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灰の群衆  作者: 高槻清貴
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第1章 火種(後半)

郊外へ向かう車内は、ほとんど無音だった。


白鳥が助手席でタブレットを開き、現場周辺の地図を拡大する。

画面の端に、黄色いテロップが流れていた。


《帝都北区で暴行事件、外国人労働者関与か》

《SNSで拡散、現場混乱》


運転席の若い運転手がちらりとバックミラーを覗く。


「先生、報道入ってますね。テレビの方がもう現場に——」


「構わない。見ておきたい」


 守谷の声は低く、乾いていた。


現場は、郊外の簡易宿舎だった。

コンビニの裏手、細い路地の突き当たりにプレハブがいくつか並んでいる。

パトカーの回転灯が雨の舗装に反射して、赤い光を跳ね返していた。


囲いの外には報道カメラと市民が入り混じっている。

通訳を介した警官の声、怒号、すすり泣き。


白鳥が警察関係者に声をかけ、守谷は少し離れて様子を見た。


担架が出てくる。

シートで覆われた身体の下に、靴の先が見えた。

守谷はその靴の色を覚えていた。

地元での演説会にいつも来てくれていた支援者の、あの作業靴と同じ色だった。


視界の奥で、誰かが泣き崩れる。

白鳥が戻ってくる。


「被害者は地元の配送業者の男性、

 犯人は隣の宿舎にいた技能実習生のようです」


「理由は?」


「詳細不明です。警察の発表では口論……」


言葉が続かない。

守谷はゆっくりと周囲を見渡した。

見物人の中に、スマートフォンを掲げる若者がいる。

彼の指が、震える映像を“ライブ”にして世界へ流している。


夜風が頬を撫でた。焦げたような匂いがまた鼻を掠める。

守谷は一歩後ろに下がり、空を見上げた。

雲の向こうで、うっすらと月が滲んでいた。

まるで血を薄めたような、濁った光。


——この国は、もうどこかで壊れている。


その夜、帰宅した守谷は、リビングの明かりもつけずにテレビをつけた。

画面には、夕方の議会での自分の演説が映っていた。

テロップの上には、


《守谷議員 “移民危険論”発言で物議》


とある。


隣の画面には鷹取が微笑んで座っていた。


「人は、偏見よりも希望で動くんです。

 数字や不安だけでは人の心は動かせません」


軽い拍手が響く。


司会者が「素晴らしいコメントですね」と頷いた。


白鳥がそっと部屋の戸を開けた。


「……失礼します。今日の件、報道対応をどうされますか」


守谷は答えなかった。


リモコンを握ったまま、画面の端に流れるテロップを見ていた。


《実習生、取り押さえられるも動機不明》

《現場では「差別的な挑発もあった」との声》


誰がそう言ったのかもわからない“声”が、あっという間に真実のように並んでいく。


守谷は、喉の奥が乾くのを感じた。


「……私の発言が、火をつけたとでも言いたいのか」


 独り言のように呟く。

 白鳥はわずかに顔を伏せた。


「明日の朝刊、先生の名前が見出しに載ると思います」


「“差別発言”としてか?」


「……ええ」


テレビの音を消した。

無音の画面に、キャスターの口だけが動く。

守谷はソファに沈み込み、窓の外を見た。街の灯が雨ににじんで揺れている。


胸の奥で何かが軋んだ。怒りとも、諦めとも違う。

ただ、ひとつの感覚だけがはっきりとあった。


——誰も、事実を見ようとしない。


その瞬間、雨脚が強まった。窓を叩く音が、遠い拍手のように聞こえた。

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