ツアーファイナル - 中編 - 信頼で奏でる奇跡
♦︎夢のような
中央ステージから伸びる東の花道。
光がその上を、アカペラのままゆっくりと進む。
照明が追いかけ、背後に長い影が伸びた。
観客がざわめき、悲鳴のような歓声が渦を巻く。
五千の視線が、花道を進むたったひとりの青年に集中する。
近い。
たった数メートル先に“光”がいる。
それだけで、空気が震えた。
花道沿いの観客は半ば発狂状態だった。
泣きながら名前を呼ぶ人、手を伸ばして震える人、スマホを構えて涙をこぼす人――。
誰もが「夢じゃない」と確かめるように、しかし同時に「夢のようだ」と思いながら見つめていた。
光は歌いながら、きちんと届いているかを確かめるように、ひとりひとりに視線を向ける。
彼が歩くたび、スマホライトが反射してきらめく。
まるで彼が歩く軌跡を描くように、花道の左右が輝く道になっていく。
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♦︎ 同じ高さに
光が花道の終端まで来た。
リハのとき、光が“どこまで行けるか”確かめていた場所。
視界の端に見えたのは “スタッフ用の階段” ――花道から外周の通路、観客のすぐ横へ降りる階段。
光は一瞬だけ立ち止まり、客席を見渡し、
ほんの少しだけ笑って、小さく呟いた。
「……行っちゃおっか」
一歩、降りた。
観客の息が止まる。
次の瞬間、爆発的な歓声。
「ヒカリィーーー!!!」「うそでしょ!?」「近い! 近い!!」
たとえ女性アーティストですら、普通は警備なしで客席には降りない。
それを――男性である彼が笑ってやってのけた。
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♦︎ 信頼の構図
チーム光は、誰も驚かなかった。
全員、“なにかを起こす”ことを予感していたのだ。
詩音がインカムに手を添え、冷静に指示を出す。
「警備、追従。制止は不要」
マリ姐が続ける。
「カメラ、光をロストしないで! 雪、行って!」
その声より早く、雪はすでに動いていた。
ビデオカメラを抱え、ステージを降りる。
光のすぐ背後――三歩後ろ。
何かあってもすぐに届く距離。
(……何があっても、この背中を守る)
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♦︎ 外周を歩く歌
そのまま光はゆっくりと、アリーナと2階席の間にある外周を歩く。
手を振り、笑い、観客と視線を交わす。
「近く来たよ〜!」「「「きゃあああああ!!!」」」
照明が追い、カメラがその背を捉える。
観客の顔が近い。息づかいが聞こえるほどだ。
「ありがとう……ここまで来てくれて」
歌の合間に小さく呟く。
その一言で前列の女性が泣き崩れ、周囲も次々に涙をこぼす。
雪はカメラを構えながら、常に光の背を見ていた。
(……何があっても近くで守る。それが私の役目)
けれど――
観客の涙、歓声、その一人ひとりへ向けて微笑む光を見て、
胸の奥がじんわりと熱くなる。
(……私が守るなんて、傲慢だったのかもしれない。この人の音楽は、みんながもう守ってる)
光が立ち止まり、観客のひとりと目を合わせ、
遠慮がちに伸ばされた手に軽くハイタッチ。
その瞬間、五千人の心が跳ねた。
安全マニュアルの“想定外”が歓喜の中で上書きされていく。
でも誰も怖がらない。
光の笑顔が、音楽が、今まで積み上げてきたものが、その空間すべてを“安全な場所”に変えていた。
光は再び歩き出す。
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♦︎ アカペラでも崩れない、やさしい一体感
外周を半周した頃、光はそっと足でリズムを刻み始めた。
靴底が床を軽く踏む音が“タン、タン”と脈になる。
「ね、ちょっとだけ手、貸して?」
観客が一気に静かになる。
「この“タン、タン”だけ、いっしょにくれる?」
手拍子が広がる。
声ではなく、小さなリズムだけが会場に満ちていく。
光のアカペラに“心臓”ができた。
光は笑いながら続ける。
「まわりの人にも“よろしく”って……手、振ってみて?
ちゃんとお互いの顔を見てね。」
前の人、後ろの人、左右の人へ、ゆるやかに手を振り合う。
温かな笑いが広がる。
知らない者同士だったはずが、まるで本当の友達みたいに手を振り合っていた。
光は喉の奥で小さく笑い、
「そのまま聴いててね」と言って再び歌に戻る。
アカペラの旋律に、
五千人の手拍子の脈が柔らかく寄り添った。
歌、拍、光の歩幅 ――すべてが同じ“高さ”で揺れていた。
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◆ 花道へ戻る ― イタズラみたいな奇跡
外周を一周した光が、
アカペラの余韻をまとったまま花道へ戻るところ。
照明が彼を追い、五千人の期待の目が集中する。
光は立ち止まって笑いながら言った。
「なんか……やりたくなっちゃったんだけど
一回だけ、一緒にジャンプしてみない?
ちょっと、今……テンション上がっちゃってさ!」
会場中から「かわいい…!」「やる!!」の声が飛ぶ。
光は笑いながら両手をひらひら。
「そしたら一回だけね!
いくよーーー!
3……2……1……!」
光が軽く跳ねた。
――ドンッ!!
五千人のジャンプがぴたりと揃い、
アリーナが揺れ、空気がワッと弾け、
会場じゅうで笑い声が起きた。
「うわ、めっちゃ揃った!すご!!」
光は子どもみたいに爆笑する。
観客もつられて笑い、
隣同士で「今の完璧!」「すごいね!」とハイタッチする人も。
笑いが収まらなくて、
光もマイクを持ったまま肩を震わせ、
「……みんな、楽しいね!!!」
その瞬間、五千人がもう一度笑って叫び、
アリーナがひとつの“遊び場”になった。
光はご機嫌で再び歌い始め、優しいアカペラを揺らしながら花道の中央へ戻っていった。




