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怪物に愛されて、少女は幸せな日々をおくる【完結】  作者: Nadi
怪物の章

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20.あなたに触れるとき

 部屋のベッドで横たわるヴィオラは熱が高くなってきているようで、息をするたび胸が苦しそうに大きく上下する。傍らにいるロージーはヴィオラの汗を服を着た状態からできるだけ拭い、額には砕いた氷を入れた氷嚢をあてる。


 (ヴィオラ様……どうして考えがまわらなかったのかしら。この城で一番長い時間殿下と過ごされるうえで起こりうることをもっと考えておくべきだったのに、あたし、お二人が仲良くなることばかりに浮かれて……)


 ロージーは泣きそうになったが、一番つらい思いをしているのはヴィオラなのだと、ぐっと涙をこらえた。


 (治癒魔法の反動で熱が上がってきている……もっときちんと汗をぬぐってあげたいけれど、ヴィオラ様は身体を見せたがらない。勝手に見てはいけない気がする……)


 また汗が浮き出てきた顔を優しくタオルで拭っていると、ヴィオラが虚ろげに目を開いた。


 「お、かあさま……?」

 「ヴィオラ様!」

 「あ……ロージーさん? ここ?」

 「ヴィオラ様のお部屋ですよ」

 「……お部屋……あ、ペイアー様にもお礼を……」

 「元気になってからでよいのですよ。しばらくは熱がでますので、横になって休みましょう」

 「ありがとうございます……あの、殿下は?」

 「あ……えと……」


 ロージーの言葉が詰まる。

大怪我を負わせたことは事実で、どう弁明すればよいかもわからない。

これで、王子との距離を置かれてしまっても不思議ではない。

王子自身もまた人を傷つけるのなら、と部屋に再び閉じこもってしまうことも想像できてしまった。


 「そ、の……殿下は……」

 「わたし、殿下に謝らないと……」

 「え?」

 「わたしが……よくないことを……」


 自分だけがこんな怪我をしておいて、どうして「謝らないといけない」なんて言葉が出てくるのか、ロージーには理解できなかった。

理解するのがとても恐ろしいことのようにさえ感じる。

ヴィオラがよほど王子を怒らせる酷い言葉を投げかけたのかと考えてはみたが、それはあまりにも現実的ではない。

王子の様子からしても、事故だと考える方が自然だ。


 ヴィオラは熱に侵された身体を起き上がらせ、「謝らないと……謝らないと……」とぶつぶつと呟いている。

それがロージーをとてつもなく不安な気持ちにさせる。


 「ヴィオラ様、あのっ……あ、ペイアーかしら……ヴィオラ様、大丈夫ですから、横になって下さいまし」


 ロージーが言葉をつづけようとしたとき、ヴィオラの部屋の扉がノックされた音が聞こえたので、急いでロージーが訪問者の対応に向かった。

しばらして、がちゃりと扉の開く音がした。


 「ロージー様……?」

 「僕だ。ロージーには二人にしてもらうように、待ってもらっている」

 「あ、で、殿下」


 寝室に入ってきたのは王子だった。

ヴィオラが起き上がろうとするので、王子はヴィオラに寝たままでいるようにと手で示した。

王子はベッドの隣に座り、ヴィオラの顔を見つめる。

ヴィオラはどうして王子が来たのかわからないようで、不安そうな瞳でじっと王子を見つめ返していた。

お互いに話さず、しんと静かな時間が流れる。


 「……あの、殿下……誠に申し訳ございませんでした」

 「なっ、何故お前が謝る!? 何を謝る必要がある!?」

 「わたしが……殿下のご命令をきかなかったから、あの時殿下に顔を見せていれば、よかったのです……もうしわけ、ございません……」


 ヴィオラが謝罪の言葉を口にしたとき、王子は全身が凍り付いたように感じ血液が足の先まで下がるのがわかる。


 (またっ、僕は同じことを繰り返している。以前にもあったのに、僕が悪いのに、相手に謝らせてしまう……僕の権力が……でも、どうしてだ、違和感だ。なんなんだ、この違和感は?)


 頭が冷たくなったことで、考えがよけいにめぐっていく。

ただ、口から言葉が出てこない。

それをどうとらえたのか、ヴィオラは身体を起こして、自らの身体を引きずりベッドからずり落ちた。


 王子はヴィオラの行動を「おい、何をしている!?」と制止しても、王子はヴィオラに触れる勇気ができず、結局ヴィオラは床で震えながら縮こまり頭を床につけている。


 「不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした。許してください」

 「ちがうちがう……やめろ」

 「お願いです。痛いのは……もう」

 「しないっ、そんなことはもう絶対にしない! 頼むから、頼むから謝らないでくれ、謝るのは僕の方だ。痛い思いをさせてしまって……すまなかった。本当にごめん……ごめんなさい……」


 大きな身体の王子が頭を下げ、涙を流している。

想像していなかった光景に、ヴィオラは放心状態になってしまっている。


 「殿下はわたしが命令をきかなかったから、お怒りになって折檻をしたのではないのですか?」

 「そんなわけあるか!……いや、そんなわけない。あんなことで、怒ったりはしない」

 「あんなわがままを言ったのに……怒っていないのですか?」

 「あ、あれがわがまま? わがままになるのか? 別に、恥ずかしがっている顔を見られたくないのは普通だろう?……見ようとする、僕が良くなかったのだ。僕は調子に乗っていたんだ。おま……君といると楽しかった。一緒に過ごすのも、たわいのない話をするのも、楽しくてたまらなかったんだ。だから、忘れてしまっていた、僕は怪物で、君はとても小さな人間だったということを……君は悪くない、僕が馬鹿だった」


 ヴィオラが大きな瞳をぱちぱちとさせる。

まだ完全に王子の言ったことを呑み込めていない様子だ。


 ヴィオラのここまで自分を卑下し、罰せられて当然だと考えてしまう癖は、幼いころより継母と義理の姉にことあるごとに虐待を受けていたためだ。

ただ、それを当り前だと思っているヴィオラは自覚がなく。

それを知らない王子は何故ヴィオラが今回このような態度をとったのかが理解できなかった。


 「わたしが悪い子だったから、そのための折檻ではないのですか?」

 「折檻……って、骨が折れるような折檻があってたまるか、それは拷問だろう……それに君が悪いことなんてなかった」

 「……」

 「こんな僕を赦してほしいだなんて思わない。もう、君には触れないように常に距離をとるようにする。ただ……これは、僕のわがままだが、君さえよければ、また話してくれると……いや、なんでもない。とにかく、これからは……お、おい」


 王子が話しているとヴィオラはふらふらと立ち上がって王子に向かってゆっくりと歩く。

支えてあげたいのだが、先ほどヴィオラの柔い腕を折った感触が手に残っていて、触れることもできず、今急に動けば、その勢いでヴィオラは吹き飛んでしまいそうな気がして動けずにいた。


 ヴィオラが王子の目の前までたどり着き、王子の首に手をまわして、ぎゅっと抱きしめた。


 「わたしも調子に乗っていました。殿下と過ごす時間が楽しくて、本当に今までにないくらい楽しくて……とても、心が安らいだんです。だから……」


 ヴィオラが手をほどき、次にその手は王子の手に重ねる。


 「わたしに触れることを……どうか、怖がらないでください……わたしに触れてください……諦めないでほしいです」


 王子の手はまだ震えている。

だが、ヴィオラが触れているところから、少しずつ熱が移っていくような気がして、血が通っていく。

王子の手が導かれ、ヴィオラの頬にそっと触れた。

ヴィオラは熱にうかされたとろんとした顔で、優しく王子に微笑んだ。


 「殿下の手は、あたたかいですね……」


 王子の心臓がばくばくする。

冷え切っていた体に急激に血が駆け巡っていくのがわかる。


 「ヴィ……あ……」


 ヴィオラの体力が尽きたのか、安心したのか、かくんと頭を王子の手にあずけ、眠りに入ってしまった。

すやすやと眠る彼女をしばらくじっと見入ってしまっていたが、これ以上このままにしてはいけないと我に返った。


 (ど、どうする……そ、そうだロージー!)


 小声でロージーを呼ぶが、その声は届きそうにもない。

これ以上ヴィオラをそのままにするわけにもいかず、細心の注意を払って、ガラス細工触れるように優しくヴィオラの身体を横抱きにし、そっとベッドに寝かせた。


 (で、できた……できたぞ!)


 心の中で拳を振り上げた。

ヴィオラに毛布をかぶせて、そっと氷嚢を額に乗せる。

全てをやり遂げた王子はなるべく音をたてないように、寝室を後にした。

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