ツアーファイナル準備編
◆翌日、世界が動く
翌朝――。
「やりすぎよ……」
マリ姐がテレビのニュースを見ながら額を押さえた。
テレビはどのチャンネルも「前代未聞の男性アーティスト五千席ツアーファイナル!」と特集を組み、
ネットニュースは光の過去映像を掘り返して“現代の革命児”と持ち上げていた。
SNSは爆発状態。
ファンだけでなく、芸能人や文化人までもがコメントを寄せる。
光のチャンネル登録者数は一夜でほぼ倍増になっていた。
『五千どころじゃ足りない』
『ドーム待ってる!』
『何この天才』
『光くん、ついに世界に見つかった』
トレンド欄は光の名前で埋め尽くされていた。
詩音は呆れ半分、嬉しさ半分でスマホを見つめた。
「……お母様、やりすぎです」
マリ姐も苦笑を漏らす。
「まぁ、悪い方向じゃないわね。話題性は完璧」
光はそれを知ってか知らずか、ピアノを弾きながら口笛を吹いていた。
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◆公式発表と熱狂
そして昼。
ついにチーム光の公式アカウントが投稿を更新した。
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【重要なお知らせ】
ツアーファイナル会場拡大と追加販売について
いつも応援ありがとうございます。
ツアーファイナル東京公演は多くのご要望を受け、会場を 800席 → 約5,000席へ拡大します。
■ 新会場:東京ルミナスアリーナ(東京)
■ 公演日:変更なし(当初の予定通り)
■ 既当選のお客様:
当初の当選はそのまま有効。ステージに近いエリアへ優先してご案内します。
■ 追加チケット:
抽選販売の受付開始は明日、詳細は公式サイトでご案内します。
■ 配信:
今までの公演と同様に、無料生配信を実施します。もちろんアーカイブも無期限無料でご覧いただけます。
一人ひとりの声が、この決断を現実にしました。
最高の夜を、一緒に、一人でも多くの人に。
#光ファイナル5000 #TeamHIKARU
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◆SNSの熱狂
投稿から5分
•『5000!? ルミナスアリーナは本気すぎる!』
•『800当選済みの人です。前方優先で良かった!!運営ありがと!』
•『無料生配信+アーカイブ無期限!? 神運営すぎんか』
•『「見られなかった人も一緒に」って言葉通りじゃん…光くんらしい』
投稿から15分
•『席増えたけどテレビでずっと光くん流れてるw応募爆増の予感ww倍率どんなだよw』
•『地方民、無期限アーカイブで全員救われた』
投稿から1時間
•『ニュース全部これで草。朝から光くん映りすぎ!』
•『「男性アーティストが単独5000席」ってフレーズ何回見ても泣ける』
•『ルミナスは明らかに次元が変わった感ある。1年でここまでいくか…』
投稿から3時間
•『申込前なのにチケ申込サイト落ちてるwww想定内』
•『#光ファイナル5000 が世界トレンド入り✨』
•『たぶんこれ、歴史の転換点になるやつだと思う』
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◆朝のワイドショー
司会者:「いや~驚きましたね、男性アーティストが5000席ですよ!」
女性アナ:「しかも無料生配信&無期限アーカイブ! ファン思いすぎます!」
男性コメンテーター:「観客との距離を“ゼロ”にした象徴的な存在。文化的現象です」
司会者:「これ、伝説の夜になりますね。――見逃してもアーカイブあるから、安心して泣けるやつ!」
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◆現場 ― 会議室にて
ファイナル拡大が正式に発表されたその日。
スタッフ総会で、マリ姐がタブレットを手に静かに言った。
「公式SNSに投稿したわ。
当選済みの人は最前列を中心に優先。――不公平は出さない。
全員が納得できる形にしたわ」
投稿後、SNSはずっと熱に包まれている。
タイムラインは光の名前で埋まり、
ファンアート、予想セトリ、祈願ポストが秒単位で流れていく。
だが裏では――。
「……これ、普通は半年かけて準備する案件を、六週間でやれってこと?」
「舞台設営も、音響も、警備も、ぜんぶスケールが違う」
会議室には不安のざわめきが広がる。
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◆マリ姐の采配
その空気を断ち切ったのは、マリ姐の一言だった。
「落ち着いて。地方三百、五百、八百――全部やってきたじゃない。
規模が大きくなっただけ。手順は同じよ」
「でもこの舞台袖、狭すぎます!」
「仙台のときも同じ構造だったわ。臨時で裏動線を作ったでしょ? それでいける」
「照明業者が搬入を断ってきてます!」
「大阪の時に倉庫会社と直接契約したの覚えてる? すぐ回して」
次々に指示が飛び、瞬く間に問題が片づいていく。
スタッフは顔を見合わせ、息を呑んだ。
(……これが経験値。どんな非常事態でも、迷いなく手が動く)
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◆詩音の交渉
同じ頃、詩音は電話の嵐の中にいた。
「はい、“管理された危険”の実績は全国で積みました。
五千規模でも条件はむしろ好転します」
「追加警備が足りない!」という声には即答。
「問題ありません。母のルートからSPを追加確保しました。すでに空港です」
以前なら追いつけずに焦っていた場面。
だが今は違う。
(もう後手じゃない。むしろ、先を走ってる――!)
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◆雪の支え
その間も、雪は黙々と光のケアを続けていた。
「光、今日の喉、どう?」
「リハは少し抑えめに。体力残そうね」
加湿器を置き、水を差し出し、衣装に自らスチームをかけ直す。
彼女の小さな気配りが、光の舞台の“いつもの空気感”を整えていた。
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◆光の無邪気さ
大人たちが走り回る中、光は大ホールの2階席――
その1番上から会場を見下ろしていた。
見上げる天井、どこまでも広い客席。
静かな空間に、少年のような声が響く。
「……五千人か。何やってやろうかな」
その横顔を、雪だけが見ていた。
(……きっとまた“誰もやらない何か”を仕掛けるつもりなんだ)
思わず小さく笑みがこぼれる。
――最近のライブに慣れてきた光には見られなかった、無邪気で、挑発的な笑みだった。
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◆詩音ママの影
リハが落ち着いた頃、マリ姐のスマホが震えた。
「……詩音のお母様?」
スピーカーフォンに切り替えると、
あの落ち着いた声が柔らかく響いた。
『順調そうね。警備隊長からの報告も受け取っているわ。
あと一つ――報道陣の導線を調整しなさい。
遮断するのではなく、“撮らせる場所”を指定してあげるの。
混乱はそれで収まるわ』
マリ姐が驚いたように目を丸くする。
「……そこまで考えてるのね」
『安全、話題性、ファンの満足度、光さんの心のケア――
全部を同時に叶えるのが最適解。あなたたちなら、もうできるでしょう』
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◆ナレーション
「6週間。
常識では不可能とされた準備。
だが地方三百席で積み上げた経験、人脈、信頼。
そして――一人ひとりの覚悟。
母の助言も加わり、奇跡のような速度で物事は繋がっていった。
だがそれは“ギリギリ間に合った”というだけのこと。
綱渡りの連続で、余白も隙も残された。
――だからこそ、この夜。
光の“好き勝手”は、これまでで最強の輝きを放つことになる。」




