16.見守る
ヴィオラと王子の庭園散策を城の窓からそっと見守る人影があった。
ここの城の使用人である花族のロージーと身体が蝋でできた妖精のルコウだ。
ルコウの蝋でできた顔は孫を暖かく見つめる祖父のように優しい表情をしている。
「おぉ、おおぉ、ワシらの勘に狂いはなかったのぉ……あの女性嫌いの殿下が、女性と肩を並べてお散歩を……お、おおぉ……」
「ちょっとルコウ様、蝋の涙が漏れていますよ」
「これが泣かずにいられるかい? 幼いころより、あの秀でた美しさに寄ってきた女どものせいで、殿下は女性というものに嫌悪感を抱いてしまっていた……だが、ヴィオラ様は今の殿下を受け入れようとしてくださっているのだ……まさか、妖精に直談判をすると言い出すとは、それほど殿下のことを考えてくださるとは……おおおぃおぃおぃ」
蝋の涙がより流れ出てしまって、ハンカチで拭っているのだが、もはや収集がつかない。
ロージーはルコウの涙を止めるのは諦めて、窓の下に見える二人に視線を戻す。
ヴィオラと王子が何か話していて、王子の表情がいつもより柔らかなのが見てとれる。
「殿下、いつもより表情が柔らかくなっていますね……でも……」
ヴィオラの方を見る。
ヴィオラは時折表情が明るく、柔らかくなるが、すぐに無表情に近い表情に戻ってしまうのだ。ここに来てから、少しは笑ったり、明るく話したりはするのだが、すぐに何かに引っ張られるように、無表情に戻ってしまう。
「やっぱり、あたしヴィオラ様が心配ですわ……それにいくら結婚がいやだといっても、たった数時間で父親の身代わりになる選択までして……今までどうして暮らしてきたのか、あたしには想像もつきませんの。殿下にも笑顔を取り戻してほしいけれど、ヴィオラ様にも安心して笑ってほしいものですわ……」
「んまー、そうだね、ありゃあ、根深そうだし」
「うわっ!? クソ野郎じゃないの!? いつからここに?」
「えっ、初手がクソ野郎なの!?」
ロージーの隣にいつの間にか蝶の虫族のペイアーが立っていて、ロージーは即座に後ずさりをした。ロージーがペイアーを見る瞳には嫌悪感しかなく、ゴミを見ている目つきだ。
「クソ野郎でしょうが!? よくもヴィオラ様にあんなことをっ……」
「えっ、あっ、しーっ!」
「おい、ペイアー……あれほど手を出すなと言いておいたのに……な、何をしたのだ……? お、おおぉ……まさか、ヴィオラ様が汚されて……お前、取り返しがつかんぞ!」
「ちょ、ルコウ様、さすがにそこまでしてない! してないから!」
「ルコウ様、これは後で処分しておきますから、あたしにお任せくださいね」
「ちょっ、あれだけやっといて、まだオレをぼこすつもり!? あの後だって、何回もぶん殴りに来たくせに! お前のツタをほどくの大変だったんだぞ……じゃなくって、真面目な話をしに来たんだけど! その、ヴィオラちゃんについて! 大事な話!」
「さっさと話しなさいよ。クズ……クソみたいな話だったら、あんたのあそこ引きちぎるから」
ロージーがクズを見る目で、手首から出した茨のツタを鞭のようにぴしゃりとならすと、ペイアーが「はいぃ!」と姿勢を正した。
「ヴィオラちゃんの身体についてだよ…」
「はぁ?」
「だから、鞭をならすのやめてっ!? 違くて…彼女は人間だろ? 外傷は昨日の治癒魔法で治せるってわかったけれど、これからもしあの子が病気になったとき、薬がオレたちと同じように効くかどうかわかんないだろう? だから、今後のためにルコウ様に人間についての資料を手に入れられないか、聞きに来たんだよ」
「ふーん……あんたにしては、真面目な話じゃない。さすがに、腐っても医者か」
「そうだよ! 腐っても医者なの! あの子がここに留まるって決めた以上、できるだけ助けてやりたいと思ったんだよ……」
ペイアーは腕を組んで、つぶやく。
その声色にはいつものおちゃらけた態度は含まれていなかったので、不服そうな顔をしながらもロージーは茨の鞭をしまった。
「確かに……身体は似ているけれど、何が毒になるかわからないものね……食べられないものはもう聞いてあるけれど、薬の範囲はまた違うものね……どうでしょう、ルコウ様?」
「うむ、確か王都の書庫にそれに関する記述がある本が保管されていたと記憶しておる。時間はかかるが、取り寄せよう」
「ありがとうございます、ルコウ様……それから、ロージー、あのさ……」
「なによ? ヴィオラ様が赦そうと、まだあたしは赦してないからね」
「いや、それは、それでいいんだけどさ……マジな話、ヴィオラちゃんの助けになってやってくれないか? その、心の面でさ」
「言われなくともそうするつもりだけど、なに? 何かあったの?」
「……医者の守秘義務、まぁ、察して」
ペイアーが頭を抱えて真面目に言うものだから、ロージーの殺意の熱も少しそがれた。ペイアーの言葉を冷静に考えると、ふと思い当たる点があったので、ロージーの表情が一気に険しくなった。
「治癒魔法でもさ……治せない傷ってのがあるんだよ。どうしようもなく深い外傷とか……同時に心にも深く傷を負ったときにできた外傷とか……前者は経験の長けた医者の技量で何とかなる場合もある、けど、後者は心の問題だ……医者の技術がどうとかいう問題じゃない」
ペイアーが窓の外を眺める。
外に見えるヴィオラと王子は歩き疲れたのか、木陰で寄り添って座り休んでいた。
(傷だらけの者同士だから、気が合うのか……お前たちの関係がこれからどうなるのかオレにはわからないよ……)
ペイアーは肩をすくめて、細く息を吐いた。
「ま、オレから言えるのはここまで、じゃあ、あとは頼んだ。さすがに、オレはヴィオラちゃんに嫌われちゃっただろうし、しばらくは近づかないようにするから」
「しばらくにじゃない。永遠にだ」
「つめたー……」
ペイアーはがっくりと肩を落として、とぼとぼと歩いて行った。
ペイアーの様子を見ていたルコウは、はぁーと深いため息をつく。
「まったく、あいつも不器用だのぅ…」
「えぇ……あいつがですか?」
「ロージーは昔からペイアーに厳しいのぉ……殿下とともにきょうだいのように育ったというのに、こうも仲良くならんとは……」
「あいつの女性関係のしりぬぐいをずっとさせられたせいですわ。まったく、それがなければ、明かりに群がる蛾くらいの可愛げはありますね」
「それは……可愛げはないのではないか……」
ルコウはあきれたため息をつく。
生まれる前からこの3人を見守ってきたルコウにとって、彼らは子供の様な孫のような存在だ。
ただ、ペイアーとロージーの喧嘩だけは幼い時からずっと続くもので、しかも喧嘩の期間が長く、時々ルコウを悩ませてきた。
大人になるまでに二人の喧嘩を何度も見てきたが、二人が全く話さなくなるようにはならないので、そっと見守る方がよいのではと結論付け、今回も口を挟まずに二人の仲が修復されるのを待つことにした。
「にしても、直談判かぁ……と言ってもあの妖精はのぉ……そもそも話を真面目に聞くかどうかも怪しいものじゃ。それに、人前に滅多に姿を現さないからのぉ……」
「なら、妖精界に噂を流したらどうです? 呪いをかけられた王子がついに本当の愛を育み始めた!と、呪いをかけた本人なら気が気でなくなるんじゃないでしょうか? もしかしたら、気になって自分から姿を現すのではありません?」
「うーむ……そうだのぅ、やってみるかのぉ、姿くらいは見せてくれればいいが……それまでお二人のことは頼んだぞ、ロージー」
「はいっ、もちろんですわ! ふふふ、でもこの様子なら、順調に自然とお二人の間に愛が芽生えそうな気がしません? うふふ、お二人の可愛らしい芽をこのロージーがお世話させていただきますわ!」
燃えるロージーの瞳に、少し空振りしてしまわないかと嫌な予感がしたが、ロージーを信じて任せることにした。




