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怪物に愛されて、少女は幸せな日々をおくる【3章おわり!】  作者: Nadi
怪物の章

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4/100

4.意味のある結婚

26/1/25 ちょっと書き換えました

 暗い城の中でも最も陰鬱な部屋がある。

しかし、その陰鬱さとは反対にその部屋で過ごすのはこの城で最も高貴な存在だ。

ただ、今やその高貴さは呪いのせいで見る影もなく、残るのは毛に覆われた醜い怪物の姿だけだ。


 今日も怪物は苛立つ気持ちを抑えきれず、うろうろと部屋中を落ち着きもなく歩きまわっている。

その後ろを真っ白などろどろとした人の形をしたものがついてきている。


 「……殿下、それでお客人にそんな難癖をつけられたのですか?」

 「難癖とはなんだ!? この敷地にあるものはすべて僕のもだろう!?」

 「そうではありますが、庭園の花ならまだしも、門の外に生えたどこから飛んできたかもわからない種から育ったスミレなど、今まで気にも留めていなかったでしょう?」

 「……………いいや! あれも僕のモノだ! それを勝手に盗ったあいつが悪いんだ!!」

 (今、やたらと長いがあったな)

「とにかく、その娘とやらが来たら婚礼をあげる。それでやっとこのふざけた呪いが解けるんだぞ、なんの不都合があるというのだ!?」

 「しかし、殿下そのようなやり方はあまりにも酷すぎます。父親が自分の娘を差し出すわけがありません。それに、このような方法では到底、呪いが解けるとは……」

 「うるさいっ!! ならばどうすればこの呪いが解けるというのだ!? ルコウ、お前に何か案があるというのか? ならば、今すぐ教えてみろ!!」


 怪物は咆哮し、ルコウは白くどろどろとした身体を縮めた。


 「その蠟でできた身体を火に入れられたくなかったら、その減らず口を閉じろ! どうせ、呪いが解ければその娘に用はない。解放してやればいい、それでいいだろう!」


 怯えてしまったルコウはそれ以上何も言えなくなってしまった。


 かつて妖精に呪いをかけられて、恐ろしい怪物の姿になってしまったこの国の王子。

妖精は言った『王子がその醜さのまま本当の愛を見つけその愛を返されたとき、その呪いは解けるだろう…』と。

1年たった今でも、王子はその愛を見つけられず、愛を返されることもなく、呪いは続いている。


 (殿下は呪いをかけられた時から……いいや、ずっと以前から他人と壁を作り、深くかかわることをしない。ワシら使用人もそれを許してしまったが故にこのようなことに……しかし、今の殿下は以前より、人の話をまったく聞かなくなってしまった。呪いによる焦りや不安がそうさせてしまっているのだろうが、このままではどうしたものか……)


 蝋の頭を抱えるルコウのもとにカラスが飛んできて、囁いた。


 「ふむ、何事だ?」

 「……」

 「なっ、何!? それは真か?……お、恐れながら申し上げます殿下……」

 「なんだ? まだ小言が終わらないのか? いよいよ火にくべてやろうか!?」

 「ひぃっ! あ、あの違うのでございます。例の娘がもうやってきたようでして……」

 「なっ……おい、まだ数時間しか経っていないぞ……?」


 あまりの早さにさすがに王子も困惑していた。

なぜこんなにも早いのかという疑問は置いておいて、王子はルコウに娘を婚礼の儀式を行う祭壇に連れてくるように命令した。

 「来い、と言われたからここまで来たけれど、これからどうすれば…?」


 ヴィオラは素早く荷造りを終え、父との別れをし、騒ぎになってデルフィスの耳に入ると大変なので町の人に見つからないようにひっそりと町を後にした。

場所がわからず、とにかく父を見つけた場所まで来たが、ここからどうすればよいのかと思案していた。


 (そもそも、わたしはどうなるのかな…怪物の食事になるのかしら……そうだといいな……長い苦しみより一瞬の方がずっといいもの……大丈夫、怖くない……痛みさえ耐えれば、お母さまのところに行くだけだもの……こわくない)


 「あれ……? いつのまに、こんな霧が」


 見晴らしの良い道の真ん中にポツンと立っていたはずが、いつの間にか濃い霧が立ち込めていて、辺りの様子さえわからない。


少し歩くと大きな影が目の前に現れた。

霧が少しずつ晴れ始め、父の話で聞いていたおどろおどろしい城が鎮座し、目の前には押しつぶされてしまいそうなほど、威圧感のある城の門が現れていた。


 「こ、ここが……怪物の城……」


 生唾を呑み込み、あまり響くとは思えないが、門を拳で叩いた。


 「あの、ナルキの娘です! でん、か?にお詫びをしに参りました! どなたかいらっしゃいませんか?」


 ヴィオラが大きな声で問いかけると、人気がないのに重たい門は地面を引きずりながらゆっくりと開いた。


 (入って来いということだよね)


 ヴィオラの身体は恐怖で小さく震えていたが、細く息を吐いて足を一歩前に出す。


 城に向かうまで庭園を通り抜ける。

庭園にはよく手入れされた立派な草花が植えられていて、ヴィオラは目を奪われた。


 (あれはバラ科の花かな? 黒色だなんて珍しい。それに花弁がたくさん重なってとても立派だわ……)


 自分の草花が好きなところは母譲りだ。

幼いころは屋敷の庭に草花を植え育て、よく森へ散歩をしては草花の名前とか、この花の香りをかぐと寝つきが良くなるだとか、実はこの草は手をかけて料理をすればおいしくなるだとか、そんなことを話していた。


そんな母との大切な思い出をたどるように、母を病で亡くした後も時折時間を見つけては草花のことを調べたり、散歩をして草花のスケッチをしたりしていた。

ただ、そんな時間も継母と義理の姉が来るまでの短い期間だった。


 (お母さま……)


 母を思い出すと泣きそうになり、鼻の奥がつんと痛くなる。

しかし、脳裏にデルフィスの歪んだ笑みを思い出して、泣いては駄目だと気をしっかりと持ち直した。


 「あ、あ、あのー! お客人のご息女でいらっしゃいますかー!?」

 「へ? え!?」


 城から人が走ってくるが、その走ってくる人の様子がおかしい。

全身真っ白で、形はローブをまとっている人の様なのだが、不思議なのがその人の顔まで真っ白だということだ。

ローブの裾からはどろどろと常に蠟が火に焼かれて流れるように垂れていて、走る?と蝋が地面にボタボタ垂れては消えていく。


そのような不可思議な蝋人間は初老の男性のような顔をしていて、ごく普通に話しかけてくるのだから、ヴィオラはさらに驚いた。


 「はぁ、はぁ……申し訳ございません。本来でしたら、もっと準備をして……はぁ、お迎えをするべきところなのですが……ふぅ」


 不可思議な存在は、息切れを起こしているのか、腰を折って膝に手をついている。

あまりにもつらそうなので、一体この存在が何かというよりも、心配の方が勝ってしまう。


 「あの、大丈夫ですか……少し、休まれては?」

 「え?」

 「あそこに長椅子がありますから、そこまで行けますか? 手をお貸しします」

 「お、お、おぉ……」

 「?」

 「おおおおおおおん!!」

 「えぇ?!」


 蝋人間が人間でいう目のあたりから、どぼどぼと蝋があふれ出してきた。

驚いたヴィオラだったが、これは涙なのだろうか?と思ってまだ使っていないきれいなハンカチを鞄から取り出して蠟人間に手渡した。


「あ、ありがどう、ございまず……おおおぉ」と言って、蠟人間が蝋の涙を拭くと、あっという間にハンカチは蝋でコーティングされてしまった。


 「も、もうじわげ、ございまぜん……ワタクシ、この城にいらっしゃる王子にお仕えしておりますルコウ・ブージと申します。気軽にルコウとお呼びくださいませ……ぐず」

 「ここでお世話になりましたナルキの娘、ヴィオラと申します」

 「申し訳ございません、こんなお姿を見せてしまい……その、お恥ずかしながら、他人から優しくされたのが久しく感じまして……しかも、殿下のあのような無茶に巻き込まれて、ここに来るとは、さぞお辛い選択だったでしょう……見るにまだお若いのに……そ、それなのに……うぅうおおおおん!」


 さらに泣き出してしまったルコウに収集がつかなくなり、ヴィオラは困り果ててしまった。


 (ルコウ様、とてもいい人?そう……なんだか気が抜けちゃう……わたし、これから死ぬ、のよね?)


 ヴィオラが深く考えようとしたところで、泣いてうずくまっていたルコウが突然ハッとして勢いよく立ち上がった。


 「しまった! 殿下が祭壇でお待ちです!……来て早々に申し訳ございませんが………少々、殿下にお付き合いしていただきたいのです」

 「え、な、なににでしょうか?」

 「説明すると大変長くなりますので、歩きながら……」


 そう言ってルコウがヴィオラを案内しようとしたところで、城から獣の咆哮が聞こえた。

曇っていた空が暗くなり、雷が雲の中で暴れているのか時折光っている。


 「いっ、いけない! 殿下がお怒りです……ヴィオラ様申し訳ありません!」

 「ひゃっ?! 身体が浮い、きゃあ!」


 ヴィオラの身体が突然ふわりと浮き上がり、身体の自由がきかないまま、ものすごい速さで城へ向かう。

途中扉にぶつかると思ったが扉はひとりでに勢いよく開き、そのまま城の玄関ホール、廊下と通っていく。


 そして、また扉が開いてその部屋の中に入るとやっと身体がゆっくりと床についた。

その部屋はまるで教会の様で、窓は美しい色とりどりのステンドグラスでできており、左右に礼拝者用の長椅子がいくつも並んでいて、その真ん中の通りは部屋の奥の祭壇に続く。


そして、部屋の奥には熊よりも大きい四つ足の獣が赤い目をぎらつかせてヴィオラを待っていた。


 「あ……」


その恐ろしさに少し気の抜けていたヴィオラは喉を掴まれたように声が漏れた。

そして、自分はここで死ぬのだという考えが蘇る。


 「何をそこに座っている! お前、さっさと来い!」

 「は、はい……」


 ヴィオラは言われるがままに、震えながらも立ち上がって、怪物の目の前まで来た。

目の前にすると獣らしい息の荒さと臭いに頭がひりひりとする。


 「あ、あの……」

 「立つのはそこじゃない! 隣だ!」

 「は、はい……」


 指をさされた方に立つ。

怪物の大きな体で見えなかったが、祭壇には神父の黒い衣服を着ている、羊のような丸くうねる角が頭から生えた男性が立っていた。


羊神父はんんっと咳をして、鼻にかかっている眼鏡をくいっと上げて、手に持っている教本をぺらぺらとめくっている。


 「神父様……?」

 「はい、ようこそ……ヴェ~、ヴィオラさん、ワタシは神父のオヴェ~ハと申します」

 「はい、よろしくお願いいたします……あの、できれば女神様のもとに行く前にお祈りをしてもよろしいでしょうか?」

 「は……へ……ヴェー?! い、一体何をおっしゃいますか!?」

 「これからわたしは殿下のお食事となるのでしょう? 死ぬ前に神父様にお会いできて幸運でした。どうか、最後に祈らせてください……」


 ヴィオラが震える声で懇願する姿に、神父は驚いて教本を落としそうになり、怪物も「はぁーーーーー?!」と声を上げた。


 「おいっ! 何を勘違いしている!? お前のような骨ばかりのやつを食う趣味など僕にはないっ!!」

 「食べるところが少なくて申し訳ありません。父が事業に失敗してからは、満足に食べることもできずにいましたので、せめて殿下の間食程度にしていただければ……」

 「ええい、ちがっ、違う!! 僕はそもそも人を食べる趣味などない!! 僕を一体何だと思っているんだ!?」

 「へ? わたしを殺さないのですか? では、何を?」


 怪物は調子が狂ったのか、頭を抱えて、ううぅとうなり転げまわった。

ヴィオラは怪物の意図がわからず、ぽかんとした表情で転げまわる怪物を見ていた。

そんなやり取りをしている間、ぞろぞろとこの城の使用人たちが祭壇部屋に入ってきたのだが、ヴィオラも怪物もそれどころではなかった。


 「うううぅ~、僕はお前を殺して食うためによんだのではない! 婚姻を結ぶためによんだのだ!」

 「こん……いん? 結婚、ですか?」


 ヴィオラが絶望したように顔から血の気が引いていく。

ヴィオラにとって『結婚』と聞くと、デルフィスに無理やり強いられた『結婚』が浮かぶ。

『結婚』というものは、暗い監獄の中でいたぶられ、苦しめられ、逃げ場のないそんなイメージがヴィオラの頭の中で固まっていた。


そうとは知らず、ヴィオラが絶望しているのは、よほど自分との結婚に対し嫌悪しているからだと怪物は考えてしまっていた。

そんなことは初めからわかっていたし、拒絶される情景など何度も頭で想像していたが、目の前でされると心が締め付けられる。


 「僕との結婚など嫌悪するほどだろう! 僕だってお前となんて嫌だ!! これが終わったら父のもとに帰ればいい!」

 「かえ…る?」

 「オヴェーハ! さっさと始めろ!」


 先ほどよりもいらだった様子でオヴェーハに怒鳴りつけた。

オヴェーハは冷や汗をかきながら教本をめくり、式辞を述べは始めたが途中で「おいっ、そんな初めのところなどいい! 最後の部分だけやれ!」と怪物に遮られ、オヴェーハは教本をさらにぺらぺらとめくって、最後の部分を読み始めた。


 「えー、では~誓いの口づけを~」


 放心していたヴィオラが怪物に「おい」と呼び掛けられて我に返った。

怪物が獣の手をヴィオラの前に差し出した。


 「適当にここらへんにでもしておけ!」

 「……あ、はい……」


 ヴィオラが怪物のゴワゴワした毛をかき分けて、皮膚にちゅっと軽く口づけをした。

怪物からは獣の臭いがしていて、自分は馬小屋で慣れているから大丈夫だったが、もしもマデルが父の代わりに来ていたら大変なことになっていただろうとふと思った。


 「ヴェ~では、女神様の名のもとにシオン・フィリア・バシレウス様とヴィオラ様の婚姻を~認める」

 「よし……よしっ、これで呪いが解けるぞ!!」


 怪物が嬉しそうに腕を上げて、その手をじっと見る。


 「……」

 「…………」

 「………………………………うああああああ!!! なぜだあ!?!?」


 しかし、なんとも変化はなく、怪物は、火山が噴火したように憤怒の雄たけびを上げて、祭壇部屋の椅子を持ち上げては投げ飛ばし、走り回っては壁や柱にぶつかるのを繰り返し始めた。

今、この自害的な行動を止めに入れば、自分が殺されてしまいそうなほど激しい。


 「はぁーー……やはり、無理でしたか……」

 「ルコウ様」


 いつの間にかルコウがヴィオラの傍に立っていて、肩をがっくりと落としている。


 「ヴィオラ様、このようなことに説明をせず巻き込んでしまい、申し訳ございません。後ほど、貴方様のお家に無事に送り届けますからね」

 「……家、に……あの、どうして殿下はこのようなことを?」

 「はい、説明いたします……」


 今から約1年前のこと。

シオン・フィリア・バシレウス様はたいへん美しく、聡明な方であらせられたのですが、王子という立場で周りから甘やかされ、傍若無人な性格に育ってしまったのです。


暑い夏を避暑地で過ごすためにこの別荘の城にやってきた夜のことです。

とある、老婆がこの城にやってきまして、一見浮浪者と思うほどのみすぼらしい方でした。

老婆は一日夜を過ごさせてくれないかと殿下に懇願しました。


しかし、殿下はその老婆に……「こんな汚い者を城におけるか!? 森に追い払え!」と、激昂され、老婆は、森にいたら夜盗に襲われるかもしれない、安全に眠れる場所であれば馬小屋でもいい、と懇願したのですが、それでも殿下は拒絶されました。


それが、運命の分かれ道だったのです。

老婆の正体は、それは美しい妖精でして、殿下の行いに怒った妖精はこの城、使用人、そして殿下に呪いをかけてしまったのです。


そして、最後にこう言いました。


 「愚かな王子、そして、それを許してしまった使用人たち、全てに呪いをかけた。王子がその醜さのまま本当の愛を見つけその愛を返されたとき、その呪いは解けるだろう」


 ルコウの話を聞いたヴィオラは、今までの人生で感じたことのない経験に心が重くなった。


 「それで、当時この城にいたワタクシたち使用人らはこの土地にしばられ、そして、殿下もあのようなお姿に……きっと、結婚すれば愛を見つけ、愛を返されたことになるとお思いになって、このようなことをお考えになったのでしょう……ですのに、呪いは解けず……あぁ、おいたわしや」


 ルコウはまたおいおいと、蝋の涙を流し始めた。

祭壇部屋の扉の前には使用人だろう人たちが蠢いていて、暴れる怪物を見て怯えて悲鳴を上げている。

怪物は変わらず怒りのままに暴れている。

見ていて痛々しいほどだ。


 「あの、止めた方がいいのではないでしょうか?」

 「いっいや、無理でございます! 以前、止めに入ったときはこの蝋の身体を砕かれて、他の使用人もそれはもうひどい目に……」

 「ですが……」


 ヴィオラは抱いていた恐怖がいつのまにか薄れ、心配する気持ちが芽生えていた。


 「あぁくそっ! なんで、なんで、なんで!!!」


 怪物の赤い瞳にしずくが見えた。

本来の獣ならば流すことはないものだ。


 勝手に足が動いていた。

椅子を振り回し、暴れる怪物にまっすぐ向かっていく。


 「ヴィ、ヴィオラ様! 危のうございます!!」


 叫ぶルコウの言葉は遠のいて、目の前の王子の叫び声が鮮明に聞こえてくる。


 「なんで!? どういたらいい!? どうしたら僕の呪いが解ける!?……どうしたら、みんなが解放されるのだ……」


 叫び声と混ざって本当に小さくつぶやいていた使用人に対しての自責の念。

また叫び声をあげて腕を振り上げた時に、壊れた長椅子から木の破片がとび、ヴィオラの肩をかすめて、服が血でにじんだ。


 「ヴィオラ様!!」

 「大丈夫、です……」


 本当は泣いてしまいたいほど、痛い。

しかし、そのおかげで王子がこちらに気づき、再びうなり声をあげ、今度は自分の腕をぐっと掴み縮こまる。

王子の鋭い爪が自身の腕に食い込んで、血が爪を伝う。


 「殿下、落ち着いてください。どうか、ご自分を傷つけないで」

 「うるさいっ、お前に何がわかる!? それとも憐れんでいるのか!? そんな慰みなど要らない!!」

 「憐れみは……あります。だって、とても辛いじゃないですか、自分の姿を奪われて、周りの人も巻き込んで……とても辛いのに、それをどうにもできなくて……辛くないわけがない」


 ヴィオラは一歩一歩王子に近づく。

王子はヴィオラのスミレ色の瞳に囚われて、目が離せなくなった。


 「あなたは確かに暴れん坊だけれど、それだけじゃないとわたしは思います」


ヴィオラが一歩近づくと、王子が一歩下がってしまう。


 「まずは傷の手当てをしましょう。それから、落ち着いて、一緒に呪いのことを考えませんか?」

 「な、なんなのだお前は!? それでお前に何の得がある? 何が目的だ?!」

 「目的……正直、わからないです……ただ、あなたが泣いているのが……嫌で……あはは、確かに変ですね」


 自分自身がおかしなことをしてしまっていることに王子からの質問で気づかされ、困ったように微笑んだ。

微笑んだヴィオラを見たとたんに、王子は毒気を抜かれたように放心してしまい、いつのまにかヴィオラは王子触れられるくらいの距離まで近づいていた。


 「よかった、あまり深くはなさそう。まずは消毒しましょう。あの、ルコウ様、消毒液はどちらにあるでしょうか?」


 王子とヴィオラのやりとりを見ていた使用人たちが信じられない光景を見るかのように放心して時間が止まった。


 「あ、は、はい、消毒液などは医務室に……」


 「はいはい! どいたどいた! 通りますよっと」


 男性の使用人が集まっていた使用人たちをかき分けて来た。

彼の紺色の髪は光があたると不思議と緑に見え、頭からは蝶を思わせる触角が生え、背には黒い翅、腕が左右に二つずつ持つこれまた不思議な人がヴィオラと王子の前に大きな鞄を抱えてやってきた。

彼は、二枚目の顔で甘い笑顔をヴィオラに見せた。


 「ったはー、いつも以上に周りがぐちゃぐちゃですね~、ま、傷までぐちゃぐちゃじゃなくて、よかった、よかった」

 「おぉ、ペイアー・ディモル。早速、殿下とヴィオラ様を診てやってくれ」


 軽口を叩くこの男性は医者なのだろう、慣れた手つきで鞄を広げて手を消毒し、ピンセットやら、消毒液やらを取り出し、その4本の手でそれぞれ持つ。


 「はい~、では殿下、みしてください~」

 「僕はいい、そいつから診ろ」

 「……へへっ、はい殿下~」

 「わ、わたしなんかよりも、殿下を先に…」

 「殿下がいーっておっしゃってんだから、いーのいーの」

 「あ、でも……」

 「せっかくかわいいのに傷が残ったら、殿下もかなしーし、いーのいーの」

 「かわいくは……それに傷も……いえ、なんでもないです。お願いします……」


 ヴィオラが本当に困ったように顔が歪むので(ありゃ? 顔かわいいとか地雷だったか?)とペイアーは少し面食らった。


 血に濡れた袖部分をめくり、ペイアーは4本の腕でてきぱきと消毒を終え、傷に入った木くずも丁寧に取り除いた。

しかし、傷口をふさぐ包帯や綿布を取り出さず、手をかざした。


 「うん、これなら跡は残らないよ」

 「何をするのですか?」


ペイアーが静かに傷口に手をかざしていると、少しずつ、傷のあたりが温かくなってきた。

そして、淡い光が彼の手からあふれ、その光が消えるころにはヴィオラの傷は跡形もなく消えてしまった。


 「……! すごい! 魔法みたい……」

 「あはは、みたいって、魔法に決まってるじゃーん。治癒魔法は確かに珍しいかもしんないケド、そんな大げさな。ヴィオラちゃんもしかして、すんごい田舎から来たの? どんなとこ? オレ知りたいな君のコト」

 「ヴィオラ……ちゃん?」

 「ペイアー」

 「はいは~い、次は殿下ですね~」


 ペイアーは次に王子の傷も素早く魔法で治してしまった。

治療が終わると「よかったら、オレとお茶しな~い?」とヴィオラに軽口を叩いていたが、ルコウに「はよ行かんか!」と怒られて退散した。


 (ペイアーさん、なんだか軽い人だな…でも、すごいあんな傷を治しちゃだなんて、それに本当に魔法ってあるのね……わたしがいた町とも、国とも違う、魔法の国に来てしまったのね。でも、どうして……?)


 ヴィオラが感心しつつ治してもらった腕をさすると、じっと黙っていた王子と視線が重なった。

先ほどは心臓がバクバクして恐怖など消えていたが、今は緊張とともに帰ってきた。


 「おい、ヴィオラと言ったか……」

 「はい、父が大変失礼なことをしてしまい、申し訳ございませんでした」


 ヴィオラは地面に頭をつけ、深く謝罪の意を表した。


 「おいっ、おいそんな風に謝るな!」

 「ですが、父によればたいそうお怒りだったと……申し訳ございません、父はわたしに頼まれた土産にと思っただけなんです。父を許してあげてください」

 「そも、そんなに怒ってなどいない! もうやめろ! ただ口実に使っただけだ!」


 ヴィオラが顔を上げると王子はバツが悪そうに視線を泳がせていた。

口実に使った、ということは今回のことはヴィオラをこの城に引き入れるためだけの芝居だったのだろう。


 「そう、だったのですね……口実」


 そう考えると恐怖に震えていた父が可哀そうに思うが、実際ヴィオラ自身がデルフィスとの結婚から逃れるための口実に使ってしまったので、どっちもどっちなのかもしれないとも思えた。

ただ随分と振り回されたという不満は少しある。

それが顔に出てしまったのだろうか、王子が狼狽して、言い訳を始めた。


 「言っておくが謝らないぞ! 僕は悪くない! ここの敷地のもの、いや、この国のものは僕のモノだというのは常識だ! 僕にはその権利がある!」

 「そうですか…父もわたしもその常識は存じ上げませんが、王子のあなた様がおっしゃるならそうなのでしょう」

 「な……あ、嫌みか!? それは嫌味か!?」

 「あなた様がそうおっしゃるなら、そうなのでしょう」

 「ううううう! ルコウ!こいつをつまみ出せ! 結婚しても呪いは解けなかった! こいつにはもう用などない!」


 ルコウが王子に怒鳴られてびくりとするが、ヴィオラをつまみ出そうとは動かなかった。


 「も、申し訳ございません、殿下! 少々お時間をいただきます!」


 ルコウは、使用人たちが集まっているところに早足で行き、使用人たちがぐるりと円陣を組んでこしょこしょと作戦会議を始めた。


 「どう思う?」

 「オレは~ヴィオラちゃんかわいいし、美人だし~磨けばもっと光ると思うんだよねぇ~」

 「違う! 確かにお美しい方だと思うが、殿下によいのではないか、という話だ! ペイアー、お前は絶対にヴィオラ様に手を出すなよ! 絶対に!」

 「あたしはいいと思いますわ。殿下に物怖じしないあの度胸、それに、今まで来た女性はみーんな悲鳴を上げて逃げてしまったというのに、あの子は逃げなかった! 殿下に真っ向から話しかけた!」

 「は、え……で、でも……あの子、お家があるんじゃないですか? 今回のことで、ご家族とだってお別れしてきたわけですし、お家に帰りたいんじゃあ……」

 「でも、こんな機会滅多にない! これを逃す手はないわ!」


 ルコウたちの会議が終わり、ぞろぞろと王子のもとに使用人たちがやってきた。

ルコウが唾をのみこむように頭が動き、一歩前に出る。


 「お、お言葉ですが……ヴィオラ様にはもう少し、こちらの城に滞在していただいてはいかがでしょう?」

 「何故だ!?」

 「そ、それは……その、さきほど……ヴィオラ様はこうおっしゃいました『呪いについて考えよう』と、正直、我々ではどうにも解決できず考えあぐねている状況です。そこで、ヴィオラ様という客観的に呪いについて考えてくださる方が必要なのではないでしょうか? いえ、必要ですぞ!」


 王子がヴィオラを睨む。

王子越しに、見える使用人たちが手を合わせてお願いです!話を合わせて!というように懇願する姿が見えてしまった。

なにより、この城を追い出されてしまっては、ヴィオラは行くところがない。

万が一戻ってもあのデルフィスに捕まるだけだ。


 「ええぇと、呪いに関してもう少し調べる必要があると思います。そのために、このお城に滞在してもよろしいでしょうか? お願いいたします…」


 ヴィオラと使用人たちが頭を下げると、王子は不服そうにうなったが、最終的には「勝手にしろ!」と言って部屋から出て行ってしまった。


 王子の姿が見えなくなると、その場にいた全員がほっと息を吐いた。


ルコウがまた蝋の涙を流してヴィオラに詰め寄る。


 「ヴィオラ様ー! お話を合わせてくださってありがとうございます!」

 「い、いえ…わたしも…家には帰りにくかったものですから助かりました」

 「帰りにくい? 何かあったのですか?」

 「……たいした、話ではありません。それよりも、呪いについて、その呪いをかけた妖精について、教えていただけませんか?」


 ヴィオラが真剣なまなざしで使用人たちを見る。

使用人たちは驚いた様子でお互いの顔を見合わせていた。


 「ヴィオラちゃん、さっき言ってたアレってマジ?」

 「…? はい」

 「あはは、いやあ、ごめんごめん、確かに命はって殿下の嵐ン中飛び込んでたんだからホントだよなぁ。改めて思うと、すんげぇなって思ったんだよね。あははは、本気かぁ」


 ペイアーが頭を抱えて笑うので、ヴィオラはぽかんとしてしまった。

他の使用人たちもヴィオラがどこまで本気かわからなかったようで、各々驚いた様子をしている。


 そのうちの女性の使用人が人だかりをかき分けてきた、ヴィオラの前に立つ。

赤いバラ色の髪に所々薔薇のような花が咲いていて、肌もほんのりバラ色をしているきれいな人だった。


 「アハッ! いいね! どうも、ヴィオラ様、あたしはロージーと申します。あなたのお世話係をいたしますわ。そう、今決めましたの!」


 彼女はずいぶんと明るい性格の様で、身振り手振りが大きい。

ヴィオラはそんな彼女の勢いに押しつぶされそうなほどだった。


 「お世話係…? そんな、自分でできますから……」

 「いいえ、そうもいきませんわ。お世話させてくださいまし! あたしたち使用人は元々お世話をすることが役目。なのに、殿下ときたら、あのお姿になってからほとんどお世話をさせてくださらないの。それがもう1年!! このお世話したい欲をどうか受け止めてほしいのです。お願いしますっヴィオラ様!」

 「え? えぇ?(お世話したい欲??)……あの、では、少しだけお願いします…」

 「アハッ、ありがとうございます! さぁ、みんな! ヴィオラ様のために準備しなくっちゃ!」


 ロージーが後ろを向いて手をパンパンと叩いて合図をすると、他のロージーと同じく花が頭部にちらほらと咲いている使用人たちがきゃあきゃあと騒ぎ出した。


 「お嬢様! しかもかわいいお嬢様よ!」

 「ああん、どうしましょ、お部屋は家具に装飾品…可愛らしいものをそろえなきゃ!」

 「ドレスに靴にアクセサリー……なんてこと、久しぶりだからちゃんとしたものがあるか確認しないと! いいえ、もう作りましょう! ヴィオラ様にぴったりな服を!」


 何人か花が咲いている使用人たちが嬉しそうに部屋から出て行った。

あまりにいろんな準備をさせてしまうことに不安を覚えたヴィオラが、申し訳なさそうにロージーを見た。


 「あ、あの……本当にそんな大事おおごとにしていただかなくても……わたし、馬小屋でも寝られますし……」

 「え? えぇ!? ちょっと待ってウマゴヤ?! 馬小屋って馬が寝るところよ! 人が寝るところではないのですよ!!」

 「冬の時は馬小屋で寝ないと寒くて……でも、干し草を集めて被ると暖かいんですよ」


 良い知恵でしょう、と言いたげにヴィオラが言うのでロージーは驚愕してキャーー!?と叫んだ。


 「こんな女の子があり得ない、あり得ない、あり得ない! とにかく、ここにいる間はそんなこと誰も許しませんからね!」

 「え? でも……」

 「許しませんから!!」

 「は、はい……」


 先ほどヴィオラが王子に見せた度胸はどこへやらで、すっかりロージーの勢いにたじたじになってしまった。


 「呪いに関して調べるのも良いですけど、まずは休んでください! お家から来たばかりですし、怪我を治しても流れた血や失った体力は休んで戻さないと! あぁ、お風呂に入って、服も着替えて、やることいっぱいだわ!」


 やることいっぱいあるというロージーの声色はウキウキしていて、本当に人をお世話するのが大好きなのだとわかる。

ロージーに背中を押されるまま、ヴィオラは部屋を後にした。

さぁ! 甘やかしましょう!( *´艸`)

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