1.暗い人生で
あるところに、平和でとても豊かな国があった。
ただ一つ問題だったのは、若く見目麗しい王子が少々思いやりに欠けているという点だった。
ある日のこと、みすぼらしい老婆が城にやってきて、一晩だけ泊めてほしいと願った。
王子はその老婆のみすぼらしい姿に嫌悪し、老婆を追い出すように使用人に命令した。
しかし、みすぼらしい老婆の正体は美しい妖精であった。
「見かけばかりを見て大切なものを見ようとしない愚かな王子よ。その愚かな心をその身に表してやろう」
妖精が言葉を告げると、美しい王子の姿は恐ろしい怪物の姿に変わってしまった。
そして、王子に仕える使用人たちは呪いによりその土地に縛られ、優美な城はおどろおどろしく姿を変えてしまった。
「愚かな王子、そして、それを許してしまった使用人たち、全てに呪いをかけた。王子がその醜さのまま本当の愛を見つけその愛を返されたとき、その呪いは解けるだろう」
妖精は夜の闇に消えてしまった。
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ある国の町に、とある商人の立派な屋敷があった。
しかし、ある時、商人は商売に失敗してしまいすっかり落ちぶれて、屋敷には使用人さえおらず屋敷は今や張りぼてのようになってしまった。
現在、この屋敷に住んでいるのは当主であるナルキ、その後妻のハイドラ、連れ子のマデル、そして、ナルキの前妻の忘れ形見であるヴィオラだけだ。
「それであなた、今度のお話はうまくいきそうですの?」
「あ、あぁ……あの人だったら信じられる。これがうまくいけばまた昔のように、苦労のない生活に戻れるはずさ……」
「はぁー、それと帰ったらヴィオラを早く説得してくださいね! そうすればこんな苦労もしなくて済むのに」
「あ、あぁ……わかっている。あの子も18になったばかりだ。悩む時間が必要なだけだよ。話せば納得してくれるさ……ハイドラ、君を不安にさせてすまない。私が留守の間、マデルとヴィオラを頼んだよ」
ナルキが支度を終えて玄関に向かうと、ヴィオラとハイドラの連れ子である娘のマデルが見送りのために、彼を待っていた。
マデルはまだ商売がうまくいっていたころの贅沢の感覚が抜けておらず、今日も特別な日でもないのに豪華な服を着ている。
一方、ヴィオラはいつも質素な服を着て、破れてもそれを縫ったり、端切れを合わせて繕い、同じ服を着続けていた。
本人に聞いたところ、自分は派手な服は苦手だからと言っていた。
昔はもう少し可愛らしい服を着ていたような気がしていたが、好みが変わったのだろうと、ナルキは思っていた。
「パパ! また王都に行くの? 今度のお土産は王都で流行ってるブレスレットが欲しいなぁ、絶対買ってきて!」
「マデル、今回はそんな余裕はないんだ……」
「まぁ、あなた! マデルとの血が繋がっていないからって、かわいいマデルの頼みは聞けないと言いますの?! おぉ、よしよし、可哀そうなマデル……」
ハイドラがこれ見よがしにマデルを抱き寄せて、頭をなでる。
マデルも目を化粧がとれない程度にこすって「買ってもらえないの? うぇ~ん」と嘘泣きを始めた。
「そ、そんなわけないじゃないか、わかった、わかったよ、ブレスレットだね、買ってこよう」
「きゃー、やったぁ!」
ナルキは、出かけるたびにマデルに待ち構えられ、嘘泣きをされては折れてを何度も繰り返している。
血が繋がっていないマデルをヴィオラと等しく愛そうと考えてはいるものの、いつの間にかすべてのわがままを聞くという構図が出来上がってしまった。
(まったく、マデルとハイドラの贅沢癖には困ったものだ……今は余裕がないというのに……)
父の深いため息をつく姿をみて、ヴィオラがそっと何かを差し出してきた。
きれいな花の刺繍がほどこされた小さな布袋だった。
「お父さま、これを……よい香りのする花で作ったサシェです。この香りは心を落ち着けてくれます。どうかわたしのかわりにお父さまの旅のお供にさせてください」
「おぉ、ヴィオラ……すてきなお守りをありがとう。これで落ち着いて商談ができそうだよ」
父がほっとした表情になると、ヴィオラは控えめに、道の端にあるスミレが咲くように優しく微笑んだ。
ヴィオラは病で亡くなった母親に似ていて美しく、儚くも、内からくるその美しさは日に日に増していく。淡い紫色の髪もスミレ色の美しい瞳も整えてあげられれば、より美しくなるのにと常々思う。
「そうだ、ヴィオラのお土産は何がいい? マデルはブレスレットと言っていたが、ヴィオラも同じものかい?」
「わたしは……」
父の肩越しにハイドラとマデルの悪意ある視線が刺さる。
その視線を向けられると喉を掴まれたような感覚がする。
「わたしは……なにもいりません。お父さまが無事に帰られるのが、一番のお土産です」
「そんなことを言うな。高いものは買ってやれないが、何か言いなさい」
「え……と、それ、では……お花を……」
「花? 王都で売っている、あの大輪のバラかい?」
「違いますっ、小さな……とても小さなお花がいいです。帰り道で、お父さまがきれいだと思った花を一輪摘んできてくださいますか? それを押し花にしたいのです」
「あぁ、お前は押し花をするのも好きだったね。わかったよ。あと、帰ったらデルフィス君とのこと話し合おう」
「お父さま、でもわたし、あの人は嫌です……どうか彼との結婚を断ってくださいませんか? あの人……」
「なにを言う、彼はいい青年じゃないか? それに貴族だし、こちらから断るというのは……とにかく帰ってから話そう」
父がヴィオラの言葉を遮り、優しく微笑んで彼女の頭をなでる。
ヴィオラは不安げでいびつな笑みを返して、父の無事の帰還を祈りながら送り出した。
前妻を病で亡くしてから十数年、ナルキは残されたヴィオラには母が必要かと後妻であるハイドラを迎えたが、その数年後にはうまくいっていた商いはどんどんと下降していき、今となっては王都に行く馬車代も節約しなくてはならないほどにまでなった。
今回商談のために王都に行くにも、一人馬に乗って向かった。
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マデル、ハイドラ、ヴィオラのみとなった屋敷にぴしゃりという乾いた音が響く。
「ねぇ、さっきのなに?! お守りぃ~とか、いい子ぶってさぁ、ほんっとに気持ち悪い!」
「マデルお義姉さま……お父さまは不眠に悩まれているから、だからせめてと思って……」
「うるさいっ! だいたい、なんであんたばっかりなわけ?! デルフィスさまの求婚だってなんでマデルじゃなくて、陰気で醜いあんたが受けるわけ?! 意味わかんない」
怒り狂うマデルに再び思い切り頬をぶたれて、ヴィオラはよろめき一歩下がる。
怒りで振り乱れた髪をハイドラが手櫛で優しくなでてやっている。
「まぁまぁ、落ち着きなさい、せっかくかわいいお顔で産んであげたのに、台無しになってしまうわ。それにこれを折檻するときに顔は止めるようにといつも言っているでしょう?」
「でもママぁ~こいつ本当にむかつくの! マデルのデルフィスさまを奪っておいて『あたしはキョーミありません』みたいな態度するのよ! こんなのあんまりよ! マデル悲しい! うぇ~ん」
「そうねぇ、ママも本当ならデルフィスさまにはあなたがふさわしいとは思うわ。どうして、こんなぼろ雑巾みたいなのを……でも、それも少しの辛抱よ。彼とこれが結婚すれば結納金がたくさんもらえるの。それに、親族の方がお会いできる機会も増えるものよ。そうすれば、彼だってあなたの魅力に気づくわ」
「ぐすん……マデルはデルフィスさまと結婚がしたいんだも~ん」
「おぉ、好きな人と結ばれないなんて、なんて可哀そうなの」
ヴィオラのことなどほったらかしで、母と娘と二人だけの劇が始まってしまった。
いつものことなので、ヴィオラは表情を変えることなくただ、これ以上何も起こらないでほしいと祈りながら静かに黙って立っていた。
「なに突っ立ているのさ! さっさと家事をおし! どんくさい子だね」
「はい、申し訳ございません……」
これがヴィオラにとっての日常だ。
父が仕事でいなくるときは継母とその娘がここの屋敷の主となる。
ヴィオラは屋敷の雑事をすべて押し付けられ、時間が少しでも空けば、お金を稼ぐために町の花屋に働きに出る。安らげる時間は眠る前のほんの少しの間だけ。
だから、いつも父が出かけるときは早く帰ってきますように、と何度も何度も願ってしまう。
(お父さまがいないとすぐこうなってしまう……早く帰ってきてほしい……家にいたくない……買い物に行こう)
(今日はどうかデルフィスと出会いませんように……)
頬の怪我を他人に見られないようにスカーフを頭にかぶり、町に買い物に出かけた。
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この町は大きくはないが、王都から近いため物流が多く、店で売られている食べ物はなかなかに種類が多い。色とりどりの果物やとれたての野菜、新鮮な卵が店に並ぶ。
「おばさま、おはようございます」
「あら、ヴィオラちゃんいらっしゃい、今日もお買い物かい?」
「はい、今日はこれと……これ、あとこれもください」
「まったく、あの奥様ときたら、買い物のひとつもせず、ぜーんぶヴィオラちゃんに押し付けるだなんて」
「……お掃除もお料理も嫌いではないですよ。そのときは一人になれますし……」
「ヴィオラちゃん……はいこれ!」
「ありがとうございます、え? これ頼んだ分よりずいぶん多いですよ」
「いいの、いいの! この前、家のバカ息子がヴィオラちゃんに勉強を教えてもらったから、学び舎の試験でいい点数もらってきたんだよ。そのお礼さ」
「ラック君いい点数とれたんですね、よかった。ラック君、とても頑張っていましたから」
「そうかねぇ? 最近ませてきてしょうもないことを言ってばかりよぉ。ほんっと将来デルフィス様くらいにしっかりしてほしいものだわぁ。そうよ、ヴィオラちゃん、デルフィス様とはどうなのさ?」
「彼とは何もありませんから……おまけしてくださってありがとうございました。さようなら、おばさま」
「あら、そう? さようなら、ヴィオラちゃん」
ヴィオラが頭を下げて、買ったものが入った袋を抱えて足早に屋敷へと向かった。
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屋敷に早く帰らなければならないが、屋敷が近づくにつれ、足取りは重くなっていく。
(わたしは嫌、あんな人との結婚なんて……でも、お父さまはお金に困っている。わたしが嫁げばきっとたくさんのお金がもらえる……でもだからって……)
裏路地で考え事を巡らせながら歩いていると、突然身体が引っ張られた。
背中が壁にぶつかってじんと痛む。
無理やりヴィオラを引っ張ったのは、この町で一番会いたくない人物のデルフィス・アンスリウムだった。両腕で左右を囲いヴィオラの退路を防いでしまっている。
彼は町の人々には憧れの存在として見られ、整った顔立ちと漂う色香、狩で鍛えられた肉体は、町娘たちのため息のたねとなるのだ。
しかし、ヴィオラにとっては天敵に等しい。しかも、最悪の。
「やあ、俺の愛しい婚約者、屋敷にいないというからどこに行ったのだろうかと心配していたんだよ」
「デルフィス……どいて」
「ん? どうしたんだい? そんなカオをして、この麗しい俺に会えてうれしいだろう?」
「最悪の気分……いいかげんわたしに付きまとうのはやめて。あなたと結婚したい人なんてたくさんいるでしょう?」
ヴィオラが嫌悪しているというのを精一杯込めて睨みつけるが、デルフィスは余裕の表情でにやりと笑っている。
「そう! 俺と結婚したい女はたくさんいる。だが、俺が選んだのは君だよ、ヴィオラ。逆に尋ねよう、俺の一体何が不満なんだ? 俺は優しいし、頼もしい、それに色気だってある。完璧じゃないか?」
名前を呼ばれると鳥肌が立つ。
自分に酔っている姿を至近距離で見せつけられると、吐き気までこみ上げてきそうだ。
「不満しかないわ、昔からわたしにばかり嫌がらせをしていたくせに! 幼い時に、わたしが可愛がっていたウサギに酷いことをしたり、お母さまの形見を川に投げ捨てようとしたり、お父さまからもらった大切なぬいぐるみを引き裂いて虫の死骸をいれたり……生きるためじゃなくて、面白半分で、狩をするのも理解できない……周りにはいい顔をしてなんでわたしにだけなの?……もう、本当に嫌……大嫌いよ」
涙でヴィオラのスミレ色の瞳が濡れ、声が震える。
まだ口に出したこと以上に嫌な思いを今までされてきて、嫌な記憶で頭がいっぱいになる。
涙をこらえた潤んだ目でデルフィスを再度睨みつけるが、デルフィスは恍惚とした表情でヴィオラのことを見下ろしていて、血の気が一気に引いた。
「そうだな、確かに嫌なコトをいっぱい君にしてきたな……でも、可愛いヴィオラがいけないんだ。ヴィオラのスミレ色の瞳が一番美しくなるのは、その瞳に涙がたまっている時なんだぁ……それがどうしても何度も何度も見たくなる。今もとても美しい」
嫌悪感と絶望で息が止まりそうだった。
そんな身勝手な理由で今まで嫌がらせをされ続けてきたのかという絶望がヴィオラの足を掴む。
「綺麗で、可愛いなぁ……大丈夫、これからはちゃんと大切に、たくさん愛してあげるから。金はある、なんでも言って、全部俺が叶えてあげるよ。俺のモノになれば、ね」
「いやっ!」
デルフィスの手が頬を伝い唇に触れてきたのを力の限り払いのけて、急いで路地を駆ける。
「逃げられないよ! 俺たちの結婚式の日取りはもう決まったんだ!」
恐怖で振り返ることができない。彼のあざ笑う声が頭の中で響くようだ。
ただひたすら足を動かして、あの怪物から遠ざかりたかった。
肩で息をしながらやっとの思いで屋敷に戻ると、継母に呼び止められた。
先ほどデルフィスが言っていた彼との結婚式の日取りをもう決まったこととして、当り前のように告げられた。
反論すると怒鳴られ、腹を蹴られ、また家事をするように言いつけられる。
ヴィオラは、厨房に入ると倒れこんで声を殺して一人で泣いた。
「う、う、ううぅ……いや。もう、いや……味方なんていない。誰も助けてなんてくれない、お父さまでさえ……う、うぅ……どうしたら、どうしたらいいの……?」
「お母さま……」
疲れと絶望で意識をなくし、少しだけ夢を見た。
優しい母に抱きしめられる夢、傍には大好きだった時の父もいる。
穏やかで懐かしい、もう二度と戻ることのない日々だ。
お読みくださり、ありがとうございます。
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