マリ姐と遥の場合 - 大人組アフタヌーンティーと小さなざわめき
ツアーから二週間。
ようやく訪れた休息の午後、マリ姐と遥は有名ホテル高層階のラウンジ、その窓際のソファ席に深く腰を下ろしていた。
大きな窓の外には、遠くまで広がる都会の街並み。
テーブルの上には三段のスタンドが置かれ、下段には小ぶりのサンドイッチ、中段にはスコーンとクロテッドクリーム、上段には色とりどりのケーキが並んでいる。
奥ではピアニストが生演奏をしており、柔らかな旋律が空気を満たしていた。
「……はぁ。やっと落ち着いたわ」
カップを手に、マリ姐が大きく息を吐く。
遥は微笑みながら紅茶を一口。
「ふふ。静かな時間って、本当に久しぶりね」
「移動に警備に会場の調整、光の自由さに、雪ちゃんと詩音さんのバチバチ!もう!胃が爆発するかと思ったわよ!」
「ほんと、お疲れさま。普通の人なら途中で倒れてたと思う」
「そういえば、あなたが最初に捕まったんだったわよね」
「ええ。最初は配信の採譜をちょっと手伝っただけのはずだったのに……。あんな子、見たことなかった。気づいたら思いっきり巻き込まれて真ん中にいた」
「ふふ、私も同じ。ちょっと助けるつもりが、気づいたら胃薬抱えて横で走ってた」
二人は顔を見合わせて、苦笑を漏らした。
遥が言う。
「でも、才能と若さと勢いって、ほんとまぶしいわよね」
「ええ。見てるだけで元気をもらえるくらい」
マリ姐は窓の外を眺めながら、少し声を落とす。
「詩音さん怖いのよねーーー。資金も判断も一切迷わない。しかも当たり前のように人の上に立って、指示を出して場を回す。どうやったらあの歳であんな胆力に育つのかしら...。東雲家、ほんと怖い」
遥はスコーンにクリームをのせながら、柔らかく笑った。
「たしかに、そしてその迷いのなさが強烈な推進力になっているのよね。」
ちょうどその時、ピアノの音が変わった。
耳に覚えのある旋律が響く。
「……あ。光の曲、弾いてるわ」
「ほんとだ」
二人は顔を見合わせ、思わず笑った。
遥が口を開く。
「ねえ、実は雪ちゃんって……光にとって一番大事よね」
「ええ。あの子が隣にいるから、光は自信を持ってまっすぐでいられるし、世界の価値観ともギリギリで繋がっていられる。」
マリ姐はふっと笑い、カップを掲げた。
「光も詩音さんも雪ちゃんもすごい。でも――私たちがいなきゃ、この成功はなかったわよね」
遥もカップを掲げ、軽くぶつける。
「ふふ、間違いないわ」
そこでふと、マリ姐が言う。
「そういえば、雪ちゃんや詩音さんを、こっそり電話でフォローして、悩みとか聞いてくれてたとか?」
「そんな大したことはしてないわよ。二人ともしっかりしてるから、ほんとに話を聞いてあげてたくらい。」
「それでもありがとね。」
遥が小さくウィンクをしながら言う。
「若い子が頑張ってるんだから少しくらい助けてあげなきゃってね。私はいつも遠くで楽譜を書いてるくらいだから、なにか力になりたかったの。」
遥が小さく笑って言う。
「まぁ、なんにしろ……本当にお疲れさまでした」
マリ姐も穏やかに頷いた。
「ええ。お疲れさま」
窓の外に広がる街を見下ろしながら、二人の胸には疲労と同じくらいの、確かな誇りが宿っていた。
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◆エピローグ
しかし、その頃。
世界の頂点に立つ“歌姫”のひとりが、モニター越しに光のツアーファイナルの映像を繰り返し再生していた。
ピアノの音が途切れ、マイク一本で客席に降りてアカペラで観客と笑い合いながら歌う――常識外れの男の姿。
彼女は頬杖をつき、何度もその瞬間を見返しては、かすかに笑みを浮かべる。
「……ずいぶん面白い子ね」
その呟きとともに、既に次の嵐は動き始めていた。
もちろん、マリ姐と遥がそれを知る由もない。




