25.操り人形
ロージーが侵入したデルフィスを城の牢屋に向かって、ずりずりと引きずっていく。
背中を強く壁にたたきつけられて、茨のツタで締め上げられて痛みがあるというのに、いまだに元気よく暴れてヴィオラの名を呼んでいるデルフィスにロージーはあきれたため息をついた。
城の侵入者に城内はざわつき、侵入者を見に使用人たちが集まってきた。
そのうちペイアーがロージーに声をかける。
「はぁい、ロージー、ずいぶん活きがいい男を連れているじゃないか」
「まったく、活きよすぎて今すぐ息の根をとめてやりたいところ」
「はは、相変わらず血の気が多いな。トトララ君がこいつにやられて、治療してきた」
「あの子が? こいつそんな戦えるようには見えないけれど、無駄口が多いし、剣筋は大ぶりで隙が多いし……まったく、ヴィオラ様が怯えるわけよ。この男、異常だわ……ヴィオラ様にあんなこと言うなんて」
ロージーはデルフィスがヴィオラに向かって言い放った「穢された身体」という言葉を思い出して、怒りで頭が沸騰しそうだった。
ずっとヴィオラが隠したかった正体をロージーもこんな形で見てしまい、まだ傷の理由もわからないので、もやもやが心を包んでいる。
「トトララ君から聞いたよ、彼、ヴィオラちゃんの婚約者だと名乗ってたってさ。それでヴィオラちゃんを追ってここまで来るなんて、もはや感心するね」
「はぁ!? こいつが、なるほどヴィオラ様もこんな奴との縁談、逃げ出すはずだわ。明らかにヴィオラ様への態度が気持ち悪かったもの」
「はぁ~、愛だの恋だのは、わからないものだねぇ」
「年がら年中発情している奴の発言だとは思えないわ」
「そんな!? さすがに呪いが始まってからずっとご無沙汰だってのに!?」
「そんなクソどうでもいいことより、今からこいつを尋問するけど、アンタも来なさいよ。あたし、治癒魔法得意じゃないんだから」
「あー……はいはい、まったく好きになれないけど、仕事だからやるよ」
そんな会話をしていると、ロージーの身体がぐんと引っ張られて止まる。
振り向くと、デルフィスが廊下の石畳にかかとを引っかけてロージーの動きを止めた。
「えっ!? ロージーの馬鹿力を足の力だけで止める!?」
「阿保なこと言ってないで、手伝って!」
ペイアーが手伝うためにロージーの腰に手をまわして引っ張るが、非力なペイアーでは力になれていない。
周りの使用人たちが手伝おうか、どうしようかとおろおろしているうちに、デルフィスの腕の筋肉が盛り上がり、拘束している茨のツタを引きちぎった。
そして、口に巻き付いているツタもガリガリと歯でかみちぎってしまった。
あまりの恐ろしさに戦闘ができない使用人たちはクモの子を散らすように逃げていく。
「なっ、何こいつ!? 力だけであたしのツタを引きちぎったの!?」
「ヴィオラは俺のものだ。邪魔する奴は皆殺しだぁ……フッフフフ、力がわいてくる、これが愛の力かぁ?」
「ロージー、こいつイカれてる。それに、人間か? 魔力を感じるんだけど」
「捕獲は最悪無理でもここで処理しないと、こいつをヴィオラ様と殿下のもとに向かわせるわけにはいかないわ!」
ロージーがデルフィスに向き合う。
先ほどとは明らかに異なる、より邪悪な気配に緊張で汗が伝うが、ここで負けては大切な人たちに危険が及ぶことは火を見るよりも明らかだ。
(ヴィオラ様が来てくださって、やっと動き出したんだ、この城の空気が、時間が…そして、あの子の心が! それを邪魔させるわけにはいかない!!)
デルフィスがロージーに殴りかかろうと踏み込むが、その途中で動きがとまった。
そして、デルフィスの身体が宙に浮かび、自由がきかなくなる。
「な、なんだこれは!?」
「ほっほっほ、若者は随分と血の気が多いのぉ」
「ルコウ様!」
デルフィスを魔法で浮かべたのは蝋の妖精のルコウだった。
彼が来てくれたことでロージーもペイアーもほっと息をついた。
「よかった。ルコウ様がいてくだされば、安心です」
「ほっほ、もう昔のように歴戦の猛者とはいかんのだ。そんなに期待せんでおくれよ」
「いやぁ、もう十分に頼もしいっすよ」
ルコウは朗らかに笑うが、デルフィスの一挙一動を見逃さないように注視している。
「しかし、人間がこのような魔力……まさか……」
ルコウが首をかしげているとぼとりと天井から何かがデルフィスの背中に落ちた。
そして、暴風が巻き起こると、一瞬にしてデルフィスの姿が目の前から跡形もなく消えてしまった。
「う、うそ!? 逃げた!?」
「ふむ、この魔法、随分と古く高位な魔法じゃ……」
「みんな、今すぐあの男を探して! あいつは危険だから必ず二人一組で!」
ロージーが戦闘のできる使用人に向かって、伝令用の魔法のハトを飛ばした。
ロージーもデルフィスの捜索をするために、駆けていく。
残されたペイアーが不安げにルコウを見る。
ルコウは何か思うところがあるのか、うーんと蝋の髭をさすって、考え込んでいる。
「ルコウ様、あれなんなんですか? ヴィオラちゃんと同じ人間とは思えないんですけど……亜人族ですか?」
「いや、人間じゃ。長生きをするとな、相手がどういう人かわかるが、間違いなく人間じゃよ。じゃが……先ほど天井から落ちてきた邪悪な何者かがあやつに力を与えていたようじゃ。あの気配に気づかぬとは、耄碌したものじゃ……」
「邪悪な何者か……」
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城から離れた静かな森でデルフィスが悔しさのこもった拳を地面にたたきつける。
「クソっ!! あともう少しだったというのに、何故邪魔をしたっ、ネズミ!!」
「ひっひっひ、ツタを引きちぎったあの力はワタクシが力をお貸ししたからですよ。あのままでしたら、あやつらに一生牢獄の中に閉じ込められていたでしょう」
「ちっ……」
確かに、先ほど感じた力はもうなくなっている。
しかし、まだ納得しておらず、目の前で不気味に笑うドブネズミを憎々し気に睨みつける。
「そも、ワタクシのいうことを聞かずにおひとりでヴィオラ様のもとに向かうとは、ひひっ、なんと無謀なことを」
「我慢できるはずがないだろう! ヴィオラがあそこで俺の助けを待っているというのに……! お前の魔法で彼女をここに連れてこられないのか!?」
「無茶をおっしゃいますな。あなた様をお助けするのに力を使い切りましたので、また力をため込まなくてはなりません。あの時素直にワタクシのお話を聞いてくだされば、またちがったでしょう。ひひっ」
「ちっ、口の減らないネズミだ」
今回の失敗はデルフィスにあるのだと、ねちねちと言ってくるドブネズミに腹を立ててデルフィスは苛立たし気に腕を組んだ。
「まぁ、まさか王子がすぐ隣の部屋にいるとはワタクシも誤算でございました。あそこであれが来なければヴィオラ様を救えたでしょうな。相手は竜族、まぁ、命があるだけでも儲けものといったところです」
「竜? あの怪物がか? あの子供のよむ本に出てくる鱗に覆われ、空を飛び、火を噴くという、あの竜か? 角はあったがそのようにはとても見えないが」
「ひひっ、物語とは事実と空想を詰め込んだ産物。決して妄想ではございません。かつて人間はその竜とともに暮らしていたのですよ。といっても、あの王子は今、妖精の力で姿を変えられ力のほとんどを奪われておりますが、人間をいなすことなど赤子の手をひねるよりも簡単にできる怪物にございます」
デルフィスはじっと考え込む。
今回、城に侵入したことで理解した。自分の力だけでは到底ヴィオラを救い出すことはできず、この不可思議で信用のならないドブネズミの力を借りなければならないということを。
ヴィオラを手に入れるためなら、プライドを捨てることにした。
「おい、お前の策にのってやる。どうすればいい?」
「ひっひっひ、その言葉をお待ちしておりましたよ。あの王子はいくら力がそがれているとはいえ、殺すことは不可能に近いです。さらに、ここには魔法を使う使用人たちが多くおり、今回の一件で、警備は厳重になるでしょう。つまり、今の状況ならヴィオラ様を連れ出すのは至難の業と言えます」
「ならばどうする?」
「この世界に住む者には弱点があるのです。この世界に住まうものがあなた様たちの住む、人間の世界に来たとき、ずっと力が弱くなります。ワタクシが力を貸し、弱体化したところを狙えば、その命には手が届く……」
「回りくどいな。結論を話せ」
「ひひっ、せっかちですな。簡単な話です。ヴィオラ様にご自分であなた様のもとに帰ってきていただくのですよ」
ドブネズミは不気味に笑った。




