積み上げてきた世界の変化とその証明
地方ツアーを終えた夜。
ホテルの一室――チーム光の作戦会議。
——残る公演は、あと地方3つに東京のファイナルを残すだけとなっていた。
テーブルには図面と進行表。
マリ姐がタブレットを操作しながら、淡々と確認を進めていた。
「ファイナルの会場は八百席。今までのホールよりは広いけど、やること自体はいつも通りでいけそうね」
詩音が頷く。
「警備導線も問題ありません。五百の時より少しゆとりを取るだけで対応できます」
光がソファから身を乗り出した。
「でもさ、ファイナルだし……なんか特別なこと、したくない?」
雪が笑って首を傾げる。
「また突然の思いつき?」
「うん。なんか“いつもの延長線上”って感じがするんだよね」
マリ姐はそのやり取りを聞きながら、微笑を浮かべた。
「ふふ……でも今思えば、よく八百なんて箱を取れたものよね」
「ほんとですよ」詩音が軽く笑う。「最初の三百ですら、交渉が大変だったのに」
「ね、あの時は“男のアーティストでライブ?全国ツアー?安全性が確保できない”って何度も言われたし」
「それを全部ひっくり返したのが俺たちじゃん」
光の言葉に、会議室に小さな笑いが広がった。
その時だった。
マリ姐のスマホが震えた。
画面を見た瞬間、彼女の表情が固まる。
「……詩音のお母様から」
普段はメールでやり取りする相手。直接の着信など、一度もなかった。
一瞬の逡巡ののち、マリ姐は応答ボタンを押した。
「もしもし――はい、マリです」
受話口の向こうから、落ち着いた声が響いた。
『こんばんは、マリさん。突然だけれどみんなそこにいるかしら?重要なお話よ。スピーカーフォンにしてくれる?』
マリ姐が目を合わせ、頷いてスピーカーに切り替える。
『6週間後――ちょうどファイナルの日ね。
東京ルミナスアリーナ、五千席の会場が急遽キャンセルで空いたわ』
会議室が一瞬で静まり返る。
『本来なら半年以上前から埋まっている舞台。
けれど今、その枠があなたたちの前にある。
判断はチーム光に任せます。
一度切るから、30分以内に返事をちょうだい。
もし超えたら他に回す。
――この機会を最初にあなたたちに伝えたのは、
新たな挑戦で道を切り拓いてきたことへの敬意です。』
言葉を失う一同。
「……6週間後って、ほぼすぐじゃない」
マリ姐が眉を寄せる。
「半年準備してやっと形にする規模よ」
光が息を吸い込んで立ち上がった。
「やろう! 大きいところで!」
マリ姐が思わず制止の声を上げかける。
「光!」
だが、その表情には焦りではなく――どこか笑みが滲んでいた。
「リスクは大きい。でも……そうね。ここまで積み上げてきたものがある」
詩音が迷いなく続ける。
「“管理された危険”は全国で実績を積みました。母の協力も得られる。できます」
雪が小さく、しかし確かな声で言った。
「……今の光に八百は狭いです。もっと多くの人に、届けてほしいです」
マリ姐は腕を組み、深く息を吐いた。
そして静かに微笑む。
「八百でさえ、檻に閉じ込めるようなもの、か。……なら、やりましょう」
その瞬間、スピーカーから再び声が響いた。
――詩音ママは、通話を切らずに聞いていたのだ。
『迅速ないい判断ね。
拡大は常に挑戦と共にあるわ。
1つの実績をテコに、次の機会を得なさい。
そしてそこで得た成果を、また次の挑戦に繋げるの。
今このチャンスがあなたたちのもとへ舞い降りたのは――
あなたたちが積み上げてきた努力と実績の証よ』
詩音は胸に熱を感じ、まっすぐに答えた。
「……はい。」
『楽しみにしているわ。ファイナルくらいは現地でみようかしら。詩音、予定をつけるのでチケットを1枚用意しておいて』
少し間を置き、詩音ママの声がほんのり弾んだ。
『ねぇ、マリさん。せっかくだから、私も何かしたくなってきちゃったの。
――少しだけ、マスコミを煽ってもいいかしら?』
「……ほどほどにお願いしますね」
マリ姐が苦笑する。
『ほどほどね。わかった ”ほどほど”にするわ』
通話が切れる。
静まり返る会議室。
光が首を傾げた。
「いまの、完全に“嵐の前”の声だったよね?」
マリ姐は諦めたようにタブレットを閉じ、雪は微笑みを返す。
「お母様の言う“ほどほど”って…」
詩音は冷や汗をかいている。
――何はともあれ、その夜、八百席のファイナルは、五千席の“伝説の舞台”へと変わった。
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ナレーション
男性アーティストに対して、
当初なら見向きもされなかった五千席の大舞台。
そのチャンスが、今、向こうから歩み寄ってきた。
ほんの一年前――
彼らは三百席の会場の予約すらおぼつかなかった。
だが一つひとつの公演を積み上げ、
“安全で、熱狂的で、誰も傷つかない音楽空間”を作り上げてきた。
――そして今、
その努力が世界を動かし始めている。
五千席の大舞台。それはその確かな“証拠”だった。




