11.孤独の病
温かな色味である赤を基調とした談話室には触り心地のよさそうな絨毯が敷かれ、優しく揺らめく炎を抱く暖炉と身体を沈めればとても気持ちのよさそうな1人掛けのソファが集まる。
ただ、王子には1人掛けのソファでは狭いようで、床に敷かれた絨毯に獅子が身を置くように座る。彼にとって、その体勢の方が楽なのだろう。
ヴィオラも同じく絨毯の上で、王子の隣に座り、抱えていた紙を広げる。紙にはびっしりと文字が小さく書かれていて、しかも文字は紙の両面どちらにも書かれている。
「おい、紙に書きすぎじゃないか? 読みにくいだろう」
「だって、こんないい紙を使わせていただいているのに、もったいないじゃないですか……」
「もったいない? ただの紙だろう?」
「まったく『ただの紙』ではありません、とても質のよい紙です。それに、紙ってすごいんですよ、これがあることで本だって読めますし、勉強だってできますし、スケッチだって……だから、大切に使わないといけません」
「わからん……」
「紙のことはいいですから、殿下について教えてください」
「僕? 呪いのことについてじゃないのか?」
「それももちろんですけど……この呪いがかけられたきっかけって殿下の……その……少しよくない部分のためですよね。でも、本当にそうだったのかなって思いまして……」
「少しよくない部分ってなんだ!?」
「みすぼらしい姿をした妖精を泊めてあげなかったらしいじゃないですか……」
「あんなの浮浪者にしか見えなかったんだ! そんなのを城に入れてみろ!? 城のモノを、そう、僕のモノを盗むかもしれないじゃないか!」
「盗まないかもしれませんし、それなら高価なものがない部屋に入れてあげることは考えなかったのですか?」
「浮浪者にとってこの城で高価じゃないものなんてあるのか? ここのタイル1枚でも宝石に見えるだろう。この城は僕のモノなんだぞ!」
(紙のことは価値がないように言っていたのに、お城のタイルは大事なんだ……)
価値観の違いに困惑しながらも、理解しようとすることまでは拒まないように頭を動かした。
ふと、使用人に聞いた話を思い出す。王子の周りは長年続けている使用人ばかりで、それは、王子が知らない人がいると機嫌が悪くなる、と。
(もしかして……もともと殿下は人一倍神経質で警戒心が強い人なのかも……だから、老婆のふりをした妖精が城に泊まるのを嫌がったんだ。自分の領域には気に入ったものだけをそろえて……部外者が入るのを嫌う)
どこかでこの状況を見た気がした。
幼いころ、子供たちが集まる空き地があった。
特に遊び道具があるわけではなく、ただ一本だけ大きな木が生えていて、秋になると殻のついた実を落とす。
この実は食べることができて、実は小さいが集めて調理すれば子どもたちのいいおやつになった。
しかし、いつからだろうか一人身体の大きい男の子が空き地は自分のモノだと言い出し、とりまきができ、自分のなわばりにしてしまった。
気の弱い子供たちはその男の子に怯えて空き地で遊べなくなってしまった。
(……そうだ、この既視感はあの男の子だ。独り占めをして分け与えることをしない……空き地はあの子のモノではなかったけれど、殿下の場合は権力がついてくるから余計にこじれているような気がする。結局、あの後はどうなったんだっけ……あぁ、そうだ、デルフィスがいじめられていた子たちを束ねて、いじめっ子を逆に追い出したんだっけ……そのあと、あの男の子は……あの男の子は独りぼっちになっていた)
しばらく考え込んでいたヴィオラがゆっくりと口を開く。
「殿下はもし、呪いをかけた妖精がもし本当の美しい姿で一晩泊めてほしいと言ったら、泊めましたか?」
「……嫌だね、なぜ知らない奴を僕の城に泊めなければいけないんだ!?」
「……なるほど、殿下は妖精の言ったように見かけで相手を判断する、というのも多少はあるでしょうが、それよりもずっと他人を受け入れられないというのが問題な気がします」
「どういう意味だ!?」
「誰かとものを分け合うだとか、他人を受け入れるとか……つまり、心が狭い?」
「おい……おい、よくもこの国の王子である僕にそんなことが言えたな……さすがに呆れて怒る気もおきないぞ」
「そう、その王子であるというのが拍車をかけているんですよ! 誰か殿下が間違いを犯した時にとがめてくれる人はいなかったのですか?」
「僕を咎めるだと? この僕を!? だって、僕はこの国の王子だぞ?」
「誰かと喜びを分け合うことも、喧嘩をすれば謝ることも、誰かの話をゆっくりと聞いて一緒に時間を過ごすことも、誰も教えてくれなかったんですか? 誰かが優しくしてくれたら、ありがとうということは……?」
「分け合う? 謝る? 感謝する? あぁ、虫唾が走ることばかり言うな!」
王子は呆れて怒りもわかないと言っていたが次第に新たな怒りが生み出されて、再び声が荒々しくなる。
一方で、ヴィオラは王子が声を荒らげていくほど、とても悲し気に、涙を流してしまいそうなほどつらそうな顔をする。先ほど王子に怒りをぶつけられた時の悲しさとは違う。
「おい、なんでまた泣きそうになっているんだ……僕は、そ、そんな大きな声は出していないぞ……大きくても少しだけだ」
「だって……それは、あまりにも……ひどい……」
「なっ、お前はどれだけ僕のことを馬鹿にするつもりだ!?」
「殿下ではありません……周りの大人たちにです!」
ヴィオラは耐え切れなくなったのか、しずくが大きな瞳からあふれてはぽたぽたと落ちていく。
それを必死に止めようとしているのか、何度も拭って唇をかみしめぐっとこぶしを握る。
「お、おい、そんな泣くなよ……」
「違います! わたしは怒っているのです!」
「はぁ? お前が怒る理由がどこにあったんだ?」
「本当だったら、どれもこれも周りの大人が教えることですよ! なのに……」
今度はヴィオラの方が声を荒げる。
王子は、ヴィオラがこんな風に怒ると思っていなかったらしく、目を丸くしてたじろぐ。
「かといって、誰かに責任を問いたいわけではないのです……わたしにその資格はないですし、きっとそのことに意味はないでしょうから……」
「おい、なんの話だよ……」
王子は困惑してすっかり自分の怒りなど忘れてしまった。
ヴィオラはまだ気持ちが収まらないのか、泣きながら部屋をうろうろ歩き回って、頬は真っ赤になっている。
「おい、もう泣くなよ……なんか、そんなに泣くと、お前は干からびてしまいそうだ」
「ううぅ……すみません、すぐには、止まらなくて……おち…つきます……」
また王子の隣に膝を抱えて座った。
ひっくとしゃくりあげて、涙をぬぐうを繰り返して、目の周りがすっかり赤くなってしまった。
「泣きすぎだぞ」
「ひっく……昔から一度泣くと止まるまで時間がかかってしまって」
「……あまり泣くな…………どうしていいかわからなくなるじゃないか」
ヴィオラが王子の顔を見ると、王子はバツが悪そうに視線をそらした。
そして、何度か口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返して、決心がついたのか視線はヴィオラには戻らないがぼそぼそと話し始めた。
「言っておくが、別に何も教えられなかったわけではない……父上も母上も、ルコウもお前が言っていたようなことは教えてくれた」
「そうなんですか?」
「ただ…………お前みたいなやつにはわからないだろうが、そういうのは、貴族社会じゃ意味ないんだよ……ありがとうと言えば委縮して怯える者もいれば、ごめんなさいと言えば僕に謝らせたことを罰せられた者もいた……」
「……」
ヴィオラの頭に浮かぶ、幼い男の子がどれだけ人と関わろうとしても、それを身分が邪魔をする。そして、いつしか彼を孤独に押しやっていく。
孤独は人の暖かさ以外には治せない深刻な病、一度患ってしまえばどんどん心は蝕まれ、孤独な男の子は自分の心を必死に護ろうと自分だけの殻を創る。
ヴィオラは王子の言葉を聞いた時、ストンと腑に落ちた。
彼の人生は自分が想像できないほど、ずっと痛みの伴ったものなのかもしれない。
空想をすることしかできない自分が歯がゆく感じて、彼の心の痛みを少しでも分けてもらおうと王子の背中にもたれかかって座った。
「おいっ、くっつくな! 離れろ!」
「……あの……」
「なんだよ?」
「話してくれて、ありがとうございます……」
「な、なんなんだよ?」
王子の背で感じる毛並みはお風呂に入っていないのか、ごわごわしていて臭いも相変わらずだったが、肌が触れ合うと暖かみを感じた。
(そういえば、人にこんな風にくっついたの久しぶりかも……人ってこんなに、暖かかったっけ……)
ヴィオラは疲れがたまっていて、いつの間にか瞼を閉じてしまっていた。
ヴィオラの反応がなくなって、王子がゆっくりと振り返ると、動かないヴィオラの頭が見えた。
耳をそばだてると、かすかに寝息が聞こえてきた。
(なっ、こいつ人を寝床代わりにするとは!? 僕のベッドにも勝手に座っていたし、なんてふてぶてしいやつだ!?)
立ち上がろうとするとヴィオラから「ん……」という声が漏れて、王子が固まる。
苛立ってくるが、何故だか動けなくなってしまっていた。
(ぐぬぬぬ……能天気に寝やがおって……)
使用人を呼ぼうかと思ったが、声で起きてしまうし、動けばもちろん起きてしまう。
人生で初めての体験に戸惑い、結局はおとなしく座ってしまっている。
しばらく、動けないでいると、コンコンと扉を叩く音がした。
返事もできないでいたが、扉はゆっくりと部屋の中をうかがうよう少しだけ開き、やがて扉を叩いた人物が中に入ってきた。
「ありゃ、ここで仲良くお昼寝……もう夕暮れ寝ですかい、殿下?」
「ペイアーこの女をどっかにやってくれ」
「あいよ~、ご命令とあらば」
部屋に入ってきたのは、蝶のような触覚が頭に生え、四つの腕に黒い翅をもつ蟲族のペイアーだった。
彼はあきれた様子で肩をすくめ、ヴィオラを起こさないように慎重に抱き上げた。
「かる~この子心配になるくらい軽いっすね」
やっと解放された王子は爪をたててぐっと背中を伸ばした。
「やっと解放された……まったく、僕の背中で寝るとは……」
「殿下、質問いいすか?」
「なんだ?」
「どうして、この子に背中で寝ること許したんすか? 小声でしゃべって、起こさないようにして……別に起こしても構わないいじゃないすか?」
「なんでって…………」
質問された王子は、顔をしかめてうーんと考え込んだ。
しかし、答えは出てこないのか、ずっとしかめた顔は戻らない。
ペイアーはずっと悩む王子を見て「いやあ、その反応でわかりました。じゃ、この子寝かせてきますね」と、王子の返事も待たずに出て行ってしまった。
(なんで自分がそうしたのか、わからない、か……)
腕で横抱きにする少女は何も問題がないかのように、静かに寝息をたてて眠っている。
ただ、それを見つめるペイアーの闇夜のような瞳からは、彼の感情は読み取れない。
「……さて、お話しようか、二人きりでね」
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