18.嫌じゃない『不快』
ヴィオラは毎日、芸術を愛する日とか動物を愛する日とか、本を愛する日だとか言って王子を部屋から連れ出した。
王子は、部屋に出るまでは文句をつらつら言うのが常だったが、結局絵を描くのに夢中になるし、ペーロと一緒に遊ぶし、読書にはのめりこみ、ヴィオラと過ごす時間を楽しく過ごしていた。
ヴィオラはそんな王子を見ているのは楽しかったし、共に過ごすうちに自分の心が軽くなっていく感覚が不思議とする。
しかし、そんな日々を過ごしていた王子に唐突に危機が訪れていた。
ヴィオラと談話室にいた時に、使用人たちが集まってきて、王子を囲みはじめた。
「いやだいやだ!!」
「いけませんわ、殿下。だってまもなくひと月になりますのよ」
「べ、別に僕は困っていない!」
「いいえ、強がりはよしてくださいまし、毛はごわごわ、身体中かゆくてたまらないのでは?」
「ぐぬぬぬ……でも、風呂は……」
花族の使用人のロージーが王子を責め立てている理由はお風呂だった。
王子はお風呂に入るのが嫌いなようで、使用人に囲まれてじりじりと後ずさりして逃げ道を探している。
王子の傍らにいるヴィオラが王子の顔を覗く。
「殿下はお風呂が嫌いなのですか? お風呂に入ればさっぱりして気持ちがいいですよ。それにあんなに広いお風呂があるのに、入らないなんてもったいないですよ」
「ぐぬ、ぬぬぬ……」
「ヴィオラ様、その調子で説得してくださいまし! 毎回毎回、逃げて暴れて大変なのです」
「お、お前たちが追い回してくるのが悪いのだ……」
「うーん……」
ヴィオラは王子と過ごしてきて、わかったことがある。
彼には何かが嫌だと先に口に出してしまうが、ゆっくり話を聞いてみると何かしら理由がある。こういう時は無理やりではなく、話を聞いてからの方が王子の納得を得られるものだと、ヴィオラは学習した。
「どうしてお風呂の何が嫌いなのですか? 何か理由があるのですか?」
「そ、それは……」
王子が頭を手で隠してもごもごと呟いているので、ヴィオラは王子の顔に近づいて耳を傾けるしぐさをする。
王子の傍にヴィオラがいると、ヴィオラはなんと小さいことかとロージーはふと思った。王子だけではなく、ヴィオラはここの住人と比べると小さく、何より細すぎる。
料理長にヴィオラの体重が増えるようにと頼んだメニューで食事をとってもらっているが、始まったばかりでまだまだ成果は目に見えない。
(これからヴィオラ様には健康になっていただかないと、せっかく殿下ともこんなに仲良くなれたのだもの……ふ、ふふふ、この様子なら、妖精へ直談判する前に呪いが解けてしまうんじゃないかしら!)
ロージーが心の中でほくそ笑んでいると、王子とヴィオラのナイショ話は終わったようだった。
王子と話していたヴィオラが、うーん、と黙り込むと王子が不満そうに焦りだす。
「なっ、何だその顔は!? せっかく僕が話したんだぞ!? どうせ馬鹿にしているんだろう!?」
「あぁ、いいえ、どうしたら(殿下が頭を洗うときに目が染みるのを怖がらなくてすむか)いい方法を考えていて……やはり、ずっと目をつむるしかないですよ」
「鼻にも……はいる」
「下を向きましょう」
「……」
王子のじっと考え込む時間が始まった。
彼の中でヴィオラの提案と折り合いをつけているのだろう。
「なら、一緒にお風呂に入りますか? 身体を洗う間、手を握って差し上げますから」
「はあああああぁ!? 僕が、お前と、風呂に入るだと!?」
「? はい」
「いっ、いい! 僕は一人で入る!! そういうこと気やすく言うな!」
「? はい」
王子はぷりぷりと怒りながら、談話室から出て行ってしまった。
慌ててロージーと他の使用人たちもついて行った。
先ほどの王子とヴィオラのやり取りを聞いていて、ロージーはじわじわと焦りを感じていた。
(これって……これって、どうなの!? 一緒にお風呂に入ることに躊躇のない感じ……も、もしかして、ヴィオラ様が抱く王子に対する感情って、母親が子供に向けるような感情じゃない!?)
ロージーは前をずんずんと歩く王子を、考えを巡らせつつ、じっと見つめる。
(ヴィオラ様は殿下のことを心配してくださっている。それは、ヴィオラ様の優しさからくるもの……でも、それって男女というのは関係ないんじゃ……あぁ、もう、そうよ。きっと殿下が小さい女の子でも、老人でも、きっとヴィオラ様は同じ選択をする……考えなくともわかることじゃない、あたしのバカ!! これはヴィオラ様に殿下を異性として意識していただかないと、今やらないとずっとヴィオラ様からの殿下への評価は『呪いにかかった男の子』どまり! これは、考えを改めないといけないわ……)
風呂場で使用人3人がかりで泡だらけにされていく王子を眺めつつ、ロージーはじっと考えていた。
(まずは、殿下自身がどう思っているか……ちゃんと確認しないと……)
ロージーは一呼吸置き、全身泡だらけになり羊のようになっていく王子の顔を見つめる。
「殿下、単刀直入におたずねしますが、ヴィオラ様のことどう思われます?」
「どっ、どうとはなんだ!?」
(お? ちょっと動揺しているわ)
「そのままですわよ。ここ最近、ずっとヴィオラ様と一緒に過ごされているでしょう? ヴィオラ様をどう、思われているのかなぁと……」
王子の怪物の顔が驚いたり、じっと考え込んだり、いろいろと表情が変わっていく。なんだか、こんな様子の王子を見るのがとても久しぶりに感じて、ロージーは胸の中が詰まるようだった。
「べ、別に、ずっとうるさいだけだ。毎日性懲りもなく僕を部屋の外に連れ出して、いろいろと考えくる」
「そうですわね。ヴィオラ様は毎日殿下のことをお考えですわ」
「そ、それは知らぬ!」
「ふふっ、良いお嬢様ですわよね」
「そ、それも知らぬ……ただ……」
「ただ?」
「あれが笑うと……少し、ここがぎゅっとなる。でも、泣きそうな顔をされても、ぎゅっとなる……不快だ」
王子が「ここ」とさした場所は心臓のあるあたり。
ロージーは王子の心の変化に歓喜の踊りをしたいほどだった。
だが、ここは冷静に、天邪鬼な王子の性格を考えて言葉を選ばなければならない。
「そうですか、不快ならば、少しヴィオラ様との時間を減らされては? 二日に1度……いえ、三日に1度お会いするというのは? ヴィオラ様にあたしから伝えておきますわ」
「なっ!?…………不快とも言ったが、その…………よくわからんが、この不快は不快ではない……だからっ、別に会う回数を減らす必要はない!」
「あらあらあら、さようですか。うふふ」
(そうですわよね! あんな可愛らしいお嬢様が健気に自分のために動いてくださるのですもの、好きにならないわけありませんわよね! よし、自覚はまだのようだけど、殿下の方は問題なさそうだわ)
王子は何故ロージーがにやついているのかわからなかったが、泡をお湯で洗い流すというので、ヴィオラに言われた通り、目をつむって下を向くのに集中した。
湯あみが終わり、ロージーを含めた使用人4人がかりで、全身の毛を乾かしつつ、毛を櫛でとき、長くなった毛は程よく切る。
いつもだったら、不機嫌な顔をするのに、何故だか今日は平気そうだった。
作業の間もロージーは話を進める。
「殿下、城をでて少し行ったところに湖がありますでしょう」
「それがどうした?」
「あそこでもうすぐ湖に浮かぶ珍しい花がたくさん咲くのですよ」
「ふーん……」
「あぁ、美しい花、静かな湖、そこでピクニックなんてできたら、とてもよい思い出になるでしょうねぇ」
「…………」
この天邪鬼の王子の扱いをロージーはよくわかっている。
行けといわれると素直に行かず、行くとしても遠回りをすることになるので、それとなく伝えるのがコツだ。
(昔はとても素直だったのに、まったく手のかかる弟ですわ……)
ロージーから湖の話を聞いた王子が少し得意げな笑みを浮かべていたので、ロージーはしめしめと心の中でほくそ笑んだ。




