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ツアー中・変わっていく距離感と小さな事件

◆雪との距離


移動中の車内。光がシートにもたれて目を閉じると、雪はそっとブランケットを掛ける。

控え室に入れば、加湿器はすでに稼働し、温かいお茶とのど飴が並んでいた。

それは誰に頼まれたわけでもない。けれど雪にとっては「当たり前」の準備だった。


「……雪ってさ、ほんと気が利くよな」

「べ、別に……いつものこと」


光は無邪気に笑って礼を言う。それだけで雪の胸は甘くざわめいた。

光の言葉は軽くても、自分の気遣いがきちんと届いていることが嬉しい。


ツアーが進むほど、光は無意識に「雪が隣にいること」を当然のように受け入れていった。

水を差し出すときの手。汗を拭って渡すタオル。夜、ホテルに戻った後の「おやすみ」。

それらすべてが、光にとってはもう自然なことになっていた。


(……私は“当たり前”になってる。でも、それは嬉しくて、同時に少し切ない)


雪の心は揺れていた。

ただの幼なじみとして支えているだけなのか。それとも、自分がいるから光が安心できるのか。

答えは出ないまま、彼女は毎日、黙って隣に寄り添い続けた。


さらに雪は、舞台裏で詩音が光を守る姿に目を奪われてもいた。

会場交渉も警備の采配も、専門家のようにこなす姿は雪には真似できない。

(……すごいな。私は光の“日常”を支えるだけ。詩音さんは“夢”を守ってる)

憧れと劣等感がないまぜになり、雪の胸を占めていた。


◆詩音との距離


一方の詩音は、ツアーが進むほどに最前線へ立つ役割を担っていた。

母から学んだ手法を駆使し、会場交渉・警備会社とのやり取り・宿泊先の調整……。

膨れ上がる熱狂の渦の中、彼女の采配があったからこそツアーは進んでいた。


光もそれを理解していた。

「詩音さんて、なんでもできてかっこいいよね」

控え室で何気なくそう言われた瞬間、詩音の胸はじわりと熱を帯びた。


「……私はやるべきことをやっているだけです」

冷静に答えながらも、その頬はほんのり赤い。


彼女は気づいていた。

資金提供者としての役割を超え、自分は今や“彼の夢の一部”になろうとしていることに。

彼が笑ってステージに立つためなら、どんな交渉も、どんな準備も惜しくはなかった。


ただ――雪と光の自然な距離感が、時折胸を刺した。

彼女にはできない、何気ない仕草や幼なじみとしての呼吸の合わせ方。

(……私がどれだけ資金や仕組みで守っても、あの距離感には追いつけないのかもしれない)


小さな嫉妬は、決して口には出さなかった。

だが確かに詩音の心に芽を落とし、影のように寄り添っていた。


◆小さな事件


そんなある日の控え室。光は別室でインタビューを受けていて、楽屋には雪と詩音だけが残っていた。


雪は椅子を整え、スタッフに「今日は光、疲れてるから外で待っててもらえますか」と声をかけ、静かな空間を整えていた。


さらにスマホを覗き込んでSNSの反応をまとめているスタッフに、「SNSの反応も、今は見せない方が落ち着けると思います」と柔らかく伝える。


詩音はすぐに声を上げた。

「けれど、会場との連絡や次の進行に、最低限の出入りは必要です。

SNSの反応だって、彼にとっては大事なモチベーションになります。切り離すのは逆効果です」


雪は一瞬、言葉を飲み込んだ。

(……光の体調を一番近くで見てるのは私なのに)


詩音もまた、視線を逸らしながら心の奥で呟く。

(……世界に立たせるには、感情より仕組みが必要なのに)


空気が張りつめ、沈黙が広がった。


◆収める者


「……あら?なに、この空気」

マリ姐が入ってきて、二人を見回した。


すぐにため息をつき、書類を机に置く。

「いい? 二人とも。光はいま、ステージで全部背負ってる。

そこで余計な火花を散らしたって、誰の得にもならないわ」


雪は肩を落として頭を下げた。

「……すみません」

詩音もわずかに目を伏せる。

「……言いすぎました」


マリ姐はにやりと笑った。

「そうそう。雪の気配りも、詩音の段取りも、両方必要なのよ。

光が音楽に集中できる環境を作る――それがあなたたちの役割でしょ」


二人は小さく頷いた。

互いの胸に違う感情は残っていたが、それよりもまず「光の音楽を守ること」。


◆三人の距離


雪は詩音を「すごい」と思い、詩音は雪の「距離感」に嫉妬した。

けれど棘は残さない。

二人の間にあるのは、同じ目標を見つめる覚悟だった。


その日を境に、三人の距離はまた少し変わっていった。

光の「当たり前の隣」を、それぞれに支えながら――

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