二年越し、約束のアンコール
あのライブから、約二年が経った。
二年前と同じホール。
開演を待つ観客の胸は高鳴り、ただの「懐かしい」ではなく「あの日の続きにようやくたどり着けた」という感覚に満ちていた。
あの時の続きということで、もちろん配信も入っている。客席後方やステージ脇に立つカメラの赤いランプが点り、全国のファンが画面越しに見守っている。
やがて照明が落ち、ステージの幕がゆっくりと開いた。
その瞬間、ざわめきが走る。
光が現れた。
ただ歩いてくるだけで、空気が一変する。
姿勢の伸びやかさ、視線の鋭さ、余裕をたたえた口元。
あの時のどこか幼さを滲ませた青年はもういなかった。二年間の濃密な経験が、男としての色気と迫力に昇華されている。
「現れた瞬間から目が離せない」――そんな圧に、客席は一斉に息を呑んだ。
マイクを取り、光は淡々とした声で言う。
「普段はアンコールやらないんだけど、今日は二年越しのアンコール。マリ姉に聞いて驚いたんだけど、あの日のみんなが全員揃ったみたいなんだよね。すごいよ。仕事や学校や家庭のこととか、みんな忙しい中よく来てくれました」
その言葉に、会場全体が爆発するような拍手で応えた。
⸻
最初に選ばれたのは、二年前と同じ曲たち。
ピアノが鳴り、声が広がった瞬間、観客は衝撃を受けた。
かつては喉を振り絞り、声が掠れそうになりながら必死で繋いでいた曲。
それが今は、余裕たっぷりに、遊ぶように歌いこなされている。
厚みと艶を増した声はホールを満たし、ピアノは自在に揺らめいて曲に彩りを添える。
「全然違う……!」
「同じ曲なのに別物だ」
観客は思わず口にし、配信画面には「進化やばい」「色気エグい」のコメントが流れ続ける。
⸻
数曲を歌い終え、光は軽く息を吐いた。
「……あの日は余裕なくてできなかったけど、リクエストコーナーしようか。楽しみにしてくれてた人、いるでしょ?」
「わぁあああ!!!」
会場が割れるほどの歓声が上がる。二年前にはなかった、余裕ある笑顔。
⸻
最初のリクエスト。
光はマイク一本を持ってステージを歩き出した。
ピアノに触れず、いきなりアカペラで歌う。
観客を見渡しながら、一人一人に目を合わせ、指差し、笑いかける。
ときにはしゃがみ込み、最前列の目線に合わせて歌いかける。
その成熟した余裕と圧倒的な存在感に観客は悲鳴を上げ、配信のコメント欄は「死んだ」「刺さった」で埋まる。
歌い切ったあと、光はにやりと笑った。
「今日は声、調子いいでしょ?」
そのおちゃらけにさえ、色気がにじむ。
会場は「きゃー!」「うわぁああ!!」と半狂乱の熱気に包まれた。
⸻
次のリクエスト。
誰もが知るポップスのタイトルが飛んだ。
「おーけー」
光は気軽に応えるように鍵盤に指を置く。
鳴り出したのは、ショパンの前奏曲。
「え?クラシック?」「曲間違えた?」客席がざわつく。
だが流れは自然に変化し、旋律は知らぬ間にポップスのイントロへ滑らかに繋がっていく。
「え!?」「いつの間に!?」
驚きと歓声が渦を巻く。
観客が気づいたその瞬間、光はいたずらっぽい、色気を帯びた余裕の笑みを浮かべたままウインクをした。
その仕草にまた観客が撃ち抜かれ、歓声はさらに高まった。
⸻
次は少し変化球。
「じゃあ、三つくらい言葉ちょうだい」
光が声をかけると、客席から無数の言葉が飛んでくる。
「色々あったけど。友達、笑顔、宿題、この3つでいこうか。」
光は頷き、即座に和音を鳴らした。
「二年前に途切れた友達の声が」
「笑顔と一緒に今日ここで繋がる」
「歌の宿題、全員で答え合わせ」
その瞬間、観客も配信で見守る人々も気づいた。
——これは二年前のあの日から今日までをテーマにした歌だ、と。
涙ぐむ声、嗚咽混じりの合唱。
「本当に今作ったの!?」
会場は号泣と歓声に包まれ、配信のコメントは「反則すぎ」「二年前の約束に歌で答えるのやばい」「泣いた」で溢れる。
光はさらりと笑う。
「今だけの、今日をテーマに作った歌だよ。」
⸻
次のリクエスト。
「みんなで合唱したあの曲!」
客席から声が上がる。
光は一瞬目を閉じ、静かに頷いた。
「……じゃあ今度は、俺ひとりで」
ピアノを鳴らし、歌い始める。
二年前、声が出ずに観客に助けられた曲。
今は力強く、余裕を持って最後まで歌い切る。
響き渡る声に、涙を流す観客が次々と立ち上がった。
「……やっと、自分で歌えたよ」
少しだけ、ほっとした様子の光。
その言葉に、会場は総立ちで拍手を送った。
⸻
光はしばらく拍手を受け止め、やわらかく笑った。
「次がそろそろ最後の曲かな」
一呼吸置いて、観客を見渡す。
「さっき一回歌っちゃったんだけどさ……やっぱりこの曲は、みんなでもう一回一緒に歌おうよ」
ピアノがイントロを奏で、観客が声を重ねていく。
二年前と同じ合唱。
しかし今は光の声が先頭に立ち、観客が支える形になっている。
配信にも観客の歌声がしっかり入っていて、画面越しのファンも「一緒に歌ってるみたい」とコメントする。
最後のフレーズ。
光は無伴奏で力強い一声を響かせた。
会場は総立ちの大合唱に包まれ、熱狂の中で幕を閉じた。
⸻
「今日はこれで終わり。本当にありがとう。また会おうね」
光は深く一礼し、今度はしっかりと顔を上げて笑顔を見せた。
二年前、悔しさで下げ続けた頭とは違う。
堂々と顔を上げたその一礼に、観客も配信の視聴者も涙ぐんだ。
二年越し、約束のアンコール。
それは、2年前の悔しさと感謝をすべて抱きしめた、成長と解放の証だった。




