夢みたいな昨日を語る、幸運な2人組の話
駅前のカフェ。
午後の光が大きな窓から差し込み、テーブルに並んだグラスの中で氷がカランと鳴った。
昨日のライブを一緒に見に行った女子高生二人は、学校帰りのようなラフな格好で集まっていた。
【昨日のライブの感想、めっちゃ話そうよ!会】を自主的に開いたのだ。
「……まだ夢みたいだよね」
カフェラテをストローでくるくる回しながら、一人がぽつりとつぶやく。
「最後、光くんが声出なくなったとき、ほんとに心臓止まるかと思った」
「リクエストコーナーとかなかったよね」
「うん、調子悪そうだったしねぇ」
「でも、むしろ最後の合唱で特別感あった」
「わかる。あれはあれで奇跡だった」
二人は顔を見合わせて、同じ瞬間を思い出して笑う。
「私も歌ったよ。隣の人と目が合って、一緒に声重ねた」
「うんうん! 泣きながら歌って、歌詞間違えても分からなくてもみんな笑って許してくれて」
ピアノの音が胸に響いた感覚が、ふたりの記憶に鮮やかに蘇る。
光が声を出せなくなっても、鍵盤で一緒に歌ってくれたこと。
唇だけで言葉をなぞりながら、観客を見てくれたこと。
あの瞬間、ホールにいた誰もが「一人じゃない」と思えた。
「……ねえ、あの姿、忘れられないよね」
「うん。最後のお辞儀、ずっと頭上げなくて……悔しかったんだろうなって」
「でも、あの深い一礼も含めて全部が大空光って感じだった」
二人は同時にスマホを開く。SNSのタイムラインには「昨日いたんだ!」と叫ぶ人や、「あれを生で見れて、一緒に歌えたのは一生の思い出」と書き込む人の声が並んでいた。
配信で映像は残っている。それでも「その場で一緒に歌えた」という体験の特別さが、文字の熱からも伝わってきた。
「でも、ちゃんと治してほしいよね」
「ほんとそれ。次の会場もあるし、無理しないでほしい」
ちょうどそのとき。
二人のスマホが同時に震えた。
テーブルの上で画面が光り、全く同じ件名が並んでいる。
《昨日の御礼と、今後のご案内について》
視線を交わし、恐る恐るタップする。
開かれた文面に、二人の呼吸が止まった。
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昨日の公演では、体調不良により十分に歌い切れなかったことを、本人も深く気にしております。
そのため、当日の入場者データをもとに、対象となる皆さま全員を特別な公演へご招待いたします。
本ツアー終了後となるため、すぐの実施はできませんが、必ず同じホールにて行います。
詳細は追ってご案内いたします。
大空光ツアー事務局
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「……え? 全員!?」
「嘘でしょ……こんなの聞いたことない!」
椅子から跳ね上がりそうになりながら、二人はスマホを握りしめた。
胸の鼓動が一気に速くなる。
「やばい、私たち昨日いたよね!? ちゃんと入場データ残ってるよね!?」
「残ってる残ってる! 絶対行ける!」
カフェの隣席のサラリーマンが怪訝そうに振り返るほど、二人は声を上げて笑い、同時に涙ぐんだ。
しばしスマホを見つめたあと、どちらからともなくぽつり。
「正直、リクエストに応える光くんを生でみたかったんだよね」
「……盛り下がるかなと思って言わなかったけど、全く同じ気持ち」
二人は顔を見合わせ、笑ってうなずく。
「でも、今度はその分も含めて見れるってことだよね」
「うん。ぜったい行こう。次も一緒に」
店内のBGMが遠のいて聞こえる。
窓の外では、夕暮れの空が赤く染まり始めていた。
二人の胸には、昨日の合唱の余韻と、新しい招待メールの衝撃が、熱を持って灯っていた。
カフェの窓に映った二人の笑顔は、昨日の夜の続きを確かに描いていた。




