第9話 騎士として
悠真が兵士の詰所へ出頭すると、そこに待っていたのは、あの女騎士だった。
彼女はエレオノーラと名乗り、このグランツの騎士団長を務めているという。
「お前が、噂の男か」
エレオノーラは、値踏みするように悠真の全身を見た。
「監督役からの報告はこうだ。『どれだけ働かせても、息一つ乱さない。まるで疲れを知らないようだ』と。……試させてもらうぞ」
悠真が連れていかれたのは、騎士団の訓練場だった。
そこで悠真が命じられたのは、一人の騎士が身に着ける、全身を覆う鋼の鎧を装着することだった。
「う……おもっ……!」
着せられた瞬間、全身に鉛がのしかかったような重圧が襲う。立っているだけで精一杯だ。
「まずはそれを着て、訓練場を十周走れ」
「じゅっしゅう!?」
正気の沙汰ではない。だが、逆らうことは許されなかった。
悠真は、ぎこちない足取りで走り始める。最初は一歩進むのもやっとだったが、体力無尽蔵の権能が、その重さをすぐに過去のものにした。
一周、二周……。他の騎士たちが息をのんで見守る中、悠真のペースは少しも落ちない。
十周を走り終えた時も、悠真は息一つ乱していなかった。
「……面白い」
エレオノーラは、初めて口元に笑みを浮かべた。
「今日からお前は労役を解き、騎士団預かりとする。私の直属の部隊に入れ」
そして、月日は流れた。
剣の才能こそ凡人だったが、悠真の無尽蔵の体力は、騎士として唯一無二の強みとなった。
どれだけ重い鎧を着ていても、何時間でも戦い続けられる。その特異な能力は、特に防御戦闘において絶大な効果を発揮した。
悠真が盾を構えて最前線に立つだけで、そこは決して破られることのない鉄壁の拠点となった。
ある時、街の近郊にゴブリンの大群が現れた。
エレオノーラ率いる騎士団が出撃したが、敵の数は予想を遥かに上回っていた。次々と仲間が傷つき、誰もが絶望しかけたその時、悠真は一人、最前線に立ち続けた。
何十匹ものゴブリンの猛攻を、たった一人で受け止め、決して後ろに通さない。その姿は、仲間たちの心を奮い立たせた。
その戦いをきっかけに、悠真は『グランツの不落壁』と呼ばれるようになった。
その功績が認められ、悠真は領主の間に呼び出された。
「見事な働きであった、ユウマ。望む褒美を取らせよう」
玉座に座る領主の言葉に、悠真は迷わず膝をついた。
「でしたら、一つだけお願いがございます」
「申してみよ」
「僕の故郷、セドナ村の納税の免除を。彼らは、決して豊かではありません。どうか、お慈悲を」
領主はしばし黙り込んでいたが、やがて大きく頷いた。
「……よかろう。お前の功績に免じ、セドナ村の過去の滞納分、そして今後十年の一切の税を免除する」
その知らせを持って、悠真は騎士の任を一時解かれ、セドナ村へと帰還した。
村の入り口で悠真の姿を見つけた子供たちが、歓声を上げて駆け寄ってくる。
エルナは涙を流して悠真の手を握り、リリアは、ただ黙って、花が咲くような笑顔で悠真を見つめていた。
「ありがとう、悠真!」
「あんたは、この村の英雄だ!」
村中からの感謝の言葉が、温かい光となって悠真の胸に降り注ぐ。
これで『ありがとう』は、合計で五百を超えただろうか。
その夜、悠真は権能を使い、日本の自室へと戻った。
リビングへ行くと、父の修一と母の恵子が、静かにテレビを見ていた。
「ただいま」
「……おかえり」
修一は短くそう言うと、悠真の肩に手を置いた。その無言の労りが、何より嬉しかった。
(俺は、騎士になったんだ)
引きこもっていた四年間とは違う。今の自分には、守るべき場所と、待っていてくれる人がいる。
悠真は、二つの世界に、確かに自分の居場所を見つけたのだ。
彼の本当の人生は、まだ始まったばかりだった。
(今なら、現実世界で働きに出るのも悪くないな。それとも勉強しなおすか?)
『ニート学生のやり直し ~異世界でちょっと修行してくる~』
【完】
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




