第10章 報道と判断
暴動が収まって三日後、
帝都の空はようやく晴れた。
焼け焦げたビルの屋根が白く光り、
道路にはまだ、焦げたタイヤの跡が残っている。
だが、ニュースの中ではすでに“終息”が宣言されていた。
《帝都暴動 死者三十五名》
《沈静化進む市街地》
《政府、緊急対策本部を解散へ》。
テレビ局は同じ映像を繰り返し流した。
煙の跡、瓦礫の前で花を供える人々。
アナウンサーは感情を込めた声で語る。
「この悲劇を、決して繰り返してはなりません」
スタジオのセットは淡い青で統一され、
背後のスクリーンには《希望の再生へ》の文字。
明るい音楽が流れ、
コメンテーターが笑顔で頷いていた。
「社会の分断を乗り越えるためには、まず“対話”が必要です」
「ネット上の過激な発信を抑制しなければ」
「秩序を守る法整備が急務ですね」
言葉の一つ一つが、整然としていた。
誰もが“正しい”ことを言っている。
だが、その正しさはどこか無臭だった。
画面の右上に、鷹取の顔が現れた。
与党広報会見の中継。
背後の壁には国旗と、白い文字で《未来へ向けた再生》の横断幕。
「我々は、今回の事件を深く受け止めています。
この国の秩序と安全を守るために、
“社会安定基本法”を緊急に制定いたします」
記者が質問した。
「“灰色の群衆”現象をどう捉えていますか?」
鷹取は一瞬だけ間を置き、
穏やかに笑った。
「彼らは、誤った思想に導かれた迷子です。
しかし、迷子を責めるのではなく、
導く仕組みを作るのが我々政治の責任です」
会場の記者たちは頷いた。
だが、その中にひとり、
若い女性記者が立ち上がった。
「守谷議員の発言は、“誤った思想”だったのでしょうか?
彼の提起した“制度の不均衡”は、
今回の暴動以前から存在していました」
鷹取の笑みが一瞬だけ固まった。
「……彼の主張は過激でした。
しかし、問題提起そのものは無視できません。
だからこそ、政府として新しい監視と支援の枠組みを整えます。
――再発を防ぐために」
“監視と支援”。
それは美しい言葉に包まれた、新しい統制の始まりだった。
ニュースでは、
与党が暴動を口実に“情報秩序法”を提出したと報じられた。
ネット上の過激思想を摘発し、
匿名投稿や動画拡散を制限する。
同時に、政府が運営する“公認報道チャンネル”を開設するという。
その法案の略称は“灰法”。
皮肉にも、守谷が遺した“灰”という文字が冠された。
報道番組の最後、
キャスターが穏やかな笑顔で締めくくった。
「悲しみの後に、私たちは新しい秩序を手に入れます。
人の命を守るために――」
その言葉に、どれほどの人が違和感を覚えただろう。
街のテレビにはどの局も同じトーンで同じ結論を流していた。
意見は統一され、映像は穏やかだった。
だが、その穏やかさの裏で、
いくつもの声が消えていった。
匿名のアカウントが凍結され、
市民団体の会合が中止になり、
大学では特定の講義が削除された。
——沈黙は再び秩序の名を得た。
夕方、白鳥はテレビを消した。
暗い部屋の中に、わずかな夕陽が差し込む。
彼女の机の上には、古い原稿用紙。
そこには静かな文字で書かれていた。
《あの人は、間違っていた。
けれど、間違いはいつも、
“何かを見ようとした”者から始まる。》
彼女はペンを置き、
机の端にある写真立てを見た。
守谷と写る一枚。
その顔はもう、過去の中に沈んでいる。
白鳥は小さく息を吐いた。
窓の外では、風がビルの谷間を通り抜けていた。
その風の音は、かつて誰かが言った“方法”の残響のようだった。




