19.僕たちの過程
「わぁー! 殿下、ふかふかですね。触ってもいいですか?」
「さわっ!? ふん、ゆ、許してやる」
「ありがとうございます!」
お風呂上がりのさらふわな毛になった王子をみて、ヴィオラが触りたそうに瞳を輝かせた。
ヴィオラのきらきらしたスミレ色の瞳をみると王子は顔をそらしつつも、ヴィオラに撫でられやすくされるために、わざわざ部屋の絨毯に身体を横にした。
ヴィオラは王子の横腹をなでなでして、身体をぼすっとうずめて抱き着いた。
「うふふ、きもちいい、あったかい」
王子はヴィオラに抱き着かれて、自分が許可を出したというのに、何故だか身体がぴきっと固まった。
しかし、振り向いてヴィオラの姿をみると、また心臓のあたりがぎゅっとしてあの『不快』な感覚がしたが、嫌だとは思わなかった。
(ふ、ふん! 明日も風呂に入るか。あの石鹸の泡め、目をつむって下をむけば大したことなかったしな!)
ふふんと得意げな王子が、ほっぺをすりすりしながら両手でなでなでしているヴィオラを見つめているとヴィオラと視線が重なった。
ヴィオラがハッとして、さっと王子から離れた。
次第にヴィオラの雪のように白い顔はりんごのように赤くなり、その赤みが耳まで侵食した。
「あ、あ、すみません、つい気持ちが良くて……」
恥ずかしさで俯いてしまっているヴィオラを見ていると、また王子の胸のあたりがぎゅぎゅっとなる。
(い、いったいこれは何なのだ!?)
ヴィオラが手で顔を覆い隠して、背中を向けてしまった。
王子は何故かそれにむっときて、ヴィオラの目の前に回り込むが、気づいたヴィオラがまた背を向けた。
「あ、あの、今お顔を見せられないので、ちょっと引くまでお待ちください……」
「おい、何故だ? 今見せろ。僕は、今、お前の顔が見たいのだ」
「え、えぇ? だ、だめです」
「おい、僕の命令がきけないのか?」
「き、きけません」
次第に王子はヴィオラの周りをぐるぐる回り始めて、ヴィオラもそれに合わせて背を向けてぐるぐる回る。
それがおかしく感じて、ヴィオラが笑うと同時に顔を隠していた手が離れて、それを隙と見た王子がヴィオラの腕をつかんで顔を見ようとしたのだが、それが良くなかった。
王子は忘れていた。
最近の楽しい日々が続いていて、自分が相手に触れるのには細心の注意が必要だということを。
王子は知らなかった。
人間という生き物は他の種族よりもずっと身体が脆く、その中でも細身の女性であるヴィオラはもっと身体が脆いということを。
ごきり
鈍い音が部屋に響いた。
ヴィオラの顔が苦痛に歪んでいく。
王子が驚いてヴィオラの腕から手を離した時、ヴィオラの前腕が真っ赤に腫れていて、だらんと力なく垂れてしまっているのが見えた。
(僕は……僕はいったい何をしているんだ!!??)
自分を責めている暇などない。
ヴィオラは今も冷や汗を流して、一言も発することなく、苦痛に耐えるためにうずくまっている。
「ロージー! ペイアーを呼んでくれ!」
「殿下何がっ……! ヴィオラ様!? すぐにペイアーを呼びます!」
部屋の外にいたロージーに呼びかけると、すぐに魔法の鳩を使ってペイアーを呼んだ。
ロージーはヴィオラに駆け寄って、ヴィオラの症状を見る。
「骨が折れている。殿下、ヴィオラ様に何があったのですか!?」
「ぼ、僕が……」
王子の手が震えている。
ヴィオラの赤くはれている部分の大きさと王子の手のひらの大きさがちょうど重なることに、ロージーが気づくとつうっと冷や汗が額から流れた。
(なんてこと、なんてこと、なんてこと!? 人間の脆さを理解していなかった! 気を付けておくべきだった! 強くひっぱっられても、あたしたちは多少の怪我で済むけれど、ヴィオラ様は違ったんだ……こんな……なんてこと)
思考が固まっているロージーの肩を、いつも使わない翅で飛んできたのだろう、息を切らしているペイアーが掴んだ。
「彼女を診せて、くそ、折れてんなぁ……」
「ペイアー……彼女は……」
「殿下、そんな泣きそうな顔をしないでください。治りますから。ヴィオラちゃん、治癒魔法をかけるから床に寝そべられる?」
ヴィオラはこくりと頷いて、ゆっくりと床に仰向けになった。
動くたびに痛みが走るのだろう、息が荒く耐えるように「うっ……」と小さく声をもらす。
「まずは骨の様子を診るね」
ペイアーが患部に手を添えてゆっくりと魔力を流し込む。
王子とロージーが心配そうにその様子を見守っている。
「綺麗に折れてる。骨がバラバラになっていたら、もっと大変だったけれど、これなら切開は必要なさそう」
ペイアー再び手を添えて、魔力を流し込むと少しずつヴィオラの苦しそうな表情が緩んでいく。
そしてしばらくの時間治療を続けると、腕はまだ赤みが取れないが、骨が戻ったのか腕に少し力が入ったようで、ヴィオラの指先が動く。
「これでよし……よく頑張ったね、ヴィオラちゃん。数日は治癒魔法の反動で熱が出るけれど、骨は戻ったよ。ロージー、腕の赤みにはこの薬使って、解熱剤は材料をそろえないと……今日の夜には届ける」
「……ヴィオラ様の治療、ありがとう……」
「はは、当り前じゃん。しばらく様子見てあげて、なんかあったらすぐ呼んで。しばらくの食事メニューは料理長に後で伝えておくから」
「わかったわ、さぁ、ヴィオラ様お部屋で休みましょう」
ロージーがヴィオラを横抱きにして抱える。
ヴィオラはまだ、意識がはっきりしないのだろう、汗をかいていて、うっすらと瞳を開けている。身体が熱を持っていて顔がほてり、顔から首まで赤くなっている。
「では、殿下失礼いたします」
ロージーがお辞儀をしてヴィオラを連れて部屋を出て行くまで、王子は固まって動けなかった。
声をかけることができなかった。
その様子を見て、ペイアーが頭を巡らせる。
(さて、どう声をかけようか……あの様子をみるに、ヴィオラちゃんに怪我をさせたのは殿下だ。事故だったのだろうが、放心しちまってるか……こいつは昔から人が怪我するのを見るだけで泣くぐらいだ。しかも今回は自分のせいでヴィオラちゃんが怪我したとあっちゃあ……こりゃあ、ルコウ様やロージーたちのこいつとヴィオラちゃんをくっつけさせる計画はなくなったかなぁ……)
固まって動かない王子にペイアーが近づく。
王子の視線はヴィオラが連れられた後の扉から全く動かない。
ペイアーがあたりを見渡し、誰の気配もないことを確かめてから、王子に向き直る。
「シオン」
「……」
「おいっ、シオン!」
「……あ、ペイアー」
「ふふっ、もうペイアーにいちゃんじゃないのか寂しいなぁ」
「僕……彼女に怪我を……ひどいことを……」
「でも、わざとではなかったんだろ?」
「……いや違う。僕が悪いんだ。頭から抜けていた、僕が……怪物……だってことを……忘れて……」
「そうか……あの子は、お前にそれを忘れさせるくらい。お前のこと……」
おろおろするシオンはついに赤い瞳から大粒の涙を流し始めた。
怪我をさせてしまったことへの申し訳なさと自分の愚かさ、いろんな感情が涙に混ざって流れ落ちていく。
ペイアーは深いため息をつき、シオンの肩を叩こうとしたが、シオンはさっと身を引いた。
また、呪いをかけられたばかりの頃に戻ってしまったようだ。
「シオン……」
「僕は部屋に戻る……二度と出ない。彼女にもそう伝えてくれ」
「ふーん、そうか……まぁ、別にそんな気にすることねぇんじゃねぇの? こんなことで殿下に怒る奴なんていないし。堂々としてればいいじゃん。あんたはこの国の王子なんだし」
「なっ……」
「あはは~、申し訳ございません。ヴィオラちゃんには言っときますね。殿下はもう二度とお会いになる気はないって。ヴィオラちゃんとの最後がこれか~ヴィオラちゃん、頑張ってたのになぁ、はは」
ペイアーはへらへらと笑いながら、部屋の扉のノブに手をかけるが、開こうとする扉をシオンが手で止めた。
「どうしたんですか、殿下?」
「僕が……直接、彼女と話す」
「そうか……いってらっしゃい」
ペイアーがシオンのために扉を開くと、シオンはヴィオラの部屋に向かった。
(僕は大馬鹿者か……また部屋に閉じこもって、考えるのをやめようとして……彼女が僕に向き合ってくれたことをなかったことになんてできない……僕がしたくない!)




