第7章 公開
発表会の会場は、帝都中心部の国際フォーラムだった。
広いホールの入口には取材クルーと一般聴衆が詰めかけており、
金属探知機を抜ける列が、外の歩道まで続いていた。
会場内には、ライトの熱とカメラの光が充満している。
壇上には演台が三つ並び、その中央に鷹取の姿があった。
白いネクタイ、完璧な笑顔。
どの角度から撮っても“正しい政治家”の構図になるように設計されたかのようだ。
守谷は少し離れた席に座っていた。
報道陣のざわめきが波のように寄せては返す。
壇上にはタイトルの垂れ幕が掲げられていた。
《移民政策の未来——悲劇を無駄にしないために》。
その言葉を見た瞬間、喉の奥が締まった。
司会がマイクを握る。
「それでは、与党有志による政策発表会を始めます」
拍手が起きた。
鷹取がゆっくりと立ち上がり、マイクの前に立つ。
「この一週間、我々は多くの悲しみと向き合ってきました。
そして、学ばねばならないことがあります」
声のトーンは完璧だった。
一語一語が抑揚を持ち、聴衆の間を滑るように届く。
「移民は、この国の未来を支える仲間です。
彼らを守ることは、我々自身を守ることに等しい」
拍手が起きる。
守谷は、鷹取の口調にわずかな“訓練の跡”を感じた。
あの言葉を、どこかで何度も練習している。
完璧な“響き”だけが残る言葉。
だが、その中身は空洞だった。
隣の席の白鳥が小さく囁いた。
「先生……落ち着いてください」
「落ち着いている」
「顔が……怖いです」
壇上のスクリーンに、火災現場の映像が映し出された。
燃える工場。煙。
泣き崩れる通訳の女性。
その上に大きくテロップが重なる。
《悲劇を、未来の希望へ》。
観客の誰もが息を呑んだ。
鷹取がゆっくりと続ける。
「これは、私たちが変わるための“象徴”です。
人の命を無駄にしない改革を、ここから始めましょう」
守谷は指先を握りしめた。
スクリーンに映っている“象徴”は、誰かの死だった。
その死を“希望”と呼ぶ声に、場内が拍手で応える。
——死は、最も速い説得である。
心の奥で、言葉が蘇る。
その説得は、いま現実となっていた。
ただし、それを操っているのは自分ではない。
自分が起こした風を、別の誰かが支配している。
司会がマイクを取った。
「続いて、守谷議員にご発言をいただきます」
場内の照明が彼を照らした。
鷹取が振り返り、作り笑いを向ける。
「どうぞ、率直なお考えを」
守谷はゆっくりと立ち上がった。
壇上に歩き、マイクの前に立つ。
カメラの赤いランプが一斉に光る。
空気が一瞬、張り詰めた。
「……私は」
声が少し震えた。
会場の誰もが耳を傾けている。
「私は、あの火災の原因をまだ知らない。
けれど、一つだけ確かなことがある」
守谷は間を置いた。
「人は、誰かの死を“語る”ことで自分を慰めている」
ざわめきが起きた。
鷹取の笑顔がわずかに凍る。
「“悲劇を無駄にしない”。
美しい言葉です。
でも、その言葉を口にするたび、誰かが次の悲劇を許す。
私は、そういう言葉をもう信じない」
沈黙が落ちた。
ライトの下で、守谷の表情が硬い影を作る。
「私は、この国のために“安全”という幻想を守るより、
現実の“危険”を見せ続けたい」
記者たちが一斉にシャッターを切る。
フラッシュが閃光の雨となって降り注いだ。
鷹取が慌ててマイクを取る。
「守谷議員、それは誤解を招く——」
「
誤解でいい」
守谷は言葉を遮った。
「誰もが理解し合える時代なんて、最初からなかった」
会場がざわめき、司会がマイクを握りしめる。
「そ、そろそろ時間が——」
守谷はそれを無視して、最後に言った。
「あなたたちが信じている“平和”は、
いつだって、誰かの沈黙の上にある」
その言葉を残し、壇上を降りた。
背後でフラッシュが続き、誰かが呼び止める声がした。
だが、守谷は振り返らなかった。
外に出ると、雨が降っていた。
冷たい雨が頬を打つ。
記者たちの声が遠くで響くが、もう意味を持たない。
白鳥が傘を差し出した。
「先生……」
守谷は傘を受け取らず、雨の中を歩いた。
——世論は変わらない。
——人の心は一瞬で変えられる。
その言葉が、雨音の中で反響していた。
思想はもはや“本”ではなく、“現象”として動いている。
風は炎をまとい、街へと広がっていく。
その炎の中で、
守谷は初めて、自分の作った“現実”の姿を見た。




