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無理を知りながら

リハーサルを終えた夜。

控室の隅で、雪は意を決して声を落とした。


「……マリ姐。光、明日は本当に出られるんですか?」


タブレットを操作していたマリ姐は手を止めず、短く返す。

「出るわよ」


「でも、顔色も声も……。これ以上無理をさせたら――」

雪は言葉を詰まらせた。

光はきっと「大丈夫」としか言わない。だからこそ、自分が言わなきゃいけない。


「本当に、休ませた方がいいんじゃ……」



マリ姐は深く息を吐き、画面から目を離した。

雪を見つめる瞳には、迷いと、それでも動かせない覚悟がにじんでいる。


「止めたい気持ちはあるわよ。……でもね、雪」


声を落とし、まるで自分に言い聞かせるように続けた。


「明日を楽しみに、遠くから何時間もかけて来てるファンがいる。彼女たちにとっては“一度きりの夜”なの。

もし光が出てこなかったら……その人たちの人生に、二度と埋められない穴になる」


雪は息を呑んだ。


「それに、一本飛ばしたらツアー全体が揺らぐ。会場の契約も、スタッフのスケジュールも、ぜんぶ繋がってる。たった一日欠けるだけで、全部が崩れかねないのよ」


マリ姐は唇を噛み、さらに低く言う。


「……そして何より、光自身。あの子は“楽しみにしてくれてる人がいる”と分かってたら、絶対にやめない。止めたところで納得なんてしないわ」



タブレットを閉じ、マリ姐は雪をまっすぐ見つめた。


「これは“男性初の全国ツアー”。ここで穴を開けたら、光だけじゃない。“男がツアーをやること自体”に“やっぱり無理だった”って烙印が押される。

だから――止められないのよ」


静かな声が、ずしりと胸に落ちる。

雪は俯き、拳を握った。事情も理屈も理解できる。けれど――。


(……それでも、私は光に無理してほしくない)


小さく頷いたその時。



「おーい、何してるの?」

扉が開いて、光がタイミング悪くひょいと顔を出した。


「俺、全然やれるよー! ちょっと疲れてるだけだから。大丈夫、大丈夫!」


にかっと笑うその顔に、マリ姐も雪も言葉を失った。


(……そうやって笑うから、誰も強く止められないんだよ)

雪は胸の奥で呟いた。


――そして翌朝。

光の発熱は、隠しようもなく現実となって姿を現す。

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