるとくすぐったくて、ヴィオラがふふっと笑う。
(んー? んんー……?)
ロージーは頭の花が落ちてしまうかというほど、首をかしげる。
(ヴィオラ様、人魚かと思ったけれど……でも、人魚って耳が独特よね? それか、魔法薬の改良でもあったのかしら? それにぱっと見、鱗もないし……見えない部分にあるのかしら?)
ロージーの手が下にずれてヴィオラの肩を掴む。
(ほ、細い!! 恐ろしく細い!!)
ロージーがヴィオラにあまりにも肉がついていないことに驚き固まっていると、ヴィオラがどうしたのかと振り返った。
「ロージー様?」
「う、ううぅ……」
ロージーのバラ色の瞳から朝露のしずくのように涙の粒がぽたぽたと現れては落ちていく。
「ど、どうしたのですか!? すみません、わたしがなにか……」
ロージーが何を思ったのか、ヴィオラを優しくだがしっかりとぎゅっと抱きしめた。
ロージーから優しく甘いバラの香りがして、癒される。
(きっと鱗が満足に生えてこないほど、栄養失調の状態が続いていたのね! それに、魔法も見たことがないなんて、さすがに田舎でもそんなことありえない……もしかして、魔法のことも教えてもらえない、あたしには想像もできないような、大変な環境でお育ちになったんじゃ……そうよ! そうじゃなきゃ、父親が自分の代わりに差し出すはずないもの!)
「うううぅ、ヴィオラ様…きっと今まで大変ご苦労されたのですね……大丈夫です、ここにいる限り、たくさん食べて、いっぱいおしゃれだってして、苦労などさせませんからね!」
「え? そんなことは……」
「あ、あぁ、それが当たり前になってしまっていたのですね……大丈夫です。これからはそんな思いはさせませんから!」
立ち上がったロージーはパンパンと手を叩くと、部屋にぞろぞろと先ほど見た花の使用人たちが入ってきた。
ロージーの頭から生えているのはバラだが、使用人一人ひとりそれぞれ異なる花が咲いていて、色とりどりの彼女たちが集まると花畑の様だ。
(この姿は、殿下と同じく呪われてしまったからなのよね?……とても綺麗だと思うけれど、言ったら失礼かな……)
花の使用人たちが小声で話し始める。
時折、何故か彼女たちは悲鳴を上げ、恐ろしいというように、震えていた。
「さぁ、決まり! じゃあ、よろしくね」
会議は終わったようで、花の使用人たちは各々こくりと頷き、部屋を後にした。
会話に取り残されたヴィオラはどうしてよいかわからず、まだロージーの魔法でハサミなどが動いていたのでとりあえず大人しく座っていた。
「失礼いたしましたわ。情報共有とこれからの方針を決めておりましたの」
「方針? ですか……?」
「えぇ! ヴィオラ様にここに滞在していただく以上、心地よく過ごしていただかないといけませんからね、さぁ、続きをしますね……」
ロージーは再びヴィオラの髪を整え始めた。
痛んだ部分をだいぶ切ってしまったが、それが気にならないくらい髪をきれいにまとめてくれた。
「つけていらしたのは、スミレの髪飾りですか?」
「はい、幼い時に亡くなった母の形見なんです…」
(うあああ! お母さまが亡くなられている!!)
ロージーは心の中で悲鳴を上げたが、ぐっとこらえて平静なふりをした。
「そうですか、ではこの髪飾りをつけましょうか、とてもお似合いですわ」
「あ、ありがとうございます…」
頬を赤らめて、照れながら微笑むヴィオラをみて、よけいにロージーはヴィオラを守らなくては!という気持ちが強くなった。
ここにヴィオラたん守り隊を結成します!( `ー´)ノ




