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怪物に愛されて、少女は幸せな日々をおくる【3章おわり!】  作者: Nadi
怪物の章

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3.悲しい決意

 屋敷に帰るともちろん「おかえりなさい」の暖かな言葉などなく、マデルの怒鳴り声がヴィオラを迎えた。


 「ちょっと! なんで朝の支度をしてないわけ?! 髪の毛がきまらないんだけど!……あれ? パパ?」

 「お義姉ねえさま、髪の毛は後でやりますから……まずはお父さまを休ませないと」


 ヴィオラが談話室のソファに父を座らせ、憔悴し震える身体に毛布を持ってきてかぶせてあげた。


 「え? え? パパってばどうしちゃったの? っていうか、マデルのブレスレットは?」

 「は……え? ブレスレット……あ、あぁ……」


 ナルキが鞄を指さすと、マデルはがさがさと鞄の中身をあさり、目当てのブレスレットを取り出した。


 「やったー……って、これって安物じゃない?! こんなのつけてたら友達に笑われちゃうじゃない?! パパはマデルが安物をつけて笑われてもいいっていうの?! うえ~ん……」

 「そ、そんなつもりじゃないんだ……泣かないでおくれマデル」


 マデルがいら立ったり、嘘泣きをしたり、あまりの変わり身の速さにもはや感心さえしてしまう。

そして、なによりこれほど憔悴しきっている父を心配せずに能天気にいられるというのが、そもそも期待もしていなかったが、目の前で見せられるとヴィオラは理解に苦しんだ。


 マデルが嘘泣きを始めると「ママっ! ママきいてよ! パパがひどいのよ!」とわめき始めハイドラを呼ぶと、ハイドラがゆったりと起きてきた。


 ハイドラもナルキを見て「あなた、どうだったの? まさか…はぁ……」と声をかけたが、それは父の身体の心配というよりも商談がうまくいっていないことを想像して、ため息をついたという感じだった。


 ナルキが頭を抱えこみ、再び涙を流し始める。


 「う、うぅ……すまない、すまない……このままでは……」

 「お父さま、大丈夫よ。また次を頑張りましょう。わたしも働く時間を増やして……」

 「違う、違うんだ……ヴィオラ、私はとんでもない過ちを犯してしまった……」


 ナルキはぽつりぽつりと帰路であったことを話した。

ハイドラとマデルは、始終、ナルキは頭がいかれてしまったのか、と顔にでているが、ヴィオラは静かに父の言葉に耳を傾けていた。


 「あの怪物は娘を差し出さなければ、私を牢獄に入れるといっていた…どこにいようとも捕まえると…」

 「あなた、商談が失敗したショックで悪夢でもみてしまったのだわ。少しお休みになっては?」

 「夢なのではない! あの身体を這うような恐怖は今だって私の身体にまとわりついているのだ…そ、そうだ……その時摘んだ花が…?」


 ポケットに入れていたハンカチを取り出すときに、一緒に真っ黒な紙もでてきた。

その紙がひらりと床に落ちると、火種もないのに紙から黒い炎が勢いよく燃え上がった。

炎が揺れ動くとバチバチという音に混ざり、淀んだ声が聞こえてくる。


 『盗みをした愚か者……お前の娘を差し出せ…さもなくば、貴様に待つのは……暗く冷たい牢屋だ…オオオォ』


 恐ろしい言葉を残し、黒い炎は消えてしまった。


その場にいた全員が凍り付き、誰も言葉を発さない。

そして、ナルキの言っていたことが決して夢ではないのだと、マデルとハイドラはじわじわと理解した。


 「いやっ、パパどういうことよ?! マデルはそんな怪物のところになんて行かないから!」

 「そうよ! アタクシのかわいいマデルを怪物に渡すものですか!……そうだわ、もっといい方法がある」


 ハイドラが口の端をひくつかせて、視線をヴィオラに向ける。

ヴィオラはハイドラが自分を見る理由に察しがついていたし、ハイドラが言い出さなくとも自分で言おうと考えていた。


 「娘なら、ここにもう一人いるではありませんか。ヴィオラを怪物のもとに行かせればよいのです」

 「し、しかし、ハイドラ……そんなこと……そ、それにこの子にはデルフィス君との結婚が控えているのだぞ! これから幸せになるというのに、そんな酷なこと……」

 「なら、あなたが牢屋に入るのですか? あぁ、あなたがいなくなってしまえば、可哀そうなアタクシとマデルは路頭に迷うことになりますのに……それよりも、この娘が怪物のもとに行けばよいではありませんか? デルフィスさまにはこの娘は死んだと言えばよいのです。傷心のデルフィスさまを心優しく美しいマデルが慰める……そうして、二人は恋に落ちる……すべてが丸く収まるよい筋書ではありませんか?」

 「さすがママ! それってとってもいい考えだわ!」

 「なっ、なにを言うんだハイドラ、マデル!? いったいそれの何が丸く収まったというんだ!?」

 「いいえ、お父さま、お義母かあさまのおっしゃる通りです」


 ヴィオラが静かに告げた。

声は震えておらず、瞳は涙で濡れておらず、代わりに瞳にはある種の決意が宿っていた。


 「そもそも、わたしがお父さまにお花をお土産にと頼んだのがいけないのです。わたしがその責任をとらなければなりません」

 「し、しかしだなヴィオラ、あんな恐ろしい怪物のところにお前をやれるはずがない!  殺されるか、牢獄に入れられるか……何をされるかわからないんだぞ!?」

 「大丈夫です。もし、愛するお父さまが冷たい牢屋に入れられることなどありましたら、わたしは一生、心穏やかに過ごすことはかなわないでしょう。わたしが怪物のもとに行ってお父さまが安心して暮らせるのなら、それがわたしにとって一番の幸せです」


 運命を恨むこともなくただひたすらに父のことを想う。

ヴィオラの慈悲深い微笑みに、父は彼女を通して女神を見ただろう。

しかし、本心はそんな綺麗なものなどではなかった。


 (よかった……あんな人の皮を被った怪物に一生飼われるよりも得体の知れない怪物のところに行って殺されるか、牢獄で一人、死ぬ方がずっと、ずっとマシ)


 本当は、母が亡くなった日から心に光などさしていなかった。

生贄として差し出す今日に初めて、継母は自分を娘と言った。

義理の姉は自分のことを奴隷としか思っていない。

そして、血のつながっている父は、その方が楽だからと継母と義理の姉からヴィオラが暴力を受け続けていることに気づかないふりをずっとし続けている。


何よりも、そんな状況とわかっているのに、まだ父が昔のように戻ることを願って、思い出の詰まったこの屋敷を荒らされたくなくて、逃げ出すこともしてこなかった自分に一番苛立つ。

しかし、もう疲れ果ててしまった。


 旅立つために準備をする。

死にゆくだけなのに、準備をするというのもおかしな話かもしれない。

母の形見と言えるものはハイドラとマデルにほとんど奪われてしまったが、一つだけ残ったスミレの形の髪飾りを髪につけた。


 (最後にこれをつけられてよかった)


 母の遺した料理のレシピや草花のスケッチの書かれたノートは置いていくことにすると、鞄に詰めるものはほとんどなく、荷造りはすぐに終わってしまった。


 (この屋敷には思い出がいっぱいだな……楽しい思い出も悲しい思い出も……だから、最後までしがみついちゃったのかな……でも、もうそれもお終い)


 不思議と泣きたくはならなかった。

むしろ、ある種の清々しささえある。


 家を出るとき、父は涙を流し「考えはかわらないのか?」、「本当に行ってしまうのか?」と何度も繰り返し問うてきたが、ヴィオラの決意は揺らぐことはなかったし、父も無理に引き留めようとはしない。

それが今までの答え合わせのように思えた。

最後に大好きだった父に抱擁をして「お元気で…」と告げて、ヴィオラは家を後にした。

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