表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

91/154

ツアーファイナル - 中編 - 信頼で奏でる奇跡

♦︎夢のような


 中央ステージから伸びる東の花道。

 光がその上を、アカペラのままゆっくりと進む。

 照明が追いかけ、背後に長い影が伸びた。

 観客がざわめき、悲鳴のような歓声が渦を巻く。


 五千の視線が、花道を進むたったひとりの青年に集中する。


 近い。

 たった数メートル先に“光”がいる。

 それだけで、空気が震えた。


 花道沿いの観客は半ば発狂状態だった。

 泣きながら名前を呼ぶ人、手を伸ばして震える人、スマホを構えて涙をこぼす人――。

 誰もが「夢じゃない」と確かめるように、しかし同時に「夢のようだ」と思いながら見つめていた。


 光は歌いながら、きちんと届いているかを確かめるように、ひとりひとりに視線を向ける。

 彼が歩くたび、スマホライトが反射してきらめく。

 まるで彼が歩く軌跡を描くように、花道の左右が輝く道になっていく。



♦︎ 同じ高さに


 光が花道の終端まで来た。

 リハのとき、光が“どこまで行けるか”確かめていた場所。

 視界の端に見えたのは “スタッフ用の階段” ――花道から外周の通路、観客のすぐ横へ降りる階段。


 光は一瞬だけ立ち止まり、客席を見渡し、

 ほんの少しだけ笑って、小さく呟いた。


「……行っちゃおっか」


 一歩、降りた。

 観客の息が止まる。

 次の瞬間、爆発的な歓声。


「ヒカリィーーー!!!」「うそでしょ!?」「近い! 近い!!」


 たとえ女性アーティストですら、普通は警備なしで客席には降りない。

 それを――男性である彼が笑ってやってのけた。



♦︎ 信頼の構図

 チーム光は、誰も驚かなかった。

 全員、“なにかを起こす”ことを予感していたのだ。


 詩音がインカムに手を添え、冷静に指示を出す。

 「警備、追従。制止は不要」


 マリ姐が続ける。

 「カメラ、光をロストしないで! 雪、行って!」


 その声より早く、雪はすでに動いていた。

 ビデオカメラを抱え、ステージを降りる。

 光のすぐ背後――三歩後ろ。

 何かあってもすぐに届く距離。

(……何があっても、この背中を守る)



♦︎ 外周を歩く歌

 そのまま光はゆっくりと、アリーナと2階席の間にある外周を歩く。


 手を振り、笑い、観客と視線を交わす。

「近く来たよ〜!」「「「きゃあああああ!!!」」」

 照明が追い、カメラがその背を捉える。

 観客の顔が近い。息づかいが聞こえるほどだ。


「ありがとう……ここまで来てくれて」

 歌の合間に小さく呟く。

 その一言で前列の女性が泣き崩れ、周囲も次々に涙をこぼす。

 雪はカメラを構えながら、常に光の背を見ていた。

(……何があっても近くで守る。それが私の役目)


 けれど――

 観客の涙、歓声、その一人ひとりへ向けて微笑む光を見て、

 胸の奥がじんわりと熱くなる。


(……私が守るなんて、傲慢だったのかもしれない。この人の音楽は、みんながもう守ってる)


 光が立ち止まり、観客のひとりと目を合わせ、

 遠慮がちに伸ばされた手に軽くハイタッチ。

 その瞬間、五千人の心が跳ねた。


 安全マニュアルの“想定外”が歓喜の中で上書きされていく。

 でも誰も怖がらない。

 光の笑顔が、音楽が、今まで積み上げてきたものが、その空間すべてを“安全な場所”に変えていた。


 光は再び歩き出す。


♦︎ アカペラでも崩れない、やさしい一体感


 外周を半周した頃、光はそっと足でリズムを刻み始めた。

 靴底が床を軽く踏む音が“タン、タン”と脈になる。


「ね、ちょっとだけ手、貸して?」

 観客が一気に静かになる。


「この“タン、タン”だけ、いっしょにくれる?」

 手拍子が広がる。

 声ではなく、小さなリズムだけが会場に満ちていく。

 光のアカペラに“心臓”ができた。

 光は笑いながら続ける。


「まわりの人にも“よろしく”って……手、振ってみて?

ちゃんとお互いの顔を見てね。」


 前の人、後ろの人、左右の人へ、ゆるやかに手を振り合う。

 温かな笑いが広がる。

 知らない者同士だったはずが、まるで本当の友達みたいに手を振り合っていた。


 光は喉の奥で小さく笑い、

 「そのまま聴いててね」と言って再び歌に戻る。


 アカペラの旋律に、

 五千人の手拍子の脈が柔らかく寄り添った。

 歌、拍、光の歩幅 ――すべてが同じ“高さ”で揺れていた。



◆ 花道へ戻る ― イタズラみたいな奇跡


 外周を一周した光が、

 アカペラの余韻をまとったまま花道へ戻るところ。

 照明が彼を追い、五千人の期待の目が集中する。


 光は立ち止まって笑いながら言った。

 「なんか……やりたくなっちゃったんだけど

 一回だけ、一緒にジャンプしてみない?

 ちょっと、今……テンション上がっちゃってさ!」


 会場中から「かわいい…!」「やる!!」の声が飛ぶ。


 光は笑いながら両手をひらひら。

「そしたら一回だけね!

 いくよーーー!

 3……2……1……!」

 光が軽く跳ねた。


 ――ドンッ!!

 五千人のジャンプがぴたりと揃い、

 アリーナが揺れ、空気がワッと弾け、

 会場じゅうで笑い声が起きた。


「うわ、めっちゃ揃った!すご!!」

 光は子どもみたいに爆笑する。


 観客もつられて笑い、

 隣同士で「今の完璧!」「すごいね!」とハイタッチする人も。


 笑いが収まらなくて、

 光もマイクを持ったまま肩を震わせ、


「……みんな、楽しいね!!!」


 その瞬間、五千人がもう一度笑って叫び、

 アリーナがひとつの“遊び場”になった。

 光はご機嫌で再び歌い始め、優しいアカペラを揺らしながら花道の中央へ戻っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ